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第25話:「8050問題」という名の究極の負債

「……『8050問題』。80代の親が、50代の子供の生活を支える……」


裕樹は、第24話で隣人の「失敗」に青ざめる美咲の横で、そのキーワードからアクセスできる、ありとあらゆる公的統計とレポートを読み漁っていた。

内閣府の調査データ。長期化する「引きこもり」の実態。

彼らが負担し続ける「国民年金保険料」「健康保険料」。そして、「食費」と「通信費」。


美咲は、ソファに座ったまま、凍りついたように動かない。


裕樹は、無言で自作の家計簿ソフトを起動した。

彼は、このソフトを開発して以来、最も作成したくなかったタブを、静かに作成した。


『ケースD:沙奈・依存(8050)』


「……裕樹、やめて」

美咲が、かすれた声で制止した。

「そんなこと、沙奈に限って……」


「B棟の石破さんも、そう思ってたはずだ」

裕樹は、美咲の言葉を冷たく遮った。

「合理的に考えるんだ、美咲。これは『呪い』じゃない、『リスク』だ。

リスクは、シミュレーションして、定量化して、初めて『管理』できる」


裕樹の指が、非情な「変数」を打ち込んでいく。


> 【シミュレーション:ケースD(8050)】

>

> ▼ 前提ワーストケース

> 沙奈(30歳~)が適応障害等で就労不能(=依存)と仮定。

> 親(裕樹・美咲)は60代~80代に突入。

>

> ▼ キャッシュフロー(マイナス要因)

> 沙奈の生活維持コスト(保険料・食費・雑費): -150,000円 / 月

> (=年間 1,800,000円 の純流出)

>

> ▼ 試算開始(裕樹 60歳時点)

> 初期資産(老後資金): 40,000,000円

> (※裕樹と美咲が「合理的自衛」(第16話~第19話)で築き上げた、海外口座、ゴールド、NISA等、全ての合計額と仮定)


「……実行するぞ」

裕樹が、エンターキーを押す。


再計算(リカルク)の砂時計が回る。

一瞬の後、裕樹と美咲の「生涯キャッシュフロー」のグラフが、絶望的な軌跡を描き出した。


裕樹(60歳)時点で「4,000万円」あったはずの老後資産(青いグラフ)が、沙奈の生活費(赤いマイナス要因)によって、毎年、急な角度で削り取られていく。


裕樹(65歳)時点: 資産 3,100万円

裕樹(70歳)時点: 資産 2,200万円

裕樹(75歳)時点: 資産 1,300万円


そして、裕樹が77歳を迎える年。

青いグラフは「ゼロ」のラインを突き破り、マイナス圏へと突入した。

画面の右上隅で、最大級のアラートが点滅を始めた。


『警告:世帯収支 破綻(共倒れ)』


「……あ……」

美咲が、短い悲鳴を上げた。


裕樹は、その真っ赤な『共倒れ』アラートを、無表情で見つめていた。

彼の脳内では、最後のロジックが組み立てられていた。


第22話の「教育(国内エリート)の失敗」(=AIによる陳腐化)。

それは、投資した「1,550万円」が「ゼロ」になるだけの話だった。損失は、それで限定されていた。


だが、この「8050問題」は、違う。

投資(教育)がゼロになるどころではない。

自分たち(親)が、人生をかけて「合理的自衛」で築き上げた「老後資産(4,000万)」という名の「聖域(サンクチュアリ)」を、内側から食い潰し、共倒れに追い込む。


これは「マイナス・リターン」だ。


子供は、「投資」ですらない。

管理不能な最大のリスク源であり、親世代の「自衛」そのものを破壊しうる、究極の「不良債権」と化す可能性を秘めていた。


「沙奈は『資産』なの?」

第23話で、美咲はそう叫んだ。

裕樹は、今、その答えを、冷徹な「数字」として、妻の目の前に突きつけた。


「……違う」

裕樹は、静かに言った。

「『資産』じゃない。『最大の負債』になる可能性(リスク)だ」


美咲は、顔面蒼白のまま、その『共倒れ』と点滅するアラートから、もう目を離すことができなかった。

第23話で「信じる」と叫んだ彼女の「思想」は、裕樹の「合理性」が叩き出した、この無慈悲な「数字」の前に、完全に沈黙した。

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