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パラレルの君  作者: Log


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嘗てのの過ち

ピチャ、ピチャと音が一回ずつ大きく聞こえるのは、何かが迫って来ていることを実感させる。その音が最大に達した時、その姿が見える。


「え…」


ナギの口から気が抜けたような声が漏れ出る。

それは化け物でもない。7歳前後の幼女ではないか。

首からいくつかの鍵をぶら下げ、まん丸な瞳でこちらを見つめている。ナギはその子がなんなのかすぐにわかった。


「お…お前は…鍵の守人…」


「ん?人間さんか…ここに迷ったにょ?」


彼女は優しい声で聞いてくるが、それはどこか虚無間を感じる。


「う、ああ。ここから出る方法、知ってんだろ。俺の他にも仲間がいるんだ、案内してくんねえか?」


相手が幼いためか、気が緩んでいたのだろう。言葉遣いが友達との会話のようになる。


「何…人に頼む時は、お願いします、でしょ」


上から目線の彼女に苛立ちを感じながらもここは素直に従う。


「あ、ああ、お、お願いします。」


こんな明らかに年下の子に縋るのは見っともないように思うが、今はそんな事言ってられない。藁にもすがるとはこの事なのだろう。


「うーーん、どうしよっかなー。そうだ、アタシに勝ったら案内してあげる」


「勝ち?…な、何で勝負…」


そう言いかけた時、右腕から温度がなくなる。それと同時になぜか熱を感じ始める。ゆっくりと右の方を見ると、自分の腕がだらしなく転がっている。脳はそれを理解するの拒んでいるが、その腕は紛れもなくナギのものだ。そう理解した時、熱が痛みに置換される。


「うあああぁぁぁ」


そう、ナギは痛みを熱と感じていたらしい。


「そう、嘆くな!もう勝負は殺し合い、死ぬか、参ったしたら負け。けどお前の負けはお前の死を意味するからにゃ」


正直何を言っているか意味不明だ。

彼女の顔を見ると片目の周りを龍のような鱗が包んでいる。ナギの身体は小刻みに揺れている。それは恐怖というより圧倒的な敵を前にした絶望に近いものだ。

床は次第に赤黒く染まっていく。


「くそおーーー」


石のように硬い体を動かして、残った左手で殴りかかる。

もう年下とかなんとか言ってられない状況だ。

だがさっきの攻撃の正体もわからないナギに勝利の光は当然だが見えない。

少女の指が真横に動いた瞬間、下半身と上半身が泣き別れる。

ナニナニナニナニナニ?

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

床にだらしなく、横たわるナギに彼女は絶対零度の視線を送る。


「アタシより弱いやつのゆうことは聞かにゃい…

人間如きに負けたら、一族の恥だから…」


その言葉を置き土産に彼女は一歩また一歩と遠ざかる。


下半身の感覚はなく、温度が消えていく。

どんなに熱が逃げまいとしても、隙間からもれでる。

ああ、死ぬんだ、そんなことを思いながら最後に見たのは、家族の記憶。自分にとっての負の遺産___




___「痛いよ、とおーちゃん」


髭を生やした中年男性に殴られているのは紛れもなく自分である。父のストレス発散道具にされていた。


「っるせー、がきが、誰が食わせてやってると思ってんだたく」


拳を振り上げ次の攻撃の準備をする間に母が割って入る。そしてお構いなしに母にさえもその拳を振り下ろす。母から鮮血が舞う。この時は何もできない自分の無力さを感じながら黙って見ているしかなかった。


ナギにとっての救いは母であった。大好きな母。

母はいつもナギをギュッと抱きしめてくれた。これがどんなものよりも暖かく、冷え切った心を温め、傷ついた心をも癒した。


「ナギ…強く生きなさい。諦めず進めばきっと明るい未来があるからさ、前進あるのみ!」


希望に満ちた暖かいけど強い言葉がナギの鼓膜を叩く。いつもそう言い聞かせられていた。


諦めない、それは今のナギの心の奥に刻まれた言葉でもある。

それはきっと母のものだろう。

母がいれば大丈夫、そんな不確実な安心感があった。


「うん!わかった」


強く生きるそれがあの日交わした最後の契り。




雨の降るある日。

公園に遊びに出掛けて、途中で雨が降り、走って帰ってきたあの日。小さい体でドアノブに手を伸ばす。本能的に開けてはいけない気がしたがそれに逆行し、ドアノブを引く。

小さかったからかドアが重く思える。ギギギギギと低い音を立てる。家の中は妙な静けさが包んでいる。


「ママ?」


割と大きな声で呼ぶが返って来ない。

自分の足音だけがこの空間の音となる。

リビングへの扉は閉まっている。いつもは開けっぱなしなのに。

扉の前に立った時錆びた鉄の匂いがナギの鼻纏わり付く。

思わず鼻を押さえてしまう。

だがリビングへの扉に手を掛ける。

手が震える、脚が震える、身体が、心が震える。

重々しく扉を開けた時。


「ママ…」


そこには血まみれのママと赤に染まった鋭利なものを持つ父親の姿がある。


「ち、違うんだ。ママが、ママが急に俺を殺そうとしてきて…

仕方なかったんだ…なあ、分かってくれるよな?誰にも話すなよ、分かったな?」


典型的なクズの回答を目の前にナギは「うん」としか言えなかった。この時、怒りと絶望が脳を支配していた。当時のナギは5歳である。


虫の声が闇に響く、秋の夜。

父親はすでに寝ている。がナギはあの光景が脳裏に焼き付き、寝れずにいた。光を失った絶望と奴への殺意で頭がいっぱいになっている。

「このままじゃ殺される。僕はこいつを許してはいけない」と思いながらキッチンへ足を運ぶ。

銀色の凶器を輝かせながら父親の寝室え入る。


「お前が奪ったんだ。仕方ないよね。」


銀色の刃は黒く染まる。


「ぐあぁぁぁ、た、助けてくれ、悪かった、ナギ…」


間髪入れずに視界を奪う。


「悪かった。なんでも好きな物買ってやるから…」


物で釣ろうなんてどこまでも救えない。


「お前は、暗闇の中で死ね。そして地獄へ堕ちろ」


そう言い、刃を心臓に突き立てる。

黒より黒い返り血がナギを襲う。それが口に入る。


「ああ、これが血の味。錆びた鉄の味。まずいお前の味、汚い奴の味」


その後、今のアパートのおばちゃんが彼を引き取ったのはまた別の話___


___心の奥底で閉まっていたパンドラの箱。

今その箱を開けてしまった。開けまいとしていた記憶の欠片。


(俺はただの人殺し。ここで終わってよかった。同じ過ちを犯さぬために。俺にはあいつと同じ地獄がお似合いだ)


肩の荷が降りたような感覚に襲われと同時に痛みが徐々に消えていき、そろそろ本当に死ぬのだと実感する。


「死なせない。」


誰かがそう耳元で囁く。


「ナギくんは約束した、来てくれるって、諦めないって、必ず迎えにくるって。だから死なせない。」


「もういい、もう楽にさせてくれ、俺は人殺し、奴の血を引き継いだただの人殺し。生きる資格なんてない、ひとりぼっちの何もない世界で静かに死なせてくれ。」


彼女はナギをギュッと抱きしめる。かつての母を連想するような暖かさ。


「一人にするのまた?一つの約束も守ってくれないの?君は独りよがりで無責任で…自分勝手。でも君が誰よりも優しく、強いのを知っている」


「やめろ。俺はそんな立派な人間じゃない。一人じゃ何もできない、奪うことしかできない父と同じただの出来の棒」


「そんなことないよ。君は私の世界を、白紙の世界を彩ってくれた。一人じゃ何もできないかもしれない。だから私も一緒に戦う。だから君が終わることを拒絶する___」




___そして瞳に光が戻る。


「わかったよ。抗えばいいんだろ。やってやるよ」


そんな言葉が静かに漏れる。気だるく起き上がる。

幼女は驚きのせいか瞳孔ガン開きである。


「まだ、お前は勝ってない。俺は生きてる。さあ第二ラウンドだ。」


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