序章
「これは、人形なのよ?」
そう言って取り上げられてしまったトモダチが、居た。
真っ白なフリルの付いた可愛らしい藍色のドレスを着た、金色に翡翠色の瞳と琥珀色の瞳を左右に持ったオンナノコ。
何でも話せた。何でも返事をくれた。
周りは男の子なのにそんなモノを連れているなんて可笑しな奴だ、人形と話すなんて変な奴と嘲笑った。親ですらいい顔をしなかった。
だからだろう。十歳の誕生日を目前にした夜に、僕はトモダチを失った。
そして新たに与えられたのは、男の子の好みそうな赤い車の玩具。
そんなもの要らない。僕はアノ子が居ればいい。
そう泣いて訴えたけれど、両親は頑として首を縦には振らなかった。
そうして、十年経ったある日。
「彼女」は、帰って来た。
ちょこんとドレスの裾を摘んで屈む、可愛らしい貴婦人の礼。
幼い頃よりも小さく感じて、いいや逆なんだと気付く。
僕は大きくなったんだ。
何だか感慨深くて、僕はそっと屈んで彼女に目線を合わす。
ショウジョは、金色の長い髪、翡翠色と琥珀色の瞳、真っ白なフリルの付いた藍色のドレスを着ていて、昔と変わりない。
否、少し違う。
可愛らしいその顔の頬には、黒い蝶が描かれ、そして藍色の衣服にはどす黒い染みが出来ていた。
そして白い小さな手には、小さな赤黒いモノが付着したダガー。
やがてカノジョはドレスを摘む手を離す。
そしてショウジョは、昔と変わらず、鈴を転がしたような可憐な声と儚くも美しい微笑をその顔に浮かべた。
「ただいま、マスター。いい日和ね、今日も。
くすくす、でもおかしいのよ、今日は。
だって目が覚めたら知らない場所に居るんですもの!
だから急いで帰って来ちゃった。
ああ、それと言い忘れていたわ。」
ショウジョは、笑う。
「おたんじょうび、おめでとう!」
人形の時間は、あの時から動いていなかった。
そんなショウジョを、僕は抱き上げて抱きしめる。
「お帰り、僕の可愛いドール。」
カタン、と足元で何かの落ちる音が聞こえる。
そしてそっと動かされるショウジョの手。
そっと、僕の頬へとそれをそえてショウジョは笑う。
「ただいま、親愛なるマスター。…あら、何だか随分大きくなったのね。」
今更だよ、と僕らは笑い合った。