朝をほどく人
夜が編まれたあと、何が残るのか。
沈黙の余白に息を潜めていた感情たちが、朝露に滲むように輪郭を持ち始める。
この物語は、「言葉にするには遅すぎた想い」が、
「触れずにはいられなかった記憶」へと変わるまでの記録である。
ここに書かれた朝は、再生ではなく、ほどけてゆく約束のかたち。
ふたりは、窓辺に揺れるカーテンのような距離にいた。
光が先に彼女を透かし、次にもうひとりの影を包んだ。
「わたしの不在を、あなたは覚えていられる?」
囁かれた言葉は、湯気のように立ち昇り、気配だけを残した。
触れた指先に、ひとつずつ過去が絡まっていた。
それは知らないまま結ばれたリボンのようで、
ほどくたび、いまを結び直す作業だった。
寝息のような街の音が、黙って背中を押した。
心が揺れるたび、沈黙もまた言語の一種であることに、彼女たちは気づいていた。
朝の空気が重くなる頃、
ひとりがそっと言った。
「あなたに抱きしめられた記憶が、
世界の輪郭よりも、確かだったの。」
誰かを深く想うとき、
その想いは言葉よりも、体温よりも、
"静けさ"の中に沈むものだ。
夜を編むために選ばれたふたりは、
その糸が朝にほどける音すら、愛しさのひとつにしていた。
ここにあるのは、
黙って隣に座ることの革命だ。