虹色の道
「「「「lunch」」」」
そう唱え、トイレの扉を開けた先は…
宇宙のような暗く広い空間に、それは美しい虹色の道が存在した。
とても静かで、どこか幻想的に感じる場所だ。
「ええええええええぇぇぇえうそぉぉぉおおお」
そんな美しい景色を前に、やかましく声を上げたのはミキだった。
それはそうだろう。
いつものトイレがそこには無かったのだから。
しかし何故か、叫び声は1つしか聞こえない。
(そんなばかな!何故みんなは叫ばないんだ!)
ミキは慌てて周囲を見る。
一瞬、誰も居ないのかと不安になったがちゃんと3人はその場にいた。
ミキの叫び声で聞こえなかっただけで、それぞれしっかり驚いてたことに気がづいた。
ユキミは「えっ?えっ?えっ?嘘?」と現実を受け入れられていない。目を見開いている。
リコは「は?ん?は?」といいながら不思議な動きをしている。困惑を体で表現している。
セリナはいつも1番うるさいが、今は静かだ。びっくりして固まっている。
(いつもまとまりがないけど、驚き方ですらバラバラなんだ…。)
思わずそう感心してしまうミキ。
「みんなミキちゃんみたいな驚き方をすると思ってたけど、驚き方がこうもバラバラだとは予想できなかったよ。」
どうやら佐々木さんも同じことを考えていたらしい。
「いやいや、そんなことを言ってる場合じゃないですよ!!」
固まっていたセリナが動き出した。
「え、なにぃこれ?」
ユキミは落ち着きを取り戻せていない。未だ目を見開いている。
「冗談かと思ってた…。」
リコは目の前の虹色の道から目が離せないようである。
4人が驚く中、1人だけ冷静な佐々木さんは
「これは異世界へ続く道だよ。」
とサラッと答えた。
一通りリアクションを終えたところで、4人は顔を見合わせた。
「ふん!?ンん??」(あれ!?なに??)
「んーんー?」(さーあー?)
「oh......」(わかんないよ…)
「ンンンン?」(なにごと?)
会話をしようとするが何から喋ればいいか分からず、誰も言葉を発さないので身振り手振りで困惑を伝えあう。
これで何となくお互いの言いたいことが理解できるのがこいつらの凄いところである。
しばらくして……
「フーハーフーハー」(深呼吸して落ち着こう!)
リコからの指示で深呼吸を開始。
「ん!んーーーん?」(ちょっともう1回見てみない?)
ミキの提案に3人は頷き、もう一度トイレを見ることにした。
「せーのっっ」
4人同時にトイレに顔を向けた。
なんとそこには…
なんとそこには虹色の道が!
やはり夢でも幻覚でもなかったのだ。
「気のせいじゃなかったぁーーーアハハ」
リコはもう訳が分からないので思わず笑ってしまう。
「なんか、マリカーで見たことない?」
考えるのをやめたユキミの言う通り、虹色の道はレイン○ーロードに似ている。あんなにグネグネしていないが。
「あー…誰が私のほっぺつねってくれる?」
「まかせて!」
「えっ…?ミキはちょっと…っていたぁぁぁぁあい!強すぎ!」
「あれ?優しめにしたのにぃ。」
セリナの要望にミキが応じた。
馬鹿力のせいで危うくアザになるところだったが、ミキはケロッとしている。恐ろしい女である。
そんなこんなでギャーギャー騒いでいると、
「少し落ち着いて。とりあえず、色々確認してごらんよ。」
佐々木さんが提案をしてくれた。
話が進まないと思ったからだろう。
(まぁそうすべきか…)
(まだ状況を道飲み込めてないよぉ)
(お腹空いた…)
(ほっぺ痛い…)
各々思うことがある4人だったが、ひとまず提案を飲むことにした。
他の部屋のドアで試したり、他の合言葉を唱えてみたりと様々なパターンで実験する。
そして15分後…
実験は
・どこのドアでも合言葉を唱えると虹色の道は出現する
・「lunch」以外の言葉を唱えてドアを開けても何も起こらない
・2人同時に別々のドアを合言葉を唱えて開けると、虹色の道はそれぞれ出現する
・虹色の道は足を踏み入れる勇気がなかったので何も検証出来ず
という結果に終わったのだった。
現在はトイレのドアで虹色の道を出現させ、道を眺めながら皆でお茶を飲んでいるところだ。
「まさか…本当に異世界に行けるんですか?」
虹色の道をまじまじと見ながらセリナが質問をした。
「それが本当に異世界に行けるんだ。この道の先のドアを開けるとそこは異世界だよ。」
優雅に紅茶を飲みながら、佐々木さんが虹色の道を指差す。
(ドア?そんなのあったかな?)
そう思った4人が目を凝らして道の先を見ると…。
「えっっあっほんとにドアがある。」
4人の中で1番視力のいいリコが最初に反応した。
続いてユキミ、セリナも同じ反応をする。
佐々木さんの言う通り、道の先には木製で上品な造りのドアが存在していた。
周りが真っ暗なので、茶色のドアは見つけづらくなっている。
それでもよく見れば普通に見つけられるので言い訳は出来ないのだった。
「あれ、みんな気づいてなかったの?」
佐々木さんの視線から目を逸らす一同。
「あー……何で気がつかなかったんだろう?」
「ウチらさっきの15分何してたっけ?」
「い、いやぁ私は気づいてたよぉ…」
ユキミとリコは不思議がっているが、セリナは気づいていたようだ。
否、斜め上を見て口がニヤけているのでセリナも気づいていなかったようだ。
「えー見えないよぉ」
ミキは道の先を見るが、視力が悪いので見えていない。
そんなミキに佐々木さんが提案する。
「この道を渡ってを近くで見ておいでよ。折角だし、今が13時43分だから…10分くらい異世界も見てきたら?」
「え、ここを渡るんですか?もし落ちたら…」
高所恐怖症のユキミが不安そうな顔で聞く。
トイレの異空間は虹色の道以外の場所は真っ暗なのだ。だから落ちた時を想像すると怖いのだろう。
「落ちる心配なら大丈夫。あの虹色の道は足を吸着してくれるから落ちる心配はないよ。」
「吸着ですか?そんなので大丈夫なんですか?」
ユキミはいまいち信用しきれていないようだ。
「うん、だいじょ」
「すいません、そもそもこの空間は入っても大丈夫なんですか?」
佐々木さんの話をセリナが遮る。
道から落ちる落ちないより、そもそも安全な空間なのかが気になったのだ。
「勿論、この空間は君たちの心身に害がないことを約束するよ。」
その言葉を聞いて1人の女が動いた。
「ウチ、ちょっと片足乗せてみるよ。」
リコである。
「えっちょっ待っt…」
セリナが制止しようとするが、お構い無しにズカズカとトイレに向かう。
トイレ付近にいたミキを押し退けて片足をだす。
「えっリコちゃん、気をつけて!?」
「任せとけって」
ユキミからの心配の声にリコは頼もしく応じた。
細心の注意を払いながら虹色の道に足を近づける。
そして…
「あっほんと。足にピタッてくっつく感覚がする。」
道に足がちゃんと乗ることを確認すると、リコは両足で立ってみせた。
「リ、リコ落ちないでね?」
ミキがアワアワしながらリコに注意を促す。
「イメージはマグネットみたいかな?ちょっと違うけど。」
ミキの心配をよそにリコは足踏みを始める。
「この道は吸着してくるけど、足を離そうと思ったら簡単に離れるよ。逆に言うと離そうと思わなければ離れないから、自分から落ちようとしなければ落ちる心配はないんだ。」
「ほんとだ!離さないでって思ってたら足が上がらない!」
何故かリコは楽しそうである。
「うっかりつまづいて片足踏み外した時はどうなるんですか?」
セリナが心配の声を上げた。自分がどんくさいことを知っているからだ。
「つまづいたり転んだりした時は反射的に体を支えなきゃって思うでしょ?その瞬間に両足が道にくっつくから落ちる心配はないね。」
「なるほどー。道に立とうとする意思があれば、道が体を支えてくれるんですね。しかも、無意識でもその機能は作動する。面白い道ですね。」
佐々木さんからの回答にセリナは安心した顔を浮かべた。
「つまりどういうことだってばよ。」
小難しい言い回しをされたせいでリコは理解できなかったらしい。
「つまり、道の外に落ちる心配はないってことだよ。自分が落ちたいと思わない限りは。そこを理解してれば大丈夫よ。」
「へーりょうかい。」
とりあえず、セリナの簡潔な説明で結論は理解できたようだ。
(んん?セリナはなんでそこまで分かってるんだ?)
実は、リコ以外にも先程の話を理解できてない女はもう1人いた。ミキである。
(まぁ、とりあえず安全ってことだよね!よしっ)
「ミキも道に乗る!!!」
「え、ミキちゃん!?」
ミキがいきなり叫ぶのでユキミが驚く。
「おいでよミキ。」
「うん!行く!」
リコに呼ばれ、大胆にもジャンプして道に降り立った。
「わっほんとだ!ちゃんと立てるし、歩けるよ!あははは!」
よほど気になっていたのだろう。ミキは1番最初に道に立ったリコよりもハイテンションだ。
「ちょっ抜け駆けするなよーミキ。私もそこ乗りたいんだからな。ワックワクなんだからな。」
そんな興奮を抑えられないミキを見て、セリナもうずうずしだす。
そしてドアへと向かうと
「「カモーーン」」
ミキとリコが手を伸ばし、その手を取ってセリナも道の上に立った。
「へーこんな感じなんだ!確かに、足裏が不思議な感覚…近くで見ると尚更綺麗な道だねぇ!」
「でしょー」
「ミキたちもっと早く乗ればよかったねー。」
セリナもミキに負けず劣らず大喜びした。
そこからしばらく3人でキャッキャしていると、
「ユキミちゃんもいっておいでよ。」
佐々木さんがユキミを笑顔で見つめた。
「えっ」
「ユッキーおいでよぉ」
リコが呼び、ミキとセリナはユキミをニコニコ見ている。
「あっえっと…」
(3人が呼んでる…行きたい…でもやっぱり怖い…)
ユキミはどうしても恐怖心が拭えなかった。
いくら落ちないと言っても、底が見えない暗い空間を見ると足がすくむのだ。
でも、友達が呼んでいるのを断わりたくない…。そんなことを考えていると
「無理なら辞めとこうよ。」
ミキが優しく手を握ってくれていた。
ミキの手の温度を感じてユキミはハッと周りを見る。
考え込んでいて全く気が付かなかったが、気づけばユキミの周りはミキ、リコ、セリナの3人で囲まれていた。
「いやーごめんごめん、つい興奮しちゃって。ユキミは高いところ苦手だもんね。」
「ウチもごめーん。ユッキー無理しないでぇ。」
セリナとリコも優しく声をかけてくれた。
「…みんな、ありがとう……ごめん。」
罪悪感から思わず目を俯かせて謝ってしまうユキミ。
そんなユキミを見て
「ユキミちゃん、誰にだって苦手なことはあるから謝る必要は全くないよ。むしろごめんね。」
温かく佐々木さんが諭してくれた。
佐々木さんの言葉に3人もウンウンと頷いている。
皆からの優しさを受けてユキミは考える。
(…この3人と佐々木さんもいるんだし、きっと大丈夫だよ。手を繋いでもらって、目をつぶって進めばあたしでもいけるはず。うん。多分。きっと。それに、あたしもあの道歩いてみたいもん。)
そして
「みんなありがとう。あたし、行くよ。」
決心したのだった。
このユキミの宣言に
「おぉ、いぇーーーい!」
「じゃあ怖くないよう手を繋いで行こうぜ!」
ミキとセリナがハイタッチ。
「えっユッキーほんとに大丈夫?」
リコはまだ心配そうな顔だ。
「うん、あたしもみんなとあの道に乗って歩いてみたい。ありがとうリコちゃん。」
「なら良かった!」
ユキミの落ち着いた様子をみて3人は安心するのだった。
「そうと決まればさっそくレッツゴ〜」
セリナがそう言うとミキ、リコがユキミと手を繋ぐ。
「まだ怖いから目は瞑らせてね。」
「オッケー。ちゃんとミキとリコが傍にいるから安心しなー。」
「え、セリナは何するの?」
「さぁレッツゴ〜。」
偉そうにしてる割には何もしてないセリナにリコがツッコむも、セリナはスルー。
なんと図太い。
(ふふっ)
そんなやり取りに安心を覚えながら、ユキミは少しづつ進んで行く。
(あとどれぐらいだろう?もう5歩ぐらいかな?)
「はい、目を開いて。」
予想よりも速いところでセリナの声が聞こえた。
「ユッキーもう着いたよ。」
「しっかり立ってるから安心してー。」
続いてリコ、ミキからも呼びかけられる。
(怖い…心臓バクバクするぅ)
3人の声に応じて、ユキミは恐る恐る目を開く。
その時、うっかり空間の底を覗いてしまい…
「うわぁぁぁぁぁああああああああああああ」
真っ黒な恐怖がユキミを襲うのだった。
かなりの大音量での絶叫に耳を塞ぐミキ、リコ、セリナ。
「ユ、ユキミちゃん、大丈夫!?」
扉の外にいる佐々木さんも心配しながらも思わず耳を塞いだようだ。
「これやばいって!!!やばいって!!!」
ユキミのパニックは止まらない。
「ユキミ!深呼吸!」
「ヒッヒッフーヒッヒッフーだよ!」
「それは出産の時のやつな!」
ミキが的確な指示を出したと言うのにボケをかますリコ。セリナは思わずツッコんでしまった。
「ヒッヒッフーヒッヒッフー」
何故かユキミはリコが言った出産の呼吸法を始め、少しづつ落ち着きを取り戻していく。
そして3分後…
「ごめん、落ち着いた。道キレイだね!」
ユキミはようやくこの空間に慣れたようだ。
「ユッキー、もう底は見ないようにね。」
「ジェットコースター乗った時ぐらい叫んでたね。」
「あのジェットコースターもそんなに怖いやつじゃなかったような記憶…。」
リコ、ミキ、セリナが少し遠い目をしていると
「あはは…色々あったけど今が13時52分だから5分くらい異世界見ておいでよ。」
佐々木さんが改めて提案する。
「そうですね、せっかくだし見に行ってきます!」
満面の笑みで答えるセリナ。早く行きたくてうずうずしているのだ。
「私はここで待ってるよ。それと誰か、時計を忘れずにね。時間はかなり気にした方がいい。」
「ミキが持って行きます!この中で1番しっかりしてますから!」
「「「えぇー…?」」」
ミキは基本パワーで物ごとを進める気質なので、しっかりしている発言に首をかしげるユキミ、リコ、セリナ。だが、意外と計画性が1番あるのはミキなのでとりあえず異論は唱えないことにした。
「頼りにしてるよ、ミキちゃん。じゃあ、行ってらっしゃい。」
佐々木さんが微笑んで4人に手を振る。
「「「「行ってきまーす!」」」」
4人もまた佐々木さんに手を振り返して出発するのだった。