墨男と紫月①
麗らかな陽光がさす、過ごしやすい朝のことだった。
紫月専属の使用人、雪乃は裏庭で難しい顔をしていた。
「ここ最近、姫様に近づく不審な影だけれど……姫様もお気づきみたいで……」
雪乃の目の前には、紫月の護衛である墨男。
「……そのようですね。不安を感じさせていることについては、私の失態です。」
墨男は視線を落とした。
拳がわずかに固まる。
「“緑”に詳しい捜査を頼んでるのだけれど……あまり進展がないみたいなの。まったく……何をしているのかしら。」
雪乃が眉間に皺を寄せた。
“緑”。
国の規律や風紀を守るため、犯罪や警護を仕事としている身分。
階級は紫、青、赤、白、緑と上から五番目であるが、働きによっては赤や青の身分と同等に敬われることもある。
ユキミたち四人の世界で言うところの、警察のような組織だ。
彼らは非常に優秀であり、犯罪事への嗅覚がいい。
通常なら、とっくに尻尾を掴んでいるはずだった。
「そういえばロメオ殿下が、こんなことを言っていました。」
墨男の記憶がよみがえる。
ーーー
廊下の窓辺。
いつも軽やかなはずのロメオが、珍しく目を伏せていた。
「しばらく、“緑”は上手く機能しないかもしれない。僕と桐生君で対処してはいるけど……色々とごたついているんだ。」
ーーー
「……ロメオ殿下のあのような表情、初めて見たかもしれません。」
墨男の言葉に、雪乃がぴたりと止まる。
「墨男、そういう情報はもっと早く言いなさい。」
「も、申し訳ございません……」
墨男が即座に頭を下げると、雪乃は小さく息を吐いた。
「まぁ……どのみち、やることは変わらないわ。“私たちで”やるの。」
その“私たち”には、重みがあった。
「……もちろんです。」
ーーーーーー
日の光はまだ柔らかく、竹林は薄い霧をまとっていた。
ここは和を重んじた自然が栄える土地、“栄然”。
藤ノ国ならではの風景や、植物を楽しめる場所。
この竹林の奥の屋敷で、紫月は茶道の習い事があるため移動している最中だ。
ガラッ……
馬車が止まり、扉が開く。
紫月が降り立つと、雪乃がすぐに日傘を差しかけた。
白い布越しに落ちる光が、紫月の横顔を淡く縁取る。
墨男は斜め後ろに控える。
距離を一定に、影のように。
その周囲を、十名ほどの護衛が取り囲む。
竹の葉が擦れ合う音。
規則正しい足音。
何も起こらないはずの道。
しかし、10mほど進んだところで……
「ねえ、墨男……」
不意に、紫月の小さな声が墨男の耳に届く。
「はい、姫様。」
視線は前へ向けたまま、耳だけを差し出す。
「見られているわ……」
「!!」
一瞬、呼吸が止まる。
だが表情は変えない。
「……どの方向でしょう。」
「三時、五時、八時の方向からよ……」
紫月の声に怯えはない。
ただ、警戒していることは分かる。
(流石です、姫様。……俺より早く気づいておられる。)
墨男は周囲をさりげなく測る。
「居場所が発覚したら、散り散りに逃げる手筈ですか……。」
「そうでしょうね……でも……」
紫月の言葉に、わずかな間が生まれた。
「五時の方向の人間……墨男を見ているわ。」
「私を、ですか……?」
奇妙だ。
確かに黒衣は目立つ。
だが、墨男を見たところで何にもならないはずだ。
(俺から一人ずつ狙うつもりか……?)
墨男の頭に、様々な考えが巡る。
(今、護衛を担当している緑には“ 色つき”がいる……手を出してくるとは考えにくいが……)
考えているうちに、竹林の出口が見えて屋敷のドア前へ到着してしまった。
「姫様、到着いたしました。」
雪乃が静かに告げ、玄関のドアを開ける。
「ありがとう……」
紫月は一歩、雪乃と共に内へ。
その直後だった。
紫月が振り返る。
墨男と、視線が合う。
「……」
「……」
言葉はない。
だが、確かに何かが交わった。
「……」
「……」
墨男には判別できない、何かが。
「ヴッヴン……!」
しかし、雪乃の声が二人の空気を断つ。
「墨男、姫様には私が付いています。あなたは可能な限り、あの不審人物を調べるように。」
「かしこまりました。」
墨男は深く礼をする。
視線は伏せたまま。
「……気をつけてね。」
ドアが閉まる直前、紫月のそんな言葉が聞こえたような気がした。
木製のドアが閉じる音が、竹林に溶ける。
紫月の気配が遠のく。
「……」
墨男は、息を吸うとゆっくり頭を上げた。
瞳からは柔らかさが消え、鋭さのみが残る。
(五時の方向……)
墨男が作戦を考えていた時だった。
「おい、黒服。」
気だるげな声が、墨男を呼んだ。
振り向けば緑色の軍服を纏い、
同じ色の髪を無造作に束ねた男が立っていた。
やや軽薄そうに見えて、油断のない視線だ。
「俺たちはこのまま藤堂様の警護にあたる。お前は、元きた道を戻れ。」
一瞬、空気が張り詰める。
「それは……」
言葉が喉まで上がる。
墨男は、その言葉が“ 黒”への嫌がらせだと認識した。
(……いや……)
しかし、すぐに真意を察する。
「かしこまりました。ここはお願いいたします。」
墨男は深く一礼し、踵を返した。
そして言われた通り、来た道を戻る。
「えー……」
その姿を見た、命令した男の部下が小声で問う。
「緑田さん、厄介払いですか?いくら黒でも、藤堂様の護衛にまずいのでは……?」
ゴツンッ
「いてっ」
上司の拳が、部下の頭を小突いた。
「バカヤロウ。五人の不審人物のうち、一人はあの黒服を見ていたと藤堂様が言ってただろう。その変人が、あの黒服を追って動くかもしれん。」
「五人?視線は三方向からでは?」
「二度言わせるなよ面倒くさい。数は五人だ。……しかも、“ 色つき”が一人いるな。」
「さすが“ 色つき”の緑田さん。分かるんですね!って……相手に“ 色つき”がいるなら、黒の単独行動は怪しまれるんじゃ?」
「いや、そこはお前がさっき思った通り、俺が黒をハブったように見えてるだろうよ。」
「なるほど! 緑田さんって、意外と頭がいいんですね!」
ゴチーンッ!!
次は小突く程度ではすまなかったのであった。
ーーーーーー
竹林を抜けると、空気の匂いが変わった。
近くに人の気配を感じる。
墨男は数歩進み、ふと立ち止まった。
そして振り返る。
ガギんっ!!
火花が散った。
刃と刃が噛み合い、甲高い衝突音が弾けた。
「何者だ!!」
墨男は短剣を片手に、鋭く叫ぶ。
「ッチ」
舌打ちと共に、襲撃者は地を蹴り、距離を取った。
墨男は相手を観察する。
歳は自分よりも少し下。
童顔のせいか、背丈はあるが幼く映る。
黒服。痩せた体躯。肩まで伸びた、手入れのされていない黒髪。
可愛らしい顔立ちとは裏腹に、目つきが鋭い少年だった。
手には粗末な短剣が握られている。
(……若い。)
「誰に雇われた?」
墨男の問いは低い。
「……」
少年は答えない。
代わりに吐き捨てる。
「この裏切り者が……!!」
次の瞬間、少年は短剣を構え、一直線に墨男の喉元へ飛び込んだ。
一撃、二撃、三撃。
少年は容赦がない連撃で、反撃の隙を与えぬよう畳みかける。
だが。
ヒュッ キンッ キンッ
「……」
墨男は、静かだった。
かわし、刃をいなし、足運びで角度をずらす。
そして、
ガッ
見事な回し蹴りを披露。
鈍い衝撃が、少年の腹部を打つ。
「ぐぅぇ…………!!」
少年は後方へ跳んで衝撃を殺したが、それでも苦悶が顔に滲んでいた。
「ゲェ……ハァ……ハァ」
少年の呼吸が荒い。
対して、墨男の息は乱れていない。
むしろ、余裕もって小刀を構え直した。
「私はお前など知らん。裏切り者と呼ばれる筋合いはない。」
その言葉に、少年の顔が歪む。
「はぁ?……何言ってんだ、藤堂の犬が!!」
空気が変わった。
粗末な小刀を力いっぱい握りしめている。
「お前、藤堂の姫に拾われたんだってな!?ただの運で!!どうなんだよ!?」
墨男はわずかに目を細めた。
(……随分喋るな。身体を休ませるためか、俺の油断を誘う気なのか。……話に乗るか。)
リスクはあるが、情報を引き出せるかもしれないので、墨男は話に応じることにした。
「あぁ。」
だが、気は緩めない。
「自分のことを“私”だなんて、随分と上品に教育されたんだな。拾われてからは、特に食うものにも困らなかったんだろう。優しくされたんだろう。俺たちの環境なら、飼い主に懐くのも当たり前だろうな……!!」
「何が言いたい?」
今度は墨男が踏み込む。
少年に、探りを入れるために話を聞いているとバレないようにするためだ。
その意志を込めた、少し手心のある一閃。
これを少年は小刀で受ける。
ガキンッ!!
カンッ!!
そして少年は隠していたもう一本の刃を抜き、素早く墨男の小刀を挟み込んだ。
(……!!コイツ……意外とやるな。)
墨男は思わず感心してしまった。
ギチッ……ギギッ……
金属同士が噛み合い、動きが止まる。
(それなら……)
墨男が小刀を握ってない方の手で、少年の腹を殴った。
「ガッ……」
少年は拳を受け止め、苦しそうにする。
だが、その目は燃えていた。
「お前、考えてみろ!!」
叫びが震える。
「俺たちが苦しんだ元凶は、アイツら藤堂だろ!?」
竹林の外れで、怒号が響いた。
刃は交差したまま。
止まった時間の中で、墨男の瞳がわずかに揺れた。
金属が軋む音が、二人の間で止まったまま揺れている。
「そもそも“黒”という身分を作ったのは藤堂家だ!!」
少年の声は荒い。
「身分ができたのは昔だ。けどな、今の藤堂家は何も変えちゃいない!!放置してる!!ならアイツらも同罪だろうが!?」
刃越しに、睨みつける。
「そんな奴らに少し優しくされて、勘違いしてるお前は馬鹿だ!!受けた苦しみを忘れたお前は“ 黒”の裏切り者だ!!」
「……一理ある。」
頭に血が上っていた、少年の目が大きく見開いた。
その瞬間。
墨男は短剣に込めていた力を、静かに抜いた。
金属の軋みが弱まる。
少年はそれに気づき、ゆっくりと刃を下ろした。
「お前は……俺が許せなくて、俺を見ていたんだな。」
「!!」
少年は、黙って頷いた。
「俺にも、苦しい時期はあった。食べるものに困り、人を憎み、母さんを失った。」
墨男は視線を外さない。
「俺が拾われたのは、ただの気まぐれだろう。運が良かっただけだ。」
それは事実だった。
墨男にとって、紫月との出会いは奇跡でしかない。
「色々、お前を見ていると思い出したよ。俺も……藤堂家を憎んでいた。」
「……」
少年はその言葉を聞き、息を整えた。
「なら……こっち側につかないか?」
真っ直ぐな目だった。
「お前ほどの訓練された腕があれば、すぐ仲間に入れてもらえる。藤堂を崩せるんだよ。俺たち“ 黒”は解放されるんだ。これからは好きな場所で、好きに生きていけるぜ。」
子どもが、未来を語る声。
希望が混じる声。
「……」
墨男は一瞬だけ、沈黙した。
そして、
「……お前はいい奴だよ。俺なんかにそう言ってくれて……ありがとうな。」
その言葉に。
「ほ、本当か!!」
少年は、初めて年相応の笑みを浮かべた。
憎しみを外した、素の顔。
刹那。
「これからよろし……」
少年の首筋に、銀の軌跡が走る。
ヒュッ
音は小さい。
だが正確に、脈が斬られた。
その証拠に血が流れ出てくる。
「……どう…して………ゴフッ…」
少年の掠れた声。
墨男は冷たい顔で答える。
「いい奴だから、仲間の情報は吐かないだろう。拷問したところで時間の無駄だと判断した。だから楽に殺してやろうと思ったんだが……それはやめた。」
ガッ
墨男は少年を蹴り倒した。
「お前には姫様を狙ったという、大罪がある。少し苦しんで死んでもらうぞ。」
「クソ……ぉプ……」
少年の口から血が溢れ、瞳が怒りと困惑で染まる。
「お……まえ……同じ……“黒”だろ?」
声を絞り出して、睨みつける。
だが、墨男は気に留めない。
ただ静かに言う。
「俺たち“ 黒”の自由か、姫様か。比べるまでもない。姫様が健やかに過ごされるのなら、俺は自由なんか……何もいらない。」
その声には、迷いがなかった。
墨男の胸の中にいる人間はたった一人。
紫月。
それだけだ。
「……もういいだろう。すまんな。」
墨男は優しく少年を押し倒し、心臓に刃を押し込む。
「…ぁ……」
少年の瞳から光が消えていく。
「……ごめんな。」
ーーーーーー
ガラガラガラッ
車輪が乾いた道を刻む。
紫月は習い事を終え、再び馬車に揺られていた。
次の行先は……
「“ 鹿山”へ直々に足を運ばれるとは……今、あの辺はかなり危険が多いと聞きますが……」
「よして、雪乃。あの土地が貧しいのは、私たちの力不足です。現状を確認するくらい、当然のこと。」
雪乃が口にした“ 鹿山”という土地は、戦争の影響で痩せてしまった場所だ。
紫月は現状調査と食糧配布のために、鹿山へと赴いているのだ。
「それでは墨男、報告をお願いします。」
「かしこまりました。」
墨男が頭を下げる。
「一名に襲撃されましたが、残りの不審人物は姿を現しませんでした。襲撃者は私が刺殺、死体の処理も済ませました。」
「そうですか。あなたが襲撃された状況は、緑田から聞いています。……ねぇ、墨男。」
名を呼ばれ、墨男は頭を上げる。
「怪我は……なかった?」
紫月と目が合った。
「は、はい。無傷でございます。」
胸の鼓動が速まる。
墨男はそれを悟られぬように、深く呼吸した。
「そう……」
紫月の表情が、わずかに柔らかくなる。
その瞬間だった。
ドカーンッ!!!!
地を裂くような轟音
車内が大きく揺れる。
「きゃっ」
「姫様!!」
よろめいた紫月を、墨男は咄嗟に抱える。
「……」
「……」
腕の中の温もり。
だがそれを意識する暇はない。
揺れは続くが、馬車は止まらない。
「藤堂様!!敵襲です!!」
窓の外から、馬上の緑田が叫ぶ。
「それぐらい分かるわよ!!それよりも状況を教えなさい!!」
雪乃が怒って返事をする。
緑田は「おー、怖!」と言わんばかりの表情をした。
「後方より敵が接近。恐らく、この爆撃で馬車を止めたところを包囲する算段でしょう。俺は後方を迎え撃ちます。ただ……」
「色つき、ですね…………そうなると……」
紫月が苦い表情で墨男を見る。
墨男はその意味をすぐに察した。
「姫様、私が緑田様を加勢します。」
「……」
紫月は頷こうとしない。
その沈黙が、墨男の胸を締めつけた。
「……雪乃様、姫様を頼みます。」
「分かっているわ、墨男。気をつけなさい。」
しかし、悠長に紫月の返事を待つ時間はない。
今はやるべきことを、早急に行わなければならない。
墨男は馬車のドアを開けると、叫ぶ。
「緑田様、加勢いたします!!」
「ならこっちへ跳べ!俺が受け止めてやる!!」
「え……は、はい!」
てっきり、無人の馬に飛び乗るつもりでいた墨男。
緑田が受け止めてくれるか心配だが、迷っている時ではない。
「はっ!!」
「おっと。」
緑田、見事キャッチ。
「お前が女だったら俺も嬉しかったのに。」
「す、すみません……」
そして墨男は馬に座り直し、緑田と共に後方へと駆けた。
「墨男……」
心配そうにする紫月の背に、そっと雪乃が手を置く。
「姫様、墨男を信じましょう。今はご自身の心配を。」
「……えぇ。」
不安は拭えない。本当は行かせたくない。
紫月はただ真っ直ぐに、好いた男の遠のく背を見送るしかないのだった。
ーーーーーー
同じ馬の背で、風を切る。
「あーあ。俺、あんま強くねぇよ? こういう役は桐生の役だろ。」
緑田が肩越しにぼやく。
墨男はわずかに苦笑した。
「桐生様、そんなにお強いのですか。」
「あぁ。俺の十倍は強い。同じ色つきなのになぁ。」
ずっと軽口を言う緑田。
これは戦闘前に緊張で消耗しないための、緑田なりの気配りだった。
パカラッパカラッ
邪魔な枝葉をかき分け、視界が開けた瞬間だった。
馬がぴたりと止まり、緑田の背中が強ばる。
「クソが……」
「え……?」
墨男は身を横に倒し、前方を見る。
そこにいたのは、赤髪で品のある服を纏う男。
馬上で優雅に佇み、剣を片手に煌めかせている。
その足元……いや、道一面に。
十人ほどの死体が転がっていた。
墨男の喉が鳴る。
「これは……」
「俺の部下だ。」
緑田の声が低く沈む。
「全員やられてる。あの見慣れない顔の死体二つは、あいつのお仲間だろうな。」
赤髪は、にやりと笑った。
まるで退屈しのぎの遊戯を見つけた子どものように。
次の瞬間、馬腹を蹴る。
一直線に突進。
緑田も剣を抜き、迎え撃つ構えを取る。
だが。
ブゥルルルルルルルフ!!!
突如、乗っていた馬が悲鳴のような声を上げ、その場で暴れだした。
「「!!」」
二人は反射的に跳躍する。
着地と同時に、墨男が異変に気づいた。
「矢が……! もう一人います!!」
馬の尻に、深々と刺さった黒い矢。
馬の動きが鈍くなっていくのを見る限り、恐らく毒矢だ。
「どこだ、どこに!?」
「おい、避けろ!!」
緑田の怒号。
墨男の身体が横へ弾き飛ばされる。
その直後、
ドッ。
鈍い衝撃音が聞こえた。
「…………緑田様……」
起き上がった墨男の視界に映ったのは、地に伏した緑田の姿。
額から血が流れている。
「緑田様!!」
墨男は全速力で駆け寄り、容態を確認する。
「……タァ」
幸い、息はあった。
「馬に蹴られちまった……いってぇ……」
歯を食いしばりながら、緑田が悔しそうに笑う。
「申し訳ございません!!私の注意が散漫になったばかりに……!!」
「……どけ。」
緑田はゆっくりと立ち上がり、剣を拾う。
彼の視線は、赤髪を再び捕らえた。
「あの野郎……馬上から俺の首を狙ってきやがった……」
赤髪は、少し距離を取って旋回している。
いかにも楽しんでいる顔だ。
赤髪がニヤリと笑うと、再び馬が地を蹴る。
蹄の音が近づく。
パカッパカラッパカラッ
「緑田さん、避けましょう!」
「どいてろ。心配すんな。」
緑田は真正面から受ける気だ。
赤髪が剣を振り下ろす。
ヒュッ
これを緑田は紙一重で身を逸らした。
頬に赤い線が走る。
その刹那。
緑田の剣が、閃いた。
赤髪の乗る馬の前脚を深く、斬る。
ザシュッ
辺りに鮮やかな血が飛んだ。
馬が絶叫し、赤髪の身体は投げ出された。
「……お見事です。」
「ありがとうよ。」
礼を返すが、緑田に警戒はまだ解けていない。
「フゥ……」
なぜなら、投げ出された赤髪は平然と着地して、ピンピンしているからだ。
「おい黒服、俺は赤髪と戦う。お前はあの木の上に潜んでいる奴を叩け。」
緑田が呼吸を整えながら、ある一本の木を指さす。
「……かしこまりました。どうか、ご無事で。」
「お前もな。」
墨男は一礼すると、すぐに駆けて行った。
この場に残ったのは緑田と、赤髪の二人。
「その顔立ち……西の大陸のやつだな。はん、俺の方が男前じゃないか。」
「オマエ……やるナ……」
「ありがとうよ。それと、よろしくな。」
ギィィイイン……!!!
二人の猛者の、火花散る戦いが幕を開けた。
ーーーーーー
ガシュッ ガサッ ガシュッ
墨男は飛んでくる矢を叩き落としながら、敵の元へ走る。
「あいつか……!!」
とうとう、木の上に居座る敵の姿を確認した。
容赦ない毒矢の猛威をかいくぐり、拾った石を敵目掛け投げる。
「うわっ!!!」
木の上の人物は体勢を崩し、地面へと落ちた。
(今だ……)
敵の首を、墨男は的確に狙う。
ピタッ
しかし、斬ろうとした手の動きは止まった。
「お前は……」
墨男は驚いた。
今、目の前にいる顔は……
「兄はどこだ!!」
少し前に自分が殺した少年に、瓜二つだったからだ。




