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お昼の時間です  作者: ギーク
第一の世界
18/19

囚われの紫月姫?

ちょっと残酷描写あります!




「でんでらりゅうば〜でてくるばってん」


倉庫に、呑気な歌声が響く。


「でんでられんけん、で〜てこんけん」


とても誘拐されたとは思えない、陽気さ。


「こんこられんけん、こられられんけん、こーんこーん」



セリナが歌い終わると、アズールがパチパチと拍手を送った。


「さすがじゃ、紫月姫。なかなかに歌がお上手で。」


「ありがとう!紫月じゃないよ!」


「人質はみんなそう言うもんじゃ。」


「そんな人質いたら見てみたいな!」



ハハハ、と笑う二人。


「その歌はどういう内容なんじゃ?口調はどこかの方弁に聞こえるが……」


「出られるならば、出ていくけど、出られないから、出て行かないよ。行けないから、行かないよ。」


「まさに今の現状じゃのう。そんな歌があるとは、物騒で驚いたぜよ。」


現在、セリナは相変わらず倉庫で軟禁中。

手足は縛られていないが、アズールに見張られている状況だ。


「物騒なのはそっちじゃん。」


「違いない。スマンのぉ、紫月姫。」


「私は紫月じゃなくてセリナ。いい?セ・リ・ナ。」


「そんな嘘をつくな。オンシが紫月姫なのは分かっとるんじゃ。」


「髪色が違うでしょ!!紫月さんは綺麗な紫、私は綺麗な黒髪!!」


「あいにく、ワシは色を見分けるのが苦手でな。だから着物に描かれている“ 藤”で判別したんじゃ。“ 藤”は紫の階級の者しか注文できない柄じゃからのう。」


「え……?」


セリナは自分の着物を見下ろす。

確かに、藤の柄が入っていた。


「しかも、その藤は“ シノノフジ”。藤堂家以外が手に入れるのは不可能じゃ。」


「そっか、この着物は紫月さんが用意してくれた……お揃いの柄の着物……」


「だからオンシ、紫月姫じゃろう。」


「だけど違うよぉ。セリナだよぉ。」


ブンブン首を振るが、全く信じてくれない。


(墨男さんに怒鳴ってた男の人といい、この世界は人の話を聞かないやつが多すぎる!!)


ふと思い出す、緑の軍服を着た彼。

セリナ達が異世界に来て、二番目に会話をした人物。


あの男と同レベルで、アズールは話が通じない。


「それに顔も違うよ??よく見てよ、この顔。」


「シノノフジ柄の着物を着たべっぴんさん。紫月姫じゃろう。」


「べ、べっぴんさん……そう言われたら否定したくない…………。」


「そら、やっぱり本人じゃ。」


「違うってーー。べっぴんさんは否定しないけど、私は紫月さんじゃないよぉ。」


「オンシ、面白いことを言うなぁ。」


愉快そうに笑うアズール。


「あの……ずっと気になってたんだけど……」


「奇遇じゃな、ワシも聞きたいことがある。先にいいぞ。」


「じゃあ、遠慮なく。」



ここでセリナは、ずっと思っていた疑問を口にする。


「あなた……顔立ちから、西の人だよね。なのに、なんで土佐弁なの??」


「土佐弁……??」


首を傾げるアズール。


(土佐弁で伝わらなかったな……あ、土佐っていう土地が無いから名前が違うんだろうな。)


ここは異世界。

土地名が違っても不思議はない。


「ごめん、土佐弁は間違いかも……えっと、話し方が古風だなと思って。どうしてなの?」


「あぁ、この口調のことか。……フッフーん」


どうやら、合点がいったようだ。

急にドヤ顔でセリナを見るアズール。


(ん?……ちょっとムカつくけど黙っとこう……)


セリナは、とりあえずは黙ってアズールの話を聞くことにした。



「この口調は、ワシらが東の言葉を勉強した時に身につけたものじゃ。その際、ついでに方言を調べたんじゃが…………この口調が一番カッコよかった!!」


「お、おう…………」


あまりにストレートな理由に、苦笑いするセリナ。


「なんじゃぁ、その顔は。」


アズールは不服そうに頬を膨らませた。


「ごめんごめん。私はその喋り方、カッコよくて素敵だと思うよ。」


「おぉ、そうか!オンシとは気が合いそうじゃ。」


「ありがとう。それで、アズールが聞きたいことって?」


「そうじゃ。ワシも聞くんじゃったな。」


アズールがジッとセリナを見る。


「な、なに?」


身構えるセリナ。


「オンシ、ワシに誘拐されたことは理解しておるか?」


「うん……一応は。」


「なら、何故そこまで落ち着ける……?肝が据わっているどころの話じゃないぜよ。」


「あー…………」


アズールの指摘通り、セリナは呑気すぎる。

誘拐犯の前で歌って、誘拐犯と談笑している。

普通に異常だ。


「……それは、考えないようにしてるから。」


「どういうことじゃ?」


目をパチパチさせるアズール。


すると、セリナの目から大量の涙が溢れ出した。


「だって、冷静になると怖いんだもーーん!!」


激しく地団駄を踏むセリナ。


「いきなり連れてこられて落ち着いてるわけないじゃん!!考えると怖いから何も考えないの!!自分から脳みそをアホにしているの!!そんなことも分からんのかお前はーーー!!!!」


そしてアズールの肩を掴み、激しく揺らす。


「すっ……す、スマン……わ……ワシが悪かった!」


ガッガッガッガ


アズールは脳震盪を起こしそうなほど揺れるなか、セリナの頭にポンッと手を置く。


「……!!……イケメンの頭ポン……イイ……」


「これで落ち着くとは。オンシ、変わっておるのぉ。」


セリナが落ち着き、アズールはほっと息を吐く。



「もう少し辛抱してくれや。ワシの仲間が来たら、オンシを解放するからの。」









ーーーーーー






「――場所は?」


「は、はい!栄の飴屋の前で、姿が消えたと……!」


「分かった、すぐ向かおう。馬の準備をお願いします。」


「か、かしこまりました!!」


使用人は慌てて部屋を飛び出していった。


ロメオも足早に部屋を出ようとした、その時。


「ロメオ、待って!」


リコが呼び止める。


「ウチらも行く!」

「あたしも!」

「ミキも!!」


三人の声に、ロメオは振り返り――小さく頷いた。


「……分かった。」



ロメオの後を、ユキミ、ミキ、リコが追う。


「君たちは着物だ。馬には乗れないだろう。僕は先に行く。君たちは馬車で来てくれ。」


「「「分かりました!!」」」



三階から二階へ、二階から一階へ、

屋敷を駆け抜ける四人。



玄関が見えた、その時。


「……ロメオ兄様、待って!」


必死に呼び止める声が響く。


聞き覚えのある声にロメオが振り返ると、紫水が息を切らして駆け寄ってきていた。


「ロメオ兄様……!オレも連れて行ってください!!」


「紫水君を……?」


「お願いします、ロメオ兄様!!」


一瞬だけ困惑するロメオだが、すぐに冷静さを取り戻す。


「……ダメだよ、紫水君。子どもの君には危険すぎる。」


「子どもじゃありません!!アイツは……オレのために飴を買おうと出かけたんです……!!だから……っ」


「ダメだ。連れて行くことはできない。」


ロメオがキッパリ告げると、紫水の目に涙が滲む。


「でも……でも……」


「……」

その頭に、ロメオは優しく手を置いた。



「ごめんね、紫水君。本当に危険なんだ。君の身に何かあったら……悲しむ人がいる。」


「オレにそんな人は……」


「いるよ。僕が悲しいし、紫十郎さんも悲しむ。そして、セリナも悲しだろうね。」


「悲しむ人が多いのはロメオ兄様も同じじゃないですか……」



「……ありがとう。」


ロメオは穏やかに微笑んだ。


「でも大丈夫、僕は強いから。必ず無事に帰ってくる。約束してもいい。」


「約束……?」


紫水が聞き返すと、ロメオは力強く頷いた。


「そう、約束。」


ロメオはハンカチを取り出し、紫水の涙を丁寧に拭う。


「僕もセリナも、必ず無事に帰ってくる。約束するよ。僕が約束を破らない男だって、紫水君は知っているだろう?」


ハッと目を見開く紫水。


「……はい。ロメオ兄様は約束を破りません。」


「ありがとう。…………それじゃあ、急がないとセリナが危ないからもう行くよ。戻ったらまたゆっくり話そう。」


「はい…どうか……お気をつけて。」


紫水は、それ以上引き止めなかった。


ロメオの足を止めるほど、セリナは危険になると分かっていたから。


そして何より、“ 約束”してくれたから。


「うん、行ってくる。」

ロメオはもう一度紫水を撫でると、玄関を飛び出す。


ユキミとミキも続いた。


最後に、リコが振り返る。


「紫水君。」


「……様をつけろ、馬鹿者が。」


「セリナは大丈夫だよ。運は悪いけど、しぶといから。」


「……そうか、頼んだぞ。」


「任せとけ。」


ニッと笑い、その場を去るリコ。


「……同じ顔をするのだな、アイツと。」



しばらくして、紫水もゆっくり玄関へ移動する。

ロメオと三人の姿はもうなかった。


静まり返った屋敷で、紫水は拳を握る。


「みんな無事に帰ってきますように……」



そう、美しい月に向かって祈るのだった。








ーーーーーー






「でんでらりゅうば〜でてくるばってん」


倉庫に、呑気な歌声が響く。


「でんでられんけん、で〜てこんけん」


とても誘拐犯とは思えない、陽気さ。


「こんこられんけん、こられられんけん、こーんこーん」


アズールが歌い終わると、セリナはパチパチと拍手を送った。



「アズール、歌上手だね。」


「それほどでもないぜよ。ワシはあまり歌を好まんからな。」


「えー、もったいない。そんなに美声なのに……」



セリナが素直に褒めると、アズールの顔が少し曇る。


「ワシが知っとる歌は、国のために命を捧げろ〜みたいな戦歌ばっかりじゃ。ちっとも楽しくない。」


「アズール……」


「だが、お前が歌を教えてくれるなら……好きになるかもしれんぞ。」


「……歌を?私が?」


コクリ、と頷くアズール。


「何か、ワシが楽しめる歌はないか?」


「うーん、そうだなぁ……明るい曲がいいよね?」


「そうじゃのぉ……歌っててスカーッとするやつがええ。」


「スカッーと?」


「大声で思い切り歌えるやつじゃ。」


「それならあの曲だ!!」




…………5分後



「おぉ、これはのびのびと歌える!」


「でしょ!私もこの歌大好き!!」


「果てしない夢を追い続け、いつの日か大空駆け巡る。この詞が気に入った!」



分かる方には分かったであろう。

セリナがアズールに教えた曲は「大都会」だ。


「分かってるぅ!よし、なら練習を…」



その時だった。



コツン コツン コツン


突如、足音のようなものが聞こえてきた。

その音はセリナとアズールの元へ向かっている。



「……仲間が来たようじゃ。」


アズールが立ち上がるとーー


「アズール!!なんだ、この甘い香りは!!」


低く荒い男の声が、倉庫に響いた。


現れたのは、浅い茶色の髪を後ろで束ねた顔の怖い男だった。

鋭い目つきに、無精ひげ。

服装は荒っぽく、青い作業服のようなものを着ている。

身長が2mはある、大男だ。



「すいません、兄様(あにさま)。快適な方がええかと思って、アロマキャンドルを……」


「人質に与えすぎるな阿呆が!!…って」


怒鳴りつけた男は、そこで言葉を止め――

セリナを見た。


「………………なんだ、この女は。」


鋭い視線が突き刺さる。


「なんだって言われても……紫月姫じゃろう。」


アズールがそう答えた瞬間、男の目つきが一段と険しくなった。


「紫月姫……?お前、こいつの髪は何色だと思ってんだ?」


「紫じゃろ?紫月姫の髪は紫って、兄様が言ってたぜよ。」


「………………」


男は、黙り込んだ。


次の瞬間――


ドカンッ!!


鈍い音が響き、アズールの横っ面に拳が落ちる。


「馬鹿野郎が!!この女は黒髪だろうが!!色の見分けもつかねぇのか!?!?」


「…………ガッ」


アズールの鼻から、鮮やかな赤が床に滴った。


「なんっ回もこの俺が教えてやったのに!!色すら覚えられねぇグズが!!どんだけ頭が弱ぇんだぁあ!?」


「すいません……すい……ませ……」


「どぉすんだよ!?またやり直しじゃねぇか!!藤堂の家を見張らせるだけでどんだけ苦労するか分かってんのかぁああ!?なぁ!?」


男の怒りは止まらない。


拳が、足が、容赦なく振るわれる。


やがてアズールは、床に崩れ落ちた。


「………………アズール……?」


ボロ雑巾のようになるアズールを、セリナは見ることしか出来なかった。


目の前の鬼のような男が恐ろしすぎて。

2mはある男の暴力を止めに入れるほど、セリナは勇敢ではなかった。



「………………アァン?」


運の悪いことに、男の視線がセリナに向いた。


「お前……ちょうどいい。人違いなら殺さねぇとだよなぁ!?なら、殴り殺してやろう。ぐっちゃぐちゃになぁあ!?」


「……あ…………」


ニタァ、と歪んだ笑み。


「安心しろ、俺は女に興味は無い。ただ、殴られるだけだぞ?それ以上はないんだ。俺は優しいからなぁ!?」


次の瞬間、男は倒れているアズールの首を掴み上げた。


ギリ、と指が食い込む。


「その後はお前だ。久しぶりに、たっぷりその体に仕置してやるよぉおお!?顔はあの(めかけ)に似て美しいからなぁ……顔はもう殴らないでやるから安心しろよぉお??」


アズールを乱暴に放り投げると、男は下卑た笑い声を上げた。



「女、お前は顔から殴ってやろう。その綺麗な顔がブドウみてぇに腫れる姿が楽しみだぁ……クックック。」


一歩、近づく。


「やめて……やめて……」


セリナは逃げようとするも、足に力が入らずへたり込んでしまう。


「ボコボコにしてやるよぉ!?ギャハハハハハ!!!」


拳が振り上げられる。


(助けて……!!みんな、お母さん、お父さん!!)


セリナはぎゅっと目を閉じた。


――だが。



「…………え?」


痛みが、来ない。


(目を開けた瞬間にドカンとか?)


恐る恐る薄目を開けると――


「………………何の真似だ?」


男の腕を、血塗れのアズールが止めていた。


「兄様……辞めてください……彼女は…ワシが間違えて連れてきてしまった……」


「離せ!!離さねぇと……!!」


男が殴りかかる。


だが、


「ぐおぉっーー!!」


次の瞬間、男の身体が床に叩きつけられた。


「彼女は……ワシが責任もって……殺す……だから兄様…………どんな罰も受けるから……セリナは……殴らないでやってくれ……」


「お前ぇええ……!!」


男は再び突っ込む。


――だが、何度突っ込んでも。


「ぐぁ……!!」


地面に激しく落ちてしまう。


「アズール……てめぇ……」

やがて男も血に染まった。


「兄様……」


アズールは、静かに構える。


「ワシに殺させてくれんなら……先に、ワシが兄様を……」


「お前に……何ができ」

「殺す。」


酷く、冷たく言い放った。


「…………っっ!!」


男が怯え、震えだす。


「どうかな、兄様?」


「……………………ッチ!!」


舌打ち一つ残し、男は逃げるように姿を消した。


「くっ……………………」

アズールが力尽き、頭から倒れる。


「あ……アズール!……グェエエ……!!」

セリナは支えようとするが、力が足りず下敷きになってしまった。



「スマン……セリナ……」


「大丈夫……ようやくちゃんと呼んでくれたね。」


何とか抜け出し、アズールを丁寧に横に寝かせる。


アズールは、申し訳なさそうに微笑んだ。


「スマンのぉ。ワシが間抜けなばかりに……」


「私こそごめん。アズールが殴られてたのに……何も出来なかった。」


「元はワシが悪いんじゃ、気にするな。」


少し間を置き、ぽつりと呟く。


「…………オンシは黒髪じゃったか。」


「そう言ってたじゃん。もしかしてアズールって色弱なの?」


「色弱……??なんじゃ、それは。」


「生まれつき認識しづらい色がある、目の病気みたいなもんだよ。私の友達にも、暗い青とか紫とか緑が黒に見えるってやつがいるもん。」


「…………そんな病気があったとは。それは治るのか?」


「治すのは……無理だった気がする。」


「そうか……なら、ワシはずっと役たたずのままか。」


「何言ってんの。顔がいい、声がいい、オマケに強い。いい所ばっかりじゃんか。」


「兄様方にとってはそうではない。むしろ……この顔は搾取の対処じゃ。」


視線を逸らす。


「捨てられるなら捨てたいぜよ。」


「…………」


セリナは少し間をおいてから、問いかけた。


「……どうして、お兄さんより強いのにあんな扱いを受けるの?」


「それは……」


考え込むように視線を落とし、ふとセリナを見る。


「オンシには悪いことをしたし……話してもよいか。」


「アズールがいいなら聞かせてよ。」


セリナが頷くと、アズールは小さく息を吐き、ゆっくりと語り始めた。



「ワシが兄様からあの扱いを受けるのは……ワシが妾の子で、色つきだからじゃ。西も東と同じで、色つきはその家の当主となる運命を持つ。当然、兄様からすれば……」


「面白くない話だろうね。自分たちを差し置いてって……」


「そうじゃ。」


アズールは小さく笑った。


「だからワシは、当主である父が死ねば殺されるじゃろうな。」


「はぁ!?なにそれ!?」


思わず声を上げるセリナに、アズールは力なく首を振る。


「そう騒ぐな。……ワシは仕方がないと思うとる。ワシの母様が父様と関係を持ったせいで、兄様の家は崩壊した。その間の子など、憎くて当然じゃ。」


「だからって殺されなきゃいけないわけ!?アズールが何をしたってんの!!」


「生まれてきてしまった、じゃろうか。」


「っ……!!」


その時のセリナの顔を見て、アズールはふっと微笑む。


「……そんな顔をするな。」


「…………だって」


「言ったことはただの事実じゃ。……ワシが生まれなければ、兄様はもう少しまともな人生を歩めたのだからな。」


「あの感じでそうは思えないけど……」


セリナは思い出す。

ゲスに笑い、拳を振りかざしてきた男の顔を。


「セリナはそう思って無理もないが……あれでも、まだ幼き頃の兄様は優しかったのだ。顔だって……」


ヒョイと起き上がり、胸ポケットからペンと紙を取り出したアズール。


「顔だって昔はこうだったんじゃぞ。」


「えぇ!?これが!?」


サラサラと描かれた絵。


そこには、穏やかで柔和な笑みを浮かべた美少年がいた。


「父様の家系は面食いが多いからのぉ……兄様も、兄様の母君に似て美形じゃった。」


「それがどうしてあんな怖い顔に……?」


セリナの問いに、アズールの表情がゆっくりと曇る。


「…………兄様の母君が、心労で亡くなったことがきっかけじゃ。その後、ワシの母様が正妻の座につき……兄様の居場所は、家から消えていった。」


少し言葉を探すように、視線を落とす。


「思えば……あの時から兄様の顔が少しづつ……」


「…それでアズールを……」


セリナの言葉に、アズールは首を横に振り、拳をぎゅっと握り締めた。


「……いや。あの頃の兄様は、まだ腐ってなどおらんかった。兄様は勉学も体術も優秀で……ワシは多くを、兄様から教わった。……優しかったんじゃ、本当に。」


苦く、どこか懐かしむように笑うアズール。

その表情が痛々しくて、セリナはそっと背中に手を添えた。


「すまんの……」


「気にしないで。……まだ、続きがあるんでしょ。」


「……あぁ。」


アズールは自分の髪を グシャッ っと掴む。



「………運命とは残酷で……ワシの方がなんでもすぐ上達し、兄様より上手く出来てしまった。妾の子で……教えていたはずの弟が、じゃ。」


「…その時の歪みがやがて憎しみに……ってことね。」


「いや、元々憎しみはあったのだと思う。兄様の優しさで抑えられていただけで。ワシはそれに気づけず……愚かな話じゃ。」



「しかも男色家だったから、跡取りを考えれば当主になるのは……」


「当然、ワシになる。ワシがいる限り………兄の努力は、初めから報われなかった。」




――ドンッ。


感情の行き場を失った拳が、壁を打ち抜く。


鈍い音とともに、コンクリートが豆腐のように砕け散った。




「ワシが生まれなければ……兄様の母君は亡くならなかったかもしれん。そしてワシが生まなければ……兄様は次期当主となれたじゃろう。」


「…アズール……」


「だから……その償いにワシは……兄様について行くことを決めた。たとえ、兄様が何をしようとも……」


「…………辛くないの?」


「まぁ……さすがにアノ行為は堪えたが……それでも、ワシの全ては兄様に捧げる。これは決めたことじゃ。」



アズールの額から血が流れる。

セリナはハンカチでそっと傷口を抑えた。


「それなのに、さっきは庇ってくれたんだね。」


「あれはワシの手違いが原因じゃから、苦しませないのは当然じゃろう。」


「そっか。それでも……ありがとう。」


「……」

アズールが静かに立ち上がった。


「……勘違いするな。」


そして、腰から短剣を引き抜く。


「オンシには申し訳ないが……ワシはお前を殺す。」


「……!!」


セリナは息を呑みながらも、必死に思考を回す。


「……お詫びに、楽に死なせてやるってこと?」


「そうじゃ。すまんな。」


「仲間が来たら“ 解放する”って言ってなかった?」


「あれはまた別の話じゃ。オンシには関係ない。」


「……歌を教えたお礼は?」



一瞬、アズールの動きが止まった。


「……確かに。殺す前に恩返しはしよう。『助けてくれ』以外は極力叶えるぜよ。」


“ 恩返しはしよう” と言っておきながら、剣先が確実にセリナを捉えている。


(っ……何とか助けが来るまで時間稼ぎを……)


「…それなら……」

セリナは、震える声で問う。


「教えて。……なんで紫月さんを誘拐しようとしたの?」


「言えん。」


「……見逃してくれない?」


「それはできん。言ったじゃろう?」


「……酷いよ、あんなに楽しく話してたのに。そんなにあっさり、私を殺せるの?」


少しでも、躊躇うことを期待する。

しかし……


「あぁ。ワシは戦争あがりでな、人は躊躇いなく殺せる。その相手がオンシなのは……少し悲しいがな。」


穏やかな笑みが返ってきた。



「……なんで笑ってそんなことが言えるのさ。」


「きっと……ワシは、もうおかしくなってしまったんじゃ。戦争ではかなり手を汚したしな。」


「……それはお兄さんも?」


「……………あぁ。兄様が完全に変わってしまったのは……戦争と、薬の影響じゃろうな。」


「そっか……二人とも疲れたんだね……」



セリナはふと、紫月を思い浮かべた。



「私の友達にも、戦争で心が疲れちゃった子がいるんだけど……どうすれば、心から笑わせてあげられるかな?」


「…………すまんが、この質問への答えを最後とさせてくれ。だから、ちゃんと答えるぜよ。」


「この薄情者。……それで、どうすればいいの?」


アズールは一瞬、瞳を濁し――


「おそらく、オンシにその者の気持ちを理解することは不可能じゃ。じゃが……」


その時。


ドォン!!


金属が、蹴破られる轟音が倉庫に響いた。


「――突入!!」


緑の軍服を纏った男たちが、雪崩れ込んでくる。

数は十。

全員が抜き身の刀を構え、一直線にアズールへと殺到した。


迷いはない。

それは“ 制圧”ではなく、明確な“ 討伐”だった。


「アズール……!」


セリナが叫ぶより早く――


「……来たか」


アズールが動いた。


短剣を逆手に持ち替え、床を蹴る。


次の瞬間。


カンッ


乾いた音と共に、最前列の男の刀が根元から折れた。

刃が宙を舞うより早く、


ズブッ


短剣が、喉元へと吸い込まれる。


男は声を出すことすら叶わず、その場に崩れ落ちた。




「な――っ!」


二人目が踏み込む。

振り下ろされた刀をかわし、アズールは手首と二の腕を掴んだ。


ミシッ


骨が軋む音。


そのまま引き寄せ、肘が逆方向に折れる。

続けざま、短剣が一閃。


スッ


赤い飛沫が宙を裂き、男は力なく倒れた。


三人目、四人目。

左右から同時に迫る。


アズールは一歩も退かない。


体を捻り、刃をかわし、短剣が閃く。


脇腹。太腿。喉。


無駄がない。

致命だけを、正確に選び取っていく。


「このっ、化け――」


言葉は最後まで紡がれなかった。

男の口は血で塞がれ、床に崩れ落ちる。


重たい音が、次々と倉庫に響いた。


残るは五人。


「中尉を呼べ!!」


二人が出口へと走る。


「おっと、そうはさせんぜよ。」


アズールは足元のブルーシートを引き剥がし、

中から小型の銃を二丁、迷いなく掴み取った


パンッ、パンッ



乾いた銃声。


走っていた二人は、そのまま前のめりに倒れる。


「……面倒じゃな。残りはこれでいいか」


パンッ


一人が撃ち抜かれ、崩れ落ちる。


残り二人。


「「うぉぉおおおお!!」」


覚悟を決め、同時に斬りかかる。


「遅いぜよ」


落ちてくる刃をかわし、一発。


パンッ


もう一人の剣を避け、首元へ回し蹴り。


ボキッ


鈍い音と共に、体が床に叩きつけられた。


「ふぅ……」


突入してきた十人は、

ほんの数十秒で、全員が床に伏していった。


床に転がる、無数の死体。


血の匂いが、倉庫いっぱいに満ちていた。


「……っ、オェ」


セリナは、思わず後ずさる。


目の前で、人が……

あまりにも簡単に、あまりにも一方的に殺された。


喉が震え、呼吸が浅くなる。


「……あ…」


無意識に漏れた声。


それを聞いて、アズールがゆっくりと振り返った。


血に濡れた短剣。

返り血の付いた顔。


そして――

セリナと目が合う。


セリナは、びくりと肩を跳ねさせた。


その瞳に映っているのは、さっきまで一緒に歌っていた男ではない。


“血濡れの化け物”


アズールの表情が、ほんの一瞬だけ歪む。


「…………」


何か言いかけて、言葉を飲み込む。


そして穏やかな声で、ぽつりと告げた。


「……苦しませない。約束するぜよ。」


その一言に、セリナの胸が締めつけられる。


それは、優しさなのか。

それとも、これから殺す者への最後の情なのか。


分からないまま――


コツ……

コツ……

コツ……


倉庫の奥から、はっきりとした足音が響いた。


血と死の匂いの中で、

あまりにも場違いな、質の良さそうな靴音。


「兵役あがりの彼らを、瞬殺とは……」


静かな、よく通る声。


「見事な腕前ですね。敵でなければ、部活に欲しいくらいです。」


現れたのは、一人の男だった。


すらりとした長身。

無駄のない筋肉。

恐ろしいほど整った姿勢。


精悍でありながら、どこか妖艶な美丈夫。



恐らく、先ほどの男たちが呼ぼうとしていた存在。


「…………」


セリナは、その顔を見て、微かに眉を寄せた。


(あれ……あの人、どこかで……?)


けれど、思い出せない。

恐怖と混乱が、記憶を遮っていた。


アズールは、ゆっくりと銃を構え直す。


「ありがたき褒め言葉じゃが……」


視線を逸らさず、淡々と告げる。


「ワシは兄様につくと決めた身。オンシのことも殺すぜよ。……オンシが中尉か?」


男は、ふっと口元を緩めた。


「はい。」


そして、腰の剣に手をかける。


「――それでは」


鞘走りの音。


「あなたは重罪人です。その命、私が頂戴します。」


二人の視線が、真正面からぶつかった。


次の瞬間ーー


パンッ!!


放たれた銃弾が一直線に中尉を襲う。


しかし……


キンッ!!


火花が散った。


中尉は、剣で銃弾を斬り落とした。


「……ほぅ」


二発、三発。


パンッ! パンッ! パンッ!


すべて斬られる。

弾丸が金属音を立て、床に転がった。


「銃は……役に立たんか。」


アズールは即座に判断し、銃を投げ捨てた。

短剣を逆手に持ち、踏み込む。


「フッ………」


だがーー


「――残念。」


中尉の剣が閃いた。


アズールは紙一重で躱す。


その後も攻撃を仕掛けるが、


「…………間合いに入れん」


距離が詰められない。

踏み込めば斬られる。


(……剣じゃ。)


アズールの視線が、ブルーシートの下に隠した“本命”へと走る。


攻撃を躱しながら、横へ跳ぶ。


だが――


「させません。」


勘付いた中尉が進路を塞ぐ。


間に合わない。


――ならば。


アズールは即座に方向を変えた。


セリナの背後へ回り込み、右腕で彼女の首を引き寄せる。


「!!」


「動くな。」


左手の短剣を、セリナの首元へ。


震える喉に、冷たい刃が触れ――


その瞬間。


ヒュッ――


中尉の斬撃で、アズールの左手が宙を舞った。


血が、噴き出す。



ドサリ。


「…………ッ!!」


痛みを噛み殺し、アズールは即座に動いた。


右腕でセリナを抱き寄せ、そのまま後方へ跳ぶ。


距離が開いた。


「動けば……この女の首を折る」


低く、揺れのない声。


右腕に力を込め、警告する。


中尉は、動きを止めた。


剣を構えたまま、じっとアズールを見つめる。


……だが


(なぜ、焦らん……?)


その態度に、アズールは違和感を覚えた。


その瞬間。


「殺さないで!!」

セリナの叫びが、倉庫に響いた。


アズールが己の首筋に目線をやると、刃が皮一枚手前で止まっている。


背後に立っていたのは――


「……そこまでだ」


アズールには振り返らずとも分かる。


その剣、その気配。


「ロメオ殿下……か」


アズールは、苦く笑った。


「君は……」


ロメオの声を遮るように、アズールはセリナを解放する。


「参った、抵抗せん。」



そして、そのまま大人しく捕縛された。











こうして、セリナは誘拐事件から生還できたのだった……。

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― 新着の感想 ―
今回のお話も面白かったです!紫水君と話せたリコはとても喜んでいるのではないでしょうか?!また次回のお話も楽しみにしています!
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