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お昼の時間です  作者: ギーク
第一の世界
17/19

約束



(姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……姫様……)




墨男は、ゆっくりと瞼を開いた。


「……ここは……」


かすれた声に、真っ先に反応したのはミキだった。


「あ、墨男さん起きた!」


三人が一斉に駆け寄る。


「「「すいませんでした!!」」」


揃って頭を下げる三人に、墨男は一瞬目を丸くする。


「……どうか、頭を上げてください。」


ユキミが、申し訳なさそうに口を開いた。


「墨男さん……すみませんでした……あたし……」


「謝らないでください。」

墨男は静かに首を振る。


「むしろ……こちらこそ、申し訳ございません。皆様にご迷惑をおかけしました。」


「ウチらは全然。」

リコが軽く肩をすくめる。


「ここまではロメオが運んでくれたし。」


「……え?」

墨男の表情が、わずかに揺れた。


「ロメオ殿下が……?」


視線を向けた先。

扉の近くで、ロメオが腕を組み、壁にもたれていた。


「大丈夫かい?疲れが溜まっていたんじゃないのかな。」

ロメオは穏やかな笑みを浮かべている。


「申し訳ございません、ロメオ殿下。」

墨男は慌てて上体を起こす。


「謝らないでよ。僕は運んだだけさ。看病は、この三人がしてくれていたんだ。」


三人へと視線を向ける墨男。


「……ありがとうございました。」


そして、少しだけ表情を和らげてから尋ねる。


「えっと……セリナ様は……?」


「あー、アイツはトイレ。そのうち戻ってきますよ。」

リコが呆れたように言った。


「そうですか。」

墨男は小さく頷く。


「では……後ほど、お礼を……」


「あの……墨男さん……」

ミキが言いよどんだ。


「……」

その様子を見て、リコが一歩前に出る。


「聞いてもいいですか?」

視線を逸らさずに続けた。


「……さっきのこと。」


「……」

墨男は一瞬、言葉に詰まり――

ちらりと、ロメオを見る。


ロメオは状況を察したように、軽く息を吐いた。


「……僕はセリナを探してくるよ。少し遅いし、迷ってるかもしれない。」


軽く手を振り、部屋を出て行く。


ドアが閉まる。


墨男は、ロメオに向かって深く頭を下げた。


「……申し訳ございません。」


そして、三人をまっすぐ見据える。


「……お話しさせてください。」

迷いのない声。


「私の行いが、今も姫様を傷つけていること……それを、皆様に教えていただきましたから。」


「無理しなくていいんですよ?もう少し落ち着いてからでも……」

ミキが心配そうに言う。


「お気遣い、感謝いたします。ですが……今、語ることが……私への罰なのです。」

墨男は静かに微笑んだ。

だが、覚悟の決まった目をしている。


「……あ、じゃあセリナを」

ユキミが言いかけるが、


「いいよ別に。」

リコがあっさり遮った。


「後で教えりゃ問題なし。」


ミキは座っているので、ユキミと自分の分の椅子を運ぶリコ。


「う、うん……」


((セリナ、怒るだろうなーー))

ミキとユキミは少し胃が痛くなった。


「そういうわけで、お願いします。」

ミキも頭を下げる。


墨男は一瞬だけ戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに無表情へ戻った。


「……順を追って説明します。」


静かに息を吸い……


「まずは……私と姫様の“約束”について、話させてください。」





ーーー??年前ーーー





タッタッタッタッ

タッタッタッタッ


夜の森は、ひっそりと眠っていた。


「……姫様。どちらへ行かれるおつもりですか」


墨男は、足早に進む紫月の背に声をかけた。

月明かりに照らされた小さな背中が、振り返る。


「内緒」


そう言って、紫月はにっと笑った。


「今は夜です。お戻りください。見つかれば……」


「大丈夫よ。」


紫月は振り返りもせず、墨男の袖をぎゅっと掴んでいる。


「ちょっとだけ。すぐ戻るから。」


「姫様……!」


説得しようとする声をよそに、紫月は半ば強引に墨男を引っ張った。

しぶしぶ従う形で、二人は駆ける。


「ついたわ。」


辿り着いたのは、穏やかに流れる川辺だった。


「「……わあ……」」


思わず、二人の声が重なる。


川の上を無数の光が舞っている。

ゆらゆらと、瞬きながら……まるで星空が降りてきたような光景。


「ホタル……綺麗……」


紫月の目が、きらきらと輝いた。


「……」

言葉を失って見入る紫月の横顔を見て、

墨男は、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「……ありがとうございます、姫様。」


ぽつりと、そう言う。


「こんな景色……初めて見ました。」


「えっ」


紫月は驚いたように振り返り、

すぐに照れたように視線を逸らした。


「……そ、そう?えへへ……」


墨男はふと、足元に目を落とす。


一面に咲く、白い花。

夜の中でも、淡く光を受けて揺れている。


「……シロツメクサ……」


以前、どこかで見かけた光景を思い出す。

シロツメクサで王冠を作っていた少女がいた。


――あれなら、喜ぶだろうか。


墨男はしゃがみ込み、試しに花を編み始めた。

しかし、どうもうまくいかない。


「……難しいな……」



しばらく悩んだ末、ふと手を止める。


(あ……これなら……)


墨男は花を一つ、丁寧に選び、茎をくるりと巻いた。


「……姫様」


ホタルに夢中になっていた紫月が振り返る。


「なあに?」


墨男は、少し緊張した面持ちで手を差し出した。


「これを……」


そこにあったのは、

シロツメクサで作られた、小さな指輪。


「……え……」


紫月の頬が、みるみる赤くなる。


「き、きれい……」


墨男は、その反応に戸惑った。


「……? なぜ、そんなに……」


紫月は、もじもじと視線を伏せる。


「……西の大陸ではね……結婚相手に、指輪を渡すんだって……」


「……っ!?」


墨男の顔も、一気に熱を帯びた。


「そ、そんなつもりでは……! これは、その……」


慌てて言い訳をしようとするが、

紫月は指輪を大事そうに指にはめる。


その仕草に、墨男は言葉を失った。


「……私……」


紫月は、そっと顔を上げる。


「墨男と、結婚したい」


「ひ、姫様……! それは……」


黒の自分など、とんでもない。

そう言おうとした、その前に。


紫月が、墨男の手を握った。


小さくて、温かい手。


「……だから……」


紫月は、にっこりと笑う。


「いつか私に、かんざしを贈ってね」


「……オ、オレが……姫様に、かんざしを……?」


東の大陸では、それは“求婚”の意味を持つものだった。


戸惑う墨男を見て、紫月の表情が曇る。


「……嫌?」


その顔を見た瞬間、墨男は考える前に手を握り返していた。


「……嫌じゃ……ありません。」


紫月に悲しい顔をさせたくなかった。

それだけじゃない。


――この子が好きだった。


「大人になったら……」


墨男は、覚悟を込めて言う。


「オレが、姫様に……かんざしを贈ります」


紫月の顔が、ぱっと明るくなる。


「ほんと? “約束”できる?」


「はい」


夜の川辺で、

ホタルの光に包まれながら。


「……“約束”します。」






ーーーーーー




「これが……私と姫様が交わした“ 約束”です。」


墨男の声が、静かに止まった。


部屋に、重たい沈黙が落ちる。


リコ、ミキ、ユキミの三人は……

揃って口を開けかけて、固まっていた。


(((あ、甘酸っぱい…………)))


しかし、誰も声を出さない。

出せなかった。


その後の展開を、三人とも知っているからだ。



あまりにも、真剣で。

あまりにも、痛々しくて。


「「「…………」」」


最初に動いたのは、リコだった。


ゆっくりと、深呼吸。


「……なるほどね。」


努めて平静を装った声で、続ける。


「それで……墨男さんは」


視線を外さず、言葉を選ぶように。


「紫月さんの結婚が決まった時……その“ 約束”を破ってしまったと。」


「はい。」


墨男は、まっすぐ頷いた。


「私があの時……姫様の笑顔を失わせてしまいました……」

墨男の言葉が、胸に落ちたまま。


リコたちは、誰も続きを急かさない。


……急かせるはずがなかった。


墨男は、視線を伏せた。


指先が、わずかに震える。


「……あの日のことは……今でも、鮮明に覚えています。」


低く、重い声。


「戦が終わり……姫様が戻られ、少し経った頃でした……」


その瞬間。


墨男の意識は、過去へと引き戻されていた。






ーーーーーー







戦が終わり、ようやく平穏が戻った夜。


屋敷は、祝福と安堵に満ちていた。


だが――

紫月の部屋だけは、異様なほど静かだった。


「……墨男」


名を呼ばれ、墨男は頭を上げる。


そこにいるのは、戦場から戻ったばかりの姫だ。



その目には、まだ戦の影が色濃く残っている。


彼女の美しい紫の眼差しは、曇っていた。


(お労しい……姫様……どれだけ辛い目に遭われたことか……)


「お疲れではありませんか。今夜は――」


「結婚が、決まったの。」


遮るように、紫月が告げる。


墨男の言葉が、喉の奥で凍りついた。


「……そう、でございますか。」


祝いの言葉を探すよりも先に、

胸の奥が、ざわりと嫌な音をたてた。


「お父様が決めたの。国のために、必要な結婚だって。」


紫月は、淡々と語る。


「相手はバレンティアの第二王子みたい。」


あまりにも、淡々と。


「……墨男」


一歩。

また一歩。


紫月は、墨男との距離を詰めてくる。


その瞳から、目を逸らせない。


「私と……一緒に逃げない?」







――時間が、止まった。







「……」


墨男は、言葉を失ったまま立ち尽くした。


胸の奥が、どくん、どくん、と強く脈打つ。

呼吸の仕方さえ分からなくなった。


「……あ、ごめんなさい。墨男」


先に口を開いたのは、紫月だった。


「急にこんなことを言われたら……混乱してしまうわよね。」


そう言って、にこりと微笑む。


その笑顔に、墨男の胸は締めつけられた。


(姫様……?)


「……私だって、急だったもの。戦から戻ったと思ったら、結婚が決まっていて……」


淡々とした声。

だが、その奥に滲む不安と焦りを、墨男は見逃さなかった。


「でも……もう、時間がないの」


紫月はしゃがみ、さらに距離を詰める。


あまりにも近い。

吐息が、触れそうなほど。


「墨男……」


両手を、ぎゅっと握られる。


「私と来て。一緒に暮らして……ずっと、二人でいましょう?」


(……姫様)


世界が、狭くなる。

視界には、もう紫月しかいない。


(俺は……俺も……)


この手を……この白い手を引いてしまえばいい。

そうすれば、すべてが終わる。


……いや、始まる。


一瞬、本気で思った。

死んでもいいほど幸せじゃないか、とさえ。


墨男は、震える指でその手を握り返した。


そして……

紫月の手を引こうとした、その瞬間。




脳裏に、己の過去が叩きつけられる。









父の犯した重罪によって、両親の身分は黒となった。

自分もまた、黒として生まれ、黒として蔑まれた。


仕事も、寝床も、居場所もない。


歩けば石を投げられ、物を乞えば唾を吐かれ、うずくまれば容赦なく蹴られた。


体を売ってまで、食べ物を得ようとした母は栄養失調で死んだ。


遺体を土に埋めた。次の日には野生動物に遺体は喰われていた。


父を殺そうとあちこち探し回った。


その途中で誰かに蹴られた。


父に恨みを抱いている男だった。


父の居場所を聞いたが、とっくに拷問死していると知らされた。男は大笑いした。


復讐すら出来なかった。


死のうと思ったが、獣に喰われる母を思い出し、怖くて出来なかった。


ただ呆然と生きていた……








紫十郎に拾われなければ、ここにすらいない。

どこかで、とっくに死んでいただろう。


逃げた先に待つ現実が……どれほど過酷か。

墨男は知っている。


(姫様は……知らない。)


紫の髪。

それは、この国の頂点に立つ者の証。


どこへ行っても、隠せはしない。


冷たい視線。

悪意。

暴力。


それらに晒されて――

今以上に、心を壊してしまうかもしれない。


(俺が……そんな場所へ……姫様を連れて行く……?)


喉の奥が、焼ける。


考えれば考えるほど、息が詰まる。


墨男は、唇を強く噛みしめた。


「……姫様」


声が、かすれる。


「私は……」


紫月は、何も言わずに微笑んでいた。

信じ切った目で、待っている。


――だからこそ。


墨男は、決意する。


「……逃げることは、できません」






「……え………………」


紫月は、目を見開いた。


一拍、

二拍――


理解が、追いついていない。


「……どうして…………」


大粒の汗が、こめかみを伝って落ちる。


「私と逃げても、姫様は不幸になるだけで――」


「そんなことない!!」


紫月が、初めて声を荒らげた。


「私は墨男と一緒にいられたら、それでいいの!他に何もいらない!!」


握られた手に、力が込められる。

痛いほど、必死に。


「不幸だなんて……どうして勝手に決めつけるの……!?」


「姫様……」


墨男は、目を伏せた。


「私は黒です。理由など……それだけで、充分です。」


「“約束”したでしょう……!?」


紫月の声が、震える。

声だけでなく、体そのものが。


「墨男は……私に、かんざしを……!」


「覚えていません。」





「……は…………」


紫月の動きが、止まる。


「……覚えて……ない?」


呼吸が、浅く、速くなる。


墨男は、唇を噛みしめ――

突き放すために、もう一度言った。


「……申し訳ございません。覚えておりません」


「……あ…………」


紫月の手が、ほどける。


「あ……あは……」


視線が、宙を彷徨い始める。


「子どもの頃の、約束だもんね……それを私……馬鹿みたい……」


「姫様……」


――違う。

忘れてなどいない。

今すぐ抱きしめたい。


だが、そんなことは……できるはずもない。


「あ……あは……」


「……姫様?」


紫月は、ふらりと立ち上がった。


不穏な気配に、墨男が顔を上げる。


紫月が指を髪に絡め、

ぐしゃり、と掴む。


「あはは……あははは……」


最初は、小さく。


やがて――


「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははは!!」


くるくると回りながら、

壊れた人形のように笑う。



「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」



墨男の背筋が、凍る。


「…………!!」


ふいに――

紫月の笑い声が、止まる。


「は…………」


次の瞬間――


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


グラリ



紫月の身体から、力が抜ける。


「姫様!!」


墨男が駆け寄り、抱き留めた。


腕の中で、紫月はかすかに口を動かす。


「……墨……男…………やくそく……」


それだけを残し――

紫月は、意識を失った。






ーーーーーー








話し終え、墨男は静かに息を吐いた。


「……それ以来です。」


ぽつり、と落ちるような声。


「私は……姫様と、一定の距離を取るようになりました。」


三人は、何も言えずに黙っている。


墨男は続けた。


「ロメオ殿下のお人柄を知り……あの方なら、姫様を幸せにできると……本気で、思ったのです。」


視線を床に落としたまま。


「ですから私は……姫様は、いずれ私のことなど忘れ……新しい人生を歩まれるだろうと……」


拳が、わずかに震える。


「……そう、思っていました。」


唇を噛み、血が滲む。


「ですが……」


声が、ほんのわずかに歪んだ。


「それは、私の……独りよがりでした。」


握りしめた拳に、さらに力がこもる。


「私の愚かさで……姫様は、ずっと苦しみ……周囲の好意に気づけなくなっていった。」


爪からも血が滲む。


「……父君の愛も。弟君の寂しさも。すべて、見えなくしてしまった。」


顔を上げることはない。


「姫様を苦しめていたのは……他の誰でもなく……私です。」


歯が割れそうなほど、強く噛み締める。


「ですから……」


墨男は、絞り出すように言った。


「私には……姫様を笑わせるために、何かをする資格など……ありません。」



「「「…………!!」」」


三人は理解した。


なぜ、墨男はスイーツ大会にあれほど消極的だったのか。


紫月を大切にしていないからではない。

大切だから……愛があったからだ。


それに紫月は気づいていないけれど。



リコが、ぎゅっと拳を握る。


「……あの、一つ聞いていいですか?」


「……はい、なんでしょう。」


視線を上げ、問いかける。


「ウチらと一緒にいる時の紫月さんは……」


一瞬、言葉を探す。


「……ずっと…辛いなか……無理、してたってことですか?」


胸の奥を抉る問いだった。


ミキも、ユキミも、息を詰めて墨男を見る。


墨男は、はっきりと首を振った。


「いいえ。」


迷いのない否定。


「セリナ様と……リコ様とご一緒の時の姫様は……本当に楽しそうでした。」


わずかに、表情が柔らぐ。


「姫様の様子を見て……私まで楽しいと感じました。」


一旦、言葉を切り――


「……その気持ちで、少し姫様に近寄りすぎてしまいましたが……」


「……そっか。」

リコが、小さく息を吐く。


だが、墨男はそこで終わらせなかった。


「……そして」


空気が、再び張り詰める。


「姫様は……私が“ 約束を破った”記憶を……失っておられます。」


三人が、はっと顔を上げた。


「……え?」


ミキの声が、掠れる。


「忘れて……た、ってことですか……?」


「はい。」


墨男は、静かに頷いた。


「目を覚まされても……あの夜のことを……何も、覚えておられなかった。」


悲しげに目を伏せる。


「それでも……」


言葉を選ぶように、間を置いて。


「姫様は……“何かを失った”という感覚だけは……ずっと、抱え続けておられたのだと思います。」


「だから……紫月さんは“ 約束”って言ってたんですね……あんなに寂しそうに……」

ユキミが呟く。




「……墨男さん。」


ミキが深く頭を下げた。


「……さっきは、怒鳴ってしまって……すみませんでした。」


声が、震えている。


「事情も知らずに……ひどい言い方をして……」


「ミキちゃん……」

ユキミも、慌てて続く。


「……あたしも……ごめんなさい。墨男さん……」


「ウチもだ。」

リコが、短く言って頭を下げる。


「酷いこと言いました……すいませんでした。」


三人の謝罪を受け、墨男は目を見開いた。


そして――

ゆっくりと、首を振る。


「……いいえ。」


静かで、穏やかな声。


「皆様が……怒ってくださったおかげで、私は……姫様が、どれほど苦しんでおられたのか……ようやく、理解できたのです。」



「「「…………」」」



「ですから……感謝こそすれ、責める理由などありません。」


そう言って、墨男は優しく笑った。


だが、三人の胸に残る罪悪感は消えない。

まだ、その笑顔に応えられるほどの余裕はなかった。



「……あの、一つ相談してもいいですか?」

重たい空気を気遣うように、墨男が口を開く。


「「「……はい。」」」

三人は揃って頷いた。



「ありがとうございます……では……」


墨男は律儀に一礼した。


「……私は…先ほど申し上げた通り、姫様に何かをする資格がありません。しかし、スイーツ大会には……参加しなければなりません。大旦那様の命ですから。」


拳を握りしめる。


「そして……中途半端な物を用意すれば……また、姫様を傷つけることになるかもしれません。」


「「「………」」」


三人は黙って耳を傾けていた。


「私は……どうすればよいのでしょうか。」



墨男には分からなかった。

自分が傷つけた紫月のために、何をすればいいのか。

そもそも、何かをしていいのか。



難しい問いに、三人はしばし無言で考え込む。

だが、その沈黙を破ったのは――



「……それなら」


ミキが、ぽつりと言った。


「二人の思い出の花を……シロツメクサをモチーフにしたお菓子を作ればいいと思います。」


「……え?」


墨男が驚いた顔でミキを見る。

ミキも、まっすぐに墨男を見た。


「紫月さんにとって……大切な花ですよね。」


「……!!」


墨男の瞳が、大きく揺れる。



「ミキちゃん……?」

ユキミが驚き、思わず声を上げる。


「ミキちゃん……どういうこと?そんなことしたら……」


ミキは視線を落とし、考えるように間を置いてから言った。


「紫月さんはね……約束を“断られた”から、笑えなくなったんじゃないと思う。“忘れられてた”ことが一番ショックだったんだよ。」


空気が、ぴんと張り詰める。


「だからさ。」


ミキは続けた。


「その約束を、ちゃんと覚えてるって示せばいいんじゃないかなって。」


墨男の胸が、強く鳴った。


――理に、適っている。


だが。


「……しかし」


墨男は首を振る。


「それは……姫様の傷を、掘り返すことになるのでは……」


「……それも、そうかもしれない。」

リコが、前置きするように言った。


「でもさ。」


しっかり、墨男を見据える。


「墨男さんは、約束を“忘れた”ってことで終わらせちゃいましたけど……」


「……」


「覚えてたなら……覚えてるって言った上で、ちゃんと断るべきだったんじゃないですか?」


墨男の喉が、詰まる。


ユキミが、ゆっくりと頷いた。


「……あたしも、二人の言う通りだと思います。」


ミキとリコを見て続ける。


「忘れられるより……ちゃんと自分の意志を伝えられて、振られた方がいい気がします。どっちにしても、傷はつくかもしれないけど……立ち直れるかどうかは、全然違うと思います。」



「私は…………」

墨男は、三人の言葉を受け止めきれず、俯いた。


――その時。


コンコンコン


控えめなノックの音が部屋に響く。


「は、はい。」


「失礼するよ。」


墨男が返事をするとドアが開き、ロメオが姿を現した。


「僕も……三人の意見に賛成だな。」


「え?ロメオ?」


リコが目を丸くする。



ロメオは、少し気まずそうに笑った。


「実は……部屋を出たふりをして、話を聞いていたんだ。自分でも卑怯な手を使ったと思うよ。ごめんね、墨男君。」


「と、とんでもございません。むしろ、気を使って頂き申し訳…」


頭を下げようとする墨男をロメオが制止する。


「いや、これは僕が悪い。」


「い、いえ。姫様の御婚約者であるロメオ殿下にこそ、お話すべきことでした。それなのに私は……」


「なら、“ おあいこ”ということでいい。それよりも……僕からも一つ、言っていいかな?」


「……はい」


墨男が頷くと、ロメオは彼に厳しい目を向けた。

「……君は。」


ロメオの声とは思えないほど、鋭い声。


「紫月さんを……一番、残酷な方法で傷つけた。」


墨男の肩が、ビクりと跳ねる。


「なのに、何をしているんだ。いや……何もしていないじゃないか。」


そのあまりの気迫に、三人まで息を飲む。


「今やるべきことは、“何もしない”ことじゃない……二番目に、君が動くべきなんじゃない?」


「ん、なんで二番目なの?」


リコが、問い返す。


するとロメオは、自分の胸を

ドンッ、と叩いた。


「一番に動くのは、婚約者の僕だから。」


その言葉に、墨男は息を呑む。


(ロメオ殿下……お強いですね。俺にもその強さがあれば……)


心から、そう思った。

己への無力感や怒りで。



紫月を堂々と救える、ロメオへの嫉妬で。


「……っ」

その苦しみが顔に出てしまう。


だが、ロメオは視線を逸らさなかった。


「……しっかりしろ。」


低く、しかしはっきりと。


「君は、紫月さんの護衛なんだろう?……傷つけたままで良いわけがない。」


「…………!!」


墨男の中で、何かが走った。


「俺は……姫様の、護衛……」


「そうだ。」


ロメオは頷く。


「ミキの言う通り、紫月さんが笑顔になる鍵は………君なんだから。」


「ロメっち、そんなところから聞いてたの?」

リコが呆れたように言う。


ロメオは少し困った顔をした。


「ウッ……そこを突かれると、痛いな。…………ロメっち??」


「ウチとロメっち、友達じゃん?」


「あ、う……うん。そうだね。」


実はロメオ、あだ名をつけられるのは初めてだった。

こういう時はどう反応すればいいか分からない。


「にしてもロメっちって……」


ミキが、くすりと笑う。

張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。






「……皆様。」


墨男は深く、四人に頭を下げた。


「本当に……ありがとうございました。」


そして顔を上げる。


「私は作ります。シロツメクサの菓子を。姫様が……また、笑えるように。」



“ 私は作ります”と言った墨男の顔は、どこかモヤが晴れたようだった。



「「「墨男さん……!!」」」

その顔に三人は、ぱっと明るくなり……


「「「イェーイ!!」」」


「墨男さんのお菓子楽しみ!」

「シロツメクサか〜。どんなお菓子がいいんだろう?」

「ウチらも食べたいね。」


ハイタッチで喜びあった。





「墨男君。」


ロメオが墨男の肩に ポンッ と手を置く。


「よく決断したよ。」


「……ありがとうございました、ロメオ殿下。」



墨男は、わずかに救われた気がした……





その直後だった!!


――バンッ!


勢いよく扉が開く。


「皆様、大変です! 大変です!!」


使用人が肩で息をしながら部屋へ入る。


「どうしたんだい?」


真っ先に反応したのはロメオだった。


「落ち着いて、何があった?」


「そ、それが……!」


使用人は唾を飲み込み、震える声で告げる。




「セリナ様が…………何者かに誘拐されました!!」





一瞬、部屋の空気が凍りつく。



「誘拐……!?なぜそんな事に!!」


「落ち着いて、墨男君。……状況を教えてくれ。」


「は、はい……事情は若様と栄にいる使用人に聞いたのですが……」



ロメオ、墨男、使用人が混乱しているなか。



ミキ、ユキミ、リコの三人は静かに顔を見合わせる。


(((あ…………)))


そして三人の胸の内で、まったく同じ言葉が浮かんだ。










(((セリナ……忘れてた)))





ーーーーーー









「……ん…………んん?」



誘拐されたが忘れられていた女、セリナがゆっくり目を開けた。



見慣れない、倉庫のような場所。

天井は高く、壁は無機質で、ひんやりとした空気が漂っている。



「……………………………えぇ!?」


驚いてはね起きると、身体にかけられていた薄い毛布がずり落ちた。


「み、妙に寝心地がいいと思ったら……」


ご丁寧に枕まで置かれている。

しかも、ふわりと甘い香りがすると思ったら、端の方にアロマキャンドルまで焚かれていた。



「私……飴を買って……」

「おはよう。」


「!?!?」


ドキリと心臓が跳ねる。


セリナが声の方を見ると、暗い青髪の男がいた。


澄んだ青い瞳。

整った顔立ちに、どこか人懐っこい笑み。

暗い髪色とは裏腹に表情は明るく、いかにも陽気そうな文句なしの美男子である。



「あ、ヨダレ垂れてるぜよ。」


男はそう言って、白いハンカチでセリナの口元を軽く拭った。



(あれ……なんで私……イケメンに口拭いてもらってるんだろう…………ぜよ?土佐弁??)



イケメンを前に赤くなり、ぽーっと男を眺めるセリナ。


「よく熟睡しておったなぁ。寝違えてはおらんか?」


「お、お陰様で……」



ロメオやエミリーに近い西の顔立ちなのに、口調だけが妙に古風。

年の頃は二十代半ばほどで、セリナとそう変わらなさそうだ。


「それはよかった。すまんな、いきなり連れてきて。」


「い、いえ……えーっと……あなたは?」


問いかけると、男は首を振った。


「ワシは身元を明かせんからな。詳しいことは言えん。」


「なんとお呼びすれば……?」


「ワシのことはアズールと呼ぶといい。」


「アズールさん……」


(アズールさんか。イケメンにはピッタリな名前だな。)


そんなことをボーッと考えていると、アズールがマジマジとセリナを見る。


「それにしてもオンシ、やけに落ち着いておるな。誘拐された者とは思えんぜよ。」


(イケメンと目が合うと幸せだな………ぐへへ………………………ん……誘拐??)


寝ぼけていた脳が徐々に目覚めていく。


(確か飴を買って…………口を抑えられて……首になんか刺されたような…………あれ、やばくない??)



「さすがは国のテッペンじゃ。肝が据わっているオナゴは、嫌いじゃない。」




(国のテッペン??何言ってんの??)



違和感が、じわりと広がる。


そして、アズールは穏やかな笑みのまま告げた。






「これからワシとお前さんは少しの時間二人きり。お話でもしようや、“ 紫月姫”。」

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― 新着の感想 ―
 今回もお話面白かったです!私もセリナのことを忘れていました!途中、墨男さんの過去を聞いて泣きかけたのですが無事こらえることができました!本当に面白かったです!次回も楽しみに待ってます!!!
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