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お昼の時間です  作者: ギーク
第一の世界
15/21

紫月ファミリー

広大な庭、白亜の石造りの重厚な門。

西洋風の大邸宅は、四人がこれまで目にしたどんな建物よりも豪奢だった。

建物の大きさはここに住む者の偉大さそのものと言っても過言では無い。


ここが紫月の父、紫十郎の屋敷である。


四人は呆気にとられている。


「……なんか、すごい所来ちゃったよね……?」

ユキミが思わず呟く。


「紫月さんのお父さんって、やっぱりめちゃくちゃ偉い人……?」

ミキが眉を寄せると、セリナは首を傾げた。

「紫月姫のお父さんだからね……私たちは知らないからなんとも言えないけど。」


リコがロメオに視線を向ける。

「ロメオ、もう一回説明して。紫月さんのお父さんってどんな人?」


「藤堂家の当主。東統戦争の英雄にして、この国のトップ。そして紫月さんのお父さんだよ。」


「肩書きだけで肩がこりそう……」


セリナのぼやきに、ロメオはイジワルな笑みを浮かべた。


「フフっ、そうだね。こわーい人だから怒らせちゃいけないよ。」


「「「「ひぇーーーー」」」」


「会って間もないけど、君たちが緊張しているところって新鮮だなぁ。」


ロメオがからかっていると、門から緑の軍服の男が姿を現した。


「お待たせ致しました、皆様。ロメオ殿下。どうぞこちらへ。」


男に案内され、五人は館の奥へ進む。

すると、リコとセリナにとっては見覚えのある黒髪の男……墨男が出迎えた。


「お待ちしておりました。」


「あれ、墨男さんじゃないですか!」

リコが目を見開く。


「こっちにいたから今日は雪乃さんが紫月さんの付き人だったんですか?」

セリナが聞くと、墨男は苦笑する。


「私は姫様の護衛ですが、雇用主は大旦那様なので……大旦那様の用事がある際はこちらの邸宅で働かせていただいているんです。」


「あぁ……そうなんですね。」

ちょっと生々しい答えに、セリナも苦笑してしまった。


「ユッキー、ミキー。紹介するね、紫月さんの護衛をしている墨男さん。」


「初めまして、ミキです!」

「は、初めまして…ユキミです。」


墨男は深々と頭を下げる。

「先に名乗らせてしまい、申し訳ございません。藤堂紫月様の護衛を務めさせて頂いております、墨男と申します。」



「え、そんなに下げなくても!!」

「え……?頭をあげてください……!」


あまりに深く頭を下げるものなので、ミキとユキミは思わず焦る。


「見てーセリナ、見たことある光景。」

「もはや通過儀礼だよね。」


ここでようやく墨男は頭を上げた。


「皆さま、お越しいただきありがとうございます。こちらへ。」


案内された部屋で待っていたのは、ソファに座る岩のようにデカくてゴッツイ男だった。

ほぼ白髪だが、ところどころに紫の髪が見える。

男は片手にワインボトルを持ち、口へとグビグビ注いでいた。


彼が紫月の父、藤堂紫十郎。


四人は屋敷を見たとき以上に、口を開けて固まった。

((((え、この人の娘が紫月さん……??))))


目の前の男は、可憐で儚げな紫月とは似ても似つかない容貌だ。


案内してくれた墨男は、紫十郎の背後へ控える。


「お待たせしました。遅くなり申し訳ありません。」

ロメオが丁寧にお辞儀をするが……


「遅ぉおおおおおおおいいいいいい!!」


彼は五人を見るなり、唾を飛ばしながら叫んできた。


((((うぇ、バッチイ!!!))))


「あー……これは……」

ササッと部屋の隅へ移動するロメオ。


「うーわ、紫月さんから聞いたまんま!!」

「さすが熊を倒した男……ラオウ」


リコとセリナが小声で相談していると、


「え、その話聞いてないよ!!」

「後でミキたちにも教えてよね!!」


ユキミとミキが小声で怒る。


「大旦那様、落ち着いてください。姫様のご友人です。」


「んん?……あぁそうだな。すまん!!」


墨男がなだめてくれたおかげで、ようやく話せる雰囲気になった……

と思ったのもつかの間。


「おい、そこの青と赤!!」


「「は、はいっ!」」

セリナとリコが反射的に背筋を伸ばす。


紫十郎は快活に笑った。

「話は聞いている。お前たち、紫月の初めての友人だそうだな。紫月が楽しそうにしているらしいじゃないか!!……実に嬉しい!!名乗れ!!」


「ど、どうも……セリナです。」

「仲良くさせてもらってます……リコです。」


ヨシ!と満足そうに頷いた紫十郎は、次にユキミとミキを見る。


「おい、そっちの青と赤!!」


「「は、はい!」」

こっちも姿勢がピシッとなる。


「お前たちは今日、紫月の友人になったそうだな。どうだ?」


「仲良くなれたと思います!」

「あ、あたしもそう思います!」


「なら良ぉぉおおし!!名乗れ!!」


「ミキです!!」

「ユ、ユキミです!」


「そうか分かった!!なら次、紫月のことを俺に教えてくれ!!」


「「「「紫月さんのこと?」」」」


四人が顔を見合わせたその時、


コンコンコン――


ドアが三回叩かれた。


「入れ。」


「失礼します。」


現れたのは、紫の着物を纏ったオカッパの女の子。まだ10〜12歳くらいだ。身長は140cmほど。

顔立ちはとても美形で、紫月に似ている。

しかし髪は紫月と違い、黒髪だ。


(可愛い子だな。)

(女の子?)

(ちっちゃーい!可愛い!)

(お持ち帰りぃ~!)


ユキミ、ミキ、リコ、セリナがマジマジと見ていると、オカッパ少女が口を開いた。


「父上、なんですかこのアホ面の女たちは。」


体は小さいが、結構イケボ。


((((は、はぁーーーーーー!?))))


(何この子!)

(全っ然可愛くない!)

(ちっちゃいなぁ)

(毒舌でも可愛い!お持ち帰りぃ~!)


「言っていただろう紫水(しすい)。この者らは紫月の友人だ。」


オカッパ少女は“ 紫水”と呼ばれた。


「この者らが、姉上のですか?」

信じられない、という顔で四人を見る紫水。


すると、

「紫水君。女性にそんな言葉を使ってはいけないよ?」

部屋の隅にいたロメオが紫水の元へ移動し、小さな頭に手を置いた。


「ロ、ロメオ兄様〜〜!!」

紫水は四人の時とは売って変わって、目をキラキラさせる。


「1ヶ月ぶりだね、紫水君。元気にしてたかい?」

「げ、元気です!!ロメオ兄様こそお元気ですか!?」

「うん、元気だよ。」


((((まぁ〜〜〜))))

四人はジトーっと二人を見る。


その視線に気づいたロメオはクスッと笑った。


「紹介するね。この子は藤堂紫水君。紫月さんの弟だよ。」

「もうすぐ兄様の弟にもなりますけどね!」


「へー、紫月さんの弟……」

セリナの言葉で、四人は顔を見合わせた。


「「「「え、弟!?」」」」


アホ面と言われムカついていたので気づかなかったが、声もしっかり男の子だ。

ロメオに“ 君”で呼ばれていたし。


「お、男の子か……」

ミキが呟くと、紫水はキット目付きを鋭くした。


「男物の着物だろうが!無礼者!!」


言葉遣いは荒いが、頬をプクーっと膨らませているので全然怖くない。


「可愛ーね。」

「っ……可愛いって言うなぁ!!」


自分に″可愛い″と言ったリコへ飛び掛ろうとする紫水だが、その肩をロメオが抑えて止めた。


「女性に暴力はいけないよ。」


「違います!!オレを可愛いと言ったあの女に、近くで文句を言おうとしただけです!!」


「いつから自分のことをオレって言うようになったんだい?この前はボクって言ってたのに……」


「お、覚えててくださったんですか!」


頬をリンゴのように染める紫水。

ロメオ相手にはデレデレだ。



「……紫水、お前は何をしに来たんだ。」

紫十郎は息子を呆れた様子で見ていた。


「ハッ……申し訳ございません、父上。姉上の友人を一目見たくて……」


「ハァ……分かっていてアホ面呼びしたのか?」


「いえ、姉上の友人とは思いませんでした。想像とだいぶ違ったので。」


中々面白い小僧だ。

四人は子ども相手に怒りはしないが、少しピキッときていた。


「へー、どんなの想像してたの?」

リコが尋ねると、再び紫水は目付きを鋭くした。


「敬語を使え!!無礼者!!」


「どんな友人だと思ったのかな?」


「あ、ロメオ兄様……!姉上のことなので、陰気な者かと思ってました……!」


毒舌なのは姉に対してもらしい。


「それにしても、姉上も変わっておられる。なぜ故にこんな無礼で阿呆そうな者を友人としたのか……」


「紫水君、それは………ん?」


ロメオが怒ろうとするのを、そっとセリナが手を伸ばして制した。


「無礼を心からお詫びします、紫水様。お詫びとして……どうかこちらをお受け取りいただけませんか……?」


紫月に持たされた巾着から何かを取り出す。


「なんだ?物でオレを釣ろうとしたって……」

「はい、どうぞ。」


出てきたのは金色のウサギ型の飴だった。


「こ、これは……?」

紫水は飴を手に取ると、年相応に瞳を輝かせる。


「飴売りから購入したものです。とても綺麗だったので……でも今は満腹で飴は食べられそうにありません……貰っていただけますか?」


セリナがニッコリ微笑むと、紫水は照れながらそっぽ向いた。


「よ、良かろう。貰ってやる。」


「他にも鳥や犬、馬も購入したんですが……いかがですか?」


「そんなに買ったのか!!……よし、勿体ないし貰ってやる。」


「これでお許しいただけるでしょうか?」


「あぁ、許してやろう。……お前、中々見所があるな!名を教えろ!」


「セリナと申します。」


「お前、気に入った!!」


紫水は飴を宝物のように握りしめ、さっきまでの尖った表情が嘘みたいにほころんだ。


ロメオも驚き混じりの笑みを浮かべる。


「へぇ、セリナ凄いね。」


「ガーーーッハッハ!!!!気難しい紫水をもう手懐けおった!!」

紫十郎は大変愉快そうに笑った。


「セリナ、ちょっとちょっと。」

その隙にリコがセリナの袖をクイッと引っ張る。

「飴なんていつ買ったの?」


「リコがミキとユキミを迎えに行ってた時だよ。飴売りが前を通りかかって、綺麗だから買っといた。ふっ……子どもって単純よね……」


「おーナイス!ウチの分を謝ってくれてありがとう。」


「本当だよ、あんまり茶化すようなこと言うなよなー。」


イエーイと小さくハイタッチする二人。



「……で、どうなんだ紫月は。答えづらければ印象でもいいぞ。」

話が流れたところで紫十郎が再び聞いてきた。


「「「「うーん……」」」」


四人が頭を悩ませていると、


「えぇい!!じれったい!!そこの青から答えろ!」


「え、?あっ……は、はい!」

セリナが指名された。


「えっと……紫月さんは……綺麗で……かわ」

「紫月と紫水は母親似だからなぁ!!美しいのは当然だ!!分かっているではないか!!次!!」

「え……?私もう終わり……?」


ほぼ言わせて貰えなかった。


「次、そこの赤!!」


「は、はーい。」

次はリコが指名された。


「えー……紫月さんはウチらにご飯食べさせてくれて優し」

「たしかに紫月は優しい子だな!!分かっているではないか!!次!!」

「えー……」


“ 優しい”すら最後まで言わせて貰えなかった。


「次、そこの青!!」


「は、はい!」

そしてユキミが選ばれた。


「あー……紫月さんは純粋で」

「紫月は心の清い子だからな!!清子と名付けたいくらいだ!!分かっているではないか!!次!!」

「いや純子でもいいやないかーい!」


(((ユキミ、それは…………)))


ボケかツッコミかもよく分からない。


「……??まぁいい。次、赤のお前。」


「はーい。」

最後はミキだ。


「紫月さんは甘いものが好」

「それだぁぁぁあああああああああああ!!!」

「うぇ!?!?」


紫十郎が叫んだ勢いで場が少し静まり返る。

四人はぽかんとしたまま見つめていると、紫十郎が咳払いをして仕切り直した。


「……お前たち、料理はできるのか?」


突然の質問に、四人は顔を見合わせた。


「まぁ出来ますけど……」


セリナが代表して答えると、紫十郎は「うむ」と満足げに腕を組む。


「そうか。ならば話は早い。」


「……話とは何ですか?」

ロメオが恐る恐る尋ねる。


「スイーツ大会を開こうと思っている。」


「「「「「「スイーツ大会??」」」」」」


驚きの声は四人だけでなく、ロメオや紫水からも上がった。


「父上、なんの冗談ですか?」

紫水が愛らしい目をパチパチさせる。


紫十郎は深く息を吐くと、先ほどまでの豪放な雰囲気を消し、静かに言った。


「紫月を笑わせたい。」


重い言葉だった。


「紫月は……2年前から笑わなくなってしまった。それは俺のせいだ。」


「それは……」

ロメオが思わず口を開くが、


「あの、言いたいことがあります。」


ミキが真剣な表情で割って入った。


その表情に、紫十郎も眉を動かす。


だがそのとき――




「……ロメオ兄様、一緒に飴を食べませんか?」

「え?」

紫水がロメオの袖を掴んで、ドアを指さす。


「……。うん、そうしようか。」

「では失礼します、父上。」


二人は静かに退室していった。



「子どもに気を遣わせてしまったか…………それで、言いたいことは何だ?」


「っ……」


強い眼光に、ミキは怯みそうになる。

しかし、それでも彼女は唇を噛み、勇気を振り絞って言った。


「……紫月さんの結婚の話……どうにかならないんですか?」


「なにぃいい???」


「「「「……!!」」」」


部屋に電撃が走ったようだった。


「ミキ様……!それは」


「よい、墨男。…………続けろ。」


紫十郎の眼光がさらに鋭く光る。

そこらの獣なら震え上がるだろうほどの圧だ。


ミキはその圧に押されながらも、逃げずに言葉を継ぐ。


「紫月さんが笑わなくなったのはロメオさんとの結婚が決まったからですよね?」


「だろうな。」


「好きな人がいても結婚できないんですよね?そんなの、あんまりじゃ……」


「ロメオはいい男だ。非の打ち所がない。」


「そういうことじゃなくて……!!」


「ロメオなら紫月を任せられる。」


「紫月さんの気持ちはどうなるんですか??笑わせたいなら結婚をやめるのが一番じゃないんですか!?」


「なら、また紫月を戦争に参加させろと言うのか?」


「だからっ……………………え?」

ミキの言葉が途切れ、表情が止まった。


紫十郎はその顔を見ると、ゆっくりと息を吐き、視線を落とした。


「………………いや、すまん。」


一瞬見えた怒りの気配は完全に消えていた。


「お前に当たっても仕方がない。紫月を思っての言葉だと分かっている。……悪かった。」


「……いえ……」


ミキは必死に声を整えたが、返せたのはその一言だけだった。


「紫月さんを戦争にって……………どういうことですか?」

ユキミが震えた声で問う。


紫十郎は四人へ静かに目を向けた。

そこには、先ほどまでの豪胆な男ではなく……一人の父親の影があった。


「……お前たちは知らなくて当然だ……」


紫十郎はソファにもたれず、姿勢を正したまま語る。

覚悟を決めた者の声だった。


「……聞いてくれるか。紫月が背負ってきたものを。そして……あの子を、過酷な運命に追いやった俺の罪を。」


「「「「…………」」」」

四人は無言で頷いた。

セリナとリコは息を呑み、ユキミとミキは膝の上で手を握りしめる。


紫十郎はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「紫月は十三になる前に戦場に立った。『東統戦争』……あの東の大陸の頂点を決める戦いだ。本来なら、戦いに行くのは俺だけで良かった……女の紫月が行く必要などなかった……だが……あの子の髪は“ 紫”だった……」


声は低く、淡々としている。

だからこそ、その痛みが四人にもそのまま刺さる。


「紫月が十四の頃に我が国が勝ち……戦が終わり、ようやく帰ってこられた。やっと、穏やかに暮らしていけるとはずだった。」


紫十郎は固く拳を握った。


「だが、西の大陸との戦争を煽る者たちが現れた。青木家、藤波家……。主張は“ 西は我が国を必ず滅ぼしにくる”だったか。コイツらは発言権が強く、話の全てを無視はできない家だ。このままだと、大陸は再び血に染まる。紫月はまた戦地へ向かわされる。……それだけは、絶対に阻止したかった。」



四人は息をするのも忘れて聞き入っていた。


「そして……西の大陸の代表国バレンティア。その王であり、俺の親友でもあるエドワード。平和を望むあいつを殺す戦を……起こすわけにはいかん。」


紫十郎はゆっくり目を閉じ、そして開いた。


「だから……ロメオとの婚約を決めた。大国同士が義理の一族となり、戦争を起こせないようにするためだ。」


ミキの肩が小刻みに震えた。

ユキミがそっと背に手を添える。


紫十郎は自嘲気味に笑った。


「父親失格だろう?あの子は戦も、婚約も、自分で選んだわけではない。ただ……背負わせただけだ。俺はこの国……いや、大陸の頂点だが……娘を守る力さえ持っていない。」


その声は、誰よりも自分を責めていた。


「二年前から笑わなくなったのは俺のせいだ。あの子が“ただの子ども”として生きられなかったのも、全て俺のせいだ。」


紫十郎は深く息を吸い、四人を見渡した。


「紫月に恨まれて当然だ。だが……償えるなら、あの子がまた笑うならどんなことでもする。だから……お前たちに協力してほしい。友であるお前たちが作ったものならば、紫月は笑うかもしれん。この通りだ。」


国のトップが女四人に頭を下げる。

それほどにまで紫月を愛しているのだ。


「……さっきはすいませんでした……」

ミキは自分の発言が軽率だったことを謝る。


「謝るな。悪いのは俺だ。俺は……紫の髪を持ちながら、政治では無能だった。そのしわ寄せを娘にさせた愚か者でしかない。」


墨男でさえ言葉を失う静寂が落ちる。

誰も、この哀れな男にかける言葉が分からなかった。








「…………分かりました。」

しかし、リコは口を開く。

「ウチらにできることなら協力します。」


その言葉に、セリナも続いた。


「私もです。紫月さんには恩もありますし、何より友達ですからね。」


「ミキも紫月さんのために何かしたいです。笑顔を見てみたいです。」


「うん、あたしもやります。笑わせましょう。」


四人はお互いに頷き合った。


「……恩に着る。」

紫十郎は再び頭を下げた。


「……そうと決まれば何作るか考えなきゃね。」

「ウチはメジャーなやつ作ろうかな。」

「ミキはクッキー作ろうかな!可愛い形にしたい!」


ユキミ、リコ、ミキが早速相談を始めると、


「あの……ちょっと気になったんですけど……」

セリナが、申し訳なさそうに手を挙げた。


「なんだ、遠慮なく言え。」


「えっと……紫月さんを笑わせたい理由も気持ちも分かりました。だからこそなんですけど……」


部屋の視線の全てがセリナに集中する。


「……なんでスイーツ大会なんですか?」


「どういう意味だ?」

紫十郎が目を丸くする。


セリナは言葉を選びつつ、率直に言った。


「笑わせたいのは分かるんですけど……経緯の重さの割に、スイーツ大会って……ちょっと安直というか……。本当に笑顔にできるのかなって。」




ガビーーーーーン


その指摘に、紫十郎は分かりやすく落ち込んだ。


「俺もそれは考えた……だかな……」


ずっとデカイ声を出していた時が嘘のように、ボソボソと何か呟いている。


そんな主人の様子を見かねて、墨男が代弁した。


「大旦那様は……昔から戦地や議会へと赴かれることが多く、姫様や若様と過ごされた時間が少ないのです。なので……」


「……娘の好きな物が菓子以外に分からん。」


誰よりも図体のデカイ男が、肩を落として小さくなっていた。


その姿に……


「い、良いじゃないですか!!スイーツ大会!!」

リコが、勢いある声でフォロー。



「ん…………?」



「だ、だって!甘いものが好きって分かってるだけでもすごいことですよ!」

「うんうん!好きなものから攻めるのは大事だし!」

「何事もやってみなきゃですよね!変なこと言っちゃってスイマセン!!」


ユキミ、ミキ、セリナも次々に言葉を重ねる。


紫十郎は一瞬キョトンとし、

「……そ、そうか?」


「「「「いいと思います!!!」」」」


四人にここまで言われ、肩がほんの少し持ち上がる。


墨男も苦笑しながらうなずいた。


「……大旦那様、皆様のお言葉は本心かと。」


紫十郎はわずかに咳払いし、無理に威厳を保とうとした。


「……そ、そうか。なら……詳細を伝えねばならんな。そこの椅子でも使え。」


「「「「ラジャーです!!」」」」


四人が適当に椅子にかける。


「……ロメオも入れてやるべきか。」


紫十郎の言葉にセリナが頷いた。


「ですね。スイーツ大会の存在を知ってるし、話し合いには混ぜた方がいいと思います。」


「ならセリナが呼んできてよ。さっきの失言の罰だよ。」


「うぅ……ごめんなさい。」


リコに肩を殴られ、セリナは部屋を出た。






ーーーーーー









ある部屋の窓辺で、ロメオと紫水は並んで飴を舐めていた。

静かで、どこか甘い匂いのする時間だった。


「……もう無くなった。」


紫水が飴に刺さっていた棒をマジマジと眺める。

ロメオも自分の飴を舐め終え、軽く息を吐いた。


「……ありがとう、紫水君。」


「……何がです?ロメオ兄様。」


とぼけた表情。

だが紫水の目は、すべて理解している子供のそれだ。


ロメオは小さく笑った。


「気を遣って部屋から出してくれただろう?僕にとって、あまりいい会話でなさそうだったから。」


紫水はぷい、と横を向く。


「ロメオ兄様と飴が舐めたかっただけです。兄様に会えるの、楽しみにしてたんですから。」


「君は本当に賢いね。……ありがとう。」


ロメオは苦笑しながら、紫水の頭を優しく撫でた。


少し沈黙が流れる。

そしてロメオが静かに尋ねた。


「……紫月さんとは、会っているのかい?」


紫水は膝を抱え、ゆっくり揺れる。


「ちゃんとは会ってないです。姉上は2年前に別邸へ引っ越しましたから。」


「そうか……なら家では、お父さんと二人なんだね。」


「父上も……ほとんど帰ってきません。母上が亡くなってから、父上を支える人がいなくなったからでしょう。仕事や戦で忙しいようで……」


ひどく寂しげな声音だった。


ロメオはそっと紫水の頭に手を置く。

紫水は嫌がらず、ほんの少しだけ目を閉じた。


「……紫水君。」


「はい。」


「寂しいなら、無理はしないこと。君はまだ子どもなんだ。甘える相手を作ることも必要だと思うな。」


紫水は、照れをごまかすように鼻を鳴らす。


「……はい、ありがとうございます。」



コンコンコン


その穏やかな空気を破るように、扉がノックされた。


「ロメオ、入るね!」


勢いよくセリナが顔をのぞかせる。


「おっ、お前は……!」


「セリナ。よくこの部屋が分かったね。」


「廊下にいた人に案内してもらったから。そういえば二人とも、飴はどうだった?」


問われた紫水は顔を赤くし、そっぽを向きながら答えた。


「……べ、別に普通だ。……いや、ちょっとだけ……おいしかったが。べつに……“すごくおいしい”とかじゃない。」


ロメオもセリナも、同時に笑った。


「なら、次はもっと美味しい飴を探してきますね。」


「良かったね、紫月君。あっセリナ。紫水君はウサギが好きなんだ。」


「へぇ〜ウサギね。栄で綺麗な飴屋さん見かけたし、そこで可愛いウサギ型の飴を探してみようかな。」


セリナがニヤリと紫水を見やる。


「お、オレはウサギなんて好きじゃない!そ、それよりお前!何の用だ!!」


プンプン怒っても顔が可愛いので全然怖くない。


「あー、そうでした。スイーツ大会の詳細を話すから二人を呼んでこいっ!!って紫十郎さんが。」


「分かった。今向かうよ。行こうか、紫水君。」


「……はい、ロメオ兄様。」


ロメオが先頭となり、紫十郎たちが待つ部屋へ歩き出す。


「あの、聞いてもいいですか?」


「なんだ。」


無言で向かうのも落ち着かないので、セリナは紫水に話しかけてみる。


「お姉さんと仲は良いんですか?」


紫水は少しだけ眉を動かした。


「4年は会話をしていない。」


「あっ……そうなんですね。」


「……お前に兄弟はいるのか?」


「弟がいます。私の3つ下です。」


「……仲は良いのか?」


「はい。弟が世界で1番可愛いです。」


紫水の足がぴたりと止まった。


「…姉とは……そういうものなのか?」


セリナが目を丸くする。


「え……?」


紫水はすぐに視線を逸らした。


「いや……なんでもない。」


「うーん……姉とは……そういうもの?」


「なんでもない。」


「言われてみれば……私は姉だからアイツが可愛いのか?」


「なんでもない!」


「いや……ミキも弟はいるけど、私らほど仲良しじゃないし……うーん」


「なんでもないって言ってるだろう!」


「うーん」


セリナは、じーっと紫水を観察していたその瞬間――

思わず、ぽん、と紫水の頭に手を置いてしまった。


「……あっ。」


完全なる無意識だった。


「なっ………」

紫水は目をまん丸にし、肩を跳ねさせる。


「な、なにするんだぁあ!!」


完全に怒った……ように見えるが、耳の先がほんのり赤い。


「ご、ごめんなさい!つい、撫でたいなって……!」


セリナが慌てて謝ると、ロメオがくすっと笑う。


「セリナ、気にしなくていいよ。それ、喜んでる反応だから。」


「え?」


「もっとやってあげるといい。紫水君はね、押せば押すほど可愛いから。」


「ロメオ兄様!! 余計なこと言わないでください!!」


紫水がぷんすか怒るが、どう見ても“図星”でしかない。


セリナはゆっくりと、ニヤァ……と笑った。


「へぇ。そうなんだ……?」


紫水がビクリと肩を震わせる。


「お……おい、やめろ。来るな……!」


じり、じり、と一歩ずつ距離を詰めるセリナ。


「紫水くんって……」


「や、やめ……!」


「触り心地良さそうだよねぇ……」


「やめろって言ってるだろ!!」


もはや変態オヤジ。おぉ、怖い。


紫水は後ずさるが、壁はもうすぐそこ。


「確保ー!」


ぎゅっ。


セリナが勢いよく紫水を抱きしめた。


「おー、大胆だね。」

ロメオが大袈裟に驚いてみせる。



ふわっと、石鹸みたいな匂いがしてセリナはつい口元が緩んだ。


「わっあ!!は、離れろ!!な、なんで抱きつくんだ!!」


紫水は真っ赤。

腕をバタバタさせるが、セリナの力のほうが強い。


「だって……ずっとハグしたかったんですもん。可愛いし。」


「可愛くない!!」


「可愛いですよぉ。」


「可愛くないって言ってるだろーー!!」


するとロメオもニヤリと笑う。


「セリナ、もっとやりなさい。」


「はーい、ロメオ兄様。」


その号令で、セリナはヒョイと紫水を抱えあげた。


「お、降ろせー!!」


「若様の敬愛する、ロメオ兄様のご命令ですから。オホホホホホホ。」


「じゃあ、そのまま向かおうか。あ……重くない?」


「羽のように軽いですわ、ロメオ兄様。」


「それはそれは。ふふっ……僕に悪い妹ができたね。」


セリナとロメオはニコリと微笑み合い、再び足を進める。






「ぶ、無礼者ー!!降ろせー!!」


紫水は必死に抵抗するが虚しく、

そのまま抱えられて連行されていった。








ーーーーーー








セリナが部屋を出てから――。


紫十郎はまるで壊れた蓄音機のように、延々と子供自慢を喋り続けていた。


「しかもだぞ!!紫月は幼き頃から優秀でな!何をやらせても上達が早かった!!」


「は、はぁ……すごいですねぇ……」


ミキは引きつった笑いを浮かべながら相槌を打つ。


紫十郎はまったく止まらない。


「そして紫水よ!あいつもまた優秀出な!!頭の良さは親の俺でも羨ましいぐらいだ!!」


「紫月さんの話から紫水君に切り替わってる……!これで何度目……」


ユキミが小声で呻く。


「………………」


リコはもう聞いてない。開始10分でギブアップしていた。


「紫月と紫水はな、妻に似て美しい顔立ちでなぁ。国民からの人気も絶大で、国の画家もバレンティアの画家も、是非描かせてくれと頭を下げてきたものだ。」


娘のことをよく知らないと落ち込んでいた男はどこへやら。

娘と息子の話は、終わる気配を見せない。



(((セリナー、早く戻ってこい!!)))

三人の心の声は完全に一致していた。


そんな中、一人だけ目を輝かせている者がいる。


「ふふふ…………」


墨男だ。

紫月が褒められるたびに、ほくそ笑んでいる。


「墨男さん……つえぇな……」

リコが心の底から呟く。


「それで紫月はな、あれで」


また新たな自慢話へ移ろうとした、その時だった。


コンコンコン


部屋のドアがノックされた。


「戻りましたー!」


セリナの声。


三人は同時にドアを睨んだ。


(((遅せぇよぉおおおお!!!)))


扉が開くと、


「降ろせ、降ろせー!!無礼者ー!!」


セリナにお姫様抱っこされた紫水が、バタバタ暴れていた。

隣でロメオがクスクス笑っている。


次の瞬間、


「ガーーーーーーッハッハッハッハ!!!!」


紫十郎が腹を抱えて笑い出した。


「紫水ーーー! お前ぇ、なんだその格好はぁ!! 可愛いぞぉ!!」


「可愛くないです!!」

紫水は真っ赤でジタバタ。


対してセリナは涼しい顔だ。


「お持ちしました、紫水君。」


「持ち物みたいに言うなーー!!様をつけろー!!」


リコは珍しく、素で驚いた顔をしていた。


「えぇ……セリナ、なにその帰還の仕方……」


「いやぁ、ロメオ兄様が“やれ”って言うから。」


「そんなこと言ったかなぁ?」

ロメオは茶目っ気溢れる笑顔で目を逸らす。


紫十郎は笑いながら、目尻の涙を拭った。


「カー……面白かった! よし、全員揃ったな! では、スイーツ大会の詳細を話すぞ!お前ら適当に座れぇい!!」


リコ、ミキ、ユキミは姿勢を正し、セリナとロメオは席に着く。


「おい!!なんでここなんだ!!」

紫水はセリナから離してもらえず、膝の上にちょこんと乗せられていた。


「クククククク…………」

紫十郎は豪快に笑いたい気持ちを抑え、どんっと手を叩いた。


「スイーツ大会は1週間後だ。製作時間は2時間。菓子であれば何を作ってもいい。審査員は俺と紫月、紫水、青沼家の者、そしてエドワードだ。」


「え、オレも審査員なんですか!?」


紫水が思わず声を上げる。


「ん? 言ってなかったか?」

紫十郎は首を傾げた。


「聞いてません!!」


「そうかそうか。では今言った。」


あまりにも雑な返答に、紫水は言葉を失う。


「……なんでオレが……姉上の……」


「お前の舌は昔から繊細だ。より公平な勝負になるだろう。」


「……分かりました……」


納得しきれないまま、紫水はむすっと唇を尖らせた。


そんなやり取りを眺めながら、リコが手を挙げる。


「はいはい、質問いいですか?」


「おう、申してみよ。」


「作る場所はどこですか?家から持ってくんですか?」


「いや。最近、赤の者が趣味で作った料理教室があってな。その作業場を使わせる。そこで完成したものを会場へ運ばせる予定だ。」


「へぇ……本格的なんですね。」




「はい!」

次にユキミが手を挙げた。


「2時間って……作れるもの、限られませんか?」


ユキミの言う通り、ケーキ類では少々厳しい時間設定だ。


「2時間は飾り付けの時間だ。」

紫十郎は当然のように言う。


「ケーキなどは土台部分を事前に作ってきてもらう。

2時間以内で完結できるものなら、作業場で最初から作ってもよい。」


「なるほど……!」

ユキミは納得したように頷いた。




「はーい!」

続いてミキが身を乗り出す。


「作るスイーツは、一人一個ですか? それともチームで一個?」


「一人一個だ。」


「えっ、じゃあ四人で対決できるんですね!」

ミキの目が輝く、というより燃える。

勝負事ではガチの女なのだ。


最後に、セリナがゆっくりと手を挙げた。


「あのぉ……優勝したら……何かあるんですか?」

“ こんなこと聞いて申し訳ない”みたいな顔をしているが、絶対にそんなこと思ってない。


「あるとも。」

紫十郎はニヤリと笑った。


「優勝者には……願いを一つ叶えよう。無論、できる限りではあるがな。」


「……それは、いいですね。」

セリナは目を細める。もう普通に悪い顔だ。



その時だった。


ロメオが、少し考え込むように口を開く。


「一つ、気になることがあります。」


「なんだ?」


「紫月さんは……西の料理を、口にしません。もしかしたら苦手なのかも……」


その一言で、場の空気がわずかに変わった。


「となると……作れるスイーツは、和菓子に限定されるのでは?」


「…………」

紫十郎が、目を見開く。


「……知らなかった。」


動揺が、そのまま声に滲んでいた。

「俺は……そんなことも……」


その空気を断ち切るように、ミキが勢いよく手を挙げた。


「はい!!」


「……なんだ?」


「紫月さんはお茶会の時、ミキのチーズケーキ食べました!」


「……それは、本当かい?」

ロメオが思わず聞き返す。


「はい!」

ミキは頷く。


「同じ味がずっとだとキツイかなって……みんなでケーキを少しずつ交換しようってなったんです。」







ーーーお茶会時回想ーーー




ミキは自分のチーズケーキを切り分け、小さな皿に乗せて紫月へ差し出した。


「はい、紫月さん。ミキのチーズケーキです!」


「……あの……私、西のお菓子は……」


紫月は、控えめに手を振る。


「あ、もしかして……苦手でした?」

(余計なことしたかな……?)


ミキの表情がしゅん……と沈む。


「あ……」

その様子を見て、紫月は小さく息を吐いた。


「……いえ。いつもは、いただかないだけです。」


一拍置いてから、静かに続ける。


「……今日は、いただいてみようかと思います。」


「ほんとですか!!」

ミキの顔が、一気に明るくなった。


「このチーズケーキ、めっちゃ美味しいですよ!」


「……では……」


紫月はゆっくりと、チーズケーキを口に運んだ。


もぐ、もぐ。


「……美味しい……ですね。」


その一言に、ミキはぱっと笑顔になる。


「でしょー!せっかくだし、みんなのも貰いましょうか!」




ーーー回想終わりーーー






「なので!」

ミキは胸を張る。


「ケーキとかでも食べると思いますよ!!」


「おぉ、そうか!なら問題ないなぁ!!」

紫十郎の顔も、ぱっと明るくなった。


「そうと決まれば、何作ろうかな〜」

「願いが1つ叶うんだもんね!」

「アイシング苦手だけど頑張ろうかな!」


空気が明るくなったところで、皆が口々に作るスイーツの話を始める。


そんな中、ロメオはしばらく黙っていた。


「……」


そして、誰にも聞こえないほど小さな声で、呟く。


「…………いいね、君たちは。」








ーーーーーー









スイーツ大会の話題で賑わっていた空気が、少し落ち着いた頃だった。


紫十郎は腕を組み、視線をロメオへ向ける。


「……ロメオ。少し、話がある。別室に来い。」


何となく声が低いが、怒っている様子ではない。


「……分かりました。」

ロメオは無表情のまま頷いた。


「…………」

紫水はジッとロメオを見つめる。


「紫水。」

そうしていると、紫十郎に呼ばれた。


「なんですか、父上。」


「紫水。お前は風呂の時間だろう。」


「そうですが……オレはまだ……」

抗議しかけたが、紫十郎の視線に言葉を飲み込む。


「……分かりました。」

渋々と立ち上がり、セリナの膝から降りる。


「あらー。寂しいなー。早く戻っておいでー。」

セリナが名残惜しそうにする。


「じゃあな!」

ぷいっとそっぽを向きながら、足早に部屋を出ていった。


扉が閉まる音が響く。


「墨男。」

紫十郎は振り返る。


「はい。」

墨男は背筋を伸ばした。


「俺とロメオが戻るまで、こいつら四人をもてなしてやれ。」


「承知しました。」

ピシッとした表情。

当然かもしれないが、紫月といる時より表情が硬い気がする。


「やったー!」

「ウチらと話しましょー。」


セリナとリコがそれぞれに声を上げる中、ロメオは静かに席を立つ。


「では、行きましょうか。」


「……ああ。」


ロメオが部屋を出た。


紫十郎も立ち上がり、扉へ向かう……が、ふと足を止めた。


「……墨男。」


「はい?」


「お前も、スイーツ大会に参加しろ。」


その言葉に、墨男の目がわずかに見開かれる。


「……私が、ですか?」


「そうだ。」

紫十郎は振り返らずに続ける。


「紫月は……お前には、心を許している。お前が作った菓子なら……あの子は、笑うかもしれん。」


一瞬の沈黙。


「……恐れながら、私は」

そう言いかけて、


「命令だ。」


低く、逃げ道のない一言が落とされた。


「……」

墨男は言葉を飲み込み、深く頭を下げる。


「……承知しました。」


「あぁ。」

それだけを告げ、紫十郎は部屋を出る。






残された部屋には四人と墨男だけ。


「墨男さんも座ったらどうですか?」

リコが立ったままの墨男へ声をかけた。


「いえ、私はこのままで。お気遣い感謝いたします。」


丁寧だが、きっぱりとした拒否だった。

使用人としての姿勢を、決して崩さないところは立派だ。


「さすがですね、墨男さん。……せっかくだし、質問でもしちゃおうかな。」

セリナが軽い調子で続ける。


「墨男さんはどんなお菓子を作るんですか?お料理、得意ですよね?」



「和菓子が得意です。」

一言で答える墨男。


「おー、イメージ通り。」

「だよねー!」


リコとセリナは顔を見合わせ、納得したように頷いた。



そこで、ユキミがふと思い出したように言う。


「あ、そういえば……」

「どうしたの、ユッキー。」

「お茶会の時に雪乃さんから聞いたなって。墨男さんが作った練り切り、紫月さんが食べてたって。」


「「「あー……」」」


四人が一斉に墨男を見る。



墨男は気まづそうに、少しだけ目を伏せた。


「……そんなことも、ありましたね。」



「紫月さん、顔真っ赤にして照れてた!」

「なんか可愛かったよね〜!」


「……」

リコとセリナのからかいに、墨男は何も言わず、ちょっぴり笑った。


その反応を見て、ミキが一歩前に出る。


「やっぱり。」


ニコリと笑う。


「ミキは紫月さんが“笑顔になる鍵”、墨男さんが握ってると思うんです。」


「うん、私もそう思う。」

ユキミが頷く。



墨男は、少し困ったように視線を揺らした。


「……そのようなことは。」



「えぇー。」

セリナが間延びした声を出す。

「墨男さん以上に信用されてる人、いないと思いますけど。」


「ウチらが何か作るより、墨男さんが作ったものの方が喜びそう。」

リコも続けた。



「……私などより、皆様の心のこもった菓子の方が姫様はお喜びになるかと。」




「……そんなに謙遜しなくていいじゃないですか。」

「そうですよ。墨男さんの心のこもった和菓子を食べたら、紫月さんも笑顔になるかも?」


リコとセリナが口を尖らせる。



「姫様の八つ時には私が菓子を作らせていただいています。しかし、姫様は笑顔を見せてはおりません。」




「だからこそ、ですよ。」

ミキが食い下がる。

「そこをちょっと特別な気持ちを入れれば、笑わせたいって気持ち、伝わると思うんです。」




「……私にできることなど何もありません。」



「いやいや。墨男さんこそ、紫月さんを笑顔にできるはずですよ。」

ミキの声に、苛立ちが混じる。



「いえ……姫様は強い御方です。私の力などなくとも、いずれご自身で立ち直られるでしょう。」



ノラリクラリ。



「じゃあ、紫月さんを笑顔にできる人は誰だと思うんですか?まさか本当に、紫月さん一人で立ち直れると思ってるんですか?」

リコが低い声で問う。


紫月の過去を聞けば、一人で立ち直るのはどんなに困難なことか……想像にかたくない。




「それは……」

墨男の表情がわずかに歪む。


しかし、すぐに元の凛々しい顔に戻った。


「それは皆様か……ロメオ殿下のような方でしょう。」




墨男の口から“ ロメオ”の名前が出たことで、キレた女がいた。


「墨男さん、ひとつ聞きます!!」

ミキである。

「紫月さんのこと……どう思ってるんですか!?」


「紫月さんのこと、大切ですか?」

続いてユキミも視線を逸らさずに問う。



「……」


墨男は少し黙った後、きっぱりと言う。


「私は、姫様に仕える者です。姫様を大切に思うことは従者として当然かと。ただ、私にはできることはないというだけです。」



「……あ、そう。」

リコが短く返す。


「それなら……」

またしてもユキミ。


「墨男さんといて、紫月さんが笑ってた思い出とか……教えて貰えませんか?それがきっかけで笑うかも……」



「特別なことは、覚えておりません。」

墨男は即座に否定した。



「え……でも……特別じゃなくてもいいんですよ?ちょっとした遊んだ思い出でも……」



「申し訳ございません。」


墨男は重ねて言う。


「覚えておりません。」





「……絶対うそ。」

ポツリとリコが言った。


「え?」


墨男がを見ると、リコは睨むような目をしている。


「なんでそんな嘘つくの?めんどくさいな。墨男さん、めんどくさいよ。」


「こら、リコ。もう少しマイルドに。……でも」


セリナは一度窘めるも、続ける。


「私もリコの意見に同意です。墨男さんは本当に紫月さんを大切に思ってますか?私には……そうは思えません。」


リコとセリナの視線が、静かに突き刺さった。



「私は……」



「そうですよ!!」

ミキが立ち上がる。

「墨男さんの気持ちが全然分かんない!!墨男さんは紫月さんの笑った顔見たくないの!?」



「……見たいです。しかし、その役割は私ではなく……」



「役割とか関係ない!!そうやってウジウジして気持ちが見えないから、紫月さんは余計に苦しいんじゃないの!?」



「っ…………!」


墨男の言葉が、喉で詰まる。


ミキはそのまま、ズカズカと墨男に詰め寄った。


「ミキちゃん、落ち着いて。」

それをユキミが抑える。


しかし……


ズルズルズル


ミキの力が強すぎて、引きずられてしまう。


「待てユッキー!」

「私らも加勢する!」

リコとセリナも加わったことで、ようやくミキを抑えられた。



「フシューッ!!フシューッ!!」

威嚇行動までは抑えられなかったが。



加勢で余裕が生まれたことで、ユキミは語る。

「でも墨男さん。ミキちゃんの言う通りですよ。紫月さん、言ってましたよ?“ 墨男の気持ちが知りたい”って。」



「……姫様が……ですか?」



「はい。リコちゃんとセリナは聞いてないですけど……薔薇園で確かに言ってました。」





ーーー薔薇園にてーーー



リコとセリナが、ロメオと共に忘れ物を取りに戻っている間。

ユキミとミキは、紫月の相談に乗っていた。



「家族も……誰も……私を愛していない……だから…墨男は……」



紫月の願いを確認するために、ユキミは声を絞り出した。

「紫月さんは墨男さんと……どうしたいんですか?」



「私は……」

紫月は胸に手を当てる。


「私は……墨男の気持ちが知りたいです。たとえ墨男が私のことを好いていなくても……きっと……私は……それを聞ければ……ロメオさんと結婚できます。」



「ロメオさんじゃなくて墨男さんと……っていうのは……」


ミキが言いかけるが、紫月は首を振る。

そして、伏し目がちに呟く。


「私はこの国の姫ですから……その責任は果たすつもりです。だからその前に……墨男の心を……」


「「紫月さん……」」

ユキミとミキの眉尻が下がった。


「……」

紫月は泣かなかった。

化粧を気にしているのだろう。


だが、今にも溢れ落ちそうな涙が、瞳に溜まっていた。








「………………約束……」





「……え、もう一度いいですか?」

ユキミが思わず聞き返す。


「…………?……もう一度、ですか?」


「あ……いえ。」


紫月が無意識に、小さく呟いた“ 約束”という単語を、ユキミは聞き逃さなかった。



ーーー




「姫様が……そのようなことを……」

墨男から大粒の汗が流れ落ちる。

呼吸が、ひどく荒くなっていた。



「……墨男さん?」

異変に気づいたミキが声をかける。


さすがに三人は、ミキの拘束を解いた。



「……私が……また……」



「どうしたんです?」

リコが問いかける。



墨男の目は、どこも見ていなかった。


「姫様は……私のせいで笑顔を失われた……“ 約束”を破り……恩を仇で返した……私のせいで…………それなのに……それなのに……俺はまた……!!!」



「墨男さん!?墨男さん!!」

セリナが叫ぶが、墨男の耳には届かない。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁああああああああああああああああああああああああ!!!!」



痛々しい叫びと共に墨男は意識を失い、床に崩れ落ちた。




「「「「墨男さん!!」」」」




ーーーーーー









「くっそー」


倒れた墨男を寝かせるために部屋を移動した四人。

墨男が目覚めるのを待つ間、セリナはトイレに行っていた。


「部屋はどこだー!!」

そして、無事に迷子。


使用人に声をかけてみたものの、彼らは移動した部屋を知らないため、結局どこから来たのか分からなかった。


「やっぱ一緒に探してもらえば良かったかな?」


仕事の邪魔になると思い、手伝いを断った自分を呪う。


「この部屋は……」


今はもう、完全に総当たりである。


そんな時だった。


バルコニーで涼んでいる人影が、ふと目に入った。

「……あ、紫水君!」


声をかけられ、紫水が振り返る。

怪訝そうに眉をひそめた。


「……何をしている。」


「えっと……トイレいったら迷って……」


「……アホか。それと様をつけろ!!」


「……若様。」


「なんか気持ち悪い……前の呼び方でいい。」


「ひっどーい!!」


「フンッ……」


「……はぁ……部屋、どこだろ。」

セリナはしゅんと肩を落とす。


その様子を見て、紫水は小さく舌打ちをした。


「ハァ……仕方ない。一緒に探してやる。」


「え、ほんとぉ!?」


「勘違いするな。……飴の礼だ。」


ぷい、とそっぽを向く。


「……それに、一人でずっと歩かれると迷惑だからな。」


「ひっどーい!……でもありがとうございます!」


口ではブーブー言いつつ、セリナは嬉しそうについていく。


二人で廊下を歩きながら、紫水がふと口を開いた。


「お前、使用人に聞かなかったのか?あの部屋は誰でも知っているはずだが?」


「それは……さっき、墨男さんが倒れちゃって。寝かせるために部屋を移動したら、どの部屋か自分でも分からなくなってしまいました!」



紫水の足が、ぴたりと止まる。


「墨男……あぁ。」


少し考えてから、淡々と言った。


「姉上のそばにいる、黒の男か。」


「そんなに面識ないですか?」


「あぁ……あの男は姉上にベッタリだからな。」


一拍置いて、ぼそりと続ける。


「……いや。正確には、ベッタリなのは姉上の方か。」


セリナが、目を見開く。


「……気づいてたんですね。」


「当然だ。」


紫水は前を向いたまま言う。


「あの男のおかげで、戦後の姉上の精神は保たれていた。」


そこで、一瞬だけ言葉を区切った。


「だが……あの男のせいで、姉上は……」


「……!! 何か知ってるの?」


セリナが食い気味に聞く。


「お前には関係な」

「友達だから関係ある!!」


紫水が言い切る前に、セリナが遮った。


「教えてくれたら、飴ちゃん!食べきれないくらい買ってくるから!!ウサギ型のやつぅうう!!」


「そ、そんなもの頼んでない!!」


顔を赤くしながら否定するが、紫水はセリナをちらりと見る。


ふざけているようで、その目が真剣だと気づいた。


「……」

やがて紫水は、小さく息を吐いた。


「……あの男のせいで、姉上は周りからの愛情を拒絶するようになった。」


「拒絶……?」


「……正確には気づかなくなった、だ。」


淡々とした声だったが、そこには押し殺した悔しさが滲んでいた。


「あんなに父上から想われているのに……」


「それは……」


セリナの脳裏に、ユキミから聞いた紫月の言葉がよぎる。


“ 家族も……誰も……私を愛していない……“


紫十郎が親バカなのは、誰の目にも明らかなのに。


「どうして墨男さんのせいだって思うんですか?」


「勘だ。」


即答だった。


「詳しいことは知らない。だが……あの二人を見ていれば分かる。」


「すごいね、紫水君。ほんとに賢い。」


「……よせ。」

紫水は唇を噛む。


「……父上を支えるには、到底たりない。」


悔しそうに呟いた。


「家族想いなんですね。」


「そんなことはない。」


紫水は拳をぎゅっと握る。


「……お前たちには悪いが、オレは姉上が嫌いだ。」


「……」

セリナは、何も言わずに続きを待つ。


「父上の愛に気づかず……ロメオ兄様の優しさを受け取らず……勝手に自分を追い込んでいる姉上が……」


声が、ほんの少し震えていたところに……


セリナは何の前触れもなく、紫水を正面から抱きしめた。


「……!?!?お、おい!!なんでまたっ……抱きつくんじゃ……!!」


紫水は顔を真っ赤にして、小さな体をジタバタさせる。


「……優しいね。」


セリナはそう言って、そっと紫水の髪を撫でた。


「まだこんなに小さいのに……お父さんのことも、ロメオのことも考えて……お姉ちゃんのことだって……」


「聞いてなかったのか!?オレは姉上が嫌いだって」


「無関心だったら、嫌いにすらならなさそうだけどなー。」


セリナは、くすっと笑う。


「……」


言葉に詰まる紫水。


セリナは紫水をそっと解放すると、ぱっと一歩引いて、勢いよく立ち上がった。


「よし。任せなさい!!」


胸をドンッと叩く。


「な、なにを……」

紫水は唖然とする。


「大人の私たちに任せなさい!!子どもの紫水君は、大人に甘えなさい!!」


「はぁ!?誰が子どもだ!!」


「子どもは笑って遊ぶのが一番!その方が紫十郎さんも、ロメオも喜ぶよ。」


「お前に父上とロメオ兄様の何が……!」


「可愛い子には笑ってほしい。普通じゃない?」


「か、可愛いって言うな!!それに……任せるって、お前に何ができるんだ!」


「よし、決めた。」


セリナはにっと笑う。


「先に紫水君を笑わせよう。それなら……信用してくれる?」


紫水が、ぴたりと動きを止める。


「……オレを?」


「うん。考えたら、紫水君の笑顔も見てないから。」


そう言って、セリナはくるっと振り返り、

通りかかった使用人を呼び止めた。


「あ、すいません!今から栄の飴屋さんって行けますか?」


「い、今からですか……?かなり急げば、間に合うかとは思いますが……」


「お願いします!!連れて行ってもらえませんか!お礼はしますから!!」


頭を下げるセリナ。

使用人は困ったように視線を泳がせ、ちらりと紫水を見る。


「ハァァァァ……」

紫水は、大きくため息をついた。


「……連れて行ってやれ。父上には、オレが言っておく。」


「か、かしこまりました」


「し、紫水君……!!」


「お前は、人の話を聞かないやつだからな。」


ぷい、と顔を背ける。


「……さっさと買って、戻ってこい。」


「約束通り!食べきれないくらい買ってきます!!ウサちゃんキャンディイイイイイイ!!」


「なッ…………フンッ!!」


小さく鼻を鳴らす紫水。


「それでは、参りましょうか。セリナ様。」


「はい!お願いします!」


こうしてセリナは、紫水を残して飴屋へ向かうことになった。






ーーーーーー







あたりに漂う甘い香り。

両腕いっぱいに抱えた袋の重みが、心地いい。


「えへへ……」


店の前で、セリナは袋を覗き込んで満足そうに笑った。


色とりどりの飴。

ウサギ型、犬型、猫型、星型、季節限定のものまで。


「これなら紫水君も喜ぶぞぉ。」


無意識に頬が緩む。


ツンとした顔で、

「……子ども扱いするな」と言いながらも、

頬をほんのり赤くして飴を受け取る紫水。


その光景を想像して、セリナはニマニマした。


「うっふふ。よーし、戻ったら」


その瞬間だった。


「――ムグッ」


背後から、突然口元を塞がれる。


布の感触。

甘ったるい、知らない匂い。


「――!?!?」


反射的にもがこうとしたが、同時に

チクリ

と首筋に鋭い痛みが走った。


何かが、流し込まれる。


「……っ!!」


視界が、ぐらりと揺れる。


力が抜ける。

声が、出ない。


意識が遠のく中で、

最後に見えたのは――


「おっと」

自分の手から滑り落ちる飴の袋を、背後の人物がキャッチした瞬間だった。








「では、戻りましょうか……」

使用人が馬車のドアを開け、振り返る。



「……あれ?」


そこに、いるはずの姿がない。


「……セリナ様?」



周囲を見渡す。


「セリナ様……?」


返事はない。


胸騒ぎが走る。


「セリナ様!?セリナ様!!」


呼び声だけが、虚しく響いた。










セリナは、何者かに誘拐されたのだった。

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わーおわーお!紫水Love!ドキドキワクワク! 次回のお話がとても楽しみですぅー!
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