紫月の婚約者
風が、花びらをそっと揺らしていた。
「すご……!!」
思わずリコが呟く。
「ここが、貸切?」
ユキミも、目の前の光景を受け入れられていない。
そこは“お金持ちしか借りられない”と言わんばかりのバラ庭園。
庭の中央から外周へ向かって、深紅のバラが波のように咲き誇っている。
石畳は白く、ガゼボは大理石。バラの香りは強すぎず、涼しい空気がそれを柔らかく包んでいた。
「はぁ……」
紫月はガゼボの白いベンチに座りながら落ち着きのない表情を浮かべていた。
無理もない、これから紫月の婚約者が来るのだから。
「し、紫月さん……緊張してる?」
ミキの言葉に、紫月は頷いた。
「……はい、彼とは親しいわけではないので。なのに、約束の時間より早く着きすぎてしまいました...」
凛とした声音なのに、指先は微かに震えている。
「みなさん、ありがとうございます。ほんとうに来てくださって……」
紫月がぽつりと呟いたその時だった。
「あ、誰かいる!」
ユキミが指さす方へ、全員の視線が吸い寄せられる。
道の影から、一人の男性がゆったりと歩み出てきた。
白い上質なシャツに、淡いサンドベージュのベスト。
肩には着ていない薄手のアイスグレーのジャケットをひょいと掛け、大人の余裕を纏いながら歩いてくる。
金髪の前髪が目元に少し落ち、その隙間から覗く青緑の瞳が、まるで初夏の空みたいに澄んでいた。
「うおっ、イケメン……」
ユキミが息を飲む。
「ひょえー!!!!」
ミキは口を開けたまま見惚れていた。
男の美貌に絶句するユキミとミキに対して、リコとセリナは……
「「え!?ロメオさん!!」」
と、軽いテンションで手を振っていた。
「え……!?」
どうやらロメオも気づいたようだ。
彼は微笑むと、自然な仕草で歩を早める。
「リコさんとセリナさんじゃないですか!!こんなところでどうしたんですか?」
「ロメオさんこそー!ウチらのこと覚えててくれたんですね!」
「やっぱりまた会えましたね!運命運命!」
偶然の再開を喜んでいると、
「えっと……みなさん、お知り合いですか?」
紫月が立ち上がり、驚いた目で三人を見つめていた。
「おっと、これは失礼しました。」
ロメオはすぐに紫月へ歩み寄ると、優雅な動作で彼女の右手を取る。
そして軽く触れるだけの、丁寧な手の甲へのキス。
「遅くなってしまい申し訳ございません、レディ・紫月。」
「……ありがとうございます、ロメオ殿下。私が早すぎただけですので、どうかお気になさらないでください。」
互いに挨拶を交わしただけだが、まるで映画のワンシーンのよう。
絵画にされたって不思議のない美しい光景だ。
「「「「……」」」」
呆気にとられた四人に気づき、紫月が少し恥ずかしそうに姿勢を直す。
「紹介します。彼が私の婚約者で、バレンティア王国第二王子のロメオさんです。」
「ご紹介にあずかりました。私はロメオ・ヴァレンタインと申します。レディ・紫月の婚約者です。どうぞよろしく。」
「「えぇ〜〜〜!?!?!?」」
バラ庭園に、二人の驚きの声が響き渡った。
「モノホンの王子様だったんですか!なのに、ウチら結構親しげに!!」
「す、すいません!私たち何か失礼してませんでしたか!?」
カッチコッチになったリコとセリナを見てロメオが微笑む。
「失礼だなんてとんでもない。あなた方は道に迷っているところを助けてくれた恩人です。むしろ、僕は感謝していますよ。」
「なるほど……」
ここで紫月は、合点がいったようだった。
「……ロメオさんが“ 変わった二人”に助けられたと言っていたのは、リコさんとセリナさんのことだったのですね。」
「「変わった二人!?」」
揃って目を丸くする二人に、ロメオは軽く笑う。
「はは、“いい意味で”ですよ。お二人のおかげで、あの時はとても助かりましたから。」
「あら、アタイのおかげだなんて……照れてしまいますわ。思わず喉が渇くほどに……」
「セリナ、地図を持ってたのウチな?喉が渇いたのは同意だけど。」
二人がそう言うと、ロメオは軽く手を伸ばし、別方向を示した。
「では……立ち話もなんですし、よろしければ皆さんであちらへ移動しませんか?」
その先には、白い壁とガラス窓が美しい小さな館が建っていた。
ーーーーーー
館の扉を開けると、ふわりと木の香りが漂った。
白木のテーブルとクリーム色のカーテン。
小さなサロンのようで、外のバラ庭園とはまた違う静けさがある。
「どうぞ。ここを休憩に使ってください。今、お茶を淹れますね。」
ロメオが軽く会釈すると、慣れた手つきで奥のカウンターへ向かう。
「え……ロメオ様が淹れてくれるんですか?」
セリナが驚くと、ロメオは小さく笑った。
「ハハッ、様は辞めてくださいよ。お茶を淹れるのは好きなんです。紫月さんは、抹茶がお好みでしたね。」
「……覚えていてくださったんですね。」
「ええ。前回お会いした時、抹茶を美味しそうに飲んでいたあなたが印象的で。」
「……」
紫月はわずかに視線をそらした。
「みなさんは何がお好きですか?よければ、お作りしますよ。」
「えーっと、じゃあ……」
彼は皆の注文を聞き、手際よく茶器や果物を扱いながら、次々と仕上げていく。
紫月には抹茶、セリナには紅茶、リコには緑茶。
そしてユキミとミキには絞りたてのオレンジジュースを。
((((カッコイイ〜〜!))))
四人がロメオの作業姿に見蕩れていると、あっという間にドリンクが出来上がってしまった。
「はい、どうぞ。お口に合うと良いのですが。」
ロメオが紫月の前に、そっと茶碗を置く。
コクッ……
紫月はひと口飲み、静かに目を伏せた。
「……美味しいです。ありがとうございます。」
「よかったです。お茶を点てた甲斐がありました。」
そして、ロメオは四人にもドリンクを提供。
「どうぞ、お召し上がりを。」
「「「「いただきまーす!!」」」」
ゴクッ……
ドリンクを、口に入れた瞬間。
「「「「ウマァアー!!!!!」」」」
四人は瞳を煌めかせながら、驚いたように声を上げた。
「えっ、すごい美味しい!?こんなに美味しい紅茶は初めてです!」
「うわ、これ緑茶のくせに甘い!ウチの舌でもすっごい美味しい!」
「ミキの好みの味!!」
「え、てか果物そのまま飲んでるみたい……!」
「気に入っていただけたなら何よりです。」
ロメオは柔らかな微笑みを浮かべた。
すると、紫月がぽつりとこぼす。
「本当に……器用な方ですね。お茶も上手で……」
「ありがとうございます。レディ・紫月に褒めてもらえると、殊更に嬉しいです。」
「……レディは、よしてください。」
紫月の、何かを言いたくても言えない表情。
ロメオはそんな彼女の変化を察したのか、
空気を和らげるように話題を変えた。
「――そうだ。ひとつ、紫月さんにお渡ししたいものがありまして。」
そう言ってロメオは紫月の対面に座り、内ポケットから小さな包みを取り出した。
手のひらほどの、淡い藤色の布袋。表には金色の糸で植物の刺繍が施されている。
「これは……?」
「香袋です。“ラベンダー”の香りを調合して作りました。刺繍もラベンダーの花です。僕の国で香袋はちょっとしたお守りのようなもので……。差し出がましいかもしれませんが、今日のために。」
テーブルの上に置かれた香袋から、ほのかに甘く優しい香りが漂う。
紫月はジッとそれを見つめ――
「……ラベンダー.....薫衣草ですか。ありがとうございます。」
深くお辞儀をした。
その光景を見ていた4人は──
「「「「いいなぁ〜〜……!!」」」」
声を揃えて羨望のため息を漏らす。
すると紫月が、ロメオの懐のあたりに視線を移した。
「ロメオさん……ほかにも香りがした気がしたのですが……まだいくつか香袋をお持ちなんですか?」
これにロメオは驚いた表情をする。
「驚きました、素晴らしい感覚をお持ちですね。その通り、実は何種類か持ち歩いていまして。」
ロメオはジャケットの内側から、小さな香袋をテーブルにそっと並べた。
香袋は色とりどりで、淡いローズピンク、クリーム色、空色、若緑、オレンジ、黄色がある。
「「「「可愛い〜〜〜!」」」」
四人は一斉に身を乗り出した。
「せっかくですし……」
ロメオは優雅に微笑んだ。
「気に入った香りがあれば、お好きなものをどうぞ。」
「え、選んでいいんですか!?」
リコが目を丸くする。
「もちろん。香りには相性がありますから。」
「「「「キャ〜〜!!」」」」
一気に華やぐ空気。
「あ……これ可愛い!」
最初にセリナがピンクの香袋を指先でつまんだ。
淡いピンクに小さな刺繍が映えて、見ているだけで幸せな気持ちになる。
「……すごい、いい匂い!……これはローズですか?……」
「正解です。僕の国でバラは“幸福”の象徴とも言われていますよ。笑顔が素敵なあなたに、とても似合います。」
ロメオの言葉に、セリナは耳まで赤くなった。
「あっら嬉しい!…じゃ、じゃあ……これ、もらってもいいですか…?」
「もちろん。」
「えっとじゃあミキは……」
ミキが手にとったのは、クリーム色の香袋。
「うわっ……いい匂い! めっちゃ落ち着く……!」
「それはカモミール。“癒やし”の香りです。元気な方でも、ふとした時に助けになるはずですよ。」
「ミキ、これ!絶対これが良い!!癒されたい!!」
ミキは即決した。
「ウチはこれかな〜。」
リコはオレンジ色の香袋に目を留めた。
「爽やかでいい匂い!」
「柑橘系は気持ちを前に向けてくれます。あなたのように芯がある人にはぴったりです。」
「あら〜えっへへーん。ウチはこれー!」
「お!1番気になってたやつが残った。」
最後にユキミが手に取った若緑の香袋。
「……ほーん……さっぱりしてる。」
鼻先に近づけ、すん、と一度吸い込んで目を細める。
「ミントは“思考を整える香り”です。気分がすっと軽くなるでしょう。」
「これ良い!好き。」
ユキミはクンクンしながら静かに握りしめた。
ロメオは全員が香袋を持ったのを確認すると、
「気に入ったものを手に取ってもらえて良かったです。まさか趣味の香袋作りが役立つとは……作った甲斐がありました!」
王子様スマイルまでサービスしてくれた。
「「「「かっこいい〜〜〜!」」」」
四人は完全にノックアウトだった。
「私は幸運のお守りにします!ありがとうございます!」
「ミキにもくれてありがとうございました!いっぱい嗅ぎます!」
「ウチは首から下げて持ち歩きます!ありがとうございます!」
「あたしは考え事してる時に使います!ありがとうございました!」
セリナ、ミキ、リコ、ユキミの順で礼を述べる。
ねだったつもりはなかったが、それでも香袋をプレゼントしてくれたロメオはイケメンだ。
彼のおかげで、部屋はすっかり和やかな空気に包まれていた。
……はずなのに。
「あの……ロメオさん。」
紫月だけはどこか沈んだ声で、その空気にそぐわない表情をしていた。
「はい、どうかしましたか?」
「聞かないんですか……?その……リコさんやセリナさん、ミキさんやユキミさんのことを……」
彼女は不安げに目を伏せる。
それも無理もないことだった。
今の場は、本来“二人の親睦を深めるための時間”として設けられたもの。
そのために雪乃などの使用人をあえて同行させず、貸切のバラ庭園が選ばれた。
だが紫月は、事前に何も伝えずに四人を連れてきてしまっている。
「……」
「?」
けれど、ロメオは一切聞いてこない。
その行動が、紫月には逆に気味悪く映っていたのだ。
「紫月さんの御友人かと思っていましたが、違うのでしょうか?」
「……いえ、その通りです。今日は私の友人を紹介したく、連れてまいりました。」
「では、紫月さんのおかげで僕は恩人と再開できたのですね。ありがとうございます。」
「私は何も……」
「……」
「……」
そこから、ふたりの間に重たい沈黙が訪れた。
「え、えっと……その……」
ロメオは一瞬目を泳がせ、続ける話題を探す。
「そういえば……先ほどのお茶ですが、お口に合いましたか?」
「……はい。美味しかったです。」
「実は最近、和菓子を勉強していまして。いつか上手くできるようになれば、抹茶と一緒にお出ししたいです。」
「……是非。」
「それと……僕の国のスイーツと抹茶を合わせた新しいスイーツを考えているんですよ。紫月さんはどんなスイーツが食べたいですか?」
「洋菓子はいただかないので……」
「それはもったいない。何か興味の湧くものがあればいつでも教えてください。用意しますから。」
「……はい」
淡々とした紫月の返事。
そのたびにロメオは新しい話題を探すが、数秒で沈黙が戻ってしまう。
「それにしても……ここのバラは本当に綺麗ですね。」
「……そうですね。」
「紫月さん、約束を覚えていますか?」
「……約束?」
ようやく紫月が反応らしい反応を見せた時だった。
「あ、あの紫月さん!!」
セリナが勢いよく口を開いた。
「髪の色のことを教えてくれるって言ってましたよね!?ほら、“ 色つき”の髪の人視点で話を聞かせてくれるって!!お茶会の時にその話をする予定だったじゃないですか!」
突然の話題転換にロメオは目を瞬かせる。
「え……?」
一方。紫月は少し驚きつつも息をついた。
「あ……ああ、そうでしたね。忘れていました。今からお話しましょうか?」
「ぜひお願いします!」
(良かった〜〜!!)
セリナが喜びながら振り向くと、ユキミ、ミキ、リコはGoodのジェスチャーをおくっていた。
──なぜ、いきなり髪の話題に触れたのか。
〜ほんのちょっと前の回想〜
実は、気まづい空気に耐えかねた四人はアイコンタクトでプチ会議を開いていた。
(あたしはリコちゃんかセリナにどうにかして欲しい!)
(あっズルいぞユッキー!ウチだって嫌だ!)
(私だって無理だよ!ここは間をとってミキじゃない?)
(ふざけんな!ミキも嫌だ!)
結果、机の下で静かにジャンケンをして勝負。
((((ジャンケーンッポンッ))))
(うぅ……)
負けたセリナがどうにかすることになった。
(うーん。何か話題があれば……あ、そういえば!)
そして思いついたのが髪の色の話題だった。
(良かった〜〜!……完璧やろ!?)
(((ナイスセリナ!!)))
〜回想終わり〜
「まず、基礎知識のおさらいからお願いします。」
「分かりました。」
紫月が、何から話そうかと少し悩む。
「……まず、“ 色つき”とは。藤ノ国が位置する東の大陸では黒髪が主流ですが、一万人に一人の確率で髪に色がついた人間が生まれ、その者らを“ 色つき”と呼びます。そして、“ 色つき”は何か飛び抜けた才能を必ず持つため、家督を継ぐものは“ 色つき”が殆どです。」
「「ほうほう……」」
リコとセリナは納得した。
紫月が言っていた、
″お父様は髪が″紫″なので、当主になったのです。″
この発言。
((紫だからってそういうことね……))
兄弟のなかでは十男だという紫月の父も、彼女とおなじ紫の髪を持った才能ある人ということだ。
「はい、紫月さん。」
「なんでしょう、セリナさん。」
セリナが手を挙げていた。
「一万人に一人なのに、ひと家族に“ 色つき”が二人って相当珍しいんじゃないですか?」
「珍しいです。藤堂家のように親子で“ 色つき”はもちろん、ごく稀に兄弟で“ 色つき”として生まれる者がいますが……兄弟の場合は似た才能を持つ場合が多いらしく、家督争いになるので片方が養子に出されることがあるそうです。」
「ほえー。もしかすると、家によっては“ 色つき”が生まれやすかったり、才能が同じ系統が多かったりするかもですね。」
「そうですね……“ 色つき”がいつ生まれるのか、何の才能を持って生まれるのか。基本的には規則性がありませんが……家によっては才能がある程度決まっているように思います。」
「それは面白い。その話、僕にも詳しく聞かせてください。」
ロメオも話に食いついた。
紫月は一瞬、眉を顰める。
「……例えば、青沼家は芸術の才能を持った人物が多いです。歴代の色つきの当主は、素晴らしい作品をいくつも残しています。」
「確かに、僕の国でも青沼一族の絵は有名です。荒々しい波の絵や美人画が特に好評で、コレクションしたがる者も少なくありません。」
「……はい。他には、赤塚家は歴史に残るような小説を数多く世に出しています。“ 苦い薬”や“ 吾輩は今”なども赤塚家の者が書いたお話です。」
「へー……でも、なんでその二つの家はそうなるんだろう?」
ユキミが首を傾げた。
「恐らく“ 血が濃い”からです。青沼家も赤塚家も、基本的に他家と結婚しません。親戚同士での結婚が殆どです。自分たちの芸術・文学の才能を絶やさないためなのでしょう。」
「ほえー、色々あるんですね。……そういえば、ロメオさんの金髪って“ 色つき”なんですか?」
リコがロメオの見事な金髪へ視線を向ける。
「はい、“ 色つき”です。西の大陸では茶髪や亜麻色の髪が主流なんですよ。面白いことに、金髪は僕の国でしか生まれないんです。」
「限定カラーなんですね!ていうことは……紫月さんの国にも限定カラーはあるんですか?」
リコが紫月を見る。
「……?」
紫月が一瞬、何か違和感を抱いたような顔をしたがすぐに無表情へ戻り頷いた。
「紫の髪色はこの国でしか産まれません。しかし……考えてみれば、王族や皇族の″色つき″は、その国特有の髪色になるのは何故なのでしょう……?」
ロメオも頷く。
「僕も同じことを考えたことがあります。青沼家や赤塚家のように、親戚のみで結婚しているわけではないはずなんですが……それに、この金髪は王族だという証明にはなりますが、逆を言えば狙われやすいので少し困りますね。」
「大変なんですね……」
「ロメオさん可哀想……」
ユキミとミキがロメオに同情の眼差しを向ける。
「あはは……でも、苦労があるのは王族の“ 色つき”に限った話じゃありません。政治など、国の運営に関する才能を持った者は狙われやすい。……兄や友人もそうです。出来れば僕がずっと守りたいのですが、そうはいかないのが辛いところですね。」
どうやら、ロメオのお兄さんも“ 色つき”のようだ。
なるほど、だから彼は紫月の元へ婿入りすることができるのだろう。
しかし……
ロメオの暗い顔は、初めてだ。
「……お茶を淹れますね。」
紫月は何を思ったのか、お茶を淹れ始める。
(((あ……ロメオさんのお茶が無いから……)))
ユキミ、ミキ、リコは、紫月の行動が優しさから来ていることに気づいた。
その傍ら。
セリナは今までの話から“ 色つき”の情報を頭でまとめる。
(とりあえず、髪に色が付いた人がメインキャラにやりそうだな。なんか“ 選ばれし者”って感じだし。だけど……)
「色つきで生まれたからって、幸せとは限らないってことなんですね。周りにいてくれる人間次第な気もしますけど……」
セリナの言葉に、ロメオが小さく頷く。
「本当にその通りです。周囲からの妬み、嫉みから引き起こされた事件も少なくない。そんなことが起こらないように、″色つき″は振る舞いを考えなければなりません。」
「……あ、そういうことか。ねぇ、リコ。」
その時、セリナが何かピンと来たようだ。
小声でリコに話しかける。
「何が?」
「前に髪色の話をした時、紫月さんが何故か謝ってきたじゃない?」
「そうだっけ?」
「そうだよ!“ 家族に赤髪や青髪で生まれた方は?”って質問に答えたら謝られたでしょ?」
「あーね。それがどうしたの?」
「その理由が分かった。紫月さんは“嫌味みたいに聞こえちゃったんじゃ”って思ったんだよ。」
「どういうこと?」
「例えばよ。巨乳の子が貧乳の子に“ 家族で巨乳の人はいるの?”って聞いたら、貧乳の子はどう感じる?」
「“嫌味かよ!”って……あぁ、そういうことね!いやでも色つき=巨乳はちょっと……」
「分かりやすく言っただけだよ!」
セリナが肘でリコを小突くと——
「どうかしましたか?」
ロメオが会話の内容が気になる様子で、こちらへ声をかけてきた。
「あー……えっとぉ」
「た、大した話じゃないですよぉ……」
((流石に今の例え話は聞かせられなーい!!))
二人が焦って誤魔化しているところへ、紫月がちょうど緑茶を注ぎ終えた。
「……お茶、できました。どうぞ、ロメオさん。」
紫月はそっと差し出す。
そっと差し出された湯呑には、澄んだ緑色の香り高いお茶。
「ありがとうございます。このお茶の香りは落ち着きます。」
ロメオが穏やかに微笑みながら口に運ぶ——その瞬間。
「ねえねえ紫月さーん!ウチにもお茶ちょうだい!」
「私も欲しいです。いい匂いしてるし、飲みたいです!」
リコとセリナが同時に手を挙げ、完全に我が物顔で要求してきた。
「こら!リコちゃん、セリナ!」
「紫月さんはお姫様だぞ!図々しいぞ!」
ユキミとミキが慌ててたしなめるが、二人はどこ吹く風でニコニコしている。
紫月は仕方のなさそうに、小さく肩をすくめた。
「もう……少し待っていてください。」
手際よく急須を傾け、二人分のお茶を注いでいく。
(紫月さんのこんな自然な顔……初めて見るかもしれない。)
ロメオは紫月の柔らかい横顔に、不思議な気持ちを覚えた。
紫月が淹れたお茶をリコとセリナに渡すと、二人は
「おいしー!」
「あったかーい!」
と喜んで飛び跳ねる。
「うちの二人がすいません……」
「ミキは苦いお茶は苦手だから飲めない……」
「いえいえ。」
ユキミとミキもそれを見て、呆れながらも微笑んでいた。
その光景をしばらく眺めていたロメオが、静かに口を開く。
「皆さん、仲が良いのですね。……もしよければ、改めて自己紹介をしていただけますか?紫月さんが楽しそうなので、皆さんのことをもっと知りたくなりました。」
「「「「え?」」」」
四人は顔を見合わせ——
「じゃあウチからっ!」
リコが勢いよく前へ出た。
「リコです!犬が好きです!よろしくお願いします!」
「次は私が!セリナです。紫月さんにはいっぱいお世話になってます!鯖が好きです!」
「ミキです!ミキも犬が好きです!よろしくお願いします!」
「ユキミです。野球観戦とか好きです!よろしくお願いします。」
四人はペコりと頭を下げる。
(野球……?なんの事だろう?)
ロメオは一人一人と丁寧に視線を合わせながら、にこやかに頷いた。
「皆さん、ありがとうございます。……では、ひとつ伺ってもいいでしょうか?」
「「「「なんでしょう!」」」」
「どうやって紫月さんと出会ったのですか?」
その問いに、四人は一瞬だけ動きを止めた。
紫月もゆっくりロメオの方を見る。
「え〜。ちょっと長くなりますよ〜。」
「ウチらのメモリー聞いたらビックリするかも〜。」
なぜか身体をくねらせながらドヤるセリナとリコ。
「そういえば、あたしたちもその話聞いてないよ。」
「ほらほら、ちゃんと説明しろよー!ミキたちは途中加入なんだから!」
ユキミとミキが、急に調子づいた二人を半眼で見つめる。
「あ、紫月さん。話してもいいですか?」
リコが一応、紫月に確認を行った。
「……いいですよ。」
ちょっと浮かない顔の紫月だったが、
彼女が了承したところで話が始まった。
「えーっとあれは……ウチがセリナとふざけてて……」
「リコが墨男さんとぶつかった所から始まったんだよね……」
十分後……
「皆さん、紫月さんと出会ったばかりだったんですね。少し意外でした。」
「友情に時間なんて関係ないですよー。」
リコがチッチッチとすると、ロメオは小さく笑った。
「フフッ……たしかにそうです。」
その穏やかな笑みにつられて、ミキが興味を向ける。
「ロメオさんって、この国に来たばかりなんですか?」
「いえ。婚約が決まってから毎月一度、一週間ほど滞在しています。」
「へぇ!じゃあこの国で友達できたんですか?」
「……」
ロメオは一瞬だけ視線を落とし、
ほんのわずかに肩をすくめた。
「……恥ずかしい話ですが、まだ友人はいません。知り合いならいるんですけれどね。」
「……あっ、ごめんなさい……」
「いえ、気にしないでください。これから友人を作る楽しみがありますから。」
ロメオは笑っているが、ミキはその表情の奥に寂しさを見つけてしまったらしい。
ふっと眉尻を下げる。
「……でも、ちょっと寂しいですね。」
「そんなことは……」
“ありません”と続けるようで、言わない。
その沈黙が、かえって静かな孤独を滲ませた。
「……」
思い出話の辺りからそっぽを向いていた紫月も、少し自分と境遇が似ているからかロメオの方へ視線を戻した。
その空気を破るように、セリナがわざと大きめに咳払いをした。
「ヴ、ヴン……!私たち、もう会って二回目ですし……友達になれると思いますが?」
「……え?」
ロメオの目が見開かれた。
セリナはニヤリと笑う。
「迷子仲間。」
「そうそう。」
リコが続く。
「さっきはウチらのこと聞いてくれたし……今度はロメオさんのこと教えてよ。」
「僕の……ことを?」
「せっかくだし、クイズ形式にしてみない?」
リコの提案に、ミキが即座に手を挙げた。
「さんせい!ロメオさんの次、紫月さんでもやろう。」
「わ、私も……ですか?」
「ミキたちも紫月さんのことも知りたいですから。」
ミキの笑顔に、紫月も頷くしかない。
「では、クイズ形式を説明します。」
何故か、セリナが仕切り始めた。
「まず、ロメオさんが問題を出して、私たちが答えます。“第一問、僕の好きな食べ物は何でしょう?”みたいに。最初に正解した人が1ポイント。最下位の罰ゲームは……こちょこちょの刑ってことで。」
「じゃあ早速いこっ!」
リコがわくわくした様子で前のめりになる。
「「「「じゃーじゃん」」」」
「……では。」
ロメオは背筋を少し伸ばし、照れながらも皆を見渡す。
「第1問。僕の好きな色は?」
セリナ「青!」リコ「緑!」ミキ「白!」ユキミ「黒!」紫月「桃色」
その後……
紫月、ロメオは出題者も兼ねるので、正解すれば2倍のポイントが得られる制度を設けた。
そして今回のゲーム結果。
優勝者はロメオ、最下位は紫月となるのだった。
ーーーーーー
六人はバラ庭園の出口へ向かってゆっくり歩いていた。
満開の花の香りが風に流れ、楽しげな声がところどころ響く。
「紫月さん一個も正解しませんでしたねー。」
「まさか、こちょこちょが平気だとは……表情筋どうなってるんですか?」
「うぅ……」
クイズで負けて落ち込む紫月に、ユキミとミキが追い打ちをかけていた。
「あの二人って、たまにナチュラルにディスってくるよね。」
「意図的にするセリナよりはマシじゃない?」
「なにをー!リコだって人の事言えないよ!」
「あはは」
そんな中、ロメオがふいに歩みを少しだけ緩めた。
そしてリコとセリナにだけ見えるように、そっと小さな紙片を広げる。
二人は同時に「え?」と小さく声を漏らし、目の前の紙を見る。
そこにはこう書かれていた。
『ちょっといいかな……? 相談に乗って欲しい。』
ロメオは声を出さずに「頼む」と言うように目で訴えていた。
(え、え、なに!?)
(ロメオさんがウチらに相談!?)
セリナとリコが視線で会話している一方で、
「紫月さん、この後はどこに移動する予定なんですか?」
ユキミが紫月に問いかける。
「……自由にしていいと言われていますので、特に決まってはいません。」
「おぉー。ノープランデートか。」
そのタイミングで、リコが突然パッと手を叩いた。
「あの、ごめん!ウチら忘れ物した!」
「私も!さっきの場所まで戻ってくる!ロメオさん、案内お願い!」
動揺を誤魔化すため、二人はほぼ勢いだけで叫んだ。
「えっ?」
紫月が振り返るより早く、リコとセリナはロメオを挟んで反対方向へ歩き出してしまった。
「失礼します。」
ロメオも軽く会釈し、二人と共に足早に去っていく。
ぽつんと残された三人は顔を見合わせた。
「あれ……行っちゃったね。」
「相変わらず自由だねぇ、あの二人……」
「……座って待ちましょうか。」
紫月は小さく息をつき、近くのベンチへ歩み寄った。
ミキとユキミも隣に腰を下ろす。
落ち着いたところで、ミキが紫月に向き直った。
「ねぇ紫月さん……正直ロメオさんのこと、どう思ってるんですか?」
その問いに、紫月の肩がほんの少しだけ揺れる。
「……私は、ロメオさんのことを“好き”とは……言えません。」
「……どうして?」
紫月は膝の上で手をきゅっと組んだ。
「……優しい人ですよ。立場をきちんと理解して、政略結婚を覚悟している。でも、だからこそ苦手なんです。彼は優しすぎて……胡散臭く感じてしまうんです。」
ゆっくりと視線を落とし、続けた。
「私は……墨男への想いを捨てきれません。だから、ロメオさんにどう接すればいいか分からなくて、冷たくしてしまいます。きっと彼も私の態度を見て、“面倒な女”だと嫌っているはずなんです。なのに、ずっと彼は優しい……」
「嫌ってるようには見えませんけど……」
「……いえ。あれだけ淡々としている女、苛立ちを覚えて当然でしょう。いったい、何を考えているのか……」
苦しげな彼女に、次はユキミが問いかける。
「紫月さん……墨男さんのどういうとこが好きなんですか?」
「……ただ一人、ずっと私の味方でいてくれる人なんです。どんな時でも、私を傍で守ってくれる。子どもの頃からそうでした。」
ぽつり、ぽつりと落ちる言葉は、切なくて、悲しくて、真っ直ぐだった。
ミキもユキミも、思わず黙り込む。
「家族も……誰も……私を愛していない……だから…墨男は……」
紫月の願いを確認するために、ユキミは声を絞り出した。
「紫月さんは墨男さんと……どうしたいんですか?」
ーーーーーー
ロメオはリコとセリナを小道まで案内すると、振り返って丁寧に頭を下げた。
「突然連れてきてすいません。来てくれてありがとうございます。」
「ウチらは大丈夫ですけど……」
「流石に怪しまれてそうですよね。」
「それと……僕は君たちをもう“友人”だと思っています。だから、もう少し気楽に話しませんか?」
「「……」」
リコは目を丸くしたあと、ニッと笑う。
「いいですね!」
セリナも少し肩の力を抜いて、
「いいですけど……相談って何のことですか?」
紙の内容について尋ねた。
「まずは……敬語じゃなくていいよ。」
「え、あ……じゃあ……」
セリナは戸惑いながらも、ゆっくり頷く。
リコも「変な感じするな〜」と小さく呟いた。
「……相談があるって書いてたよね?」
「うん。」
ロメオは逃げずに、しっかり二人の目を見る。
「いきなりで申し訳ないけどさ……紫月さん、好きな人がいるだろう?」
「「えぇ!?」」
二人の声が見事に揃う。
リコは手をバタつかせながら、
「い、いや……!その……」
と言いかけたが、
「誤魔化しきれてないよ。……いるんだね、やっぱり。」
ロメオは軽く笑うだけだった。
セリナは唇を噛む。
「気づいてたんですね……」
「うん。最初から気づいていたよ。」
こんな話でも優しい声のロメオは、何を考えているのだろう。
「彼女が好きな相手は、墨男君だろう?」
「!!」
まさか名前まで言い当てられるとは思っていなかった二人は、目を丸くして固まる。
「ど、どうするつもりなの?」
「まさか……婚約破棄とか……」
リコとセリナの声には不安が混じっていた。
だが、ロメオはきっぱりと首を横に振る。
「それはありえない。僕は紫月さんと結婚する。例え、彼女に想い人がいたとしてもね。」
「「??」」
二人は逆に混乱し、言葉をつまらせた。
「そこまで決めてるなら、ウチらに何を相談するの?」
「君たちを呼んだのは、僕の覚悟を聞いてもらうため。それと、紫月さんを幸せにするための相談だよ。」
セリナが息を飲んだ。
「紫月さんを……幸せに?」
「そう。彼女は責任感だけで僕と結婚しようとしている。でもそれは……本当の幸せにはならない。」
ロメオは胸に手を当て、続けた。
「例え政略結婚で……最初は辛くても、いつか幸せになれると思うんだ。ゆっくり時間をかけて歩み寄れば。」
「ロメオさん、カッコよすぎ……」
リコがぽつりとつぶやく。
「ありがとう、呼び捨てでいいよ。」
「わ……分かった、ロメオ。それで、ウチらは何をすればいいの?」
「いつも通りにしてくれるのが一番かな。」
「「え?」」
セリナが腕を組みながら首をかしげる。
「じゃあ……私らはただロメオを応援すればいいの?」
「そうだと有り難いけれど……どうだろう?リコ、セリナ。」
その瞬間、二人の心に電撃が走る。
((な、名前呼び捨てにされた〜〜!!))
思わず肩を寄せ合ってプルプル震える二人を見て、ロメオは首を傾げた。
セリナは、頬を赤くしたまま真面目な声で尋ねる。
「う、うーん……なら、一つ聞かせて。どうして、紫月さんを“幸せにしたい”って思うの?」
ロメオは少し驚いたように瞬きをし、問いの意図を確認するように返した。
「と言うと?」
「今日の紫月さん……ちょっとロメオに冷たかったように感じたから。ロメオのクイズに1問も正解しなかったし……」
セリナの指摘に、リコも小さく頷いた。
二人の目から見ても、あの淡々とした会話はヒヤヒヤしたものだ。
クイズ大会は勢いでどうにかなったが。
「彼女は僕といる時はずっとあの感じだから……正直、もう少し柔らかくしてくれたら嬉しいかな。クイズはちょっとショックだったかも……」
しかし、ロメオは優しい目で言葉を続ける。
「でも、彼女に優しさが本当に無ければ……僕もそう思わなかったと思う。今日僕が暗い顔をしたら、紫月さんがお茶を淹れてくれたんだ。あの時、紫月さんの優しさを確かに感じたよ。それに……」
リコが身を乗り出す。
「それに?」
「やっぱり、結婚するなら幸せになりたい。そのためには、パートナーも幸せじゃないと、きっと意味がないでしょ?」
((イ、イケメンだ!!!!))
二人の心の叫びは、ロメオには聞こえない。
だがその反応だけで、ロメオがどれだけ“イケメン”かがよく分かった。
(応援したい……けど、その前に……!)
セリナが、おそるおそる口を開く。
「ロメオ、少しリコと二人で話をしてもいい?」
「もちろん。」
ロメオは理由も聞かず、頷いてくれた。
その表情に背中を押されるように、二人は砂利を踏んで数歩離れる。
「「ぐわ〜……」」
しばしの静寂。
重くなりそうな空気を、セリナがふっと断ち切った。
「リコ。紫月さんは墨男さんが好きで……私らは、その恋を応援するって言ってたよね。」
「うん。でもウチさ……正直、ロメオを応援したくなった。」
その告白に、セリナのまつ毛がわずかに揺れる。
彼女もまた同じ結論に行き着いていたから。
「私も、ロメオなら紫月さんを幸せにできるって思っちゃった。勝手だけどさ。だって、今日ずっと冷たくされてるのにあんなに優しいんだよ?」
「うーん……」
リコは苦笑を浮かべた。
その笑みは、まるで胸の奥に小さな棘を抱えたまま微笑んでいるようだった。
「ウチだって、墨男さんのことを忘れたわけじゃないよ。小さい頃の紫月さんを守ってくれたのも知ってるし……でも、墨男さんが紫月さんへの気持ちを認めそうにないからね……」
「うん……」
セリナは静かに目を伏せた。
胸の奥で、罪悪感がじんわりと広がる。
「……紫月さんには申し訳ないけど。」
二人とも罪悪感を抱えていた。
最初は、紫月と墨男を応援するつもりだった。
紫月の婚約者が嫌なやつだったら、迷わず墨男との関係を推していただろう。
けれどロメオは違う。
彼は誠実で、紫月の気持ちが他の誰かに向いていても、それでも彼女を支えようとしている。
その姿を見てしまったら無視できなかった。
だが、やはり紫月の恋を応援したいのも事実で……
リコが顔を上げる。
「いや、やっぱりウチは紫月さんもロメオさんも応援する。だって最終的に選ぶのは紫月さんだし!」
「確かに。ロメオがアピールしても、それでも墨男さんがよければ、それは良し。逆にロメオのイケメンさに気づいてロメオを選んでも、それも良し。リコったら天才〜!」
「今頃かよ〜。」
結局、どっちつかずだ。
だが、現代人の日本人だから仕方ない。
「……戻るか。ロメオのところに。」
「うん。」
「最後に、もう一度ロメオの気持ちを確認しとくか。」
「それは私に任せんしゃい。」
二人は軽い足取りで、ロメオのもとへ戻る。
「「終わったよ〜。」」
彼は静かに振り向き、その表情は変わらず穏やかだった。
「……話はまとまった?」
「「……」」
リコとセリナは頷き、同時に口を開いた。
「「ロメオ。」」
「……うん。」
ロメオが軽く首を傾げる。
「ウチ、ロメオを応援する。」
「私もロメオを応援するよ。その代わり、絶対に紫月さんを幸せにして。“ 約束”できる?」
ロメオは迷いなく頷き、真っ直ぐな声で答えた。
「約束する。僕は約束を絶対に守る。」
その言葉に、ふたりは胸の奥がほどけるような安心を覚えた。
リコが息を吐き出すように笑う。
「……うん。なら戻ろうか。だいぶ待たせてるし。」
「そうだね。」
セリナも同じ笑みを返す。
ーーーーーー
ベンチには、ロメオたちを待つ三人が静かに腰をおろしていた。
ミキはそっと紫月の横顔を見つめ、柔らかく微笑む。
「ミキは紫月さんを応援します。やっぱり……結婚は気持ちが大事だと思うので。」
その言葉に寄り添うように、ユキミが続く。
「あたしもミキちゃんと同じです。親が決めた結婚なんて……無理に従わなくていいと思います。」
紫月は胸の奥が熱くなり、思わず二人の手を握った。
「ミキさん、ユキミさん……ありがとう。」
ちょうどその時、遠くで誰かが手を振る影が揺れる。
「おーい! ごめん、取りに行けたー!」
「セリナのドジー! 財布を忘れるな!」
「皆さん、お待たせしました。」
息を整えながら戻ってきた三人と、ベンチにいた三人。ようやく六人が揃った。
ミキとユキミはセリナを見つけるや否や、くすりと笑う。
「セリナ〜、財布忘れたの〜?」
「もー、ほんとドジなんだから!」
「うるさいよ!」
セリナは頬を膨らませるが、その反応にみんなが笑った。
リコはロメオに向き直り、ぱっと明るい声で言う。
「ロメオ、案内してくれてありがとう!」
「こちらこそ、雑談に付き合ってくれてありがとう。」
──その瞬間、紫月の肩がわずかに揺れた。
「……リコさん、ロメオさんのことを呼び捨てに?」
不安が胸を掠める。だが、リコは明るく笑いながら説明した。
「そうなんですよ! もう友達だから呼び捨てにしようって!」
セリナも勝ち誇ったように胸を張る。
「私もロメオのことは呼び捨てになりました! 迷子仲間ですからね!」
紫月は胸に手を当て、小さく息をついた。
(……そう、信じなきゃ。二人は私を分かってくれている……疑っちゃだめ。)
「そうなんですね……」
そう言いながらも、心の奥にしこりが残る。
それは少しの疑念と、もう一つ。
──羨ましい。
紫月は友人に呼び捨てにされるロメオを見て、そう思ってしまった自分に気づく。
(私だって呼び捨てにされていないのに……でも、自国の姫である私を呼び捨てにはできないわよね……)
分かっているのに……それでも、羨ましかった。
「紫月さんも、いつでも僕のことを呼び捨てにしてくださいね。」
「今は……さん付けが落ち着きますので……」
紫月が目を逸らすと、ロメオは困ったように笑った。
「この後は、新しくできたオルゴール館に移動しようと思うのですが、いかがでしょう?」
その一言に、ユキミがぱっと顔を輝かせる。
「オルゴール館……!」
続いて、セリナたちも勢いよく頷いた。
「私もいきたーーーい!!」
「ミキも大賛成!」
「ウチも行く〜!」
「……」
紫月は少し遅れて、静かに頷いた。
「……では、オルゴール館へ移動しましょうか。」
ーーーーーー
「「「「んげー」」」」
オルゴール館に足を踏み入れたユキミ、ミキ、リコ、セリナは、思わず同じ声を上げた。
木の温もりに包まれた店内には、無数のオルゴールがひっそりと輝いている。
宝石箱のような物、天使の人形が可愛らしく乗った物、模様が綺麗な木箱の物など多種多様。
建物がなかなか高く、3階まで続いている。
扉を開けた瞬間から、薄く響くメロディの余韻が空気に漂い、精神を落ち着かせる。
「初めて来ましたが……見事ですね……」
これには紫月も、呆気にとられていた。
「うわ、めっちゃ可愛い!」
ミキが真っ先にはしゃぎ、メリーゴーランド型のオルゴールを手に取る。
ツマミを少し回した瞬間、しっとりした曲がふわりと流れた。
「……やっぱり知らない曲だね。」
ユキミが不思議そうに耳を傾ける。
曲調はカノンに似ているが、明らかに別物だ。
「それは西の大陸のピアノ音楽ですから、知らなくても無理はありません。」
「え?……あ、そうなんですか?」
ユキミの隣に、ロメオが立つ。
ユキミはまだ彼に慣れないらしく、体がソワソワしていた。
その様子を見たリコが、ロメオの肩を軽く叩く。
「ロメオー。ユッキー達も呼び捨てand敬語なしでいいんじゃない?」
そしてユキミと引っ張ってきたミキの肩を掴んで、ロメオに差し出した。
「いいんじゃなーい。いちいち敬語とタメ口を使い分けるのもめんどうでしょ?」
セリナも同調する。
オルゴール館に来るまで、律儀に敬語とタメ口を切り替えるロメオは面白かったが、さすがに大変そうだったからだ。
「…ユキミさんとミキさんは不快ではありませんか?」
「だ、大丈夫です。」
「ミキもOKでーす。」
「そっか、よろしくね。」
「よ、よろしく……」
「よろしくー!」
ユキミはまだ少しぎこちないが、二人とも受け入れたようだ。
「リコ、セリナ。ありがとう。……ん?」
気を使ってくれたことにお礼を言おうとしたロメオだったが、リコとセリナの姿がない。
「あ、セリナ見て見て〜。これ可愛い。」
「ワンコの人形がいいね〜。……ん?ワンコだったら犬形?」
二人は自分達から始めた話のくせに、ロメオとユキミとミキのやり取りを全く見ていなかった。
「……」
「……」
「……通常運転だな。」
ミキがポツリと呟いた。
「セリナ、見てこれ〜」
リコが壁に貼ってある紙を指さす。
そこには、
『オリジナルのオルゴール作れます。』
と書かれていた。
「ジブリの曲とかほしーい!ハウルとか絶対綺麗やん!」
リコが鼻歌を歌いながら踊り出す。
「ジブリなら鉄板だよねぇ。あ、でも私は“戦場のメリークリスマス”とか好きだなぁ……あれオルゴールで流れたら絶対やばくない?」
セリナも頬を押さえ、うっとりため息をつく。
そこへ、
「そちらヲ希望……デスカ?」
カタコトに話す女性が声をかけてきた。
六十歳ぐらいで、髪は白髪の多い亜麻色。
西洋系のハッキリとした顔立ちだ。
「曲ヲ教えていただケレバ、お作りしまスヨ。ケースは手作りデキマス。」
その瞬間、横にいたリコとセリナの目が同時に輝く。
「そうなんですか!ウチのセンスが光るね……」
「お、お値段は!?」
「応相談デス。曲にヨリケリ。」
「うーん……なら楽譜があればいいかな?ユッキー!」
リコがユキミを呼ぶ。
「なーに?リコちゃん。」
「ハウルの曲って演奏したことある?」
「高校の時にしたけど……」
「楽譜書いて〜ウチ書けないもん♡」
ユキミに甘えるリコ。
ユキミが高校時代、吹奏楽部だったからだ。
それを見たセリナが悪い顔になる。
「なるほどその手があったか……ミキー!」
「なにー?楽譜なら書かないよ?」
「え、なんで!!」
「セリナはピアノやってたんだから自分で書けるでしょ。」
「えぇーーー」
同じく吹奏楽部のミキに頼ろうとしたが、普通に断られた。
「コレ、ペンと紙デス。」
「うぅ……ありがとうございます……あっちの机借りますね……」
「大丈夫だよセリナ。あたしもリコちゃんに書けって言われたから。」
「ユッキー頑張ってー!」
「セリナファイトー!」
こうして近くの机に移動する四人。
((あの四人は……どこに行っても賑やか。))
残った紫月とロメオは全く同じ感想を抱いていた。
「……紫月さんも楽器は得意でしたよね?好きな曲があれば、作ってみてはいかがですか?」
「私が得意とするものは箏や三味なので……オルゴール用に譜面は書けません。」
「音さえ分かれば僕が書きますよ?」
「いえ……結構です。」
ロメオを背に。
紫月はひとり、ゆっくりと展示スペースを歩いた。
(せっかく来たんだし……私もゆっくり見て回りましょう。)
紫月の目の前の棚には、
木製の古いもの、ガラス細工の輝くもの、小さな宝石箱のようなもの。
どれも丁寧な造りのオルゴールが並んでいる。
(あ、これ……)
ふと、ひとつの木箱が目に留まった。
素朴で小ぶりな、ウグイスが描かれた温かみのあるデザイン。
蓋を開くと、柔らかくて優しい旋律が空気に溶けた。
(この曲は……!)
胸の奥がきゅっと締めつけられる。
(この歌は……昔、墨男が歌っていた……)
脳裏に懐かしい記憶が蘇る。
(子供の頃に、墨男が仕事の合間に口ずさんでいたわね。この童謡は確か、亡くなったお母様が歌っていたから、墨男にとっては大切な歌だと言っていたかしら。)
次に思い浮かべたのは、紫月が7歳の頃。
風邪をひいて高熱でうなされていた時。
(私がなかなか眠れなかったから……墨男が子守唄変わりに歌ったくれたのよね。ちょっぴり音痴だったけど、優しい声だった……)
紫月は自然と胸に手を添え、思い出の懐かしさと寂しさが入り混じる表情を浮かべた。
一方……
その少し離れた場所で、同じように立ち止まっている影があった。
「……」
ロメオだ。
金髪に指先をかけながら、静かに紫月を見ていた。
(紫月さん……きっと、彼を思い出しているんだね。)
それ以上覗き込むのは無粋だと、そっと視線を逸らした。
だがそのとき……ロメオも、一つのオルゴールの前で足を止める。
水色で卵型の可愛らしいオルゴール。
蓋を開けてツマミを回すと、水のせせらぎのようなキラキラとした曲が流れた。
(この曲は……)
「お、ミキこれ欲しいなぁ。」
「おぉ、キラキラで可愛いんじゃない?」
譜面担当ではないミキとリコは、二人で店内をのんびり見て回っていた。
ミキはピンクのハートのオルゴールに目を奪われている。
「えーっと……20銭?」
値札を見たミキは、眉毛を八の字にした。
「あーそれね。ほら、これ見て。」
リコが和柄の巾着を取り出し、中を見せる。
中には一円と書かれた銀色の硬貨が12枚。
「不思議なことに、こっちの世界に来たらお金が変わるんよ。ポーチまで変わったし。」
「いくら入ってたの?」
「36万。」
「え!?……ってそれ夢の国旅行のお金でしょう!!勝手に待ってきちゃって!!」
「細かいことは気にすんなって〜。多分余裕で足りるよ?どうする?」
「……セリナにも聞いてみる。リコだけの意見じゃ不安だし。」
そう言ってミキがセリナの方へ振り向きかけ、動きを止めた。
「ミキ?どうした?」
リコがミキの顔の前で手を振る。
その手をミキはバシッと叩いた。
「いってぇ!!」
「なんか……同じ顔に見えるな。」
「え?」
痛む手を抑えながら、リコもミキの視線を追う。
そこには、それぞれオルゴールを眺めている紫月とロメオの姿があった。
「同じ顔って……あっ」
リコも理解した。
紫月は、切なさと悲しさが入り混じった表情を浮かべていた。
その表情が“墨男絡み”だと二人はすぐに分かる。
しかも流れている曲は童謡風だ。
紫月にとって痛いほどの思い出を刺激する物なのだろう……と察しはつく。
だが、不思議なのは。
ロメオも同じ表情をしているのだ。
「リコ……どういうことだと思う?」
「分からん。……話しかけてみる?」
二人がヒソヒソ相談していると、ロメオの近くのドアが、
きぃ……
と音を立てて開いた。
「「ん?」」
ドアからは、赤い服を着た六十歳辺りの男性が姿を現した。
亜麻色の髪の女性とは違い、日本人的で穏やかそうな顔立ちだ。
「お出迎えが遅くなり申し訳ございません、ロメオ殿下。お久しぶりでございます。」
「お久しぶりです青木さん。こちらこそ、作業中におしかけてしまいすいません。」
「とんでもございません。ところで……本日は“ 婚約者様”とご一緒とお伺いしましたが…」
“ 青木”と呼ばれた人物がミキやリコ、ユキミとセリナの方へ視線を流す。
目が合ったミキやリコは、なんだか気まづかった。
「勝手な行動をしてしまい、申し訳ございません。彼女達は、私の友人です。」
紫月がそっとロメオの隣へ出る。
「そうでしたか。楽しそうな声が聞こえたので、どんな方々かと思っていました。私の作ったオルゴールをあんなに喜んでいただけると、職人としても嬉しいです。」
「それだけ青木さんとエミリーさんの作るオルゴールが魅力的なんですよ。僕だってファンなんですから。」
ロメオが微笑み、紫月の方へ向き直る。
「紫月さん、こちらは青木藍之助さんです。若くしてバレンティアの音楽学校へ留学し、オルゴール職人となった方で……最近まで店もバレンティアにあったんですよ。」
「初めまして、藤堂様。青木と申します。オルゴールの魅力をこの藤ノ国でも広めたくて……こうして妻と共に、オルゴール館を建てました。よろしくお願いします。ほら、エミリー。」
青木が優しく呼ぶと、亜麻色の髪の女性……エミリーが元気よく顔を出した。
「よろしくネ!エミリーデス。」
勢いよく頭を下げるエミリーに、紫月も静かに会釈を返した。
「ご丁寧にありがとうございます。藤堂紫月です。よろしくお願い致します。」
「青木さん、何かオススメのオルゴールはありますか?せっかく店に立ち寄れたので……久しぶりに一ついただきたいんです。」
ロメオの言葉に、青木は嬉しそうに頷いた。
「とっておきの物がございます。今、お持ちしますね。」
「ワタシも行きマース!」
そう言い残し、青木とエミリーは扉へ消えていく。
「……」
「……」
場に静かになると、ロメオが何気なく口を開いた。
「紫月さん、なにか気に入るものはありましたか?良ければプレゼントしますよ。」
「……いえ。お土産に良いものを見つけたので、自分で購入します。お気遣い感謝します。」
「……そうでしたか。いい物があったのなら何よりです。」
また、二人の間に言葉にならない空気が落ちる。
「……」
「……」
ほどなくして、先ほどのドアが再び静かに開いた。
「お待たせいたしました。」
「ウフフッ」
青木の手には輝くオルゴールがあった。
光を受けて、蓋の中央に嵌められた大きな青い宝石がゆっくり色を変える。
深い深ーい海の青、そして角度によってはほのかな紫へ。
「これは……見事な品ですね……」
ロメオが目を丸くする。
「……綺麗です……」
紫月も思わず、息を漏らした。
「ありがとうございます。これは私がバレンティアにいた頃、最後に製作した特別品でして。お二人にふさわしいと思いお持ちいたしました。」
青木がゆっくり蓋を開く。
パチリと微かな音。
内部の金のパーツが露わになり、青を基調とした装飾が優雅な曲線を描いている。
ツマミを回すと、低く落ち着いた導入から、妖しい音色、華やかな開放感、可愛らしさを帯びた転調へ……
様々な音が豊かで美しい旋律を生み出していた。
「素敵な曲ですね……。」
紫月の呟きに、ロメオはオルゴールに視線を落としたまま口を開く。
「……この曲は《ラ・フルール・デ・アムール》と言います。約四十年前に作られた西の大陸の恋歌で……“プリムラ・マラコイデス”という物語を元にしています。」
「へー!どんな話なんですか?」
目を輝かせたミキが話に割り込む。
「いい曲……」
「ジブリも良いけど……この曲も欲しいな。」
「ピアノでも聞いてみたーい!」
オルゴールのメロディにつられて、ミキだけでなくユキミ、リコ、セリナも集まってきた。
「あるところに……とても裕福な男がいました。その男
は娘の将来の結婚相手が気になり、預言者の元を訪れます。好奇心に胸を膨らませる男でしたが……
預言者はなんと、貧しい家に捨てられた少年が結婚相手だと言うではありませんか。
激怒した男は二人の運命を引き離そうとするのです が……
結局、定めには逆らえなかった。
二人は必ず出会い……恋に落ち、
最後には父もその運命を認める。
この話、こう締めくくられるんだよ。
『運命には誰も逆らうことは出来ない。それが愛ならば、なおさらだ』……と。」
ロメオは語り方がかなり上手かった。
「へぇー!素敵な話!」
「ロマンチック〜!」
ミキとセリナが手を合わせ、うっとりしている。
「ウチも感動しちゃったよ。」
「え、リコちゃんが!?……でもあたしも同じ。」
リコへのユキミの反応はともかく、面白かったようだ。
「運命には逆らえない………ですか。」
紫月の顔は長い髪で見えなかった。
「その物語のタイトルのプリ……なんちゃらは、どういう由来なんですか?」
セリナの問いに、青木が答えた。
「物語に出てくる花の名前です。貧乏な少年は花屋を営んでいて……娘は、自分に興味を唯一示さない少年に逆に興味を持つんです。
娘が花屋に訪れると、鈍感な少年は“自分の育てた花を気に入ったんだ”と勘違いして……プリムラ・マラコイデスをプレゼントします。
この出会いが、二人の運命の始まりだったのです。」
そう言って青木が横目でエミリーを見る。
エミリーはほっぺを赤く染め、胸の前で両手をぎゅっと握った。
「ワタシはオルゴールのケースを作りマシタ。アオイロなのは、少年が贈ったプリムラ・マラコイデスはアオイロだった……と言われているからデス!」
「え、なーになにぃ」
急にミキのアンテナが反応した。
彼女のアンテナが反応する時は決まって……
「な・ん・だ・か、恋バナの匂い♡」
「ミキは恋バナ聞きたいレーダー」を発する。
(((まーた始まったよ……)))
慣れているユキミ、リコ、セリナは呆れ顔に。
「オー!分かりますカ!!」
エミリーもまた、ミキから発せられた電波を受け取ったようだ。
「ラ・フルール・デ・アムールはアイノスケが作った曲デース!ワタシは彼の曲に導かレマシタ……運命を感じマシター!!」
「よ、よしなさいエミリー。…………でも、作曲途中でいきずまっていた私を……君が完成まで導いてくれたこと、ずっと感謝しているよ。このケースだって、君が最高のものを作ってくれるから…素敵なオルゴールになったんだ。」
「キャッ!アナタってバー!!」
藍之助とエミリーのバックに大きなハートが見える。
((((((ま、眩しい……そして熱い……))))))
一同は二人の熱に当てられた。
「相変わらず仲がよろしいですね。羨ましいです。」
ロメオの声に青木がハッと戻ってきた。
「あ、あぁ失礼しました。えっと……このオルゴールと同じ曲のものはいくつかありますが、このケースは一点物です。妻の最高傑作ですから。」
「アイノスケの作ったラ・フルール・デ・アムールと、ワタシの作ったケース……この二つガ合わさったオルゴールを恋人通しで聞くト、“ 永遠の愛”で結ばれるそうデス!」
「少々恥ずかしいですが……そういうジンクスがあるそうです。ご結婚前のお二人にピッタリかと思いお持ちしましたが……いかがでしょうか?」
青木は柔らかく微笑む。
「「……」」
紫月とロメオは、どちらともなく視線を合わせた。
(どう考えても私たちに、このオルゴールにふさわしくない。青木さんには申し訳ないけれど……)
「あの…」
「そのオルゴール、是非いただきたいです。」
「……え?」
紫月の言葉を遮るように、ロメオがキッパリ告げた。
紫月はオルゴールを断ろうとしたのだ。
誰がどう見ても、紫月とロメオの心は繋がっていない。
それなのにロメオは迷いなく“購入”を選んだ。
「ありがとうございます、ロメオ殿下。」
「丁寧に包みマース!」
青木とエミリーは嬉しそうに包装へ向かっていく。
「ロメオさん……?」
紫月はすぐに“意図”だけは理解した。
(……これは私に対して、絶対に結婚するという宣言……よね。)
だが、ロメオの気持ちまでは分からない。
(あなたは何を考えているの……? 怖い……怖い……)
「ロメオ……!」
「あのオルゴールを買うってことは……」
リコとセリナがロメオの元へ駆け寄る。
「……君たちが友人で良かったよ。僕の気持ち、気づいてくれたんだね。」
ロメオは小さく息を吐き、紫月の方へ顔を向けた。
「紫月さん」
「……!」
名を呼ばれた瞬間、紫月の肩が小さく震える
「紫月さん……!」
「ミキの手を握って。」
彼女の傍へ、ユキミとミキが移動した。
少し悲しそうな顔になったロメオだが、紫月から目を離さず続けた。
「きっと……あなたは僕の気持ちが分からず、怯えているでしょう。だから伝えます。」
(……え?)
「僕を、信じてくれませんか?」
「え……あ……」
「好きになれとは言いません。ただ怯えないでください。そして……嫌うなら、ちゃんと“ 僕”を見て嫌ってください。」
「ロメオさんを……見て……?」
紫月が呟くと、ロメオはほんのかすかに目を伏せた。
「あなたの目に僕は……ただの“ 婚約者”としてしか映っていないはずです。僕にはそれが寂しい。」
「……!」
紫月の胸に、静かに波紋が広がった。
(そんな……こと……)
怯える自分を責めるのでもなく、好意を押しつけるのでもなく。
ただ理解してほしいと願う声が、まっすぐに届く。
紫月は返事もできず、ただ立ち尽した。
そのとき――
「包装終わりましたーっ!!」
エミリーが満面の笑みで箱を掲げながら戻ってきた。
空気を切り裂くような明るさに、場の温度がわずかに跳ねる。
「……ありがとうございます、エミリーさん。」
「アトはお勘定!主人を呼んできまス!」
来たと思ったらすぐに去ってしまった。
「……」
ロメオは貰った箱を、大切そうに撫でる。
そしてふと、店の窓の外へ視線を向けた。
もう日は落ちかけ、紺色の空の下を街灯の灯りが淡く照らしている。
「時間ですね……」
皆を見渡し、静かに告げた。
「今日はここまでにしましょう。紫月さんの迎えも来ている頃でしょうから。」
「ッ………そうですね。リコさん、セリナはこの後どうされますか?」
紫月が二人を見る。
胸の奥はまだざわめいていたが、場の切り替えにわずかな安堵も混じっていた。
「ウチらは……今日は家に帰るよ。」
「さすがに、また図々しくお世話にはなれないし。」
「そうですか……遠慮せず、また来てくださいね。次はミキさんとユキミさんも一緒に。」
「次はお邪魔しますね!」
「ありがとうございます。」
ミキとユキミが微笑む。
「紫月さん。」
ロメオが気まずそうに眉を寄せた。
「……急にすみませんでした。」
「いえ……」
紫月が、握っていた二人の手をそっと離す。
「迎えが来ましたので……では……」
ロメオは少しだけためらい、口を開いた。
「……その……お土産に買うと言っていたオルゴールはよろしいのですか?」
「……また後日、買いに来ます。今日は……ありがとうございました。失礼します。」
返事を待たず、紫月は足早に玄関へ向かう。
玄関のドアを開くと、馬車のそばに待機していた雪乃がいた。
「姫様、もうよろしいのですか?リコ様方とまだお話されても……」
「いいんです……早く帰りましょう………」
紫月は残って友人らと過ごしたい気持ちも大きかった。
しかし、自分を真っ直ぐに見つめてきた男の目が脳裏に焼き付いて離れない。
「かしこまりました……」
紫月が馬車に乗り込むと雪乃も続き、馬車は動き出す。
「紫月さん……」
遠ざかる馬車を、ロメオはただ立ち尽くしたまま見送っていた。
「アイノスケ連れて来ましタ!」
「お待たせ致しました、ロメオ殿下。……あら、藤堂様は……?」
このタイミングでエミリーと、弾いたソロバンを持った青木がやってくる。
「急ぎの用があるそうで……先に帰りました。」
「そうでしたか。お見送りができなくて残念です。」
「……彼女に伝えておきますね。それで、オルゴールはいくらですか?」
「700円です。」
「ではこれで。」
ロメオは100円と書かれた紙を7枚手渡す。
「ありがとうございます。どうか……このオルゴールが、お二人にとって良き思い出となりますように。」
「……また、買いに来ます。紫月さんと二人で。」
「約束ですね、ロメオ殿下。またお二人に会えることを、楽しみにしております。」
「アナタたちはオルゴール良かったンですか?」
エミリーに詰められユキミとセリナは苦笑いした。
「楽譜は途中まで書いたんですけど……」
「飽きちゃいました。また明日にでもお店にあるものを買いにきます。」
「オー!また来てください!ヤケクソですネ!」
「エミリー、ヤケクソじゃなくて約束ね。では皆様、お見送りいたします。」
こうして玄関まで移動する一同。
「またお待ちしております。いつでもいらしてください。」
「また来てくださいネー!ヤケクソ!ヤケクソ!」
「こらエミリー。わざとやっているだろう?」
青木とエミリーのイチャイチャを見せつけられながら、オルゴール館を後にした。
「はぁ……」
オルゴールを胸に抱えたまま落ち込むその背中を、二つの手がポン、と叩いた。
「頑張ったじゃん。」
「かっこよかったよ。私が惚れそうだった。」
リコとセリナだ。
「あはは……婚約者がいる身だから、それは断らなきゃいけないな。」
ロメオは苦笑し、横髪を撫でた。
「あの……ロメオさ……ロメオ。」
「……なんでしょ……なんだい、ミキ。」
ミキとロメオ。
まだ気を抜くと、お互い敬語とさん付けになってしまう。
「さっきはごめん……咄嗟に紫月さんの手を握ったけど……ロメオが危険だって思ったからじゃないよ。」
「分かっているよ。君は不安そうな友人を安心させようとした。何も謝ることなんかないさ。」
「ユキミもミキと同じだよ。」
「え?……うん、そう。」
「みんな……ありがとう。」
ロメオは少しだけ顔を上げた。
さっきより、表情が柔らかい。
「……ところで、もう帰るんだよね?家が遠いなら、従者に送らせるけれど。」
「え!?……えーっとぉ……」
「ちょっと……諸事情でお家には帰れなくてー……」
ロメオの提案に、リコとセリナは分かりやすく目をそらした。
「え、ちょっと……寝るとこの宛はあるんだよね……?」
ユキミがジトーっと目を細くする。
二人はあっさりこの世界に残る決断をしたので、当然寝床ぐらい確保してると思っていたのだ。
「いやぁ……紫月さんの婚約者見たさと、勢いで残っちゃったけど……お金は持ってるし……大丈夫だよ。ね、リコ。」
「今からでも何とかなる!きっと栄ならホテルくらいあるよ。ね、セリナ!」
「えぇ!?何も考えずに残ったの!」
「「お前もやろうが!!」」
ミキも二人を責めようとしたが、彼女も同じ理由で残ったため、完全に同罪だった。
「えっと……つまり?」
ロメオが目をパチパチさせる。
「「「「寝る場所がありましぇーん」」」」
「……」
さすがの彼も少し呆れている。気がする。
「分かった……君たちが泊まれる場所は僕が確保する。だからその代わり……会って欲しい人がいるんだ。」
「会って欲しい人?」
リコが首を傾げる。
「会って欲しいのは紫月さんのお父さんだよ。さすがの君たちでも、この国のトップで英雄の藤堂紫十郎さん相手だと……緊張するのかな?」
ーーーーーー
小話。
「これはあの人たちの楽譜デスカ……ンン!?」
エミリーが机の上に置かれた紙を捨てようとするが、その動きを止める。
「アイノスケー!タイヘンだ!ヘンタイだー!」
「エミリー、どこでそんなジョークを習ったんだい?」
青木がヤレヤレと向かうと、エミリーが顔に紙を押し付けてきた。
「コレコレ!あのお嬢サン二人が書いた曲!」
「ぶぇ!……ん?あぁ、この曲のオルゴールが欲しいんだったね。ドレドレ……」
老眼鏡をかけて、ユキミとセリナの書いた楽譜を見る。
「……!?!?こ、これはーー!!!」
「て、天才ダーー!!!」
「エミリー、セリフをとるんじゃない!」
ツッコミは律儀にするものの、楽譜を持つ青木の手は震えている。
紙にユキミは人生のメリーゴーランド、セリナは戦場のメリークリスマスを書いていた。
当然、異世界人の青木やエミリーはこの曲を知らない。
なので……
「と、とんでもない天才に出会ってしまった……」
「デモ、あの二人が作った曲か分からないヨ?」
「作ったに決まっているさ!ありとあらゆる曲を知る私でも、この名曲は知らない……!」
「アイノスケが知らないなんテ……とは言わない。ワタシはアイノスケが知らないということヲ知っていル。」
「ぜひこの曲でオルゴールを作りたい!!次にあのお嬢様方が来られたら、絶対に許可を取ろう!!」
「断られタラ?」
「土下座してお願いするさ!!」
バックに炎が見えそうなほど、熱くなる青木。
ユキミとセリナが紙を片付けなかったばかりに、一人の芸術家に火をつけてしまったのだった。




