どこにも続いていない階段
階段の先にはなにもない。
そう言った奇妙な場所が人を惹きつけるのかもしれません。
私の町には、変なスポットがある。それは「どこにも続いていない階段」だ。名前の通り、階段があるのに、そこに上ってもどこに続いているわけでもないのです。でも、時々その階段を上った人が突然行方不明になって3日くらい、長くて1か月くらいで戻ってくるという怪現象が起こっていたらしい。その信ぴょう性は、現象を検証しようとする変な人を防ぐため、誰にも知られないように町内会などが緘口令を敷いたくらいだ。
だが、私は1週間前くらいにその階段を見つけてしまった。経緯はかなり偶然が重なったものだった。
その日、私はいつものように普通に会社から家に戻っていました。自宅の最寄り駅から自宅へ目指そうとしたのですが、会社の飲み会で深酒をしてしまいかなり酔っていたと思います。一人の女性がふらふらと山の方へと消えていったのです。その女性は、背中からも色香が漂っていて吸いつくような美しい肌をしていました。私はその女性に目を奪われついていくと、小さな山に作られた階段のあたりで見失ってしまったのです。そう、それが「どこにも続いていない階段」だったのです。
その日はもう酔いが回っていて眠たくなっていたので家に戻ることにしました。
ですが、あの時の光景、そして女性を忘れることができずにもう一度例の階段を探すことにしました。何日もかけて、酔った勢いでいった道を思い出しながら何度も自分の足取りを調査しました。そして、ついに見つけてしまったのです。その階段は、小さな山の縁に作られており、細長く続く一本道でした。その階段を上っていくと、行き止まりになりました。どこにいけるわけでもなく、なにがあるというわけもない。ただ、目の前に絶壁がそそり立っているだけでした。
「あ、あれぇ......?」
ですが、あの女性が消えたのがここだったのも事実です。
なにもわからないまま、日だけが過ぎていきました。
そして、また残業続きで終電で家に帰ろうとしたときです。私は彼女に再開しました。
背中がパックリ空いた純白のドレスは、この間見た彼女のままでした。私はおもむろに彼女に声をかけてみました。
「あ、あの! すいません!?」
「ん? だれだい?」
振り返ると、彼女は少し怪訝そうな顔つきで私を見つめました。その顔立ちは人とは思えない美しさで、一瞬言葉を失いかけました。
「僕は、H(個人情報のため伏字とする)といいます。正直にいいます。あなたに、一目ぼれしてしまい、声をかけてしまいました」
「あたしは、正直な子は好きだよ。でも、子供は相手にできないねぇ」
私は首をかしげました。私は子供と言われる年齢ではありません。というか、もうすぐ30になります。
彼女自身も、私を子ども扱いする年齢には見えません。僕と同世代か、一回り下くらいに見えるくらいでした。
「それでも、少しお話がしたいです」
「ほう......。お主、あたしが怖くないのかい?」
彼女の雰囲気が豹変した。まるで狐に化かされているみたいだった。でも、ここで逃げてしまっては、彼女と二度と会えない。そんな気がして、私は頑張って頷いた。
「怖く、ないです。 もっと、あなたが知りたい。です......」
「人間にしては肝が据わっておる。少し、上で話してもよいかのう」
そう言うと、彼女は私の手を取り引っ張っていった。その瞬間、キンモクセイの香りが漂った。
なんとなく、彼女から「死」という印象が漂った。でも、それ以上にほのかな恋心が私を突き動かしていく。彼女が私を例の階段まで連れて行く。そして、上っていくうちに山の様相が変わっていく。木々はざわめき、風は強く私の身体を突き刺していく。まるで私を拒否しているかのようだ。
「少し目を閉じていろ」
彼女の言う通りに、目を閉じて階段を上っていった。少しすると、階段がなくなって一番上にたどり着いた。そして平坦な道をまっすぐ歩いて行った。いや、ここにそんな長い道はない。というか、行く場所なんてどこにもないのに......。
「開けてみろ......」
うっすらと目を開けると、そこは山の頂上のようだった。鬱蒼とした木々の下、古い社だけが私たちを出迎えていた。その社の中には鏡が、そしてその社を守るようにキツネの姿の狛犬が2匹鎮座していた。
「こ、ここは?」
「古いが、あたしの社じゃ。これで、あたしのことが分かったかのう?」
あ・た・し・の・と言うからには、神主かもしくは神様そのもの......。
「か、かみさま......」
「きつねともいう」
きつね様は私を気に入ったのか、いろいろと話してくれた。どうやら、気に入った人間をこの社につれてきているらしい。それが失踪事件の真相でした。ただ、戻ってきていない人間もいると聞く。私はそのことについて話を聞いてみた。
「戻らなかった者は、あたしが食った。あまりにも気に入って愛い奴だったからのう。お主は、どっちかのう」
彼女の美しく妖艶な唇から長い舌がべろんと飛び出して、私の首元に触れる。
自分の昂る思い以上に、悪寒が増幅していく。
「わ、たしは......」
「......。戯れじゃよ。もうよい、おぬしは帰れ」
そう言うと、彼女はまたも私の手を取って歩き出した。
これで彼女とはお別れかと思った、その時だった。
社から腹の底が震えるほどの低いうなり声が聞こえ始めた。
「まずい......。やつめ、おぬしを気に入ってしもうたか......。走れるか?」
「え? あ、はい!」
彼女は私の手を引っ張りながら走り出しました。すると、それに反応して社からドドドドドドという地鳴りと共に何かがこちらを追いかけて来た。後ろを振り返ろうとするも、それはすべて彼女に止められてしまう。
「早逝したくなければ振り向くな! さっさと下へ向かうぞ!!」
私達は行きしなよりも長く細い階段を降りて行きました。ここがどこなのか、本当に自分の家のちかくに会ったあの階段なのかも忘れて下っていきました。すると、彼女の手が離れました。私が彼女を待っていると、彼女は自分に気にせず早く行けと大きな声で叫びました。彼女の後ろからは、さきほど社から飛び出してきた巨大な何かが私を追いかけてきます。私は胸が張り裂ける想いで走り抜けました。
その間、ずっとキンモクセイの香りが鼻を突き抜けていきます。だんだんと階段が地面に近くなっていくと、その香りは消えていきやがて私はいつしか階段の下まで降りていました。
◇
その後、私はあの階段を登ってみようと例の小さな山へ向かいました。ですが、そこにあったはずの階段がなくなっていたのです。私は目を疑いました。近隣住民に聞くと、元よりここに階段は無かったと言います。では、私はどこで何をしていて、何を見ていたのでしょうか......。