⑥悪役令嬢はみんなに愛されている
ビアンカには好きなものがたくさんある。
リチャード王子、ママ、パパ、ルークお兄様、ミーナ、サマンサ、おじい様、おばあ様、くまのぬいぐるみ、お誕生日に買ってもらったおもちゃのティアラ、ピンクの余所行き用のドレス、マカロン、熱を出した時だけママが作ってくれるうさぎさんリンゴ。
ビアンカには苦手なものもたくさんある。
にんじん、ピーマン、ブロッコリー、おばけ、ママの拳骨、算数、アルカイックスマイル、走る事。
今日の午前中は母親のナタリーによる淑女教育と、おじいちゃん先生による文字を書く練習。
ビアンカは自分の部屋からとてとてと歩いて母親の執務室に向かう。
すれ違う人皆にビアンカは挨拶をする。
「お早う!」
「お早うございます、お嬢様」
「お早う!」
「お嬢様、お早うございます」
「お早う!」
執務室では、母親のナタリーは既に仕事をしていた。
「お早うございます、お母様」
「お早う、ビアンカ」
ビアンカは母親が大好きだった。
彼女の様な淑女になるのが夢だから、ナタリーから直々に教えて貰える淑女教育は大好きだった。
午前のタスクが終了すると昼食の時間になる。
昼食は家にいる家族全員で一緒に食べる。
父親の公爵は王宮に行っていていないが、今日はナタリーとルークが居たので三人で昼食を頂く。
フォークとナイフで器用に、お皿の中に大嫌いな奴らがいないかビアンカはチェックする。
もちろんナタリーに気づかれぬようにだ。
料理長が公爵夫人の肉料理を切り分けた後、ビアンカの横を通り過ぎる時に小声でビアンカに話しかけた。
「ビアンカ様、ビアンカ様の敵はこの料理長が、ぎっとんぎっとんのべったんべったんにやっつけて、小さく小さくしてそのハンバーグの中に閉じ込めてやりましたよ」
「!!!!!」
ビアンカの好きに料理長の名前が追加された瞬間だった。
午後にはメリッサがお茶をしにやって来た。
最初に会った時は怖かったが、今では大切なお友達だ。
時々メリッサは不思議な言葉を使って悶えている。
この前はビアンカのどや顔を見て、「可愛いは正義」と言いながら鼻血を出していた。
とても変わっているが、ビアンカは、まぁまぁそこそこにメリッサが好きだった。
メリッサよりも好きなのが、前アンバー子爵。
あれからビアンカLOVEになった前子爵は、自分の商会で取り扱っている人気のくまのぬいぐるみシリーズをビアンカに貢ぎまくっていた。
そしてとうとうこの前はビアンカモデルと称して、ビアンカのミルクティー色のくまのぬいぐるみを1つだけ作った。
もちろん瞳の色はエメラルド・・・というか、本物のエメラルドを縫い付けてしまっている。
ナタリーはびっくりしてそのぬいぐるみを返そうとしたが、前子爵から固辞された。
ビアンカに特別なくまを貢ぎたいという思いから、オリジナルカラーで作る世界に1つだけのぬいぐるみを子供にプレゼントするという、トレンドを思いついたのだ。
新しい儲けの香りに興奮する前子爵。
これはビアンカの功績だから受け取って欲しいと、宝石付きのくまをプレゼントした。
そしてそのオリジナルくまさんは、この国で一番人気の子供へのプレゼントとなり、一世を風靡した。
前子爵はうはうはである。
しかし前子爵がビアンカに、オリジナルカラーのくまを贈ってしまった為、公爵からビアンカにプレゼント出来なくなってしまった。
またまた怒れる公爵に、スライディング土下座をする前子爵。
ビアンカは父親に、「パパの色で作ったくまさん」が欲しいとおねだりし、公爵の溜飲を下げたのだ。
この一連の話を聞いたリチャードからは、リチャードカラーのくまさんを贈られた。
夕暮れ時の茜色の空の様な瞳の、黄金色のくまさんを贈られたビアンカは、淑女としては0点の、しかしプレゼントを贈られた女の子としては100点満点の笑顔で、「この子が一番好き」と言った。
着々と手の平で転がす事を覚え始めたビアンカ。
ビアンカは優しい世界で生きている。
だけどこの世界があの漫画の世界と同じなら、
ビアンカは優しい世界で生きているのではなく、ビアンカが世界を優しくしているのだろう。
悪役令嬢になるかもしれなかったビアンカは、小悪魔にはなるかもしれないが、もう悪役令嬢にはなることはないだろう。
とある日のメリッサとのお茶会に、ルークとリチャードが邪魔をしに来た。
「ずるいぞ!」と言って公爵も乱入してきた。
「何やってるのよ」と呆れた顔で公爵夫人もやってきた。
今日もマルティネス公爵家は平和である。
本編こちらで一旦完結となります。
あとがきに書籍について記載していますので、読んでいただけましたら嬉しいです^^