⑤悪役令嬢とヒロイン 時々(?)公爵夫人
ビアンカには好きなものがたくさんある。
ママ、パパ、ルークお兄様、ミーナ、サマンサ、おじい様、おばあ様、くまのぬいぐるみ、お誕生日に買ってもらったおもちゃのティアラ、ピンクの余所行き用のドレス、マカロン、熱を出した時だけママが作ってくれるうさぎさんリンゴ。
でも一番好きなのは
(リチャード様)
「リチャード殿下って本当に素敵ですよね? 将来この国一番の美男子になられますよ。
しかもエスコートが本当に素敵で、お伽の国の王子様みたい」
「それに、すっごくお嬢様を大切にしてくださって!」
「愛されていますよね~、お嬢様!!!」
侍女たちに髪の毛を整えてもらいながら、ビアンカはほっぺをピンク色に染めた。
そんな姿に侍女たちは悶絶する。
恋を知ったビアンカ(5歳)は、恥ずかしがり屋の恋バナ大好き幼女になった。
この国一番の美幼女の称号を欲しいままにするビアンカは、この少し俯き加減にしてほっぺをピンクに染めるだけで、見たもの全てを虜にした。
さらにもじもじを追加した暁には、全ての人間の心臓を百発百中で狙い撃つ、凄腕のハンターとなる。
その様子をニコニコと見ていたミーナは、鏡越しに無言のままサムズアップする。
「ミーナはどう思う?
リチャード様は本当に私の事、好きだと思う?」
「YES!!!」
「でも、リチャード様って、凄く頭が良くて剣や乗馬もお上手で、スパダリでしょ?
そんな方が、私みたいな子供(事実)、相手にしてないんじゃないかと思って・・・。
自信が持てないの・・・」
「NO!」
「自信持てって?」
「ざます」
「でも、私・・・、ママの様な淑女には程遠くって」
「お嬢は世界一お美しくってお優しいお嬢だべ? 愛されて当然だっぺよ!!!
お嬢の努力は報われるから、絶対に諦めたらだめだっぺ!!!」
「「「ミーナ! 喋っちゃってる!!!」」」
「は!!!!!」
侍女たちに注意されて、ミーナは「おんろ~」と焦りながら右往左往した。
実はミーナ、ビアンカの乳母にはなったが、流石にこの喋り方が公爵令嬢のビアンカに移ったらいけないと、ビアンカが喋り出す前に離される予定だった。
しかしミーナが「お嬢と離れたくない! おらはお嬢の前でぜってーに喋らねーから!」と泣きながら鼻水を出しながら、ナタリーに懇願したのだ。
その為ミーナは、ビアンカと喋る時は「YES」「NO」しか言わなかった。
しかし、いつの間にか選択肢に「ざます」が追加されていたのだが・・・。
それがどこから来たのかは、誰も知らない。
「アハハ! ミーナったら!!!
大丈夫よ、私ミーナの喋り方がうつらない様に気を付けるから。
ミーナとお喋り出来ないのは寂しいわ。
ね? 皆もママには内緒よ?」
ビアンカが上目遣いにお願いして、叶わない事は99.9%無いのだ。
侍女達はほっぺを赤らめて何度も頷いた。
「もうしゃべっちまったのはどうしようもねーだで。
とりあえずお嬢は心配することねー。自分を信じて自信を持つ事だっぺ! 自分が信じられんなら、おらの事信じてくんろ?
おらが大丈夫って言ったら、大丈夫なんだ!」
ミーナが大きな口を開けて笑うから、ビアンカも笑ってしまった。
確かにビアンカは、自分の事を信じられなかったが、何だかミーナの事は信じられた。
彼女が大丈夫って言ったら、本当に大丈夫な気がしたのだ。
「ありがとう、ミーナ。大好き」
ビアンカのその勘に間違いは無かった。
何故なら、ミーナはリチャードの攻略方法を知っていたからだ。
時を遡ること、例のお茶会事件の数日後 ———————
自分の孫がやらかした事を息子夫婦に相談されたアンバー前子爵は、現子爵夫妻とメリッサを連れてすぐに公爵家にアポを取った。
そして老齢とは思えないほどの俊敏なスライディング土下座を、怒れる公爵夫妻に披露したのである。
公爵は、うちのビアンカたんを泣かせやがってと鼻息荒く腕まくりをしていたが、公爵夫人のナタリーがそこで待ったをかけた。
「メリッサ嬢と二人っきりで話したい」
メリッサの両親は、メリッサが何かされてしまうんじゃ無いかと心配し、自分たちも同席させて欲しいとお願いした。
「あなた達が同席することで、メリッサ嬢が真実を話さない可能性があります。
もしそうなった場合、わたくしは夫を止めません。
娘LOVEの夫は、あらゆる手を使って、あなた方を社会的に抹殺するでしょう。
しかしもし、メリッサ嬢が真実を、わたくしが聞きたい答えをくれるのなら、我が家は本件を不問にいたします。
どうされますか、メリッサ嬢?
ご両親と一緒がいいか、それともわたくしと二人で話すか」
メリッサは、ナタリーが真っ直ぐに自分を見つめてくる姿を見て、両親と祖父に待っていて欲しいとお願いをしたのだ。
前子爵は、ナタリーがメリッサに何かするとは思えなかったし、メリッサが自分達に話を聞かれたくないと思っている事を感じた為、反対する息子夫婦を説き伏せた。
二人っきりと言っておきながら、呼ばれた部屋にはナタリーとミーナが居たが、メリッサは何も言わなかった。
何故ならば、メリッサの中では話される内容に覚えがあり、それを聞かれたくないのは両親だけだったからだ。
「あなた、転生者よね?」
ナタリーの第一声に、メリッサは怯えながら手を胸の前で組んだ。
「はい、申し訳ございません。
両親と祖父には、家には関係無いんです。
私が調子に乗っちゃって・・・」
震えながら涙するメリッサを見て、ナタリーは思った。
(ヒロインだな)
薄い桃色の髪に瞳。
普通に考えてあり得ない色である。
ヒロイン色である。
「1つ教えて欲しいの。 これは乙女ゲームなの?」
「・・・いえ、漫画です」
「じゃぁ色んな攻略対象が居たりするわけじゃないのね?」
「はい。王子様と恋する女の子のお話です」
「そこで、ビアンカは悪役令嬢で、あなたがヒロインってわけね?」
メリッサは恐怖でガタガタ震え出した。
その様子を見たナタリーは優しい笑みを浮かべる。
「さっきも言ったけど、あなたが真実を話してくれたら、公爵家としてはあなたの今回の行動は不問にします。
私とここにいるミーナも転生者よ。だけど私達はこの世界の物語を知らないの。だからあなたに聞きたかったの。
もしここが何かの世界ならば、そして私の愛する子供たちに不幸が待っているのならば、私はどんな手を使っても、それを知りたいの」
メリッサは、ナタリーの必死な姿に胸を打たれて、目をごしごしと拭いて話し出した。
漫画で見たこの世界を。
メリッサ曰く、この世界には現代社会から異世界転生する魂が多く、王家はチートを持つ転生者を保護したいと常々思っていた。
メリッサ・アンバー子爵令嬢も転生者で、漫画の中のメリッサの前世は司法修習生だった。
学園ではAクラスに所属し、その知識で同じクラスのリチャード王子と距離を縮める。
そこで登場するのが悪役令嬢ビアンカだ。
ビアンカは王太子妃教育が上手く行っておらず、知識だけで公爵夫人にまで上り詰めたナタリーと、元々天才肌だったリチャードに劣等感を持ち、どんどんネガティブになっていく。
その為、博識なメリッサを目の敵にし陰でいじめるのだ。
メリッサは前世の法律の知識で国に認められ、さらに異世界転生した魂の初代被保護者として、リチャードの婚約者となる。
「ビアンカはどうなるの?」
「三大公爵家の公爵令嬢ですし、いじめと言っても子供のする事の範疇からは外れませんので、罪には問われませんでした。
しかし、リチャード王子との婚約が解消された為この国に居づらくなって、ルーク様と一緒に国外で生きていく事となりました。
ビアンカ様も、母親とリチャード王子と離れる事で、心安らかに生きていけるだろうと・・・」
(ビアンカたん、ママの事苦手だったの ———————!!!???)
ガーンと音が聞こえてきそうなショックを受けた表情で、ナタリーはソファから崩れ落ちた。
「あ、その、ナタリー様も転生者ですよね?
番外編で語られたのですが、ナタリー様と公爵は本当は恋愛結婚ですが、公爵が上手く伝えられていなかった為に、ナタリー様は自分は頭脳だけで選ばれたと思っていたんです。
学園でもアーロン様の婚約者という事で、Aクラスの女子にいじめられていたんじゃないですか? 『頭脳だけで選ばれた、それ以外に特筆すべき所の無い女』って・・・。
だからナタリー様自身が常に肩肘張って、公爵夫人として完璧であらねばと余裕を失くしてしまうんです。
そんな母親から英才教育を受けたビアンカ様は、息苦しくなって、甘いだけの父親と兄に懐いて、そして我儘に育っていってしまうんです。
でも今日、ナタリー様を見て思いました。
原作と全然違うって。
転生していたなら当然ですよね?
でも、だから、ビアンカ様は大丈夫だと思います」
何故だかメリッサに慰められて、ナタリーは落ち着きを取り戻す。
「では、他に注意しておくことは無いわね? 処刑とかも無いわよね?」
ナタリーは心の底からホッとしたが、すぐに。
「あなたも司法修習生だったの? リチャード殿下とあなたが愛し合うなら、どんな手を使ってもビアンカとの婚約は解消しないといけないわ」
ナタリーの発言にメリッサは下を向いてしまった。
そして小さな声で、
「偏差値 (げふんげふん)の馬鹿な学校の高校生でした・・・」
(あ、 察し・・・)
さっき慰められたのに、ナタリーは慰めの言葉が出なくて、ただメリッサの肩をポンポンと叩いた。
ナタリーに唯一できた、慰め方法であった。
「コホン。 では、婚約の件は置いておいて・・・。
最初にお話しした通りに、今回の件は不問に致します。
だけどあなたがビアンカを悪役令嬢に仕立てあげたりするようならば、・・・わかっていますね?」
ナタリーはとってもいい顔で、手で首に横一文字を切った。
メリッサは高速で首を上下に動かして、理解したことをアピールする。
何ならごますりも忘れない。
「これだけでいいんですか?
番外編で、王太子の攻略方法なんかも出てて、わたし全部読んだのでお教えしますよ!」
メリッサの申し出に、壁に控えていたミーナはそわそわしたが、ナタリーは首を振って拒んだ。
「それは必要ないわ。
そんな攻略方法の通りに相手を振り向かせるなんて、リチャード殿下にも失礼だし。
私はビアンカに、本当の恋をして欲しいもの」
そう言ってナタリーは、メリッサに応接室に戻るよう促した。
しかしふと思い、メリッサの背中に声を掛ける。
「あなた、どうしてご両親の同席を拒否したの?
優しそうなご両親なのに。
それに、わたくしがあなたと同じ転生者だって、あの時気づいたでしょ? わたくしの口利きがあれば、この機会に伝える事も出来るわよ・・・?」
メリッサは少し目を伏せて、逡巡した後に、自分が転生に気づいた時の事を話しだした。
メリッサ曰く、自分が異世界転生した事に気づいたのは、あのお茶会会場に入った瞬間だった。
最初は、漫画で見ていた世界にいることに興奮していたが、次第に不安になっていったようだ。
「先ほどお伝えした通り、元々の原作でもメリッサは転生者の魂を持っていました。
それもチートを持った司法修習生。
それなのに、何も持っていない私がメリッサの場所を奪ってしまったんじゃないか。
私は(異世界転生)したんじゃなくて、(異世界転移)したんじゃないか。
そう思ったら怖くなったんです」
メリッサには小さい時の記憶が無かった。
その為、お茶会会場に着いた時に、魂が入れ替わってしまったんじゃないかと思ったのだ。
昨日の事は覚えているけど、以前のメリッサの記憶が朧げだからだ。
「お父様もお母様も、すごく私を愛してくれています。
だけど、私は彼らの愛する娘を奪ってしまったんじゃないかって・・・」
メリッサはピンク色の大きな瞳から涙を零した。
「それに、私にはチートが無いから・・・。王太子妃になれない。
私じゃない、本当の娘だったら、お父様とお母様を王太子妃の両親にしてあげられるのにって。
そう思ったら怖くて怖くて、とりあえず今日のフラグだけはこなさなきゃって。
だけどビアンカ様がぶつかってこないから。
彼女も転生者なんだって思いこんじゃって・・・。」
下を向いて目を擦りながら、子供の様に泣くメリッサ。
前世の記憶があっても、まだ未成年の高校生。
ナタリーはメリッサを哀れんだ。
お茶会会場に着いてから転生した事に気づいたなら、ビアンカに怒鳴っていた時は情緒が不安定だったのだろう。
「そう・・・。
あなたが(転生)したのか(転移)したのかは、わたくしには分からない。
だけど、これだけは言える。
ほとんどの人が小さい時の事を覚えていないように、転生したわたくしとミーナも、小さい時の事は朧げよ?
残念だけど、わたくしは正解を持っていないわ。
だけど、あなたが小さい時の事を覚えていないという理由だけで、(転移)したのかも知れないと思うなら、それは間違いだと言ってあげられる」
メリッサは縋るようにナタリーを見た。
ナタリーは優しく微笑んだ。
そして心の中で思ったのだ。
偏差値 (げふんげふん)の学校に通ってたのなら、一昨日の晩御飯は思い出せないだろう。
だから、それだけでは転移だとは言い切れない・・・と。
メリッサはナタリーの、何もかもを許容するような瞳を見て、泣きながら頭を下げた。
「ありがとうございます。そして、ごめんなさい」
メリッサは深々と頭を下げて、部屋を出た。
メリッサが侍女に連れられて廊下を歩いていると、ミーナが追い掛けてきた。
「おらに教えてくんろ! その王子の攻略方法!!!」
(え・・・???)
「今はおらの訛りについては割愛するだっぺ!
どうやったら王子は落ちるだ?」
「あなた」
「おらじゃねーだー!!!
お嬢がもしも王子を好きになった時の為に、とりあえず知っといて損はねーべ!
おらに教えてくんろ!?」
ミーナの勢いに押されてメリッサは、王子の攻略方法という番外編の話をした。
とりあえず大事なのは、異世界転生者ではないか?と最初に思わせる事。
そしてその後は、とりあえず王子を振り回しまくるのが正解らしい。
「殿下は、私たちの世界で言うギフテッドです。
小さい時から何でも出来て、人の行動も読めてきた殿下を魅了するのは、”掴めない女”なんです。
ギャップとも言いますが、殿下の場合は嫌悪から好意に変わるのも、反対に好意から嫌悪に変わるというマイナス要素でも有りなんです。
とりあえず、掴めないから、どういった人間なのかと、殿下に何度も考えさせるのが大事なんです。
理解した瞬間、好意は無くなり無関心になってしまいますので、嫌悪でも何でもいいんですよ。
そして一番大事なのが、家族の愛を見せてあげる事です」
「家族の、愛?」
「はい。 政略結婚で生まれた王太子。
親の愛情を感じ取れる状況に彼はいません。
いくら神童でも、親の愛に飢えているんです。彼自身が気づいていないだけで。
それを見せてくれて、与えてくれるかも知れないと思わせるのが、とても大事なんです」
ミーナはなるほど、と頷いて、メリッサに礼を言ってナタリーの待つ部屋へと戻った。
「あなたは本当に、昔っから主であるわたくしの言う事を聞かないわよね・・・」
呆れた様に、諦めた様にナタリーはため息を吐いて、ミーナを迎え入れた。
「奥様は知らなくていいでげす。
おらが知っておく。
この知識がいつか、お嬢の役に立つかも知れんし、立たんくっても、それはそれ」
「・・・ビアンカには絶対に教えないでね」
ナタリーが、ビアンカの部屋へと向かう後ろ姿に、ミーナは声を掛ける。
「奥様が嫌がるからせんけども、でもおらには分かんね。なんでダメなのか。
数学のテストと一緒だべ? 計算式は皆知ってる。先生が教えてくれるだでな? でもその計算式で正解に辿り着くかは、人それぞれだべ?
お嬢が攻略法を知っていても、お嬢に魅力が無ければ、リチャード王子は振り向かせられねえべ?」
「・・・私はそんな風に、パズルを解くように”攻略”して欲しくないの。
ビアンカには、心の赴くままに恋をして欲しいの。
相手の気持ちが知りたくて、喜ばせたくて、だから悩んで・・・。
そんな風に恋して欲しいの」
ミーナは頷いて、そしてそっと呟いた。
「お嬢には言わねーだ。
だども、お嬢が悩んだ時に、そっと正しい方に背中を押せるように、知りたかっただけだ」
そう言いながらもミーナは、ビアンカとリチャードのお茶会に公爵やルークを送りこんで、リチャードを引っ掻き回すのだ。
本人はその度にいい仕事をした感で、額の(浮かんでいない空想の)汗を拭うのだった。
ビアンカは目元を少し赤くして、部屋で大好きな王子様の出てくる童話を読んでいた。
今日、例の御令嬢が謝りにやって来ると聞いて、また恐怖でちょっぴり泣いてしまったのだ。
ナタリーが、彼女が反省していて、ビアンカに謝りたいと言っているが会うか確認すると、ビアンカはちょっと逡巡したのち、こくりと頷いた。
ビアンカと手を繋いで応接室に入ると、意外にも和やかな雰囲気だった。
意趣返しに公爵と同じ部屋で待たせたのだが・・・。
ナタリーとしてもビアンカを泣かされた事にご立腹なので、怒れる公爵とその後の結果を一つの部屋で待ち続けるという拷問を、出来るだけ長く与えたかったのだ。
しかしどうやらこの前子爵は、一代で莫大な富を築き上げたのは運でも無かったようで。
ただひたすらよいしょしまくり、あの日のビアンカが世界で一番可愛かったと褒めまくり、最後にはいきなり立ち上がったかと思うと、「ビアンカ様しか勝たん!!!」と人差し指で天井を指して大声で叫んだのだ。
しかしその際にテーブルの上に片足を乗せてしまって、公爵家の侍従長にこっぴどく怒られた。
しかし彼の命がけのよいしょに気をよくした公爵が、実は自分も王宮の執務室から双眼鏡であの茶会を覗いていて、ビアンカが泣き出した時には3階の窓から飛び降りそうになったが、ビアンカの鼻提灯が見えた時は執務室で悶え死んでいたと、嬉々として話していたのだ。
そう。ここに、あの日母親に抱っこされて会場を後にするビアンカが、後ろ髪を引かれる思いでビュッフェカウンターを見ていたことを、(会場の誰もが気づいていなかったのに)双眼鏡で覗いていた公爵だけが、気づいていたのだ。
メリッサの姿を目にした途端ビアンカは、手を繋いだまま、体の半分以上を母親の後ろに隠してしまった。
メリッサはビアンカのちょっと赤い目をみて、心から後悔した。
自分も7歳だが高校生の記憶がある。
そんな自分が、5歳の女の子を怒鳴って泣かせてしまうなんて・・・。
メリッサは涙目になって謝った。
「ごめんなさい、ビアンカ様。
謝っても許されないかも知れないけど、言わせてください。
ごめんなさい、もうしません」
頭を下げて謝ったメリッサを見て、ビアンカは一言声を掛けた。
「・・・ゆるしゅ・・・」
また涙目になって鼻水まで出てきて、さらに噛んでしまったけど、ビアンカはちゃんとメリッサの目を見て、謝罪を受け入れた。
その姿を見て、メリッサ含め、子爵夫妻と前子爵も涙目になって、そして思った。
(ビアンカ様しか、勝たん!!!!!!)
出入り口で子爵家の人々とお別れした後、ビアンカと手を繋いでいたナタリーは、ビアンカを優しく見下ろして娘を褒めた。
「頑張ったわね、ビアンカ。
謝罪を受け入れた事、本当に立派だったわ!」
するとビアンカは、本当に愛らしい笑顔で母親を見上げてこう言った。
「ママがいつも言ってたでしょ?
間違えてもごめんなさいする事。ちゃんとごめんなさいした人は、許してあげる事!」
その笑顔を見て、ナタリーは跪いて娘を抱き締めた。
「ママ?」
自分は間違えていなかった。
この子をちゃんと育てられている。
この子は絶対に悪役令嬢にはならない。
ナタリーは静かに涙を零した。
ビアンカは震える母の体を、その小さな手でギュッと抱きしめて、いつも大好きなママがしてくれるように、母の背中をぽんぽんと叩き続けた。
因みに、アンバー前子爵は、ビアンカのギャン泣きは見ておりません。
お茶会に参加していませんのでね。
しかしあたかも見たかの様に話しヨイショするのは、彼のビジネスマンとしての腕です。
彼の中で、人を陥れる悪い嘘じゃなかったら、全てがホワイト・ライ(相手の為の優しい嘘)らしく、躊躇いもせず嘘をつきまくります。
好きな言葉は、「あ~、ヨイショ!」