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②ヒーロー、初めての体験


ここは、四方を海に囲まれた資源の豊かな国。


この国には、時々異世界の魂が紛れ込んでくる。

そして、その事実を知っているのは、王家の人間と歴代の宰相のみ。

その異世界の魂を持つものは、この国にとってとても貴重な存在であった。

なぜならば、彼らは新しい知識や、見たことも無い物を作り出し、この国を豊かにしたからだ。


例えばこの国では、医療と食文化が異様に発達している。


”ペニシリン”なるものを作り上げた者のおかげで、命を落とす者が減り、


菌という名の見えない敵に立ち向かう為、”衛生”という認識が広められた。そのおかげで、出産で命を落とす母体や、生まれてすぐの乳幼児の死亡率が格段に低下した。



塩コショウで焼くという料理法しか無かったこの国に、色々な調理法が取り入れられ、色とりどりの料理が食卓を飾るようになり、


砂糖の塊しかなかったお菓子の世界に、”焼き菓子”なるものが出て貴族の御婦人御令嬢を魅了したかと思えば、生クリームやチョコレートなるものまで出てきて、一気にアフタヌーンティの文化が発達した。




王家と歴代の宰相達は、この様な ”異世界の魂” を持つ者を保護したいと常々思っていたが、如何せんそういった者たちは大概がその事実を隠そうとする。

それは仕方が無い事であろう。

王家としても、遠洋漁業なるものを確立した偉人に、彼こそは異世界の魂を持つ者だろうと、

「あなたはもしや、異世界の魂をお持ちですか?」

と確認したところ

「はぁ?」

と返され、何なら(え? この王家、頭大丈夫?)って顔で見返されたのだ。

残念ながら、彼は先祖代々漁業をやっていた家庭の生まれだったため、徐々にその手法が確立されていったに過ぎなかったのである。


それ以来、この者は!と思っても、二の足を踏んでしまう状況となったのだ。


それを鑑みるに、自分が異世界転生していたとしても、それを周りに伝えるのはとてもリスキーなのだと王家も気づいた。

そんなこんなで、王家の ”異世界の魂を持った者を保護しよう” プロジェクトは難航していた。






そんな王国に、ある王子が生まれた。


名前をリチャードと言う。


0歳で歩きだし、1歳で童話を読み、2歳で完璧に言語をマスターした彼は、絶対に異世界の魂を持つ者だと両親と宰相に期待された。

彼が3歳の時、父王太子は時期尚早かとは思ったが本人に尋ねたところ、

「なんのことをおっしゃっているのかわかりましぇんが、おとーしゃま、あたまうってしまわれたのでしゅね・・・。(しょぼん・・・)

ぼくはまだしゃんしゃいですので、おーいけーしょーはむじゅかしいでしょう。

さいしょうにそーだんしましょう」

と、まさかの3歳の息子に痛い目で見られるという辱めを受けたのだ。

父親と宰相は、この子はただの早熟な子供なだけだと、認識を改めた。


勝手に期待しておいて、違ったら勝手にガッカリされるという不条理な目にあったリチャード(3歳)であった。





リチャードが5歳の時に父親が王となり、リチャードは王太子に任命された。

そこで異世界の魂を持つ者の事を、リチャードは初めて知ることとなる。



「なるほど、つまりその魂を持つ者は、新しい知識を我々に与えてくれたり、新しい発明をしたりして生活を豊かにしてくれるのですね。

確かにそういった者達は、自分が人と違う事が足枷となり、生きづらい状況に陥ってしまう可能性もあるため、王家として保護するのはとても重要ですね・・・」


リチャードは顎に手をあてて、「ふむふむ」と考えていたが、見た目が5歳児なので周りは違和感しか感じなかった。




リチャードが7歳になった時、リチャードの婚約者と側近を査定する為のお茶会が開かれた。


そう言っても王の中では、マルティネス公爵家のビアンカが婚約者なのは、ほぼ決定している。


この国には三大公爵家があり、今代の王の元に、別の公爵家から王妃に、そしてもう一つの公爵家からは、王の側近が選ばれているのだ。

なので、リチャードの代では側近か妻を、マルティネス家から選ぶのが妥当だった。


そして、側近候補は甲乙付け難い者が何人かいるけれど、婚約者候補ではビアンカが、血筋も相貌も他の追随を許さなかった。


リチャードはそれを知っていた為、今回のお茶会には特段興味も無かったし、何なら少女達が女の目で自分を見てくることに辟易していたので、こんな無駄な事せずにさくっと王命で決めちゃえばいいのにと、うんざりしていた。




お茶会当日、多くの貴族と挨拶をするリチャード。

挨拶の列で長々と話そうとする者などにうんざりしながら、リチャードは適当に相槌を打つ。

後ろに人がまだいるのにこんな所で、自分勝手な行動に出る親の子供というのは大概が馬鹿だ、

リチャードはそう思っていた。


知能の高い彼は、子供たちと話すのが苦手だった。

特に女の子は服やら小物の話ばかりで、リチャードはうんざりしていた。



挨拶の列を飛び越えて、母親と幼女が現れた。

身分が高い貴族が来た場合、列に並ばず優先的に先頭に入ってくる。

歩いて来るのは茶色の髪にエメラルドの瞳を持つ儚げな雰囲気の夫人と、ミルクティー色の髪に夫人と同じエメラルド色の瞳を持つ、飛びきり可愛い幼女。


リチャードはすぐにその二人が、マルティネス公爵家の人間だと分かった。


何故なら、ルークは既にリチャードの幼馴染として王宮に何度も遊びに来ており、そのルークと幼女が同じミルクティー色の髪だったからだ。

ルークは初めて出会った頃から何度も妹自慢をしていたのだ。ルークがビアンカの話をし出すと、ビアンカの話だけでその日が終わってしまうので、最近はその話題を避けまくるリチャードであったが・・・。


「あの子は天使の生まれ変わりなんですよ!

可愛いなんて言葉じゃ表せない!!!

吟遊詩人だってビアンカの前に立てば言葉を無くします!!!」


鼻をふんすふんすしながら自分の妹の話をするルークに、リチャードは最初、驚きを隠せなかった。


彼には3つ下の弟がいるが、馬鹿過ぎて話にならないからだ。

愛玩用としては可愛いが、意見の交換には不向き。

幼児は何度も何度も(くだらない)同じ話を繰り返す、リチャードには理解できない生き物だった。



初めて見たビアンカは、


(なるほど。 自慢したくなるほど可愛いのは分かる。

将来も大変美しい女性になるだろう。

もしかするとこの国一番の美人になるかもしれない。)


リチャードはそう思った。

・・・だけど、それだけだ。

興味も無い。



「マルティネス公爵家が長女、ビアンカでございます」

彼女が披露したカーテシーは、とてもたどたどしかった。

だけど5歳で貴族の教育を始める事を考えたら、始めたばかりの彼女のカーテシーはとても上手だった。

それを褒めてあげると、エメラルド色の瞳がキラキラし、ほっぺがピンク色に上気した。

それはそれはとても愛らしい姿であった。


マルティネス公爵夫人はとても常識的な人だったらしく、すぐに列から離れて行った。

ビアンカは一瞬物足りなさそうな顔をしたが、それは一瞬の事で、彼女は後ろ髪を引かれる事もなく自分から離れて行った事に、リチャードは少し興味を持った。


しかしその興味も、瞬時に忘れ去られる程度のもので、その後も挨拶の列を捌く事に忙殺され、ビアンカの事は忘れていった。







挨拶が終わり、順次テーブルについてもう少し会話をする。

そうやってとあるテーブルで談笑していると、




「びえ~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!」





この王宮で、いや、自分の人生で聞いたことも無いような泣き声に、リチャードは驚いた。



茫然とするリチャードの横で、シスコンルークのビアンカセンサーが反応した。


「ビアンカ!!! おにーちゃまがすぐに助けに行くぞ!」


そう言って、もの凄い勢いで薔薇園の奥に走って行ってしまったのだ。


夫人達が集まっているテーブルでもざわざわとし、マルティネス公爵夫人が立ち上がってルークを追いかける。

リチャードも同じテーブルにいた子供達とそちらに向かって行った。


そこで見たものは・・・。




大きな瞳からこぼれる大粒の涙に、小さなお鼻からも確かに零れる・・・しずく。

泣き声が出ないように真一文字に閉じられた口。

上気して真っ赤になったほっぺ。




令嬢が号泣するところを初めて見たリチャードは、その場を動けなかった。

教科書に載っていない出来事に、リチャードは初めてパニックに陥ったのだ。

唖然とその姿を見つめていると、右の鼻から一瞬何かがこんにちはした。



(!!!)


しかしそれはすぐにささっとお鼻の中に回収された。



リチャードは思った。



(何だ!? 今のは・・・!!??)



左のお鼻から鼻m・・・雫が零れたが、ビアンカが「ずびびびびーっ」とすすると消えてしまった。





しかしビアンカの右の鼻から、再度ぷっくりとした何かがこんにちはした。



あまりの衝撃にびっくりしたリチャードの脳みそはパンクして、思考回路がショートした瞬間、天啓を受けたように固まった。


(も、もしかしてあれは、異世界の魂を持つ者が作り上げる、我々の生活を豊かにしてくれる何かではないだろうか!!!)







違う。


あれはただの鼻提灯だ。



しかし幼児と関わってこなかった為、リチャードは鼻提灯なるものを知らずに生きてきたのだ。



母親の姿を見て、ビアンカはえぐえぐ泣きながらリチャード達の方へと、とてとて歩いてきた。

(注:本人は走っている)



母親に抱きしめてもらって安心した瞬間、その鼻提灯は史上稀に見る大きさにまで成長し、その場にいるみんなにこんにちはした。


愛らしさに悶絶しながらもそこは公爵夫人。

ビアンカの母親であるナタリーは、ささっとハンカチでそれを押さえて回収してしまった。



リチャードは思った。


(あ! 夫人が回収した!

ポケットに入れたのか!?

あれは、一体私たちにどんな恵みを与えてくれるものなのか!?)



彼女は異世界の魂を持つ者だ!

絶対に王家で保護してあげなければ!!!



涙でキラキラしたエメラルド色の瞳を見つめて、リチャードは心臓が早鐘を打つのを聞いていた。






リチャードはその日の家族の晩餐で父親に、ビアンカが異世界の魂の持ち主であることと、鼻から透明な丸い物体を作り上げていたことを報告した。


国王と王妃は、彼にも子供らしい間違いがあることにホッとして、弟は、普段近寄りがたかった兄の天然な部分に触れられて、その日の王家の食卓はなごやかなものとなった。



—————— リチャードを省いて。









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― 新着の感想 ―
[良い点] 5歳の子の鼻提灯めっっっっちゃ可愛いですよね。うんうんわかる! ちょっと《ぷぴっ》って鼻鳴ったりもしてたら満点! リチャードくんは、お歴々の王族と同じ転生者間違いをしたってことで……ドン…
[良い点] 鼻提灯w電車でむせちゃった… 腹痛い、天才でもやはり知らないものならそりゃあ、勘違いだってしますよね
[良い点] 吊り橋効果ならぬ、鼻提灯効果!(笑) これは「まだ私にも知らない事象があることを、あの令嬢が身を以て教えてくれたのだ」という、王子の心の丘にモノリスが立った記念日エピソードですね!(たぶ…
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