番外編: シャーロット
ビアンカの兄ルークと、その妻となるシャーロットの出会いのお話です。
ここは、四方を海に囲まれた資源の豊かな国。
この島国は長らく戦争からも遠ざかっていて、国内の政治も落ち着いたとても平和な国であった。
その為、騎士団は王族が率いる王族騎士団しか無かった。
現在の騎士団長は、巨体に赤い髪がトレードマークのブラウン侯爵だ。彼は熊の様な大男だが、剣捌きは繊細で、多くの騎士のカリスマであった。
ブラウン侯爵は厳つい顔に似合わず、乙女の様に可愛い物が大好きなのだが、威厳を守る為に騎士達には秘密にしている、というのは公然の秘密である。
そんな侯爵が妻にと選んだのは、茶色の髪に茶色の瞳、くりくりとした目を持つリスを連想させるような小柄な幼な妻だった。
二人の間には男女の子供が一人ずついる。
長男は現在十四歳で、既に未来の騎士団長候補として名が挙がる程、体格、剣術ともに侯爵にそっくりだ。
長女は名をシャーロットといい、現在十歳。
父親に似て体格もよく、凛々しく涼やかな顔つきに赤い髪をした背の高い女の子だ。
しかしシャーロットは父親の好みが遺伝したのか、その見た目に似合わず小さな頃から”くりくり””ふわふわ””キラキラ”が大好きな女の子だった。
お人形さんにもピンクのフリフリしたドレスを着せ、キラキラしたティアラを着けさせていた。
だけど、自分にはそういった物が似合わない事を知っている。
父親のⅮNAの強さを現在絶賛恨み中である。
そんなシャーロットは、八歳の時に運命の出会いを果たした。
淑女教育の一環で歴史を学んでいた時の事、シャーロットはあるファッションに釘付けとなった。
そのファッションとは・・・
ゴスロリ
二百年ほど前に、とある侯爵家のご令嬢が流行らせたファッションが”ゴシックロリータ”。略してゴスロリ。
その奇抜でありながら繊細なファッションは、その時代のティーンの心を鷲掴みにしたのだ。
しかもデザイナーのご令嬢が着て広告塔の様にファッション界を牽引していた為、そのファッションは多くのご令嬢に受け入れられた。
・・・の、だが。しかしその着る人を選ぶそのファッションは、綺羅星の如く一瞬の栄華で幕を閉じた。
分かりやすく可愛い花柄やピンクのふりふりをこよなく愛していたシャーロットだったが、ゴシックロリータに心の全てを持っていかれてしまったのだ。
それ以来、狂ったようにチクチクチクチクチクチク・・・。
自分のお人形さんの服をすべて、手作りのゴシックロリータにチェンジした。
そんなシャーロットは、十歳になった今、二度目の運命的な出会いを果たす。
三つ年下の王太子殿下の、側近や婚約者を選ぶお茶会にお呼ばれしたのだ。
はっきり言って、全く興味はなかった。
侯爵令嬢であるが、三つも年上だったためシャーロットが婚約者に選ばれることは無い。
ならなぜお茶会に呼ばれたのか。
それは一言で、騎士になって欲しいと思っている父親が、シャーロットを側近候補にしたくてお茶会の招待状をもぎ取ってきたのだ。
女性騎士があまり多くないこの国で、騎士としてのポテンシャルを持っているシャーロットが王立騎士団に入団できれば、必ず女性王族の専属騎士に拝命される。
それは大出世なのだ。
騎士団長は王太子の素晴らしさを家で話しまくり、何とか腰の重いシャーロットをこのお茶会に参加させる事に成功した。
しかしやる気の無いシャーロットは、早々と王族への挨拶を終えて、一番下座のテーブルについてビュッフェのスィーツを暴食していた。
そうこうしていると、多くの貴族子女がシャーロットのテーブルにやってくる。
赤い髪に切れ長の目。涼やかな顔に高い背丈。長いストレートの髪をポニーテールにしているシャーロットは、女子に大人気だった。
しかも婚約者候補としてお茶会に参加している女の子たちは皆シャーロットより年下。
ガチで婚約者の座を狙っている高位も高位の貴族令嬢以外は、「お姉さまと呼んでいいですか?」と、頬を赤らめながらシャーロットのテーブルに集まりだした。
シャーロットも可愛い女の子は大好きなので、自分好みのふわふわした女の子に囲まれて悪い気はしなかった。
そんなシャーロットの目の前のテーブルに、一人の幼女が座った。
何気なく送った視線の先、その幼女が着ている薄いピンクのドレスが、そんじょそこらの貴族でも手が出せそうにもない代物であることに目ざとく気づいたシャーロットは、まじまじとドレスの意匠をガン見する。
(すんごい綺麗なシフォンのドレス・・・。しかもあのドレスの刺繍、何て素敵なの!!!)
可愛い物、綺麗な物が大好きなシャーロットは、そのドレスの匠な技に惚れ惚れとした。
(しかも宝石なんかで豪華さアピールなんて一つもしていなくて。センスが素晴らしいわ! しかもあのヘッドドレスの繊細なレースが・・・)
ドレスとセットで作られたヘッドドレスに目をやった瞬間、今更ながらにその幼女の溢れんばかりの美貌に気づいた。
「———————— !!!!!!!!!!」
シャーロットは大きく口を開けて上半身を仰け反った。
そのあまりの奇行に、同じテーブルの少女たちはびっくりしたが、シャーロットには言い訳する余裕もなかった。
その幼女のミルクティ色の髪が、太陽光の下で天使の輪を作り出し、寸分の乱れもなく幼女の顔に沿ってドレスへと流れる。
その顔は、すべてのパーツが正しき場所にあることが見て取れる。
ほんの少しのずれもない黄金比で配列されているエメラルド色の瞳も、小さいが高く筋の通ったお鼻も、ちょっと小さめの薄い唇も、すべてが神の最高傑作であることが窺い知れる。その全てが小作りなのに、顔自体が信じられないくらい小さいため、全てのサイズがピッタリに感じられるのだ。
そして、その中でも特に目を引くのが、太陽光の下でキラキラと輝くエメラルド色の瞳。
王家の秘宝であり、代々の王妃に与えられるエメラルドのネックレス。
そのネックレスに鎮座するエメラルドにも負けないほどに、幼女の瞳はキラキラと輝いていた。
シャーロットはその幼女から目が離せなかった。
自分が空想した美の集結が今、そこにある!!!
「は、・・・はわわわわ・・・・」
シャーロットの脳内では、ゴスロリを着た目の前の美幼女が、可愛く飛び跳ねていた。
幼女が友達らしき少女と薔薇園の奥へと消えた後も、シャーロットは脳内の美幼女を落ち着かせるのに必死だった。つまりは自分を落ち着かせるのに必死だったのだ。
その時 ————・・・
「びえ~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!!!!!!!!」
聞いたことも無いようなガチの泣き声に、テーブルの女の子たちと向かった先には、鼻水垂らしてギャン泣きする先ほどの美幼女。
シャーロットの脳内では、ゴスロリを着た美幼女が無邪気な笑顔でシャーロットの琴線にツンツンと触れた。
母親に抱っこされてえぐえぐ泣きながら帰って行く美幼女。
シャーロットの脳内では、ゴスロリを着た美幼女が無邪気な笑顔で、シャーロットの琴線を両手でガッツリと鷲掴みした。
何ならその琴線を振り回しだした。琴線の上についていたのか、ベルがリンリンとシャーロットの脳内で鳴り続けた。
お茶会でのシャーロットの最後の記憶である。
その美幼女がマルティネス公爵家のビアンカ嬢で、王太子の婚約者に選ばれたことを知ったのは、そのお茶会から一週間後の事。
侯爵の希望通りに王太子の側近には選ばれなかったが、別の希望通りにシャーロットは騎士の道を目指し始めた。
(王立騎士団に入れたら女性王族の護衛になれる=ビアンカたんの騎士になれる!!!)
来る日も来る日も棒を振り、筋トレをして、走り込みをするシャーロット。
父が見込んだポテンシャルが遺憾なく発揮される。
シャーロットはぐんぐんと騎士として成長したのだった。
そして一五歳の年に、シャーロットは貴族学園の騎士科へと入学し、そこで三度目の運命の出会いを果たす。
騎士科に入学したシャーロットは、大好きなビアンカたんの兄である、ルーク・マルティネス公爵令息と同じクラスになった。
ビアンカによく似た顔をしているが、少し怜悧さが強い。瞳の色も違う。しかし髪は同じミルクティ色でサラサラとしたストレートだった。
その美しい容貌に、クラスに数人だけいた女子は大興奮していた。
そして違う意味でシャーロットも大興奮していた。
その時、騎士団長である高潔な父親の声が頭に木霊した。
『シャーロット。騎士とは弱きを守り常に高潔であれ。嘘をついたり、人を欺いたりするのは以ての外だ。損得で・・・』シャーロットは脳内から父親の声を抹消し、隣の席に座ったルークに声を掛けた。脳内の小さい侯爵が怒り狂っているが無視をする。
「初めまして。マルティネス公爵令息ですよね? わたくしはシャーロット・ブラウンと申します。三年間、よろしくお願い致しますわ」
騎士らしく手を差し出すと、ルークが快く握手を返す。
「ルーク・マルティネスだ。こちらこそよろしく。お父上にはリチャード殿下共々悪魔のしごきを受けているよ」
シャーロットは高潔な騎士の様な表情を浮かべて微笑んだ。
(ルーク様とお近づきになったら、家でのビアンカたんの様子が分かるかも! 何なら小さい時の思い出話とかも聞けるかも!?
何とかルーク様と親友になりたい!!!)
父の願いも空しく、高潔な騎士道などどこにもない。
シャーロットの脳内は煩悩だらけだった。
陰謀が渦巻かない世界って、素晴らしいですね!