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第37話 覚悟

【前回のお話】

 りんに求婚した勇次は色よい返事をもらえたらしい。

 だが、りんの父親の許しはまだ得られていない。

 竜弥は勇次の幸せそうな姿に一度はもやもやするが……。

 勇次の様子から竜弥は察した。


 おそらく今日は家に入れてもらえなかったのだろう。昨日は10両の礼が言いたいということで土間までは入れてもらえたようだが、今日は戸口の外で門前払いらしい。


 後ろ指を指されることには慣れっことはいえ、いざ挨拶すらまともにさせてもらえないとなると、現実を改めて突きつけられたことを痛感する。


 竜弥が勇次の長羽織に目を遣る。襟をつまんでぴらりと裏返すと派手な白虎の刺繍が現れた。


「なんかおかしいよな。制外者にんがいもんがこんないいもん着て、平人(ひらびと)がつぎはぎだらけの汚ぇ着物なんてよ。今の世の中、どっか間違ってると思わねぇか?」


 勇次は黙って煙草をふかした。竜弥が続ける。


「実は言ってなかったんだけど、お練り見てるときさ、りんがチビだからおんぶしてやったんだよ」


 あ?と(しか)め面を寄せる勇次に、「話は最後まで聞け」と押しとどめる。


「軽かったなぁ。売られてきたばっかの女郎みてぇに身体も細っこいし、ちゃんと飯食ってんのか?って訊きそうになっちまった」


 わかる……と勇次がうつむいた。


「今日、小川おがぎくで鰻食わしてやったんだけどよ、うめぇうめぇって泣きながら食ってんだよな。冬眠明けの痩せた鰻だぜ?」


「いや、あそこの鰻は俺でも泣く。痩せてようが美味ぇもんは美味ぇもん」


 ……そういうことじゃなくて、と勇次は咳払いした。


 しかし、竜弥が本当に言いたかったことはなんとなくわかる。りんが鰻を生まれて初めて食べたであろうことは想像に難くない。


 自分たちは接待で仕出し料理を食べることがあるが、貧農民にとって高級料理などは夢のまた夢、明日食べるものにも困窮することは珍しくない。平人がなぜ制外者よりも苦しい暮らしを強いられなければならないのか。


 それでも制外者は世を忍び、平人にひれ伏さなければならないいびつな社会構造。その矛盾に竜弥も気づいていた。


「俺が跡取りに戻れば丸く収まるのか?」


 竜弥の言葉に驚きつつも勇次は顔を横に振った。


「おめぇを犠牲にしてまで幸せになろうなんざ思っちゃいねぇよ」


 やはり勇次には見透かされていた。傾城屋を継ぐことに疑問を持ち、悩んだ末に少し距離を置いて客観的に実家を見つめてみたかったことを、彼はとっくにお見通しだったのだ。


「好きで傾城屋の息子に生まれたんじゃねぇんだもんな」


 勇次が竜弥の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。子供みたいな言い訳を代弁され、竜弥は下唇を突き出した。


「なに粋がってんだよ」


「別に粋がってるわけじゃねぇよ。自分で決めたことだ。自分で何とかするさ」


 強がりでもなく、決意を込めた(ひとみ)を向け、勇次は笑ってみせた。


「明日、姉ちゃんと一緒に挨拶してくる」


 腹をくくったのか、凛としたその横顔は潔ささえ感じさせる。竜弥は表情を曇らせた。


「お義姉(ねえ)さんにもあれ(、、)をやらせるのか?」


「しょうがねぇよ。親代わりだからな」


 父親に殺されかけ、帰る場所も家族も失い、命からがら逃げのびたあの日からずっと姉に支えられて生きてきたのだ。いつも面倒をかけてきた姉に竜弥の言う「あれ」をやらせるのは心苦しいが、いずれ避けては通れぬ道なのである。


「1回で許しをもらえると思ってんのか?」


「長期戦は覚悟の上だ」


 天邪鬼(あまのじゃく)な竜弥はわざと眉間に(うね)を作った。


「りんの気が変わっても知らねぇからな。おそらく向こうの親父さんの目の黒いうちは一緒になれねぇぜ」


「なにそれ、ひどくね?」


「若ぇ男が出てきたら気移りしたりしてな」


 ぺろっと舌を出して笑う。勇次は色を成して竜弥の襟を掴んだ。竜弥がしれっと言い放つ。


「勇次、一つだけいいこと教えてやる」


「なんだよ」


「暮れ六ツの鐘、鳴ったぞ」


 勇次ははっとした。言われて初めて時鳴鐘の残響音に気づく。夜見世を開ける時間が迫っていたことをすっかり忘れていた。


「ちきしょー、てめぇ、覚えてろよ!」


 勇次は叫びながらすっ飛んでいった。


「何をだよ」


 ふう、と吐息を漏らし、竜弥は欄干にもたれた。






 翌日14日、勇次は姉お亮を伴ってりんの家を訪れた。裏地の派手な長羽織とベタガネの付いた雪駄を封印した、地味な出で立ちである。


 ただ行ったのでは前日と同じく門前払いを食らうと思ったので、今日は、りんの父親と幼馴染だという熊次郎に取次ぎを頼んだ。案の定、兼造は熊次郎の頼みは断れないらしく、勇次たちは戸口の中に入れてもらうことができた。


 まず、土間で「心ばかりの品ではございますが」と菓子折りを差し出す。りんは恭しくそれを受け取り、囲炉裏の間に上がるよう伝えた。囲炉裏端には円座(わろうだ)がふたり分敷かれている。


「上がってくらっしぇ。汚ぇとこだけんど。今、狭山茶()れるで、座って待っててけぇ」


 りんがにこにこと促す奥で、熊次郎に支えられながら寝間から出てきた兼造は険しい表情を崩さないでいる。


 勇次とお亮は土間に立ったままだ。


「遠慮しねぇで上がってくらっしぇ」


 再度りんは促した。しかし、いつまで経っても上がろうとしないふたりを見かねる。


「やっぱり、こんな汚ぇとこ座るの、嫌だべな」


 悲し気に眉尻を下げるりんに勇次が顔を向けた。


「そうじゃねぇ」


 そう言って姉と顔を見合わせ頷くと、ふたりは突如、土間に(ひざまず)いた。


「何してるのけ⁉ そこじゃねぇ、こっちだべ!」


 慌てて土間に降りようとするりんを、勇次が制する。


「黙ってそこで座って見てろ!」


 勇次の声にりんはびくっと足を止めた。兼造は黙ったまま微動だにしない。代わりに熊次郎が口を開く。


「りん、勇次の言う通りにしろ」


 不安げな表情で囲炉裏端に渋々正座するりんを見届けると、勇次は土間に手を着いた。お亮もそれに(なら)う。勇次は頭を下げたまま神妙に口を開いた。


「改めてご挨拶申し上げます。手前は小仙波村朱座より参りました、邑咲屋の若頭を務めております勇次と申します。これに控えるは我が姉お亮、以後お見知りおきを」


「姉のお亮にございます。私どもは幼き頃にふた親を亡くしましたゆえ、私が勇次の親代わりとして本日ご挨拶に伺いました。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 姉弟揃って深々と頭を下げる。勇次は続けた。


「この度は、お宅のお嬢様を我が妻にいただきたく参上いたしました。何卒(なにとぞ)お許しくださいますようお願い申し上げます」


 たまらずりんが立ち上がる。


「もう、よかんべ。上がってくらっしぇ」


 土間に降り勇次の腕を引き上げようとするりんの手を、勇次は掴み、外した。


「りん、これが制外者(にんがいもの)だ」


「⁉」


 目の前の現実が受け入れられず、りんはただ戸惑うばかりだ。勇次が静かに告げる。


「穢多、非人、制外者は、平人の家で敷台より上にはあがっちゃいけねぇんだ。おまえにこれができるか?」


 りんの衝撃がビシビシと伝わってくる。だが、彼女に現実を隠し、騙して祝言に持ち込むような真似はしたくない。


「俺と一緒になるということは、こういうことなんだ。だからよく考えてくれと言ったんだ」


 これが制外者の現実——。土間に跪いたのは、結婚の承諾を得るためのただの挨拶ではなかったのだ。


 りんは目を見開いて勇次を見つめていた。兼造も同様だった。熊次郎ただ一人が目を瞑っている。


 勇次はりんと誠実に対峙した。


「りん、もう一度よく考えてくれ。無理強いはしねぇ。だが、もしおまえが腹をくくってくれたなら、俺はおまえを全力で守る。約束する」


 勇次の真摯な眼差しを見つめ立ち尽くすりんに、父兼造が告げた。


「おめぇには無理だ、りん。もう帰ぇってもらえ。そして二度と会うんじゃねぇ」


 その言葉を聞き、勇次とお亮は立ち上がった。


「今日のところはお(いとま)します」


「もう二度と来るな」


 兼造は目も合わせない。姉弟は踵を返し、戸口に手を掛けた。


 と、そのときだ。りんが土間に跪き、手を着いた。


「おとうちゃん、ごめんなさい! おら、制外者になります! やっぱり、おら、勇次さんと一緒になりてぇ!」


 りんは叫びながら、頭を土間にこすりつけた。


「馬鹿野郎! おめぇ、気は確かか⁉」


 娘の突飛な行動に、兼造の怒号が飛ぶ。勇次とお亮も唖然とりんを見つめた。兼造の怒りは止まらない。


「こいつらは傾城屋だぞ。忘八だ。人を食い物にする鬼畜だべ。おめぇは騙されてるんだ」


「騙されてなんかいねぇ」


「まだわがんねぇのか? 今、見たべ? これが制外者の現実だがね」


「おら、ちゃんと考えたべ。おとうちゃんから見たらまだ子供かもしんねぇけんど、一生懸命考えて出した答えだべ」


「こいつらは人別帳から外れた制外者なんだぞ。人でなしなんだぞ」


「人でなしなんかじゃねぇ! 人だ。おらたちと同じ人間だ。平人だって悪いことする人はいっぱいいるし、信じられねぇ人もいっぱいいる。けんど、この人たちは信じられる人たちだ」


「こんな人でなしのことなんか信じられるか!」


「おらは、おらのためにここまでしてくれた人……勇次さんとお亮さんを信じるべ!」


 愛娘の決死の訴えに兼造は絶句し、胸を押さえた。


 勇次はりんの肩を抱き、起こしてやった。


「りん、今日はもういい。俺たちは帰るから、親父さんを休ませてやってくれ」


 勇次は熊次郎に目配せをし、お亮と共に一礼をしてから外へ出た。りんが戸口から飛び出し、ふたりの後を追う。


「勇次さん、お亮さん、ごめんなさい。おとうちゃんがあんな失礼なこと……」


 腰を曲げて深く頭を下げる。お亮がりんの肩に手を掛けた。その明眸は確かに光っていた。


「ありがとね、りん。嬉しかったよ。顔を上げとくれ」


「お亮さん、せっかくこんな綺麗なべべくれたのに……」


 りんが涙を溜めて謝ると、お亮は「似合ってるよ」と優しく微笑んだ。それから、先に帰っていると言って富蔵を待たせてある高沢橋へと歩いていった。


 ふたりきりになった勇次とりんは、家から少し離れた木陰へと移動した。

次回は第38話「竜弥の決断」です。

竜弥は勇次が大好きなんです。

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