かたいぜっ
「え~と、どちらさまですか?」
自分は大きな声を出した男性に聞いた。
フラフラと機体に乗りかけていたところを助けてくれたのだ。
多分この機体に乗ったら、なにか取り返しのつかないことになるような気がする。
「ふんっ、ミツルギ・インダストリーの開発チームの主任、サクラギだっ」
白衣でやせぎすの男性だ。
眼鏡。
「ミツルギ・インダストリーって言ったら大企業じゃないですかっ」
「軍の現行の機体はミツルギ製ですよねっ」
自分は興奮して言った。
「ふふん、そのとおりだっ」
チャキリ
眼鏡を上げる。
偶然ミツルギのブースは隣である。
両腕にブースターシールドをつけたスマートな機体が、四角くて大きい機体の横に並んで立っていた。
――たしか、”シルフィード”だったっけ。細身でスマートな可変機。かっこいい。試乗したいなあ。
「はっはあああ~~ん」
「そんなちっちゃくて細い機体で私を満足させられてえ?」
お姉さんが白衣の男性の下半身をちらりと見た後、馬鹿にしたようにふっと鼻で笑った。
確かに細身ではある。
「ぐぬぬぬぬ」
白衣の男性が顔を真っ赤にして怒っている。
「それに比べて、見てこのどっしりとした大きさ」
益荒男の前で両手をひろげながらお姉さんが言う。
「うふふふう、硬いわよおおう」
「五重の積層装甲で、戦艦の主砲を一発くらいなら余裕で耐えちゃうっ」
お姉さんは満面の笑みだ。
――って、硬ったっ。戦艦の主砲の一撃を耐えるのか。
「くそおおう、決闘だあっ」
「明日の試乗会でエキシビションマッチを申し込むっ」
白衣の男性が叫んだ。
いわば宣伝を兼ねた模擬戦である。
普通は他社とはしないけど。
「あらあら、残念ねえ」
お姉さんが肩をすくめる。
「なんだっ」
「益荒男は、複座よおう」
二人乗りだ。
ベースが重機だから、戦闘用AIを乗せていないようである。
「パイロットが一人足りない……」
じ~~~~
――ん?お姉さんがこちらを見ているぞ。
「ねえ貴方、お名前は?」
「……サカイだ、サカイ・イチロー」
「確か傭兵よねえ」
「……ああ……」
何か嫌な予感。
「というわけで決闘を受けるわっ」
「彼と一緒にねっ」
お姉さんが、自分の腕に柔らかいものを押し付けながら言った。
「えっ、嫌ですっ」
即答だ。
「分かったあ、明日逃げるなよお」
白衣の男性が、お姉さんと自分をものすごい目で睨みながら言った。
「だから嫌ですってばっ」
――聞いてくださいっ
「けちょんけちょんにしてやるっ」
「はっ。 そんな、タン〇、ホー〇イな機体でっ?」
「出来るものならやってみなさいな」
お姉さんが自分の腕を持ったまま、馬鹿にしたように言う。
「くうう」
キッ
「サカイと言ったな、顔と名前を覚えたぞっ」
白衣の男性が怒りながら隣のブースに帰って行った。
「ち、ちがうんです……」
――聞いて
「睨まれちゃったわね」
仕事を依頼されてお金をもらう傭兵。
傭兵は評判が大事。
大手のミツルギに睨まれると。
「仕事が来なくなっちゃうじゃないですかっ」
コンペ会場には新機体の勉強もあるが、自分自身を売り込みに来ているのだ。
「あはは、パパに言っといてあげるわっ」
「パパ?」
「あら、私の名前は、芋洗坂・マリア」
「芋洗坂はパパの会社よ」
お姉さんは、芋洗坂の社長令嬢でした。
「とりあえず、うちと仮契約ね」
お姉さん改め、芋洗坂・マリアがにっこりと笑った。
――に、逃げられなかった
大きくて四角い機体をそっと見上げたのである。