二
とりあえず少女を事務所内へ招き、タオルと着替えを渡す。幸い昔、依頼人が置いていった女物の服が残っていたのでそれを渡した。
「これ、なに」
少女の着ていた濡れた服を洗濯して戻ると、ソファに座り、コンビニおでんの容器の前で不思議そうな顔をしている少女がいた。
「おでん、食べたことないのか?」
「食べたことない。美味しいの?」
「食べてみればわかる。食べてみろ」
俺がそう言うと、少女はおすおずと箸を伸ばした。そして、ちくわを口に運んだ。
「美味いだろ?」
「よくわからない。けど、美味しい気がする」
少女は笑った。これまではずっと無表情に近かったが、笑うと意外に可愛いではないか。
「それで。なんでこんな雨の中、外にいたんだ?親御さんは?」
どう見ても十五、六歳の少女に向かってそう問いかける。すると少女はこんにゃくを飲み込んでから答えた。
「あなたが優秀な探偵だと聞いて。あと、私には親はいない。私達を育ててくれたのは博士」
私達?博士?
「そうか。それじゃ、名前と依頼内容を」
俺は依頼人だと思って少女に再び問いかけた。すると少女は頭に疑問符を浮かべた。
「なまえ??」
「名前。友達とか、家族とかになんて呼ばれてるんだ?」
名前のない人間などいない。人は皆、生まれた時に名前を親から貰う。それが親が子に与える最初の愛なのだ。どんな子に育って欲しいか願いを込めて名前を贈る。俺の親だって俺が生まれた時に俺に晴彦という名をくれた。
「博士は、私のことを、欠陥個体と呼ぶ。博士だけじゃない。姉妹達もみんな私を欠陥品、失敗作などと呼ぶ」
「は・・・??」
けっかん?欠陥?個体?
俺の頭の中は疑問符で支配された。博士が何者かは知らないが、家族である姉妹達ですらこの少女をそんな風に呼ぶのか?歪んだ家族もこの世に存在することは知っている。だが、なんとなく、この少女のソレは何か違う気がした。
「どうしたの??」
「いや、なんでもない。他の呼び方をする人はいないのか?」
「いない。他の姉妹達は互いを個体ナンバーで呼び合っているけれど、私にはそれがない。私は他の姉妹達のように力がない。だから私は欠陥品」
欠陥品と呼ばれることを受け入れ、自ら欠陥品を名乗るその少女は異質で、少し気味が悪かった。
「・・・どうしても私に名前が欲しいなら。あなたが付けてくれて構わない」
起伏のない声で、極めて冷静に、名前を持たない少女はそう言った。
「俺が・・・??」
「あなたが」
名前。名前か。そうだな・・・
「・・・アズサ。アズサはどうだ?」
「アズサ・・・。うん、気に入った」