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骸骨王妃

◇骸骨王妃◇




 マリーヌは夫である国王フィービーから、公卿会議へ出席するよう命じられた。


 珍しいこともあるものだとマリーヌは思う。

 正妃なれど、王家主催のパーティはもとより、公式行事への参加を禁じられているマリーヌである。

 呼びに来た騎士に誘導され、久々に王宮内に入る。



 公卿会議は、本来国王と正妃、宰相や大臣十名のみで構成される、国内最高位の意思決定機関である。

 マリーヌは婚姻後三年たっているが、出席するのは初めてだ。彼女の代わりは現国王の母、王太后が務めていた。


 会議室に入ると、既に全員の顔が揃っていた。

 いや、王太后は不在である。

 その代わりなのか、本来正妃の座す場には、側妃がいた。


 見知った顔である。

 側妃パセリアは正妃マリーヌの義姉なのだから。


 マリーヌは壇上の席ではなく、国王の正面の床に立たされた。


「久しいな、妃よ。息災か?」

「……おかげ様で」


 国王はフンと鼻息を吐く。


「相変わらず、湿気た表情だ。身体の肉付きも悪い。『骸骨妃』の二つ名は、伊達ではないな」


 側妃がケラケラ笑う。

 こちらも相変わらず、品のないことだ。

 大臣らは、何故か俯いて黙っている。


「まあ、お前に母上やパセリアのような華やかさを求めても無駄であろう。まったく我が正妃としては役立たずであったが……」


 国王は口の端を上げる。


「喜べ、マリーヌ。お前でも、いや、お前だからこそ役立つ場を用意した」


 一瞬怪訝な顔をするマリーヌに国王は告げた。


「オキアヌス国王フィービー、並びに公卿会議の決定により、ここに厳命す!

正妃マリーヌを海神の贄に捧ぐ」


 側妃が喜色満面で拍手する。

 大臣らは黙して語らず、マリーヌを見ることもない。


「畏まりました」


 贄とは生贄。勿論、その命を捧げることだ。

 だがマリーヌは顔色一つ変えず、見事な膝折礼を披露した。

 贄として海に向かうのは三日後の夜。


 満月の晩である。





「骸骨娘」


 元々、実の父親にマリーヌはそう言われていた。

 三大侯爵の一つ、プテーリー家の息女であるマリーヌはプラチナブロンドの豊かな髪と黒曜石の様な瞳を持つ。

 亡き母に似た外見を、父は嫌った。


 マリーヌは五歳で当時の第一王子と婚約した。

 現国王のフィービーである。

 オキアヌス国はいくつもの港を有する。

 プテーリー侯爵家は交易船を多数保有し、外国との交易により豊かな財を築いていた。


 母と王妃は友人だったそうだ。

 その頃のマリーヌは、ふっくらとしたバラ色の頬をしていた。


 マリーヌの婚約で安心したのか、母はその後すぐ、帰らぬ人となる。

 泣き暮らすマリーヌの相手をすることもなく、父は再婚した。

 男爵家出身だが、豊満な肉体を持つ義母と、その娘である義姉が邸に来ると、マリーヌの生活は一変した。


「私と侯爵は『真実の愛』で結ばれていたのに、あなたのお母様が横から入ってきたの」


 三白眼になる義母の眼は、マリーヌの背筋を冷やした。

 マリーヌの大切なモノを、義母は片端から壊していった。


「私はあなたよりも年上なの。だから下の者は言うことを聞くべきなのよ」


 義姉はマリーヌが亡き母から譲られた、ペンダントやブローチを取り上げた。


 空になった宝石箱の底には、幼い頃不思議な少年に貰った、碧色の鱗が収めてあった。

 マリーヌは取られないように、いつも服に隠して身に付けることにした。



 日々の食事はパン一個と具の無いスープ。

 小食だったさしものマリーヌも、空腹を抑えるのが難しい食事内容である。


 痩身を通り越し、ガリガリの体型となったマリーヌは、眼は落ち窪み頬はこけ、髪も抜け落ちていた。そんな姿のマリーヌを、父も義母も義姉も、骸骨娘と揶揄った。

 空腹で倒れそうになった時には、そっと身に付けた碧色の鱗を握りしめる。

 鱗は淡い光を投げ、マリーヌの瞼に遠い日の想い出を描く。


 あの日出会った少年の姿と、海を眺めていた母の横顔。

 穏やかなひと時の風景。


 いつしかマリーヌは眠りに落ちる。

 夢の中で、マリーヌは少年と踊る。

 見たこともない宮殿のフロアで踊るのだ。


 夢の中の少年は、年々成長していく。

 そして夢の中で少年の背がマリーヌを追い越した頃、マリーヌは十歳になっていた。

 

 十歳になると、マリーヌの王子妃になるための教育が始まる。

 タイトなスケジュールであったが、勉強は嫌ではない。

 マリーヌにとっては心地よい時間であった。


 月に一度ほど、王妃自らが教育を施した。

 その時にはお菓子とお茶が振る舞われる。

 甘いお菓子を食べた後は、慢性の疲労からか、マリーヌは眠りに落ちることがよくあった。

 王妃は彼女をベッドまで運び、未来の王子妃の面倒を見ていた。


 マリーヌの婚約者フィービーが、彼女と婚約したのは彼が八歳の頃だ。

 ぷくぷくの頬に、蕾のような唇の少女は大変可愛らしく、母である王妃の希望の相手であったが、それなりに満足した。


 ところが、年々顔も体も痩せ衰えていくマリーヌに、フィービーの心は冷めていく。

 婚約者の変更を願っても、王妃が首を縦に振らなかった。


 代わりに、フィービーはマリーヌの義姉パセリアに惹かれていく。

 パセリアは、彼女の母と同じく華やかな容姿と豊かな胸を持つ。

 言葉数の少ないマリーヌと異なり、パセリアは社交的だ。

 同じ侯爵家の娘なら、パセリアが婚約者でも良いではないか。


「ダメです。側妃なら許しますが」


 王妃に直訴したフィービーの願いは、何度も撥ねつけられた。



 そしてフィービーが十八歳、マリーヌが十五歳の時に、二人は結婚する。

 王家のしきたりに則り、海が見える教会で式を挙げた。


 挙式後、新婦は海に花束を流す。

 しきたりでは、花束の中に、新婦の母親がお手製の人形を作って入れておく。

 海神が花嫁を奪いに来ないように、その身代わりにするために……。


 だが、マリーヌの義母は、そのしきたりを無視した。

 身代わり人形の代わりに、花束の中に浜辺に咲く白い花、アラリアをそっと入れた。

 アラリアの花言葉は「私を迎えに来て」というものだった。



 さて、マリーヌが海神への贄として選ばれたことは、すぐに彼女の生家であるプテーリー家に伝えられた。

 侯爵は一度瞬きをすると、頷いた。

 マリーヌの義母は「お気の毒に」と言って俯いた。その唇は三日月のような形をとっていた。

お読み下さいまして、ありがとうございます!!


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