夢の中の女の子
「どうして……? どうしてあの子ばかり優しくするの!」
「え……?」
可愛らしい女の子が目に涙を浮かべて、女にそう言った。
だが女はそれが何のことだかさっぱりわからないといった様子。
「あの子、いつも私を苛めるのよ! それなのにどうして!」
「待って、だからそれって一体何のこ――」
女はそこで目を覚ました。
そして溜息。
ただの夢、気にすることない……なんて段階はもう過ぎた。
何せ、これでもう三夜連続だ。
それに、あの子の実直な訴え……。
これはきっと現実とリンクしていることだ。何とかしてあげたい。
だって……滅茶苦茶可愛い子だったもの!
もう、ホント、ぎゅーってしてあげたくなるような。
でも、一体何のこと……?
毎回中途半端なところで目が覚めちゃうのは夢だし仕方ないとして……。
女はベッドから起き上がり、辺りを見回した。
一人暮らしの部屋。物が散乱し、お世辞にも綺麗とは言えない。
もし、犬や猫を飼っていたのなら、その子が人間の姿になって夢に現れたのだと
まあ納得できるが『面倒くさがり屋のあなたにはペットの世話は無理』と
親や友人に釘を刺されているから飼っていない。
仲のいい野良猫なんてのもいない。
女は顎に手を当て考える。
あの子? 二人? 二つ……この部屋の中でその片方だけを優遇……。
生き物……物……。
あ! この香水……。
女は香水の瓶を手に取り眺めた。
可愛らしいデザインの瓶であの夢に出てきた女の子っぽくはある。
そう、なにも生き物とは限らないのではないか。
昔から物には魂が宿るって言われている。
量はまだ半分以上残っている。以前はこの香りを気に入ってたが
新発売の方を気に入って、それで今は埃をかぶってる。
他に思い当たる節はない。
きっとそうだ、と納得した女は
この日、しばらく使っていない香水を使い、家を出た。
風が吹く度に懐かしくもある心地良い香りが舞う。
そうだ、今夜寝る前にも使おう。きっといい夢が見れるはず……。
女はそう思い微笑んだ。
「……ねぇ、どうして? どうしてなの? 私、いつも喉カラカラなのよ。
あの子ばっかり、あなたと……」
……嘘、また?
悲しげな女の子。その泣き顔に胸が痛む。でも香水は……。
女は困惑し、そしてもう観念と言った表情を浮かべ
女の子の前にしゃがみ、手を握った。
「ねぇ、どうしたらいいの?」
「……そのままでいて」
――えっ
女は息を呑んだ。
そう言った女の子が唇にキスを……。
と、ここで目が覚めた。感情が昂ったせいかもしれない。
「もうちょっとで……うん、まあ同性だし別にいいけども……はぁ」
まだ夜中。女はなんだか惜しい気持ちのままベッドから出て電気をつけ、瞼を擦る。
その瞬間、足元を黒い影が駆けた。
「ひっ!」
……蜘蛛? 大きい。
あぁ、ろくに部屋の片づけをしないからだ。
……ん?
あの子ばっかり……?
喉カラカラ……?
女は枕元に目を向けた。
そこでは黒々としたゴキブリが、満足そうに口を動かしていた。