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(7)聖女が聖女を続けている理由

 白銀の竜は、()()()()()()()()で落下するシャンデリアからキャシーを守ってみせた。見上げるほどに大きなその姿。普段のルウルウなら聖女の肩に乗るほどのサイズだというのに。けれど彼女は、さも当たり前であるかのように相棒に抱きついた。


「ルウルウ、ちゃんとそばにいてくれたのね」

「当然です」

「イケ竜とデートしてると思ってた」

「好きなひとを放っておいたあげく、どうして男とデートしないといけないんですか」


 びたんびたんと尻尾を広間の床に叩きつけながら、ルウルウは鼻を鳴らした。両腕をそんなルウルウに伸ばし、大きな体をなでさすりながらキャシーはささやく。


「ルウルウ、いつもより大きいのね。それに鱗の色もちょっと違って見える」

「普段は幼体になるように力を抑え込んでいましたから。この姿はお嫌いですか?」

「小さい白い竜の姿も可愛いけれど、今の姿も好き。カッコいいよ」

「王子の姿は?」

「あれはカッコよすぎて、緊張しちゃうの」


 聖女は、うっとりと目を細めながら鱗の感触を確かめている。そうして、不思議そうに尋ねた。


「私が小さいルウルウを可愛いって言ってたから、今の姿を隠していたの?」

「……それもあります」

「今のルウルウも素敵よ。でもそうね、この姿なら声で性別は間違わなかったかも」

「一応、幼体でも雌雄の判別はつくのですが、竜に詳しくないひとにはわからないかもしれませんね」


 そのまま白銀の竜は、うなだれた。


「嘘をついていたわたしを許してくれるのですか?」

「どうして私が怒ると思うの? ルウルウはルウルウじゃない」

「だって、王子さまは嫌いなんでしょう?」


 なんだそんなことかと、聖女は肩をすくめた。


「私を蔑ろにするひとたちが嫌いだっただけ。『王子さま』なんて雑なくくりにしていて、私こそごめんね。ルウルウ、嫌だったでしょ?」

「……まあ、王族をやめようと思うくらいには思いつめていたかもしれません」

「王子さま、別に止めなくてもいいじゃない。私は王子さまの奥さんとしてふさわしい人間にはなれないかもしれないけれど、それでもいいなら隣にいさせて」

「そのままのあなたがいいです。どうかずっとそのままでいてください」


 ふたりの影が重なりかけたとき、聖女があっと叫び声をあげた。


「今、神託が!」

「おかしいですね。わたしは、『M(禍々しい)P(ポイント)』をまだ献上していませんよ」

「ルウルウの熱烈な告白とさっき話しかけていた王妃さまたちの秘密を『H(恥ずかしい)P(ポイント)』としてカウントしてくれるみたい……」

「なるほど。女神さまも粋なことをなさいますね」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。大事なことに気がついた聖女が、動きを止めた。みるみるうちに頬が赤く染まっていく。


「キャシー、そんな真っ赤な顔をしてどうしました? 今さら、衆人環視の中で告白していたことに気がつきましたか?」

「ふ、ふ、ふ」

「そんな『ふ』ばかり、何か楽しいことでも?」

「そこのイケメン露出狂、さっさと服を着ろー!」


 聖女の叫びは、王城中へと響いたのだった。



 ***



 神託をいただいた後とは思えない和やかな雰囲気の中、大広間の片隅で聖女と相棒は語り合っていた。何せ普段はそのまま追放劇へと移行するのだ。こんなに穏やかな夜会などほとんど記憶にない。


「部下のみなさん、みんな必死だったね」

「わたしの有無が、彼らの毛根に関係あるとは思えないのですが……」

「いやいや関係あるでしょ。ルウルウがいなくなるって思ってから、生え際が指の関節ひとつ分後退したって言ってたよ。気の毒に」

「今度髪に効く薬草でも贈りますかね」


 今度は嬉し泣きでおんおん涙を流しているむさ苦しい集団を見ながら、ふたりは苦笑した。


「王妃さまの秘密、可愛かったなあ」

「まさか先祖返りのせいで我が子が卵で生まれたことに驚いたあげく、調理場でお湯の中に突っ込もうとするなんて、我が母ながら恐ろしいです。ゆで卵にならなくて、本当によかった……」

「早く温めなきゃって必死だったんだろうね」


 王妃はバルコニーで、竜とおしゃべりに花を咲かせている。


「あの竜が、乳母さんだったことは驚いたよ」

「まあ、確かに竜のことは竜に聞くのが一番だとは思いますが、言葉も通じるかわからない中、伝説の湖にまでいくフットワークの軽さには驚きました。まあ、出産直後にゆで卵事件があったから、みんな必死だったのかもしれませんが」

「確かに……」


 乳母である竜のダイナミックな育児方法が漏れ聞こえてきて、キャシーは笑みをこぼした。


「あら、お姫さまはお怒りみたいね」

「年下は趣味ではないそうなので」

「でもびっくりしたよ。まさかあれが水晶玉ではなく、巨大な泥団子だったなんて思いもしなかったもの。硬度ヤバい」

「姪が本当にすみません」

「本当だよ、なんて話を子どもにしてるのさ」

「いや、あくまで『聖獣としてのお仕事』の範囲内でして……」

「……っていうか、あの夜着がルウルウの趣味なの。ルウルウって結構むっつりスケベ」

「あれは、部下たちが勝手に!」

「じゃあ、好きじゃないんだ?」

「……黙秘します」


 将来の美女候補である幼い美少女は、同年代の少年たちに囲まれて大層不満そうだ。そんな彼女を見守りながら、キャシーは手元のグラスを傾ける。


「ルウルウ、家族や臣下のみなさんに愛されているんだねえ」

「まったく、わたしひとりいなくなったところで誰も困らないでしょうに」

「仲がいいならそれに越したことはないよ」

「キャシー、あなたは……」

「ああ、気にしないで。別に私も劇的に家族と不仲ってわけじゃないから。ただ、私にとって一番大切な家族は、とっくにルウルウになっていたんだよ。だから実家とは、付かず離れずの距離感でちょうどいいの。縁を切ったわけではないし、たまに会うくらいでちょうどいい。そういう家族の形もあるのよ」


 話をしつつ、くたりとキャシーはダニエルにもたれかかった。潤んだ瞳で彼を見上げ……唐突に笑いだす。


「あははは、ルウルウが三人に見えるぞ~」

「ちょっと! これから大事な話をするので、お酒は飲まないでくださいって言いましたよね!」

「だって緊張するんだもん。ルウルウがイケメン過ぎるのが悪い! えへへへ、イケメン~。お肌すべすべ~」

「なんですか、これは。新手の拷問ですか!」

「ルウルウ大好き〜。愛してる〜」

「……キャシー、わたしもですよ」


 絡みついた聖女が、どさくさにまぎれて相棒の唇を奪う。


 目立っていないと思っているのは、ふたりの世界にひたっている聖女と白い竜だけ。


 先ほどおあずけとなり、ようやく交わされたふたりの口づけに、大広間の観衆はどっと歓声をあげた。



 ***



 今日も聖女と相棒は旅を続ける。東へ西へ、ふたりの旅は風任せ。追放されることもあるけれど、おおむね旅は平和である。


「って、どうしてまだ旅が続いているんですか! おかしいでしょう!」

「さあ、次の国へ行くよ〜。旅の最初の方でトラブった国の様子見と必要ならフォローもやりたいなあ」

「どうして。どうして想いを告げたのに清い関係が続行になるんですか!」

「えー、なに? ルウルウ何か言った?」

「そもそも難聴系ヒロインとかじゃないでしょう、あなた! 旅の途中は幼竜形態をお願いされるなんて意味がわかりません」

「だってダニエルさまモード、眩しすぎて目が潰れるんだもん。成竜モードだと歩きでの旅は不向きだし」

「成竜モードで、ささっと空を飛んだらいいでしょう!」

「えー、この間酔って気持ち悪くなったし……」

「お酒はあんなに飲めるくせに!」

「それとこれとは関係ないじゃん」


 竜は急上昇急降下も気にならない。一応背中に乗せているキャシーに気を使ってはいたものの、そもそも三半規管があまり強くない彼女には快適な空の旅とは言い難かったようだ。


「そんな……」

「やだ、ルウルウ泣かないで。ルウルウが泣いているのを見ると、私も胸が苦しくなるよ」

「じゃあ、幼竜モードで抱っこされるのではなく、人間形態でわたしにあなたを抱かせてください」

「却下」

「本当になんなんですか、あなたは!」


 くすくすと笑いながら、キャシーは思う。もともと、「H(恥ずかしい)P(ポイント)」などというわけのわからない代償を求めた女神さまは、こんな風にみんなが笑いあう姿が見たかったのではないだろうか。


 心の中に重石のように沈みこむ秘密を取っ払い、心から愛する者と過ごせるような、そんなささやかな幸せを自分たちに与えたかったのかもしれない。


 それにしては言葉が足りなすぎるような気もするが、そこは神もまた完璧ではないということなのだろう。


 そしてそのことを、キャシーはみんなに教えてあげたいのだ。余計なお世話なのかもしれないけれど。


「さあ、さくさく歩くよ! 夜までに国境を越えるからね〜!」

「はあ、もう好きにしてください」


 賑やかなふたりの声は、いつまでも山道にこだましていた。

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