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(5)聖女が恋バナで悶絶する理由

 神託を授かる日を明日に控え、聖女は相棒の白い竜を抱えながら、またもや寝室のベッドで転げ回っていた。


「今日はエ、エスコートされてしまった。腰に手が、手が! 思ったより筋肉質! しかもめっちゃいい匂いした!」

「わかりましたから、少しは落ち着いてください。普段わたしにセクハラしまくっているくせに、今さら何を言ってるんですか」

「加護が働かないとか想定外なんだよおおお」


 ダニエルとキャシーの交流は、建国神話の土地を訪れてからも続いている。王子さまは対象外と言ってはばからなかった聖女だが、不思議なほど自然とダニエルの誘いを受け入れていた。


 けれど彼女には、ダニエルの好意が本気なのか見極めることができなかった。自分の気持ちがどこを向いているか考えるなどもってのほかだ。ぱたりと聖女が動きを止める。


「……ハ、ハニトラ」

「まったく、今際(いまわ)(きわ)の言葉がそれですか。ハニトラマスターの矜持とか言い始めたら怒りますよ。そもそも加護に邪魔されなかったというのなら、それはまさしくあなたの運命の相手なのではありませんか?」


 白い竜の言葉に、聖女はうろんげな顔で首を振る。一度砂糖の海で死にかけたことにより、冷静さが戻ってきたらしい。


「えー、どうかなあ。単純に性欲がないだけかもよ」

「……性欲」

「私と会う直前に発散していて、賢者モードになってる可能性だってあるし」

「本当にあなたは一体どこからそういう話を仕入れてくるのです」

「嫁き遅れると、耳年増になるんだよ」

「そんなバカな」

「あと嫁き遅れると、精力剤の作り方も覚えたりする」

「それでマムシ酒だのなんだの言っていたんですね」

「これはダニエルさまにマムシ酒を飲ませてから、再度加護の発動チェックをするべきかな?」

「お好きにどうぞ。どうなっても知りませんよ。運命の相手なら、さぞかしすごいことに……って、片付けてください!」


 なぜかテーブルにマムシ酒を並べ始める聖女。仕込んだ時期ごとにラベルを貼って、管理しているらしい。圧巻だが、彼女はこれをひとりですべて消費するつもりなのだろうか。


「結局、どうしてあんなに『M(禍々しい)P(ポイント)』にこだわるのかもわからないままだし」

「たぶんあなたが考えているよりも、ずっと単純な理由です」

「そうかな? ところで、マムシ酒飲む?」

「飲みません!」


 ずらりとテーブルに並べられたマムシ酒は、再び聖女特典の異次元収納内に放り込まれた。



 ***



「じゃあどこを見れば相手が本気かどうかわかるのか、ルウルウが私に教えてよ」

「むしろその手のことは、わたしがあなたから教わりたいくらいですよ」


 不機嫌そうに舌打ちしたお行儀の悪い相棒を見て、聖女は目を丸くする。いつか自分と同じように、白い竜も自分の家族を持つのだろうと思っていたし、それを純粋に願っていた。そのはずなのに、いざ自分が知らない世界を白い竜が持っていると知ったとき、キャシーの中に湧き上がってきたのは寂しさだった。


「そんな、ルウルウに好きなひとがいたなんて……。ショックうううう。えー、いつから好きだったの? どういう関係? まさかもう……。あああ、私のルウルウが大人の階段をのぼっていたなんて!」

「残念ながら、まことに清い関係ですから。こちらの好意は前面に押し出しているつもりなんですが、全然相手にされていなくて。あげく、裏があるのだろうと疑われる始末です」


 白い竜がため息をつくと、疲れたように黒い煙が小さく立ち上る。


「ルウルウが迫っているのに、のらりくらりかわしたあげく、その告白を嘘告白扱いするやつがいるの? ふてえ野郎だな! どこに住んでるの? あ、もしかして、この間行った建国神話の湖? よし、今から殴り込みにいこう!」

「この際ですから、言わせてもらいますが!」


 ぺしぺしとベッドにしっぽを叩きつけながら、白い竜は両手をあげた。本人なりの精一杯の威嚇なのだが、あまりの可愛らしさにキャシーの顔がにやける。


「キャシー、あなたの『雑草魂』はどこへ行ったんです。ここまで来れば、いつものあなたなら『加護も働かないってことは運命の相手の可能性もワンチャンあるし、とりあえず結婚してみるか! 無理なら、離婚して逃げよう!』なんて言いそうなものを」

「相手をバツイチにしたあげくトンズラとか、仮定でもやっていることが酷過ぎる!」

「でもそう言われる要素は理解していますよね?」

「まあね」

「ではなぜ、ここで悩むのです。わたしが言うのもなんですが、わりと好条件ですよ。あなたの嫌いな王子さまだってやめるって言ってますし」

「いやあ、職業欄に『王子』って書いてたタイプのひとが、急に平民になってもやっていけないでしょ、普通」

「なんなんですか、まったく」


 キャシーはにへらと笑うと、ルウルウを強く抱きしめた。


「寿退職したいってずっと騒いでいたけどさ、結婚が現実的なものになったら急に怖くなったというか。この間からいろいろ考えちゃって」

「いろいろ、ですか?」

「前にさ、私の生まれた国に行ったことがあるでしょ。そこで、実家に帰ったんだよ。ルウルウは確か別行動してたけどさ。あの時ね、なぜか途中で『早く帰りたいな』って思っちゃったの。変だよね、あそこは私の家だったはずなのに」

「どこに、帰りたかったんですか」

「わかんない。でも、ルウルウの隣に戻ってきたらほっとしたから、ルウルウのいる場所に帰りたかったのかも」


 すりすりと、白い竜が聖女の頬に顔をこすりつけた。その頭にキャシーはひとつ口づける。


「だからね、ルウルウ。結婚しようか」

「……本気ですか?」

「私、頑張って卵産むから!」

「は?」

「私とルウルウの赤ちゃんだと、人魚姫タイプになるのかな。それとも魚人タイプになるのかな。やっぱり人魚姫タイプの方が、暮らしやすい?」


 ごちんと、白い竜はキャシーに頭突きをかます。


「あなたまた酔ってますね?」

「えーん、酔ってないよお。ひどい、ルウルウが私のことをアル中みたいに言ってくるう」

「怪しいですね……。キャシー、あーんしてください」

「いやだっ、じかに呼気チェックとかやめて! 自尊心が死ぬから!」

「何言ってるんですか。ほら、早く」

「ひいい、頭ガタガタ揺らさないで。吐く、吐いちゃう」


 呼気チェックをかわすために、異次元収納から取り出したワインを直飲みしたキャシーは、ルウルウにしこたま叱られる羽目になった。



 ***



「それで、結局どうするおつもりです。神託を受けるのは明日なんですよ」

「ええっ、どうしよう。今すぐ決められないよ」

「そろそろ腹をくくってはいかがですか。女は度胸です」

「いや、『男は度胸、女は愛嬌』だよね?」

「どっちでも同じようなもんです」

「ルウルウ、私の扱いがやっぱり雑だって!」


 よよよと泣き崩れてみせるキャシーだが、白い竜が意に介した様子はない。泣き落としは無駄だと悟ったのか、唇をとがらせながら聖女は相棒にすがりつく。


「それじゃあさ、明日ルウルウも一緒にお城に来てよ。それなら、ダニエルさまのお話もまともに聞けるかもしれない」

「すみません、それはできかねます」

「え、ちょっとなんで?」

「明日は朝からどうにも外せない用事が入っておりまして」

「いや、ちょっとありえなくない? 親友の人生がかかってるのに、なに、その用事?」

「それを言うのはちょっと」


 ふいっとルウルウがそっぽを向いた。このポーズのときは、どうやっても口を割らない。経験上それをよく理解している聖女は、地団駄を踏んだ。


「ああもうわかった。デートでしょ。さっき話してた片思い相手のイケ竜とデートするんでしょ」

「だから、イケ竜とデートをして何が楽しいんです」

「うわーん、ルウルウのバカ。わからずや!」


 キャシーはその後相当にゴネてみたものの、ルウルウは頑として首を縦には振らなかったのだった。

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