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(4)聖女が神話に興味を持つ理由

 翌日、キャシーはダニエルとふたりで馬車に乗り、郊外に向かっていた。なお先日と同様、白い竜は聖女の隣にはいない。朝起きた時にはすでに、ベッドの隣はもぬけの殻だったのである。


 これがゆきずりの男と一夜を共にした後に捨てられた女の気持ちかと、二日酔いに苦しみながらキャシーはほぞを噛んだものだ。ちなみに体調は、相棒が用意してくれた劇酸っぱドリンクのおかげで全回復している。ルウルウの準備する薬は、そのほとんどが優しさを含まない説教成分でできているらしい。手厳しい相棒である。


 全く会話の弾まない馬車の中で、キャシーはダニエルに恐る恐る尋ねてみた。


「あの、これはどういうことでしょうか」

「聖女さまが、我が国の建国神話に興味を持っておられたと小耳に挟んだものですから。ご案内しようと思ったまでのことです」

「そ、それなら、いいんです!」


(そうよね。さすがにこの真面目そうな王子さまが、私を離宮に監禁するだなんて考え過ぎよね)


 王族に謁見した当日に夜這いに来る王子や、街歩きの最中に連れ込み宿屋に入ろうとする王子、お茶会の飲み物に媚薬を放り込む王子などに会いすぎたせいか、普通の「観光」という発想が出てこない事実が悲しい。


(そういえば、媚薬を大量摂取した王子さまはどうしているのかしら。私はルウルウのおかげで毒物も効かないけれど、あの方は媚薬の効果を疑ってご自身で召し上がられたあげく、大変お元気になっていたような……って、違う!)


 キャシーは慌ててお礼を告げた。


「わざわざ私のためにお時間をとっていただき、ありがとうございます」

「もしや、緊張させてしまいましたか。申し訳ありません」

「いえ、全然、こちらこそ失礼いたしました!」


(やめて、むしろ自意識過剰だった自分を実感して辛いから! 恥ずか死ぬ!)


「けれど、緊張なさっているということは、少しは男として認識していただけているということで良いのでしょうか」

「は?」

「聖女さまの加護のことは存じ上げておりますし、嫌がる女性を無理矢理などということは決していたしません。遠出をすることで、あわよくば泊りがけにしてしまおうという男も多々いるようですが、そんな不埒なことは決してしないと誓いましょう。けれどあなたを慕う者として、チャンスをいただきたいのです」


 にこりと微笑まれて、キャシーはくらりとめまいがした。


(確かに、「M(禍々しい)P(ポイント)」使用後に罪悪感につけ込んで求婚を受ける可能性もあるとは思っていたけれど! どうしてそう急ピッチでこっちの想定を上回ってくるかなあ)


 地団駄を踏みたいところだが、そんなことをしても問題が解決しないことはよくわかっている。必死で穏やかに見えるように口元を押し上げながら、キャシーはもう何度目かになる説明を繰り返した。


「何度も申し上げている通り、接待を受けたところで神託を受けるまでのH(恥ずかしい)P(ポイント)M(禍々しい)P(ポイント)の収集に手心を加えることなどできません」

「もちろんです。手心を加えていただく必要など、一切ありません。わたしが持つ王族の証は、すべて献上いたします」

「いや、そういう重いのはやめませんかね? ちょっとした秘密をみんなで白状したらいいのではありませんか。塵も積もれば山となるで、結構なポイントになりますよ」

M(禍々しい)P(ポイント)を使うことは、わたしにとってみれば一石二鳥の方法なんですよ」

「はあ、そうですか」


 ぱちりとウインクを飛ばされた。なぜだろう、その瞬間ありえない量のハートのエフェクトが、キャシーに向かって飛んできたような気がする。


(王子さまって、やっぱりなんか疲れる……。ルウルウ、助けて……)


 彼女は黙って、飛んできたハートをまとわりつく蚊と同じように叩き落した。



 ***



「ここが、伝説の湖なのですか」

「はい。この場所で亡国の王女が竜に出会い、我が国を興したと言われています」


 連れてこられたのは、大きな森のすぐそばにある静かな湖だった。湖面は、空を鏡のように映し出している。そして聖女の相棒と同じ白い竜たちは、森であるいは湖でのんびりと過ごしているのだった。


(まあ、ルウルウよりもうんと大きい竜がいっぱい。ルウルウもいつかこんな風に大きくなるのかしら)


「それでは、この国での『竜』の扱いは」

「とても大切な生き物として保護されています」


 なるほど、ルウルウがこの国に来てから昼間めっきり姿を見せなくなったのは、信仰の対象とされて鬱陶しかったからかもしれない。のどかな光景にキャシーは笑みをこぼした。つられたように、ダニエルの表情が和らぐ。


(あなたがたの仲間であるルウルウのお陰で、私は聖女として旅を続けてくることができました。もう少しだけ、ルウルウと旅を続けることをお許しください)


 キャシーはそっと、たくさんの竜に向かって頭を下げた。心なしか、竜たちの視線が穏やかなものになったような気がする。


「嘘か真かはわかりませんが、この国の王族の中には先祖返りと呼ばれる者がたびたび生まれると言われています」

「まあ」

「彼らは竜の姿に変化したり、人間よりも遥かに長い寿命を持つとか。竜と会話をすることができる者もいるそうです」

「そうなのですね」


 軽く返事をしたキャシーに対して、なぜかダニエルは眉を寄せた。キャシーとしては、自分もルウルウと会話ができるのでその辺りなにも不思議に思わないのだが。


「気持ち悪いとは思わないのですか?」

「なぜです?」

「なぜと言われても、人間であるにも関わらずひととは異なる姿をとるなど、忌み嫌われても仕方がないのではありませんか」

「よくわかりませんが、姿かたちが変わることで、そのかたのひととなりが変化してしまうのでしょうか」


 キャシーにとってルウルウはルウルウだ。もしもルウルウが人間の姿をとることができたら、彼女は喜んで今まで出来なかったことをふたりで楽しむに違いない。


「それはないと思いますが……」

「ならばよいではありませんか。私も叶うならば、相棒と同じ竜の姿になってみたいと思いますよ。まあ私は高所恐怖症なので、実際に一緒に空を飛ぶことになったら泣き叫ぶでしょうがね」


 目を丸くしたダニエルの表情は、びっくりしたときの白い竜にどことなく似ている。とんでもない美形がすっとんきょうな顔をしているのが妙におかしくて、キャシーは思わず吹き出してしまった。



 ***



「それではせっかくですので、私から質問をしてもよいでしょうか」

「もちろんです」

「神託を得るためにM(禍々しい)P(ポイント)を使うことは、ご家族には納得いただいているのですか」

「……いいえ」

「大事なことなのですから、自分だけで決めてはいけません。あなたが思う以上に、あなたのことを大切に思うかたがいらっしゃるはずです」


 ここでしっかり釘をさしておかなければ、のちのちキャシーまで面倒ごとに巻き込まれる。ついついキャシーの言葉にも熱が入った。


「そうでしょうか」

「ええ、そうですとも」

「ただ、わたしの血縁者たちはきっとそれほど気にはしていないと」

「血の繋がりだけが家族ではありません。実のご両親以外でも、相談すべきかた、報告すべきかたはいらっしゃるはず。MPとして寿命を捧げる覚悟があるくらいです。いっそぶつかってみてはいかがでしょう。粉々になっても、骨くらい拾って差し上げますから」

「……聖女さまはお強いですね」

「ええ、踏まれても踏まれても立ち上がる気力がないと、聖女なんてやってられませんよ。大丈夫です。ちょっとやそっとの失敗じゃ、死にはしませんから安心してください」


 優しくて繊細で儚げな聖女だなんて、物語の中だけだ。実際の聖女は危険がいっぱい。自分の命は自分で守らねばならないし、ひとの嫌な面だってたくさん目にする。それでもなお旅を続ける強い意志が必要とされる。


「まあ私の場合はその支えになってくれたのが、相棒なのですが。ダニエルさまの心の支えはどなたですか」


 ふっと、ダニエルは淡く微笑んだ。そしてどこか夢見るような雰囲気で尋ねてくる。


「あなたも、わたしのことを心配してくれますか?」


(むしろあなたの選択次第で、今後の私の未来がどうにかなっちゃいそうで、そういう意味ではめちゃくちゃ心配ですけど!)


 けれど、こちらを見るダニエルの真剣な瞳にキャシーは軽口を叩けなくなった。


(突然のシリアスモードとか、ズル過ぎる!)


 あごの下に手を添えられ、ダニエルの顔が近づく。不埒な行いはしないと宣言したはずのダニエルのその行為が、嫌とは思えないことにキャシーはひとり焦った。


(やばい、やばい、やばい)


 とその時。バッシャーンと、近くにいた竜がしっぽを湖面にたたきつけた。発生した水しぶきを盛大にかぶり、ふたりは一瞬の間のあと笑い出す。先ほどまでふたりの間にあった妙に甘い雰囲気はとっくに霧散している。そこでキャシーは気がついた。


 びしょ濡れのダニエルは、ちょっと色気がすご過ぎる。遠出をするということで、堅苦しくない格好だったことがよくなかったのだろう。


(ちょっとシャツが透けて肌が! というか、どうして女の私が恥ずかしがる必要が? え、なにこれ、ちょっとおかしくない?)


 長い銀髪をかきあげながら、困ったように微笑むその憂い顔。芸術家が見れば涙を流しながら、彫刻やら描画やらに励むことだろう。


(ハニトラだってわかっていても、心臓に悪いからマジでこういうのやめてほしい!)


 長年の聖女生活でスレまくってしまったとはいえ、本来の根っこは夢見る乙女である。口元をひくつかせながら、キャシーは悲鳴を飲み込んだ。

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