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(2)聖女が美男子を警戒する理由

「ダニエルと申します。どうぞお見知りおきを」


 キャシーが次の国に到着するなり引き合わされたのは、流れるような銀髪が美しい男だった。どういう仕組みかは未だにわからないが、聖女の入国を各国のトップは事前に知ることができるらしい。明らかに高位貴族だとわかる身なりと身のこなしのイケメンに歓迎されて、彼女は頬をひきつらせる。


(はい、今回もハニートラップありがとうございます。今さら顔がいいだけの男に誰がひっかかるっていうの。だてに長年、嫁き遅れやってるわけじゃないんだから)


 笑顔で微笑みながら、キャシーは腹の中で中指を立てた。とてもお上品とは言えない態度だが、こんな風にやさぐれてしまったのも聖女を取り巻く環境ゆえのことなので一概に彼女を責められない。


 聖女となってからのキャシーは、様々なハニトラに直面してきた。どこの国の王族も、聖女を自国に取り込みたかったらしい。その貪欲さは、いっそ感心するくらいである。まったく褒められたものではないのだが。


 キャシーがうら若き乙女の頃にも、やはり年頃の王子が用意されていた。たださっぱり見向きもしない聖女に対して、彼らも思うところがあったらしい。年齢が上がってからは、王太子、臣籍降下して若くして宰相になった元王子、騎士団長を兼任した王子、魔術師団長を兼任した王子などが出てくる始末。完全に属性過多である。若干胸焼けもする。


 さすがに国王が出てくることがないのは、他の職業に比べて在位期間が長く、聖女との年齢差が大きいからなのだろう。


 いずれも将来有望で、見目麗しい男性陣ばかり。とはいえ、それを手放しで喜ぶほどキャシーも愚かではない。


 こういった高貴で才能溢れる男たちには、本来幼い頃からの婚約者がいる。下手をすれば、結婚だってしていたはずだ。女の恨みは深く、強く、恐ろしい。同じ女だからこそ、キャシーはそれをよく理解していた。


 望まぬ逆ハーレムを作られたあげく恨みを買うなんて、割に合わなすぎる。相手は国益のために動いているだけで、自分を愛しているわけではないのだから。お飾りの妻なんてごめんなのである。


 キャシーが望むのは、何よりも自分を愛し、大切にしてくれる相手だけ。国のために動く彼らなどお呼びではない。


(今回は、このダニエルという男だけ。家名は名乗られなかったけれど、彼がこの国における一番身分の高い人間である可能性が高い。……王太子か。王太子さまが来ちゃったか。ああ、どうしよう。ただでさえ王子さまっていう生き物は、怒らせずにお引き取り願うのがめちゃくちゃ面倒くさいのに……)


 しかもこういう時に限って、自身の相棒でもある白い竜はいないのである。つるつるすべすべの鱗を輝かせながら、綺麗な空か湖をすいすいと泳いでいるのだろう。まったくのんきなものだ。


(うわーん、今日は夜通し愚痴に付き合ってもらうんだから!)


 密かに絶叫しながら、キャシーはダニエルとのお茶会に臨むことになった。



 ***



「キャシーさま、お茶のお代わりはいかがでしょうか」

「いや、もう」

「ああ、せっかくならば口直しにこちらを。甘いものばかりでは飽きてしまいますからね」

「……はい」


 甘いしょっぱい甘いを繰り返しつつおやつをエンドレスに食べるのは、権謀術数渦巻く王宮に滞在する中でのキャシーの唯一の楽しみである。ちょうどしょっぱいものが食べたいなあと思っていたところを突かれ、キャシーはまたもや席を立つ機会を逃してしまった。


(この王子、やるわね)


 単にキャシーの食い意地が張っているだけなのであるが、確かにダニエルの気遣いは眼を見張るものがあった。ここまで自身のタイミングをばっちり把握してくれる存在を、白い竜以外でキャシーは知らない。


「聖女さま、そんな可愛らしい顔で何を考えていらっしゃるのです?」

「へ?」

「口元にクリームが」


 すっと白く滑らかな指先が口元に伸ばされ、キャシーはひくりとこめかみをひきつらせた。もちろん恋の予感にときめいたわけではない。


(はいはい、唇の端っこについているかどうだかわからないクリームをとったあげく、その指先を目の前でなめたくるヤツね。できるもんなら、やってみなさいな)


 どこか白けた気持ちでそれを眺めていたキャシーだが、伸ばされた指先は頬に添えられただけで、反対側の手で持っていたナプキンで口をぬぐわれてしまった。


「ほら、これで安心です。さきほどのお菓子は美味しいのですが、口周りが汚れやすいのが玉に瑕なのです」

「は、はい、ええと、そうですね?」


 にこりと微笑むダニエルに、痛みを堪える様子は見られない。

 予想外の出来事に脳内を混乱させながら、キャシーは彼の指先から目が離せなくなった。


 聖女には、女神からの加護が付与されている。それは巡礼の旅に出るか弱き女性にとって命綱とも言えるもの。命を脅かされることがないように、女性としての尊厳を踏みにじられることがないように。女神の加護「鉄の処女」は、聖女に対して邪な想いを抱く人間の接触部位を見えない棘で串刺しにする。


 ちなみにかつて押し倒されそうになったことも1度や2度ではないのだが、そういった人間のそういった部分がどうなったのかは、正直思い出したくもない。


 呆然とするキャシーを、心配そうにダニエルが見つめてくる。


「……どうかなさいましたか?」

「……嘘でしょう……?」


(こんなイケメンなのに下心ゼロとか、童貞なの? それとも夜の世界をお楽しみ過ぎて結果的に悟りを開いた元チャラ男なの?)


 心の中で思い切り失礼なセリフを吐きながら、キャシーは神託を聞くための条件をダニエルに説明することにした。



 ***



「ダニエルさまは、神託を受け取るための条件をご存知でしょうか」

「はい。『H(恥ずかしい)P(ポイント)』を貯める必要があるのですよね」

「そうです。もしも、特に神託を受ける必要がなければわざわざ『H(恥ずかしい)P(ポイント)』を捧げる必要もないのですが」

「聖女の信託というものは、いつでも受けられるものではありません。わたしも自分が生きている時に目の当たりにするとは夢にも思いませんでした。神託を受けないという選択をした国はなかったのではありませんか」

「……そうですね」


 正直、あんな茶番劇を繰り返すくらいなら、いっそ最初から神託を受けなければ良いのではないかと思うことだってあった。けれど、どれだけうまくいっているように見える国であってもどこか問題を抱えているものらしい。最終的に、みな神託を受けることを選択してしまう。その結果、暴かれた秘密によって王族全体がぐだぐだになっているので、キャシーからするとあまり意味がなかったようにも思えてしまったりするのだが。


「『H(恥ずかしい)P(ポイント)』の配分比率や基準などはご存じですか?」

「……それが一概にこうであると説明するのは難しくて。かなりディープな秘密であっても、神々の琴線に触れるかどうかはわかりませんし、同じような秘密でも誰が話すのかによって、取得ポイントが大きく左右されてしまうんです」

「なるほど」


 例えばの話であるが、華奢で儚げな王妃さまが実は夜の女王さまであると白状するのと、騎士団長も兼任するいかつい第2王子の趣味があみぐるみ作りだと暴露するのとでは、どちらも衝撃的ではありつつもポイントの重さは異なってくる。もちろん、あくまで例え話である。決して先日まで滞在していた国の秘密などではない。


「ちなみに、『M(禍々しい)P(ポイント)』での支払いというのは今でも可能なのでしょうか」

「それは、少し難しいかもしれません。『コンプライアンス』的に誰かが亡くなるような代償はNGだと言われています。ちなみに、ダニエルさまはどのような代償をお考えなのでしょうか」

「単刀直入に申し上げます。王族としての身分を返上し、平民になります。それで足りない分のポイントは、死なない程度に寿命で補おうかと思うのです。王族全員の秘密を暴くよりも、より幸せな方法だと思うのですが」


(なんか、いきなりガチでポイントを貯めるタイプのひとが来ちゃったよ!)


 今ここにはいない相棒を羨ましく思いながら、キャシーはどう返事をしようかと頭を悩ませた。

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