(1)聖女が偽聖女と呼ばれる理由
「偽聖女キャシー、女神の神託を授かるためと称し、数多くの王族を言われもなく辱しめた。その罪は万死に値する。本来であれば即刻死罪と言いたいところだが、偶然とはいえ国家の危機を救ったのもまた事実。恩赦を与え、追放のみとする。罪人とはいえ、野垂れ死んでは寝覚めが悪い。そこの袋を持っていくがいい。隣国に着くまでの路銀にはなるだろう」
「温情に感謝いたします」
多くの貴族が集まる王宮の広間。偽聖女と蔑まれたキャシーは、深々と頭を下げる。そして目の前に置かれた袋をつかみ、静かに王宮を後にした。
***
背負い袋に王宮でもらった袋を詰め込み、キャシーはぽてぽてと道をゆく。ここまでは「追放」という形で王宮側が用意した馬車で送られてきたので、野宿をせずに済んだ。懐を痛めずに距離を稼ぐことができたので、吝嗇家のキャシーとしては正直ありがたい。
「ムカつきますね。なんなんですか、アレは。やはり女神の名の下に、キャシーが話した王族の秘密は全部真実だったと大々的に宣伝した方がいいのではないでしょうか」
「ありがとう。でもそんなことをしたら、追放じゃ済まなくなるからね。いいんだよ、アレで。だいたいみんな、暴露された王族の秘密は真実だってわかっているんだから。ただ、一応『これは嘘ってことにしておいてね。あんな恥ずかしいことをそのままにしておいたら、王族の威厳が台無しになるから許してね。お金はあげるし、国境まで送るから早く出ていってちょ』っていう茶番劇だからね」
「それでも、助けてもらった相手にする仕打ちではありません!」
「私の代わりに怒ってくれるあなたがいるから平気、平気。こういう時こそ、田舎の山育ちで良かったって思うわ。最悪、どんな状態になってもサバイバルできるもんね。なめるなよ、雑草魂!」
「そもそも、そういう状況になるのがおかしいんです!」
キャシーの肩口で、小さな白い竜がぷりぷり怒っている。聖女に選ばれた際に、女神から託された聖獣だ。そのすべすべとした身体をひとなでして、彼女は微笑んだ。小さな竜は言い募る。
「この間は女神さまの鉄槌が下されていましたよね? お城がひゅーどっかーんと花火のように爆発していましたが、とても綺麗でしたよ。今回もあんな風になれば良かったんです」
「あははは。あれはね、特別だよ。あいつら追放劇のどさくさに紛れて、依頼料を勝手に減額してきたからね。しかも床にお金を投げつけてきたし!」
「なんて無礼な!」
「そうでしょ、大事なお金を投げつけるとかマジで許せないよね」
「ああ、あなたはそういうかたでした」
「ほら、おしゃべりしていたらあっという間に次の国の関所に着いたよ。入国までの間、おとなしくしていてね」
「当然ですとも」
目の前でふるふると揺れる竜のしっぽにキャシーが口づけると、白い竜はテンションがあがったのか小さな炎を吐いてみせた。
***
キャシーは、女神の神託を授かることができる貴重な聖女である。しかし、神託を得るためには代償が必要だった。しかも代償はなんとも風変わりなものであり、それゆえにキャシーは聖女としての仕事が終わるたびに追放されることとなったのである。
『聖女キャシー、よく聞きなさい。すべてが無償の愛として授けられるわけではありません。神託を得るためには、代償として「HP」が必要なのです』
『女神さま、「HP」ということは必要なのは人間の生命力ということなのでしょうか?』
『いいえ、違います。今の時代、生贄のような「MP」は好まれません。天界でも「コンプライアンス」が大切にされる時代になりました。もちろん、ひとりで生命力の半分以上を捧げ、それでも生き残ることができるような強靭な生き物であれば話は別ですが』
『こんぷらいあんす? な、なるほど?』
生贄に選ばれるのはどの時代も弱い個体だ。王族自らが命を捧げる例がなかったわけではないが、たいていが逃げられない誰かに押しつけたり、契約の抜け道を探そうとしてきた。
そのやり方が時代を経るごとに陰険になってきたため、代償の内容も変更されることになったらしい。
しかし、初めて神託システムについての説明を受けたキャシーでさえ動揺したのだ。神の存在を身近に感じられない者には、神のご意志を理解することはなかなかに難しいのであった。
『代わりに我々が望んでいるのは、「HP」です』
『HP?』
『はい。王族を中心に国を代表する皆さまの秘密を話していただきます。秘密の内容は、秘匿性が高く、本人が恥ずかしいと感じるものであればあるほどポイントが高得点になります。集まったポイントの総合得点に合わせて、より具体性のある神託を授かることができます』
『託宣が、ポイント交換制……』
命を奪うことなく、国の危機を回避できる。それは一見すれば素晴らしいことのように思える。ただし、天界のコンプライアンスとやらが守られている代わりに、王族やら聖女やらの尊厳は軒並みズタボロになった。
それぞれの恥ずかしい秘密を暴露した後、彼らの面子を守るために「偽聖女の追放」という茶番劇に付き合う羽目になったのである。茶番劇をしたところで暴露された秘密が人々の脳裏から消えることはないのだが、それでも誇りと心の安寧を守るために必要な作業なのであった。
とはいえである。これを一生の仕事としてよいものか。正直おばあさんになってしまう前に、平凡でも幸せな家庭を築きたい。そしてその願いゆえに、キャシーは巡礼の旅を続けるよりほかなかったのである。
「はあ、今回こそ運命の相手は見つかるかしら」
「キャシー、大丈夫ですよ。きっとあなた好みの理想の王子さまが見つかります」
「げ、王子さま?」
「キャシーは王子さまは嫌いですか」
「王子さまが嫌いっていうか、ろくな王族や皇族がいなかったからなあ。神託を受けた後に、潔く私を外に出してくれた国ってないじゃない? 最初は清廉潔白に見えても、最終的にぐだぐだになって茶番劇を演じる羽目になるし。いくら国のためとはいえ、ちょっと信用できないのよね」
聖女は純潔である限り、歳をとっても聖女のまま。聖女を辞めるには、寿退職するより他に方法がない。
その上、国から国へ巡礼の旅を続ける聖女には、「鉄の処女」と呼ばれる女神の加護がかけられている。他人から危害を加えられることはない代わりに、唯一の運命の相手を見つけない限り、ゆきずりの相手と肌を重ねることも許されないのだった。すでに嫁き遅れとなって久しい彼女は、ため息をつく。
「王子さまってさ、結婚して聖女としての力を失ったら、理由をつけて処刑してきそう。あるいは、白い結婚を貫き通して、国のお抱え聖女として都合よく囲うとかさ……。やだなあ、王子さま怖い……。まあ、王子さまもそれくらいのメリットがなけりゃ、こんな年増を口説いたりしないもんね」
「おいたわしや。すっかりすれてしまわれて……」
「絶対に裏切らず、何があっても私を守ってくれるような相手が理想なんだけれど、そんな相手がこの世にいるわけないよねえ」
「大丈夫です。キャシー、あなたは世界で一番素敵な女の子です。自信を持ってください」
「とうがたちすぎた女の子だけどね。ふふふ、慰めてくれてどうもありがとう。大好きよ」
そうしてひとりと1匹は、次の国へと足を踏み入れたのであった。