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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

被害者弾劾社会

作者: 平之和移
掲載日:2022/07/27


レイプ犯の判決は無罪だった。犯人は終始余裕そうだ。


「被害者はね」裁判長がフランクに、しかし嘲笑をもって言う。「当時露出が多い服を着ていた。自衛はいくらでもできたというワケだ。なのにしなかった。注意が足りない」


傍聴席からも笑い声。オレも同じようにしていた。当然だ。被害者が調子に乗るな。弱いほうが悪いのさ。


今日も間抜けを見て自己肯定感を高めた。被害者の女が泣き崩れているのも見ず、帰り支度。


電車の中で、今日の裁判をSNSで呟く。たかだか数分で多くの反応。みんなオレに同調し、被害者をバカにした。やっぱりそうだ。オレは間違っていない。みんな賛同してくれる。前にやったライブ配信も、被害者叩きで盛り上がった。


電車から降り、駅の中を進む。地上のハズなのに開放感がない。売店が商品棚みたいに並んでいる。家に向かうのでそれらを無視。


途中、怒鳴り声。目を向ける。三人の男が、一人のスーツ姿の男を殴っている。特に、赤髪に黒いパーカー、ジーンズを履いた男の力が強い。スーツをグチャグチャにするほど蹴っている。その手には財布。


「それは私の財布だ!」スーツの男が叫ぶ。「返せ!」


「不注意なんだよ!」


赤髪の男が顔面を打った。痛みに耐えかね、スーツ男は悶絶。暴行者三人は下品に笑って去っていく。


オレはスーツの男に近づく。彼は天国を見上げるようにオレを見た。


奴にツバを吐いてやった。いい気味だ。


アパートに着く。我が家。諸々を終え、ネット掲示板で良さげなスレッドを見つけた。まとめる。オレは、いわゆるまとめサイトの管理人をしている。内容は老若男女問わない盗撮のまとめ。撮られたほうが悪い。そんな無警戒で生きるほうが悪い。少年の画像は保存しておいた。いい足だ。


これでも充分に稼げる。しかし、どうせならもっと金が欲しい。転売とかどうだろうか。時折転売悪人論が流れるが、対策しないほうが悪いのだ。


さて、と転売について検索。SNSで見る最新のニュースで「転売対策法」について触れられていた。実際の法の名は長々しく読みづらい。なんでも法で転売が禁じられるらしい。対策なんてしやがって。舌打ち。政府の奴らイキってやがる。まだ権利なんて口にしている。弱いほうが悪なんだ。


苛立ちを顔に出しつつコンビニに行く。店員に大して高慢に接する客がいる。内心で彼を応援しながら飯を選ぶ。


入店音。男性店員の悲鳴。そちらへ身体を向けると、わざとらしいぐらいの強盗がいた。目出し帽に黒ずくめ。手にはナイフといかにも。客の一人が口笛を吹いた。これは確かに珍しい。


「おい、金を出せ!」


レジに詰め寄る強盗。声からして男だ。店員はすっかり怯えきっている。そこへ、


「金以外も取れ!」


と、女性客の野次。他の客も男女問わず野次を投げた。被害者が現れたのだ。みんなで叩け、バカにしろ。どうせあの店員も昔、被害者をいじめたんだ。オレ達は悪くない。むしろ正しいのだ。


混乱に乗じて、オレは酒をいくつか万引き。視線を感じる。店員が見ていた。信じられないものを目にした表情。強盗に怒鳴られ、レジから金を出そうともしている。


ガラにもなく罪悪感が襲ってきた。オレは悪くない、オレは悪くないと心に念仏。店の外へ向かう。途中、駅で見かけた赤髪がいた。


自動ドアが開くと同時に、


「盗られるほうが悪いんだぜ!」


と言って、去る。オレの言葉通りだ。だから悩んでも仕方ない。オレは悪くない。オレは正しい。時報のように繰り返された文言を心で唱える。


アパートの自室へ。酒と弁当。盗ってきたのはこれだ。昼間から飲む酒はさぞ旨いだろう。それらを置き、ポケットに手を入れたところで、ないものに気付く。


財布がなくなっていた。


落としたという線はない。確かにあった。ポケット中を探し、テーブルをくまなく見渡しても、やはりなかった。これはつまり、スられたということになる。あのコンビニのどこかで。


怒りを壁にぶつけた。拳が赤くなる。人のものを盗むとはなんて最低なことをするのか。自分を棚上げしているのは解るが、それはそれだ。


スマホを取り、警察へ電話する。


「もしもし、警察? 財布が盗られたんだよ。捜査してくれ」


「はぁ」一一〇番のハズだが相手のやる気がない。「どういう状況でした?」


「コンビニで買い物して、帰る途中」


「外にいたらスリに会う可能性が高くなりますからね。それに、現金で支払っていたんですか? 電子マネーなら助かったかもしれないのに」


「んなことどうでもいい。犯人を捕まえろ」


「貴方が注意を怠らなければ防げたのに……」


「説教はいいから」


「はいはい、いつかやりますよ」


ブツンと途切れた。あからさまに侮辱してきやがった。こっちは被害を受けたのに。


しかし考えてみれば判ることだ。今時、被害者を助けてくれる奴なんていない。どいつもこいつもどれもこれも、ただ不注意を責めるに終わるのだ。


こうなってしまえばどうしようもない。新しい財布を買うことにする。中の金は戻らないが、どうせ対したものは入っていない。個人情報はスマホカバーに突っ込んでいる。


不満を足取りに乗せて外出。百円ショップに行く。道中オレは避けられた。この顔を見れば当然だろう。


百円ショップ。相変わらず安臭いホームセンターみたいな空気だ。革に見せかけた財布を眺める。ポケットに裸のままの千円札を神経質にまさぐる。使えるのであればどんな形でもいい。オレは一つ手に取ってレジへ行く。


並ぶ。少し長い列。その中に、見覚えのある髪。コンビニで見た赤髪の男だ。今日はこいつとよく巡り会う。


そうやって呑気に構えていた。が、奴の使う財布を見て怒気が上昇。奴め、オレの財布を使っている。盗人は奴だ。


列を無視して赤髪に詰める。肩を掴み振り向かせる。


「おいお前。その財布を返せ」


「これは俺のもんだ。人違いじゃないか?」


「とぼけんなよ。スリやがって」


「盗られるほうが悪いんだぜ」


この言葉で臨界点突破。ためらいなく奴の頭を殴り飛ばす。


「ヤロウ!」


赤髪は財布を落としてオレに反撃。こちらも一発もらう。タックルで仕返し。そのまま体重を乗せてマウント。殴打を繰り返す。奴も抵抗し、オレ達は汗だくになった。


「何をしている!」


突如背中を引っ張られる。見ると、警備員だ。周りの客はスマホを向け笑っている。レジの店員は眉を顰める。ともかくこの警備員は邪魔だ。引き離そうとすると、あっという間に転がされる。赤髪は逃げている。


オレも警備を掻い潜り追う。しかしあの男はどこにもいない。見失ってしまった。財布は奴の手のまま。百均で買おうとしていたのも落としてしまった。警察を呼ばれないかと心配になる。だが来ないだろう。警備が甘いとか言って。


結局、文房具店で財布を買った。家に帰り、腹いせにまとめブログを更新。被害者を擁護するスレッドをまとめた。しばらくしてコメントがつく。大荒れだ。いじめ事件をまとめたのだが、誰も被害者を守らなかった。「自己責任だろ」「いじめたくなるような奴が悪い」とか、好き放題。


幸いにも、管理人たるオレへの攻撃はない。大方、釣りだと思われたのだろう。


なぜ、人々はこうやって人を責めるのだろう。誰かを傷つけた者ではなく、傷を負ったものを? 今この時まで浮上しなかった疑問が、サメの背びれみたいに現れた。


そんなことを考えても仕方ない。もう夜だ。騒動を過ぎると時も過ぎる。軽食をいただいて眠るとしよう。


やることを終え、ベッドで横になる。様々なことが起きた一日。疲れた。なので、まぶたを閉じれば眠っていた。


だが、快眠は火災警報によって破られる。


火事だ火事だとやかましい。起きて、財布とノートPCを持って飛び出す。外という安全圏で振り返る。アパートが端から燃えていた。流石はボロアパートだ。薪みたいによく燃える。絶望できるほど現実感を抱けなかったので、どこか遠い目で眺めていた。深夜を彩る火事の赤。そこへ、火に負けないほど赤い消防車がやってきた。


火はすぐ消し止められた。オレの部屋は無事だ。


……その後、警察に回され話の聴取が終わる。マスコミは来なかった。芸人の不祥事のほうがオレの財産より大事というワケだ。


だが意外にも、警察は犯人逮捕に乗り気だった。放火は流石に、ということか。腐っても国家機関。捕まえるのはあっさりだった。なんと、あの赤髪の男だ。オレへの復讐だったのだろう。余罪で再逮捕は確実だと祝杯をあげた。あの野郎、財布を盗んだ罰だ。ざあぁ見やがれ。


しかし無罪だった。裁判官曰く、「被害者達は用心が足りない」とのことだ。判決が下された日は実に荒れた。わざわざ自演してまで、ニュースをまとめサイトに載せた。だがコメント欄のクズ共は被害者を嘲った。オレのことをバカにしていた。なんて最低な社会だ。傷ついた人間が苦しんでいるのに。


そんなコメント欄に、オレ自身の幻影を見た。オレが人をバカにしている姿があった。まるであてつけだ。違う、オレがバカにした被害者はみんな自業自得だった。オレの場合は違う。そうやって、誰かも判らぬ人に言いつけた。


今も尚、あの赤髪はのうのうと生きている。オレの怒りは、奴に死刑を求めた。殺してやりたい。冷静な部分は「カッとなった」という言い訳の文言を思いついていた。


包丁を手に取り、丹念に研いだ。男の肉を深々とかきわけられるように。


数日間あの男を探した。おそらく近くに住んでいる。あの髪色だ。すぐに見つかる。


そして、奴を発見した。夜のコンビニだ。オレの財布をスったあのコンビニ。当時の店員はもういない。カメラにオレが映っただろうに、特に何も言われない。被害者が公権力に助けを求めるなんて、なるほど間違っていた。


赤髪の男はマンガを立ち読みしている。商品を選ぶフリをしながら奴を観察。しばらくして、読み飽きたのか店を出る。オレもあとを追い始める。懐に隠した包丁が、意思を代弁する。


オレ達が歩く道は、夜らしく静かだ。車も中々通らず、街頭がよく光る。住宅街をどんどん進む。次第に閑散としてきて、歩道と車道が一体になる。街頭代わりに家から光。


包丁を取り出す。駆ける。ここで殺る。殺す。殺める。


背中から脇腹を刺した。肩を引っ張ると、男は仰向けに倒れた。オレはスマホを取り出し、SNSを開き、ライブを開始。まずは自分を映す。


「みなさんこんにちわー!」目の前の男は困惑していた。「今からこの赤い男を殺しまーす!」


普段から使っているアカウント。この放送を目にするには夜が深い。しかし、残すことに意味があるのだ。己の死に様を実況されながら死ね。


「はい、まずは切腹から」男の腹を切り裂いた。包丁の腹で肉を押し出し、傷を広げる。男は青ざめ、血が消えていく。どこから聞きつけたか、視聴者が増えていく。


「いた……助け……」


「こいつ助けてほしいんだって! じゃあ土下座してもらおうかな」


蹴りを入れて土下座を催促するも、全く効果がない。罰として脇腹をもうひと突き。気に入らない奴が、オレの手でなすがまま。惨めで無様で情けない。復讐の快楽とはこのこと。


気づけばオレは高笑い。聞いた人々家から出る。血の惨状と手の包丁。バカ笑いにスマホのカメラ。加害者、被害者その二人。公開処刑が加熱する。


放送も盛り上がっている。道の観客達も興奮に震える。両手で取っ手を握りしめ、馬乗り。とどめの一撃を狙う。


パトカーの警報が鳴り響いた。興醒めの音。男は助けが来たのだと、目を光らせた。その目を切っ先で潰し、首に刺しておいた。オレは警察に逮捕された。


その後、裁判はなかった。警察曰く、「復讐されて死ぬような奴のほうが悪い」ということだ。殺人事件だというのに、どうでもよさそうだ。


今、この社会では力がないと死ぬ。誰かを傷つけ、加害者になり力を誇らないと殺される。武装公権力が示したこの結論で、同情の無価値を知った。


警察からも完全解放。その次の日。スマホ片手に街へ繰り出した。包丁を持って、駐車場に停めてある原付もを奪って。


ライブ配信を開始。


原付を飛ばし、歩く主婦を轢いた。「ヒーハー!」ヤケクソで叫ぶ。登校中の学生もやろうとしたが避けられた。降りて、包丁で刺した。苦しんでいるところへ蹴りを入れ、また駆け出した。配信のコメントは大盛況。


そうだ。力こそが正義だ。やられるほうが悪い。人を殴れば、みんな賞賛してくれる。加害者こそ人間なのだ。


そうやって、日々を過ごした。警察からは人を殺しても注意で済むようになった。サイトでの配信もBANどころか広告がたくさんついた。


いつしか、オレはボスになっていた。世界に司法は存在しなくなった。そんな世界で人は被害者にならないよう、先んじて加害者になった。


オレはチームのボスとして、あのコンビニを仲間達と共に襲撃する。そして商品を高額転売するのだ。百万人の登録者が見るライブ配信は今日も処刑コールで騒がしい。


空は青い。所々黒煙が昇るが。

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― 新着の感想 ―
[一言] 怖すぎます……絶対にこんな社会では生きていきたくないと感じさせるリアルさがすごいです。 徹底した被害者に対する厳しい対応が凄まじいです。 でも、現実にも勿論おおっぴらにはないにしても、こうい…
感想一覧
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