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Vernalization -バーナリゼーション-  作者: 失念王子
序章
2/2

ep01.ある日の朝

【警視庁本部庁舎】


 おはようございます。


 そんな朝の挨拶が職員達の間で交わされている。


 俺はそんな同僚達の流れの中を進み、セキュリティゲートをくぐり抜けた。


 今日はとにかく暑かった。

 クールビスが当たり前になったからと言えども、暗黙の了解で通勤時の背広着用は推奨されていたものだから、庁舎内の冷房で冷やされた空気が心地良い。


 熱で火照った身体を冷却するようにワイシャツの胸元をパタパタと煽りながら、俺は職員の群れと共にエレベーターに乗り込んだ。


 行き先のフロアは15階。


 ぎゅうぎゅう詰めになったエレベーターの中で、俺はチラッと階指定の操作盤を見た。


 15階はっと…


 押してあった。


 と言うことは、俺と同じ行き先の奴がいる訳だ。  


 まぁ、15階に行く奴なんざ、顔見知りもいいとこだが。


 そんな事を考えている間に、一人また一人、時には数人とエレベーターが各階に到着すると共に、人が減っていく。


 そして10階を過ぎた段階で、エレベーター内は俺ともう1人だけになった。


「おはようございます。室生(むろう)主任。」


 俺に対して挨拶してきたのは、小柄な女性だった。


 黒のパンツスーツをパリッと着こなし、いかにも真面目な涼しい顔つきのまま、エレベーターのドアを見つめている。


 俺は彼女の右斜め後方に位置していたから、彼女の表情はその長い黒髪で隠れていて分からなかった。


 しかし、大体どんな顔をしているか予想はつく。


「お前なぁ。挨拶する時くらい人の顔を見てしろよ、神崎よぉ。」


「そうですか。それは失礼致しました。以後気をつけます。」


 神崎瑠璃(かんざきるり)


 こいつは俺の同僚で、且つ後輩だ。


 今年の春から一緒に仕事をしている。


 感情の変化が乏しく、常に事務的な会話しかしない為、何を考えているかは分からない。


 しかし、学校(けいさつがっこう)を卒業後、すぐに()()に配属されたことを含めて、優秀であるには違いない。


 そしてー


 生年月日は2006年7月26日だった。


 ポーン。   



 エレベーターが15階に到着したことをチャイムで知らせる。


 扉が開き、神崎が先に出て行く。


 俺も彼女の後に続き、エレベーターを出たその時だ。


「室生主任、足元に気を付けて下さい。」


「は?」


 その瞬間、俺は顔面から派手に転んだ。


「痛ってぇ!」


 顎を打ったみたいだ。

 そのおかげで、頭が軽くクラクラする。


「…くっそ、なんだよ、ったく!」


 俺は文句を言いながら立ち上がり、自分の足元を睨んだ。


 するとそこには何かの液体ー、恐らくコーヒーだろうか。

 コップ一杯分の量が溢れていた。


「誰だぁ? こんなとこにコーヒー溢した馬鹿は? ちゃんと拭けっての!」


 いい歳こいて、派手に転けた恥ずかしさと痛みから、文句を言う俺に対して、神崎は無表情で俺を見つめている。


「室生主任、独り言や文句等はあまり大きな声で言わないほうがよろしいかと。」


「あ? 何言ってんだ、って言うかお前ー、」


「スマンな、室生。コーヒー溢したの俺だ。馬鹿で悪かったな。」


「か、課長!?」


 俺の言葉を遮り、現れたのは俺の上司、安田課長だった。

 課長の手にはモップが握られていた。


 マジかよ。


「いえいえ、滅相もございません! あ、課長!宜しければ私が床の掃除を済ましておきますよ! さぁさ、モップを頂戴致します!」


 その場を取り繕うが如く、俺は課長が持っていたモップをひったくると、床を勢いよく磨く。


「おぉ、悪いな。 じゃあ頼んだ室生。」


「は、はい! お任せ下さい!」


 ちっくしょう! 何で俺がこんなことを!

 大体、神崎、アイツめ!


「あ!」


 俺が床を拭き上げているのを横目に、神崎はスタスタと課長の後ろを歩いていた。


 文句の一つでも言ってやろうかと思ったのだったが。

 くそー!

 覚えてろ、神崎!



 その数分後、床掃除を済ませた俺は自分の職場に到着し、カバンをロッカーにぶち込んだ。


 そして真っ直ぐ、自分の机に向かう。


 勢いよく椅子に座り、そして、俺の右横に座る神崎を思い切り睨みつけた。


「神崎! お前、あぁなることを分かってたんだろ?何で教えてくれねーんだよ?」


 噛み付く俺に対して、涼しげな表情を崩さず、可愛らしい猫のイラストが描かれたマグカップを啜る神崎。


 彼女はふぅ、と一息つくと首だけをこちらに向けた。


「室生主任、前々からも言っている通り、私の()()は限られた条件内の未来予測でしかありません。完全に未来が分かる未来予知ではなく、私の一定の範囲内に存在する人間の約5分後の複数の未来が見えるだけです。」


「えぇと、つまり、何だって?」

 

「つまり、天気予報のようなもの、とでも覚えておいて下さい。」


「なんだそりゃ…」


 と、隣の神崎とそんなやり取りをしていると、天井のスピーカーがザザっとノイズを鳴らした。


『国旗掲揚、国旗掲揚。』


 女性職員の声が合図となり、その後すぐに国歌、君が代が流れ始めた。


 周囲の職員は皆、同じ方向に向かって立ち上がり、直立の姿勢を取る。


 この方向は日章旗が存在する方向であり、俺はもちろん隣の神崎も直立不動のまま、国旗に対して正対する。


 国歌が流れる間、俺はチラッと隣の神崎を見た。


 神崎瑠璃。


 コイツは警察官であり、そして俺たち警視庁公安部公安第五課第三係が警戒、捜査、検挙の対象となる存在、()()()()()の一人でもあった。










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