ep.00
【西暦2026年 日本 東京 新宿某所】
『次のニュースです。日本時間の本日未明、アメリカ、ワシントンD.C.で発生した爆発は事故では無く、テロ行為であると現地捜査当局が発表致しました。これを受けて合衆国大統領は次のように声明を出しました。』
街頭の大型モニターに映る女性キャスターが淡々とニュース原稿を読み上げていた。
画面は女性キャスターから初老の白人男性へと切り替わり、声明を読み上げている。
彼が話す声明は字幕が付けられていた。
「またテロだって。」
「えぇー、こぇーなぁ。」
「そんなことより、この後どうする?」
行き交う人々が街頭モニターを見上げて、それぞれ感想を述べていた。
しかし、それら感想は全て中身がなく、得られた情報に対する条件反射でしかなかった。
そりゃそうだ。
自分が被害に遭った訳じゃないから。
痛くも痒くもないだろうし、何だったら、どうだって良いとさえ思っている奴もいるだろう。
世の中、そんなもんだ。
当事者のみが痛みを知り得ることが出来る。
それ以外の人間は、結局なところ何も出来やしない。
言葉では耳障りの良いことを言うが、口だけで、実際何か行動に出る奴なんか、そうそういない。
中にはアクションを伴う奴もいるが、いざ自分に被害が被ると、すぐさま手のひらを返したかのように裏切るのだ。
人間誰でも、自分が苦しむのは嫌だから。
傷つくのは嫌だから。
だから近づかない。
だから触れない。
まるで腫れ物を扱うように、割れやすいガラス細工を扱うように、線を引き、突き放すんだ。
あっちに行けってね。
だから私は言われたとおり、あっちに言ったんだ。
だから私は悪くない。
悪いのは私以外の人間だから。
やってやる、やってやるんだ。
これからはもう我慢なんてしない。
ーそう強く決心して、立ちあがろうとした瞬間だった。
私の目の前に影が落ちた。
人影だった。
「いやぁ、今日は暑いなぁ。こんな日に外で走り回るのは辛えわ。」
そんな世間話を振ってきたのは、ヨレたグレーの背広を着た男だった。
「っ!?」
驚いた。
全く気配を感じなかった。
私は本能的に、その場を立ち去ろうとすると、男は私の行く手を阻むかのように立ち塞がる。
「おっと! 釣れないねぇ。もう少し世間話に付き合ってくれても良いんじゃねえの? それとも、その光る腕で俺を吹き飛ばすか?」
「あ、アンタ誰!?もしかして最近ずっと付けて来てたのはアンタなの?」
ーまさかこいつ、警察か?
私が能力者だって分かった上で?
私は咄嗟に身構えた。
そして、目の前の男を吹き飛ばそうと能力を使おうとした時だった。
「やめておきなさい」
背後から声がした。
若い女性の声だった。
声が聞こえたと同時に背中に硬い何かが当たる感触がした。
この感触が何かは、状況的に察しがつく。
拳銃だ。
私もそこまで無知ではなかった。
でも、だからと言ってやめる訳にはいかない。
何の為に、これまで耐えてきたんだ!
今日、この日の為だろう!
私は背後の人物の警告を無視するように、両手に力を込めて、解き放とうとした。
が、その瞬間だった。
「あ、」
力を込めていた両手が塞がれたのだ。
いや、正しくは目の前の男が私の両手を自分の両手で重ねるように握りしめていたのだ。
力強く、それでいて優しく。
「お前、手が震えてんぞ。ホントはやるつもりなかったんだろ?」
男が言う。
まるで私のことを知っているかのように。
「アンタはさっきから何だ! アンタに私の何が分かる!知った風な口をー」
「富樫沙耶香、2006年11月13日生まれ。愛知県出身。両親と弟の4人家族。幼少時はかなりの甘えん坊で、その容姿から周囲から大変可愛がられた。小中学生での成績は上の下。部活は吹奏楽部。」
男は私の目の前で、私に纏わる経歴をスラスラと語り出した。
「明るく朗らかな性格の持ち主で、家庭でも学校生活でも順風満帆かに見えた。が、13歳の誕生日を迎えたその時、能力に目覚めた。」
驚く私に、男は言葉を続ける。
「能力は自身の身体から発する衝撃波。気体操作とも言うか。この力を持ってしまった故にお前と家族との仲は次第に悪くなっていった。」
どこまで知っているんだ、こいつは。
男の言葉を聞く私の胸が激しく動悸するのを感じた。
やめて、それ以上言うな。
「ある時だ。お前は家族、父親とその能力について口論となった。激しい言い争いの末、感情を制御出来なくなったお前は能力を父親に向けて使用した。」
ずっと伏せていた記憶が蘇る。
私が高校生になったくらいの話だ。
その頃の私は所謂思春期の真っ只中で、何かにつけて両親と衝突していた。
側から見れば、ただの親子喧嘩だったのかもしれない。
こう言う些細な喧嘩はあの日から何度もあったから、慣れてはいた。
でも、この時は少し違ったんだ。
『その変な力を使うのはやめろ!』
お父さんが言った。
なんで?って私は反発した。
周りの同級生や友達たちは皆使ってるのに?
なんで私だけ使ったらいけないの?
きっと、お父さんたちは能力を持ってないから僻んでるんだ。
だから、私にキツく当たるようになったんだ。
ーそう言う風に解釈して、私はお父さんに言い返した。
そしたら、お父さんはー
『お願いだから普通の子でいてくれ!二度とそんな能力を家族の前で使うな!』
と言って、私を抑えつけるように腕をキツく掴んできたんだ。
痛かった。痛いから離して、やめてって言ってもお父さんはやめてくれなかった。
普通の子って何?
私が普通じゃないってこと?
私がおかしいの?
私が悪いの?
好きでこんな能力を持った訳じゃないのに!!
ーそう思ったとき。
私はお父さんを吹き飛ばしていた。
風の前の葉っぱのように、軽く吹き飛んだお父さんは壁にぶつかると、しばらくして動かなくなった。
そんなお父さんの横で泣き叫ぶお母さん。
弟は何が起きたか分からないらしく、お母さんのすぐ横でぼうっと立ったままだった。
瞬間、私は怖くなった。
たまらず、リビングを飛び出して、そして家から出た。
私は走った。
泣きながら、そして言葉にならない叫び声をあげながら。
どこまで走ったか覚えていない。
行き着いた先がどこだったかも分からない。
そんな時、私は彼らと出会った。
『僕たちは君の仲間だ。もう何も怖がる必要はない。』
そう言って、手を差し伸べてくれた。
私は思わず、その手を取った。
綺麗な銀髪に柔和な笑みを浮かべる男の子の手を。
私はその日から彼らの仲間になった。
ー忘れていた過去、いや、忘れたかった記憶を目の前の男は呼び覚ました。
動悸が止まらない。
それでも男は言葉を紡ぐ。
「お前は父親を殺した。この事実は変わらない。永久にな。」
「っ!」
「だが、だからと言ってこれ以上罪を重ねる必要もない。」
「ア、アンタに! アンタに私の何が分かる!!」
私はお父さんを殺したんだ。
大好きだったお父さんを。
「殺したくなんて無かった! 出来るなら、今すぐ謝りたいよ! 許して欲しい! 会って、会って謝りたい!」
感情が爆発していた。
抑えられない感情は言葉となって溢れ出た。
目の前の男に言っても仕方がないのに。
でも、ずっと誰かに聞いて欲しかったんだ。
ずっと謝りたかったんだ。
私の心の叫びを。
本当の思いを。
そして、私がこれからすることを止めて欲しかったんだ。
「なら、一緒に行こう。俺が後ろで見ててやる。どんなに辛くても、人はやり直せる。」
男は私の手を引いた。
強くもなく、それでいて弱くもない。
まるで私を、自分自身で動くよう促すように。
でも、ダメだ。
ダメに決まってる、きっとそうだ。
「うそだ。やり直せるワケがない。」
「それはどうだろな。やってみないと分からんぞ?」
「やったところで無駄だ! 私はもうー。」
「もうダメだってか? それは誰が決めた?お前の父親?それとも友達か?神様か?」
男は語気を強めながら言葉を続ける。
「罪は罪だ、許されないかもしれん。だが、償うことや人を偲ぶことは出来るんだよ!それをてめぇの勝手な思い込みで放棄しちまったら、それこそ最低なクズ野郎だ!」
「……でも。」
「でもじゃねぇよ! 罪に対して償うことが出来るのは沙耶香、お前しかいねぇんだ!」
「っ!!」
「犯した罪から逃げず、てめぇの親父とちゃんと向き合ってやれよ!待ってんだよ、てめぇの親父はずっとよぉ!」
なんなんだ、この男は。
さっきから喧しい。うるさい。
私の何を知ってるんだ。
でも、でもあの日からこんな気持ちになれたのは初めてかもしれない。
胸のモヤが消えるような、綺麗な空気を吸った感覚。
……お父さんが怒った時、確かこんな説教だったっけ?
懐かしいなぁ。
また叱られたいなぁ。
そして、出来るならー
「お父さんに… ちゃんと謝りたいっ… 家族に謝りたい!」
言葉に出来たかは分からなかった。
でも男はちゃんと聞いてくれていた。
「おぅ、謝りに行こう。そんときゃ、俺も一緒だ。」
その言葉を聞き、私は身体が軽くなった気がして、男の導くまま、歩き出そうとした。
「主任!! 危ないっ!!」
ーヒュンっ!
「あ。」
後ろにいた女の叫び声と、変な風切り音が聞こえたと同時に、首から何かが吹き出てきた。
「え、な、に。これ?」
真っ赤な水。
ヤバいヤツだ、これ。
それが私の血だと分かった瞬間、身体から力が抜けていき、目の前が次第に暗くなっていく。
息が出来ない。
あーあ。
結局、私は…
「…おとうさん、ごめん、ね?」