歩み始めた物語
「エリサ!エリサァァ!!」
「うるさい!大丈夫よ、それよりも見て、ほら」
金色の髪を短く整えている男が息を乱しながら扉を開けた。中にいたメイド服を着た女性は驚きながらもほんのりと微笑をうかべたのだが、ベッドの上で横になっているエリサと呼ばれた女性は怒ったかと思うと満面の笑みを浮かべ腕に抱いている赤ん坊を男に見せた。
「ああ、そうか無事に産まれてくれたか。よかった、本当によかった」
「もうこんくらいで泣かないの、息子の顔をちゃんと見てあげなさい」
ベッドの近くまで寄り赤ん坊の顔を見たかと思ったらいきなり膝から落ち泣き崩れた。男を指さして笑っている赤ん坊よりも泣き虫なのかしらと思ったエリサだが口には出さなかった。その変わりと言ったらいいのか待望の長男を抱かせてやることで黙らせる。
「、、、エリサは大丈夫なのか?」
「フン!見ての通りよ、ふぁ〜でも流石に疲れたから少し寝るわ」
「旦那様、私が見張りをしているので旦那様も少し休まれてはいかがでしょう」
「いや、俺はもう少し仕事があるからそれを終わらせたら休むよ、じゃ、エリサ愛してるよく頑張ってくれた」
「私もよ、あまり無理しすぎないようにね」
横になったエリサはすぐに深い眠りについた。それを見届ける前に旦那様と呼ばれた男は退室してさっさと自分の部屋へ向かった。男の目には深い隈が出来ていたがあと少しと自分に鞭を打ちやらなければいけないことを終わらせるのであった。メイドもメイドで化粧では隠しきれない隈があるが自分以外のバイトの子たちに見張りをさせる訳にもいかず欠伸を噛み殺しぐっすりと眠るエリサとその息子を見つめる、が瞳には慈愛と憐れみ2つが宿っていた。
ーーーーー
月日が経つのは早い物で産まれた赤ん坊は既に言葉を話し、歩くことも、走ることもできるようになっていた。
すくすくと大きく育った彼はノエルと精霊に因んだ名前をつけられそれは健康に、順調すぎるほどに成長していた。
そして今日はノエルの5歳の記念日だった。
「「ノエル!お誕生日おめでとう!」」
「「「ノエル様お誕生日おめでとうございます」」」
「うわ〜!お父さん、お母さん!ありがとう!そしてリンネ達もありがとう!ホントに嬉しいよ!」
貴族と言っても3等級以下は屋敷を持つことを禁止されているため少し大きい家に住んでいるノエルには、父と母、そして専属メイドのリンネとバイトの子が2人。そんな小さな世界が今のノエルにとっての全てであった。
そんな小さな世界だからかノエルがどんだけ流暢に喋っても少し成長が早いのかなと思われるくらいで、文字を読めるようになっても褒められ、計算できるようになっても褒められた。文字を書けるようになった時は若干引いていたが、褒められることによってノエルは全てのことに対してのやる気と集中力が上がっていった。
何をしても褒められるノエルには全てが楽しく思えた。だから父の真似事と称して細く軽くされたら木剣を振るうのさえも楽しかった。
「お〜今日も少しやるかノエル!」
「うん!今日こそお父さん倒す!」
「2人とも大怪我しないようにね〜」
母と専属メイドに見守られながら、家の庭で父と模擬戦をするのが日課の1つだった。
「いくよー!」
「よっし!いいよノエル!」
「おっりゃあ!」
ノエルの垂直切りはいとも簡単に父の木剣でガードされ弾かれる。
ノエルにとって渾身の切りを父はいつも笑いながらガードする。そして横に振るった木剣も、斜めにかけての袈裟斬りも父は笑いながらガードする。そしていつも最後には木剣の腹がノエルの頭を小突き終了するのだ。
「腕を上げたな。ノエルは天才だな!だがもっと心を落ち着かせて剣を振りなさい」
「そりゃあお父さんの息子だからね!心落ち着かせる!」
「子供相手に何言ってんのよ、剣を振れるだけで凄いんだからね。はいヒール」
父を小突いたあと、ノエルが木剣で叩かれた頭を撫でながら魔法を使う。ここまでがお決まりだった。
「僕も早く魔法使いたいな!」
「まだだめよ、その変わりほら勉強しましょ」
「毎日勉強と剣ばっかりでたまには違うこともやりたいよ!」
「もうあと少しなんだから我慢よ、もう少しでアルちゃん来る時間でしょ」
「ん〜、なら我慢する」
アルちゃんとは隣町の領主の娘で家族ぐるみの付き合いだ、1週間に1度家に来ては勉強したり遊んだりして一泊過ごす仲だ。
本名をアル・メトラーと言いメトラー家全員で来ることもあるが今日はアル1人だけのようだ。
「ノエル様、遊びに参りましたわ」
「もう、アルちゃん、様はやめてっていつも言ってるでしょ」
「そうでしたね、ではお願いします」
元気な声で来たことを知らせてくれるアルにノエルは毎回同じ返しをする。その返しにアルはクスクスと楽しそうに笑いノエルも嫌ではなかった。
扉の前で一緒に来たメイドの手を離しノエルの方へと腕を伸ばす、これも毎回同じでその手を取って家の中に入る。
「あらあら、本当に2人は仲良しなのね」
「しょうがないでしょ、アルちゃんは目が見えないんだから」
「そうなんですよ、だからこうしてずっとくっ付いてないと不安なんです」
「もう!そんなくっ付かないで!」
渋々と言うノエルとは逆で、アルは嬉しそうに腕を絡める。それを見たエリサはまた同じことを言って居間に2人を向かわせた。
始まるのはいつも通り魔法に関しての勉強だった。ついでに社会についても教わる。いつもは1人で淡々とする勉強も隣でアルが興奮気味に受けているのを見ると不思議といつもよりも捗る。
「まず魔法についてね。魔法とは自分の体の中にある魔力を操り魔力を昇華させたのが魔法ってこないだはここまで言ったはね、前回のでなにか質問はあるかしら?」
「具体的にはどうゆうのが魔法なの?」
「魔力と魔法は簡単に見分けることが出来るのよ、これを見てちょうだい」
ほらと言い両の手のひらを見せるように2人の前に置く。右の手には薄青色の半透明なオーラのようなものがゆらゆらと立ち上る。左の手には魔法陣とその上には青色の小さな粒達が薄く舞っていた。
「魔力でも大量にぶつけると気絶させちゃうけど昇華させた魔力、魔法はとても危険なのよ。そしてこの魔法陣、これが召喚されたら世界が魔法と認めた証になるわ」
「なら魔法陣があるものが魔法、無いものが魔力なのですね」
「簡単に言うとね。今日はこの魔法陣について教えていくわよ」
「「は〜い」」
揃って返事をした2人に笑顔を向け両手の魔力と魔法を握り消す。予め準備していた魔道具の黒板に杖で魔法陣を書いていく。
「まず魔法陣には任意発動と強制発動にわかれているの。任意発動は自分の力で使える魔法のこと、強制発動は自分の力とは関係なく勝手に暴れる危ぶない魔法のことね」
「はーい、なんでそんな危ないものがあるの?」
「たしかに、危ないなら使わなければ良いだけじゃないですか?」
「んーいい質問ね」
う〜んと持っていた杖で自分の頭をポンと叩いたあと空いている黒板のスペースを使い説明を始める。
「これは今度教会にいった時に測るのだけれど自分の魔力の量と質を合わせて数値にする魔道具があってね、このAくんを10、Bくんを20にしましょうか。どっちが凄い魔法使えると思う?」
「「Aくん(です)?」」
「正解、じゃあ次はAくんはBくんに負けないようにBくんと同じ魔法を使いましたどちらがすごい魔法を使えるでしょう?」
「「Bくん(です)」」
「そう、普通ならそうだけどAくんが数値20の魔法を使った場合はAくんの方がすごい魔法になるの、それはなぜだと思う?」
「、、、Aくんの魔法は勝手に暴れる魔法だから、、?」
「わかんないです」
「んふふ、ノエルの大正解!」
優しくノエルとアルの両方の頭を撫でたあと黒板に向き合い書き足していく。
「強制発動の魔法陣は持ってる魔力全てを使った魔法に変わるの、だからたとえ10の差があってもBくんの魔法よりも凄い魔法になるの。だいたい自分の数値の2倍以上の威力になると言われているわ。しかも命に関わるから危険なのよ」
「なんでそんな魔法を使っちゃうの?」
「そう!それを言いたかったのよ。それはね自分の力を分かっていないからよ。一流の魔法使いは魔力を昇華させる段階で強制発動するか分かるらしいわよ」
「一流の魔法使いにならないと分からないってことですか?」
「簡単に言えばそういう事ね、だから魔法を使うみんなが気をつける為に毎日こうやって勉強しないといけないのよ」
「「は〜い」」