76話.行軍準備。
中途半端な終わり方になってしまいましたがまぁ、まあまあまあと言う事で。
戦場を経験してもらう。
その言葉通り、確かに私は戦場へ駆り出された。
と言っても、その場で首根っこを掴まれて王城を抜け出して、二人で他国へ進軍なんて訳じゃない。
私は、陛下と宰相は次に標的とした国への印象操作から始めるところから、横で見ていた。
はっきり言ってやる側から見たら、こんなのに騙される奴いないだろ、と言った程度の内容のもの。
時間を掛けてやるにしては稚拙で、完璧にするには実感が足りない。
そんな、印象操作には騎士は当然として、帝都の民の半数程度は、事実上の進行宣言であると察していながらそれを受け入れた様子だった。
聞いた者の半数も騙せない、真実の誇張は、それでも一定の効果を持っていた。
そもそも、それに対して何かを疑おうとする者が、もうこの都にはいなかった。
度重なる進軍の前座であり、陛下はその全てで勝利を収めた。
国民の胸中は「あぁ、またか。」と言った、他人事にすらなっている様子だった。
人は、一定以上の成果を上げ続けた者の発言を「それが真であるか。」を重要視することすらなく、そうであると飲み込む性質があるらしい。
それを信じようと自身に害はなく、寧ろ反発することにこそ害が発生するなら、疑問を持ちながら声を上げる者は、少なくとも私が独断でした帝都内の調査ではなかった。
その印象操作がある程度広まるまでの時間。
私は二つの事をした。
一つは、幾つかの村への農業用魔道具の設置と経過観察、その頒布。
頒布と言っても「刻印魔術」の基礎を理解している者は、呪村地の民だけであり、陛下お抱えの者達に、少しずつだが『師匠』から教えて貰った通りに教えた。
もう一つは、権利の行使。
陛下達が私を騎士に引き入れる為に、自身の功績、名声や権利を元に交渉した、『神の母』たるノエルへの謁見の権利。
これまでも、陛下に同伴する形で、何度かノエルに会っていた。
何故陛下に同伴するか、それはこの謁見は私に対して許された権利ではなく、陛下に対して教会が強く反発出来なかったために許されたものだからだ。
私はその陛下を護衛する騎士の一人として、城の謁見の間の仰々しさを感じる扉とはまた違った、神聖で排他的な威圧感を感じさせる大扉の内へ何度も入った。
「なあ、ノエル。」
白一辺倒の内装の中で、その白に溶けて行ってしまいそうなほど白い肌と、肌が透けそうなほど薄い衣をまとったのみの姿で、椅子に腰かけさせられたノエルに視線を合わせて声を掛ける。
「…。」
だが、そのたびに私の中に溢れるのは、憐憫、後悔、そして憎悪の感情だけだった。
ノエルは最早、何に対しても反応を示したと言えるような反応はない。
もうすぐ19の青年になるはずのその容姿は、『再誕と死』の神ドウェインが『再誕』したその日から変わらず15歳の少年のままであり。
元々、女性と見紛う容姿であった中で唯一男性らしさを示していた、私と共に鍛えた肉体の痕跡はその一切を、神の『再誕』によって不浄として洗い流されてしまっていた。
宰相ディゼルは、一年ごとに『再誕祭』を通して再び一年の経験、老いを洗い流されるノエルと、同様に肉体を一年若返らせるドウェインを見て、「あれこそ、真なる『神の呪い』だ。」と評した。
「今度、戦争へ行くことになったんだ。今回は後方だけどな。」
反応を期待していないと言えば、嘘になる。
陛下によると、ノエルはほんの僅かだけ、私にのみ反応しているという。
僅かな目の動き、筋肉の動き。
健全であった頃のノエルを知る者からすると、あまりに微細な変化に私はその言葉を持って尚気付けないままだった。
それでも、希望を信じて話を続ける。
賜呪地から出て、初めて盗賊に会った時の事。
その後、ノエルの命を狙ってきた白装束を退けた時の事。
そしてこれから、行く戦争の事。
三度目の人生でようやく出来たと言える、親友が躊躇いなく人を殺めた時の事。
自分が初めて人を殺めたのにも関わらず、動揺する暇すらなく次を、次を殺し続ける事を求められた時の事。
そして、これから自分達を襲ってきた訳でもない人達を殺しに行くと言う事。
「なあ、どうしたらいいと思う?」
何が、と言う明確な物ではない。
ただ、このまま人を殺すことに、抵抗を失っていくことへの漠然とした不安だ。
「…。」
だが、やはりノエルの返答はない。
尤も、話題は友達が戦争に行く内容だ。
(まあ、内容的にもこの沈黙は普通か。)
そう自嘲してから、ノエルの頭を押すように撫でてから立ち上がる。
「ハッ!そりゃわかんねえよな。まぁ、行ってくる。帰って来たら髪でも切りながら、どんな感じだったか話してやるよ。」
少しの時間だけでも、こうやって声を掛けているだけでも。
最後には、昔と同じような口調に、昔と同じ笑顔をノエルに向けられたのは良かったのかもしれない。
「もういいのか?」
壁に背を預け瞼を閉じていた陛下の、その問いに頷くことで返す。
ノエルと接している間は出さないようにしていたが、教会が管理のしているここもまた、戦場と同じ敵地なのだ。
新たな神になり得る陛下がいるからこそ、教会もドウェインと言う神でもってこの国の主権を取り切れていないだけで、帝国派と教会側の小競り合いは絶えない。
だからこそ、私たちは功績を焦る必要が有るのだ。
他国を飲み込むことでも、国内を安定させることでも。
なんでもいい。
「…。にしても、これは意味があるんですか。」
あまりに肥大化した国土の端まで、大人数での行軍は遅々として進まず。
滑らかな砂と、所々隆起した岩々が散見される場所。
(大勢で戦うにはうってつけか。)
やっとたどり着いた場で、始まったのは互いの指揮を高める鼓舞。
足並みをそろえての行進を見た、私の言葉は騎士の基礎訓練時代から疑問に感じていた物だった。




