69話.呪村地
王に対して、何者かが魔法を行使していると言う疑惑の調査のために、二人は帝都近くの森を歩いていた。
「ふーん、ふ、ふふーん。」
鼻歌交じりに、その辺りで拾った木の枝を剣に見立てて振り回す、王の後を付いて。
その振る舞いは、疑惑の内容に対して些か、無神経とも思える明るさだった。
「しかし、暇だな。こちらに向かってくる熊やら、猪やらはフランクが獲ってしまうし。風景の変化はかなり乏しい。」
基本的に豪快で、大胆な行動の目立つ王に、ノエルは初めて全面的に同意した。
太陽の光はそのほとんどが木々に茂った葉に遮られているにも関わらず、湿気を含んだ空気のせいで、感じるのは嫌な暑さを伴っている。
「王よ。そろそろ、どこに向かっているか教えていただけますか。」
近衛騎士の長たる、マルクはその責務から白く厚い鎧を着たままの同行となっている。
流石に戦ではないからか、兜はおいてきたようだが、その無表情な顔には確かに汗が散見される。
「ん?あぁ、何者か分からぬが。余に掛けるとするなら、それが呪術の類であると、予想するのは容易いだろう。」
あまり答えになっていないような、返答だった。
だが、その目的を推測できる程度の手掛かりとはなり得た。
解呪。
王がこの森を訪れた理由はそれだろう。
であれば、その方法もおおよその予想は付く。
結局、どこに向かっているか、その正確な位置は知らずとも。
そこが、なんと呼ばれるかは多くの者が知っている。
「はぁ。かなり高貴な身分の方と見受けられる。あぁ、あー。不遜と知りつつ、誰何させていただけますか。それとぉ、この呪村地に何用かもです…。」
その幾度かため息を交えた声は、突然掛かった。
前でも後ろでもなく右でも左でもない。
強いて言うのであれば、左斜め前上方。
煤けたように黒を含んだ緑色の瞳。
それと同色のうねうねとねじ曲がった、癖毛の髪をした齢30程の細身の男が、その全身を黒い外套に身を包んだまま、木の枝の上で気だるげに胡坐をかいていた。
「出迎えご苦労。この村の長に、王が来たと伝えてくれ。それで要件も伝わるだろう。」
突如現れた男に、王はただそう伝えた。
それを受けた男は視線を宙にやり、二度、三度左右に振ってから「あー。」と声を上げた。
「はぁ…。そう言えば、あぁ。聞いたことがあるような。」
男は、やはり面倒ごとであった、そんな顔をしてから、そう言った。
そして、のっそりとした動きで、地に降り。
十分な時間を掛けて立ち上がると、再度短く深くため息を吐くと。
「どうぞ…。」
折れそうな程、体を反らせてそう言った。
案内する。
そういう旨を含んだはずの男の言葉とは裏腹な、男の内情の現した歩みは遅々としていた。
やけに猫背で、体を大きく左右に揺らす歩き方は、余計に体力を使いそうだ。
だが、道すがらジョンと名乗った男の表情は一切の変化を見せなかった。
それは、この男がこの鬱屈とした印象を受ける森を歩き慣れている証左でもあった。
「ここです…。皆様が来られたと村長に伝えてきます。」
森の最中。
ジョンは、そう見える場所で足を止めた。
その場所には、おおよそ人の家と思える物はなかった。
人の手が入っていると言われれば、何人かが輪になれる程度の広間がある程度だ。
けれども確かに、二、三人の男女がこちらを遠目にも訝し気にこちらを見ている。
そのどこか賜呪地に似た、暗く、排他的な印象を受けるこの場所に、ノエルは心地よさを感じた。
「ここは…?」
怪訝であるのは、ここに住む者ばかりではない。
フランクが明らかに文明から隔絶されたこの場所について問う。
「ここは呪村地。町で流れる噂通り。権力者が自分に呪術を使われた時の対策…。そのための場所だ。暗殺の対策をしない権力者などいないだろう?」
したり顔でニヤリと笑う王に、そもそもフランクが居なければ気付かなかったのでは、と思うノエルは明後日の方向を向くことにした。
すると、ちょうどそちらの方向からジョンが、一人の老人を連れたって歩いてくる姿を確認することが出来た。
「あぁ、お待たせしました。こちら村長の…。」
ジョンが村の長を紹介しようとすると、その本人がジョンの外套の裾を引っ張ってそれを止めた。
そして、そのままジョンの顔を引き寄せ、何かを耳打ちした。
人の顔を限界までしわくちゃにしたような老人の、その性別を判読するのは難しい。
「えぇ…。はい。あー、王。まずは、その身に掛けられている呪術の種類を知る必要があると、村長は申しております。」
排他的故か、或いは、対処が遅れる事を恐れてか。
村長は自身の名よりも、これから何をするべきかを伝えることを優先したらしい。
確かに、王が何の呪術にさらされているか分からぬ以上、無駄な時間を使うのは悪手ではあるだろう。
それに、王は明言はしなかったが、要は王はここで人を飼っているのだ。
飼い犬の名を知らぬ者などいないだろう。
もし知らぬのであれば、それは必要ないからだ。
「うむ。為すべきのみを為そうとする姿は非常に好ましい。して。余はどうすればよい。」
そのまま、広間の中央へ案内されていく王に、マルクを含めた三人は同行した。
恐らく、マルクは責務として、フランクは呪術に対する興味から。
そして、ノエルは自分の他が全員付いて行ってしまったから、なんとなく。
広間の中央に座った王を観察する、マルク。
その王の周囲を取り囲む五人の村民と、何やら木製の道具を配置したり、円を描く者達を観察する、フランク。
どちらかと言えばノエルは後者よりではあった。
フランクの様に呪術を理解しようと言うわけではなく、ただぼんやりとだ。
人が動いているから自然と視線がそちらに行っているだけで、本音を言ってしまえば帰って寝てしまいたいくらいであった。
「そんな嫌な顔をしながら見てくれるなよ。外の魔術師様だって杖を使うんだろ?俺達に取っちゃコレがその代わりなのさ。ほとんどが使い捨てだけどな。」
二人を高貴な出ではないと知ってから口調を変えたジョンは、その杖代わりの道具を軽く振りながらそう言った。
それは、ノエルに向けた言葉ではなく、フランクに向けての言葉だろう。
全くの無表情なノエルに対して、フランクの表情は、ジョンの言葉通り些か険しいものになっていた。
「いや、悪い。そう言うんじゃなくて…。ただ、こう…。非効率と言うか。そんな気がして…。」
小さく、隠されたとは言え、村総出で行われる、儀式に対して苦言を呈したフランクは、何とも歯切れの悪い物言いだった。
「は?お前、何言って…。いや、外の知識か?なんでそう思った。」
村社会的な印象からは、意外にも柔軟な思考の持ち主らしいジョンは、フランクによる魔石を用いた呪術についての説明を何度か頷きながら聞いていた。
〈疑似魔眼〉のために持ち歩いている、魔石を見せながら、呪術の改良案を手短に話して見せた。
「要は、王を囲むあの五人は魔力の供給源ってだけで、人である必要はない…はずだ。エネルギーを取り出すだけなら、これで事足りる。」
それから三日。
王への呪術の調査、それらが行使された場所、その解呪が試みられた。
同時に、フランクが作り出した魔導具による呪術…、刻印魔術がこの村に広まった。




