63話.身だしなみ。
過去一違いますね。
あぁ。って感じです。
複数の村を馬車で越えて、長い行列を経てようやく帝都の門の中へ入った後、馬車を預り所に預けた二人は、ようやく馬車を降りる事が出来た。
「ふう…。やっと着いたね。」
御者をしていたノエルは凝り固まった身体を伸ばしながら言った。
その発言は当然独り言などではなく、同じく身体をほぐしながら馬車から降りてきたフランクに対してだ。
「あぁ。お前がぶっ倒れてた時はどうしたもんかと思ったけどな。無意識に魔法を使ってたのにも驚いたけど。」
フランクがノエルを見つけたのは、あれから数時間後の事だった。
その数時間、意識を失っていたため苦悶にあえぐことが無かったのは、ノエルにとっては幸いと言うべきか。
フランクはその時にノエルの内から溢れる魔力を、ノエルが無意識に魔法を使っていると理解したようだ。
「うぅん、魔法については僕もわからないんだけど。予想より早めに来てくれたおかげで僕も御者が出来たし、許してよ。」
申し訳なさげにノエルがそう言うと、フランクは顔を顰めた。
恐らくフランクとしては、ノエルの不調に気付くことが出来なかったことを悔いているのだろう。
「許すも何もないけどな。んー、とりあえず宿だよな。」
微妙な空気を何とかしたのだろう、強引に話題を変えようとするフランクにノエルは苦笑する。
「うーん。だけど、帝都に着いたって報告しなくてもいいのかな。」
不安を口にするノエルに対して、フランクは何も気にする必要はないと高を括った様子で答えた。
「大丈夫だろ。いつまでに来いとも書いてなかったし、俺達がそんなに重要なら門を通った時点で報告が行くようなってるだろ。」
良さそうな宿を探しているのだろう、どこに行く様子でもなく、辺りを散策し始めたフランクはこともなげにそう言った。
それが事実であるかは別として、堂々とした態度で言われたノエルは、そういう物かとそれ以上気にすることは止めた。
王との謁見の事ばかりを考えていたノエルは、そこでようやく帝都を見る余裕が出来た。
今まで通り過ぎた村とは異なり、帝都の街並みは石畳の通路に、石レンガの建物が目立つ。
これほど多様な種族の歩くその街並みは、この国ではここのみで見ることの出来る光景だろう。
二人が通ってきた道は、人が溢れていながら、馬車の走る大通りでもあり。
栄えた都市特有の独特の人の流れによってのみ制御されている空間となっていた。
ただ、当然例外もあった。
周辺を兵士が固めた貴族が乗るであろう馬車が通る場合だけ、人の波が裂け、どこにそんな隙間があったのかと疑いたくなるような空間が広がる。
そんな様子を見て、ノエルは安堵と高揚感の感じた。
ノエルが10歳まで過ごしたこの街に、帰って来たのだと。
その心の内を晒すのであればノエルは、年と言う歳月で帝都がどう変化しているのか、不安だった。
だが、帝都のある種の、傲慢さと卑屈さの混ざった人々の振る舞いを見て、何も変わっていないと思えたのだ。
適度な宿を見つけ目を覚ますまで、ノエルのその妙な高ぶりを抑えることが出来なかった。
「服を買いに行くか。」
朝、身だしなみを整えている最中にフランクが似合わないことを言った。
「どうして?」
とうとうこの日が来たのだと、覚悟と緊張を胸にしたノエルは、フランクの素っ頓狂にも思える提案に気を抜かれた。
「すっかりこれが普通になってたけど、流石にこれじゃあな。王に会いに行くなら、それなりの服装じゃないとだろう。」
そう言って、大きく広げて見せられたフランクの服は、所々穴が開いており、それ以上に泥などの汚れが目立った。
それはフランクが特別、物の扱いが雑であるとか、身なりに興味が薄いわけではなく。
賜呪地での生活と、探索者としての生活が、無意識にそう言ったことを些事としてさせてしまっていたのだ。
「確かに…。でも、そんな上質な服を扱う店なんて知らないよ。」
五年前までこの街に住んでいたとはいえ、平民に過ぎないノエルが如何に記憶を探ろうと、相応しい店はやはりなかった。
「そうか…。まあ、当てはある。とりあえず行動あるのみだ。」
宿を引き払い、フランクは何処か明確な目標でもあるかのように迷いなく歩く。
ノエルは、ただそれに後から追従するのみだった。
ほんの少し視線と首を動かすだけのフランクは、平民街から城を一直線に目指しているようにも見える。
そんなフランクとは対照的に、ノエルは次第に周りの人間の身なりが良くなることや、その種族が徐々に人にのみ厳選されていく様に、身を縮こまらせていた。
「ね、ねぇ。どこまで行くつもりなの?」
最早、貴族街との区別がつかない程の場所まで来て、ノエルは長らく溜め込んでいた疑問をようやっと口にした。
質の悪い貴族に見つかれば、自分達の身なりを見ただけで絡んできかねないと、思ったからだ。
「貴族が着るような服は、貴族がいる場所にあるだろ。ほら、あそこの店なんか良さそうだ。」
フランクは一つの店を指差し示す。
「これ一着の値段?」
いつも二人が着ている服とは、桁が二つ以上違う値段に、ノエルは「やっぱりやめよう。」と口に仕掛けた。
二人の貯金からすれば、懐は痛むが買えない値段ではないが、若干守銭奴気味になり掛けているノエルとしては、王が探索者の服装に寛容であることに掛けたくなった。
「あぁ、ちょっと聞きたいことがあるんですけど。」
この店で最も安い服を探すことを決意したノエルを他所に、フランクはチップと言うには明らかに多い金額の金銭を店員に渡して話始めた。
明らかに店の格に会わない二人組に、怪訝な顔をしていた店員は、それで機嫌を良くしたのか、或いは支払い能力のある客だと判断したのか、フランクの質問に的確に答えていく。
自分達が王に呼ばれた客人である事を説明し、店内にあった黒を含んだ赤い礼装と、白に少しのアクセントをある礼装が不敬に当たらないことを確認した後、ノエルに白の礼装を着てみる様に促した。
「むー。」
抵抗むなしく購入することになった、白い礼装に身を包みながらノエルは言葉にならない不満を口にする。
「流石に今日中にってなると店にある物を買うしかなかったし。値段だけ見て体に合わない服を着て行って、王の前で下賜づいたときに尻の部分が破れるみたいな事の方がまずいだろ。」
購入時にも再三言われたフランクの言葉は理解も納得も出来る。
「それは、そうなんだけど…。」
ただ、ノエルにはそれ故に言葉にならない物だけが残ってしまっていたのだ。
「まあ、そんだけリラックス出来てるなら十分だろ。」
リラックスとは違うかもしれないが、確かにノエルはもう縮こまる様に歩くことはなかった。
城の門の前。
そこへたどり着いたノエルはここからが正念場なのだと、一度立ち止まって、瞼を閉じて大きく深呼吸をする。
「行こう。」
空気と共に、不安や緊張、不要な物を吐き切り、城の門番へと歩を進めた。




