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52話.常識の差と盗賊。

初対人か

「なんだ、これ。」


 森から出た直後、フランクが急に歩みを止めたかと思うと、乾いた地面に手を付きそう言った。


「どうしたの?」


 ノエルは、そんなフランクの顔を覗き込むようにして、フランクが一体何を疑問に思ったのかを問う。


「え?いや、森の先に乾いた地面が有るのもそうだけど、その境界線がはっきりとし過ぎてないか?」


 確かにフランクの言う疑問は、ここが賜呪地と言う特殊な土地との境目でなければ成立していただろう。


 森の内は黒い、豊富な栄養を感じさせるふかふかとした土が覆っているのに対し、森の外では、植物の生存が絶望しされるほどの乾いた大地が広がるばかりなのだから。

 森の外の世界、賜呪地以外の土地においてこのような急激な変化はみられることはない。


 あるいは、五つにも満たない子供であればその疑問を持つことも理解できるが、十を過ぎた少年が持つ疑問にしては些か非常識な疑問だ。

 それも、フランクがこの賜呪地で産まれ、育ったことを鑑みれば致し方のない事ではあるだろうが、姿に対しての疑問の幼さに違和感は産まれてしまう。

 その違和感を感じるのは当然ノエルもであり、その笑みは普段より少しだけ意識的に作られていた。


「それはここが『愛と運命』の女神様によって呪われた地、『過去への断罪』から逃れさせた大罪人が最後に行き着く場所。賜呪地だからだよ。」


 ノエルの解答は理論ではなかった。

 ただそうだから、そうなのだと言う、大人が子供に常識を言って聞かせるような口調だった。


 外の世界の常識を聞いたフランクはその眉に深いしわを作った。

 或いは、今まで自分が育ってきた土地が、流刑地であるかのような扱いを受けていることに怒りを感じているのかもしれない。


 ともかく、フランクは神と言うものに対しての理解が滅法浅い。

 元より賜呪地は神に反逆した者、その子孫達が集まる場所であるが故に、神について語りたがらない者が多いのもその原因かもしれない。


「まぁ、その神様の呪い?みたいなので、ここだけ森になってるってことなのか。」


 自分の中で落としどころを見つけたのか、再び歩み始めるフランクにノエルは早歩きで並ぶ。

 夢中だったおもちゃから急に興味を失ったかのようなフランクに、ノエルは内心喜びのようなものを感じていた。


 面と向かって言うことはないが、ノエルにとってフランクは友人であると同時に憧れの対象でもあった。

 自分の方が年長者ではあるが、自分以上に強く、知性的なフランクにいつからかそう言った感情を抱くようになった。


 元より中性的であるノエルは、自身の無力を知り、より自身の男性らしさを見失っていた。

 年齢を重ねれば、それも払拭出来るだろうと考えていたが、いつまで経ってもそのコンプレックスを拭えずにいた。

 そして、隣で徐々に男性としての発達を見せていくフランクに、嫉妬と羨望の入り混じった感情を抱いた。


 それらが、元より有った信頼などと複雑に混じりあった結果、憧れとしか表現のしようのない感情へと変わって行った。

 その憧れの対象の、普通の人間らしい行動や、年相応の振る舞いを見ると、何とも言えぬ喜びを感じるのだ。


「もしかしたら、女神様が呪いを授ける前はあそこも、草一本も生えていなかったのかもしれないね。」


 そんな冗談を言いながら頭に思い浮かぶのは、今しがた離れたばかりの村のことだ。

 フランクとノエルが二人が様々なことを学んだ土地。


 それはフランクも同様なのか、ノエルの冗談に何かを懐かしむかのように笑みを湛えた。


 そうして、馬車もなく旅をするにしては少し話過ぎなくらいの彼らは、一度昼食の休憩を取った以外特に休むこともなく、数時間歩き続けた。


「だいぶ、緑が多くなってきたな。」


 ふとした瞬間に、周囲の景色の変化に気が付いたのかフランクが唐突に呟いた。

 未だ、土の見え隠れする地面ではあるが、先程までのひび割れた大地よりは明らかに歩きやすくなった土地。


「そうだね。この感じだと、今日中には目的の村に付きそうだよ。」


 ノエルのその言葉に異はなかった。


「そうなのか。それならまあ、予定通り、だよな?」


 見たこともない土地に、行った事もない村を想像しきれない故か、フランクの言葉はどこか宙に浮いているかのように感じさせるものだった。

 しかし、そこに一切の不安を感じさせないのは、彼の強さ故か、ノエルが、唯一無二の友が近くにいるが故か。


「うん。ほら!ここから、草が無いでしょ。薄っすらと道があるんだよ。」


 そこに有るのは、町のように綺麗な道ではなく、人が踏み固めることで出来たある種の獣道。

 ここまで道が続いているのは単に、道を間違えた者がこの辺りで気付くことが多いと言うだけだろう。

 この先に有るのは、二人が来た賜呪地のみ、そんなところに向かう者が道が踏み固められるほどいるはずも無い。


「このまま道に沿って行けば村って事か。」


 今までより明るさを増したフランクの声に、ノエルは笑う。


「って言っても、このペースなら村に入るのは日が落ちてからだろうけどね。」


 道があるとは言え、それなりの時間が掛かることをフランクに告げる。

 普通の少年であればここで気を落としていたかもしれない返答だ。


「それでも、ありがたいもんはありがたい。なんの目印も無い所を歩き続けるのは結構精神的にきついからな。」


 まるで経験のあるかのようなフランクの言葉に、ノエルは思考する。

 そこで思い出したのは初めて賜呪地に立ち入った時の事だった。

 辺りには同じような木ばかりで、ここは数分前に歩いた場所なのではないか、と思うことは一度や二度ではなかった。


 あの見晴らしだけが無駄に良い、乾いた土地を歩いている時、フランクもそう言った気持ちだったのかもしれない。


「もしかして、結構疲れてたりする?」


 そこに思い至ったノエルが発したのはそんな言葉だった。

 フランクはそんな素振りを一切見せていないが、それでもフランクを気遣っての言葉だ。


 食料にも2、3日分の余裕はあるし、質は悪いが野宿をする準備もある。

 フランクの疲れは精神的なものだとしても、それらは横になり、目を閉じるだけでも幾分かマシになる。


「いや、まだそんなにだな。魔物と三連戦した時の方が全然きつい。」


 その言葉に、ノエルは押し黙る。

 その連戦が、フランクを死の淵に立たせたのだ。

 そこから助かったのは、奇跡の賜物としか言いようがない。

 そして、それらを引き起こしたのはノエル自身の力不足が原因だったのだから。


 それに気付いたフランクは慌てて言葉を続ける。


「あぁ…いや今のはそう言うつもりじゃ…。って!ノエル見ろよ!人がこっちに来てるぞ!」


 多少強引な話題の変え方ではあるが、確かに優先すべき事柄だった。


「!フランク、いつでも荷物を下ろせるようにしておいて。」


 ノエルの警戒の混じった声色に、フランクは戸惑いながらも従う。

 歩みを止めず、徐々にその人影との距離が近づいて行く。


「5人…だね。多分結構強いはずだよ。」


 未だ、静かに話せば声は届かない距離ではあるが、戦闘を視野に入れたノエルの考察にフランクはより戸惑いを強くした。

 ノエルはそんなフランクに弓を構える様に指示を出し、自身も荷物を下ろして剣を鞘から引き抜いた。

 あちらは最初から武器を片手に近寄ってきていることを、ここに来てフランクもようやく理解した。


 普通の弓であればギリギリ射程外だろうかと言う位置で、互いに足を止めた。


「よお!お二人さん!こんなところで何やってんだ?ダンジョンならもっと手前だぜ!」


 集団の一人が、人好きのするような笑顔と声色で話掛けてくる。

 だが、そのまま同じ言葉を返してやりたくなるようなセリフに、無知を装ってやることも馬鹿馬鹿しくなってしまう。


「盗賊なんだろ?それも探索者狙いの。」


 フランクと話すときとは違う。

 強い口調のより警戒を強めたノエルが、応える。


「はっ!まぁ、剣抜いてる時点でバレてるよな。それならそれで話が早え、持ってるもん全部置いてさっさと失せろ。」


 二人を下に見た言葉に思わず怒りを通り越して、嘲笑すら湧く。

 この5人はノエルの言った通り探索者を狙った盗賊だろう。

 それはつまりこの5人が元、あるいは現探索者でもあると言う証明だ。


 だが、この5人が賜呪地で生き残れるとは考えられない。

 つまり、賜呪地で生きてきた二人に人数で勝ろうと、戦力で勝るとは考えられなかった。


「フランク、やるよ。」


 覚悟を決めた低く、静かなノエルの声。


「あ…ああ!」


 それに、フランクは何かを躊躇ったままの返事を返す。


 それでも、フランクの初動は的確であり効果的だった。

 放たれた「雷の矢」は、目で追いきれぬ速度でもって盗賊達の射手を無力化した。


「フランク!」


 盗賊達がフランクの一撃に意識を奪われた、一瞬の隙を突いて、短剣を持った一人の喉元を切り裂いたノエルが声を上げる。


「くそが!魔法使いとは羨ましい限りだな!」


 次は、敵のリーダーと思われる者を射貫けと言うノエルから指示。

 その意図は間違いなくフランクにも伝わっていた筈だ。


「…っ!くそ…!」


 だが、フランクは剣を抜き、そのリーダーへと肉薄する。

 盗賊へと落ちたとはいえ仮にも探索者か、フランクの鋭い踏み込みと剣を反射だけで何とか防ぐことに成功している。


 確実に死を感じさせる一撃にたじろいだ仲間を庇うべく、もう一人の剣を持った盗賊がフランクへと襲い掛かる。


 フランクが二人の相手をしている間、ノエルは最後の鎧で身を固めた大剣を持った者と対峙していた。

 速度でも、膂力でも勝るノエルに、徐々に大剣を振るう事の出来なくなっていった盗賊が足を切られ、肩を突かれ、最後にヘルムの隙間から瞳を貫かれたのとほぼ同時。


「もう、いいだろ…。あんたらの剣はもう使い物にならない。これ以上は命を捨てるだけだ。」


 疲れを感じさせる声のフランクが、剣を持っていた盗賊二人にそう告げる。

 フランクの言葉通り、二人の盗賊の剣は半ばから折れており、確かに剣としてまともに使える状態ではない。


「は?お前何言って…。」


 訳が分からないと言った風の盗賊の言葉を遮り、フランクが続ける。


「最初の弓使いもまだ生きてる、二人で担いでいけば運べるだろ。」


 戦意はないと、あるいは最早敵ではないと示すかのように、剣を持つ腕を下げてしまったフランクが盗賊に淡々と言う。


「いいから、行けよ!」


 ただ二人で顔を見合わせる盗賊に対し、今度は語気を強め、殺意すら込めて、叫ぶように言う。

 そこで、この場から生きて去れる可能性に気が付いた盗賊達は、言われた通り弓を使っていた者を担いで逃げていく。


「フランク…。大丈夫…?」


 ノエルには、何故フランクがこれほどまでに怒りを感じているのかが分からなかった。

 だから、返答はどうであれ、真実の分かり切っていることしか聞けなかった。


「いや、あんまりいい気分じゃないな…。」

読んでくれている人がいるとわかるとテンションが爆上がりします。


星1でもいいので評価していただければ幸いです。


ブックマークをして頂ければさらに喜びます。




何卒、何卒ぉ

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