49話.終点
いいタイトルが思い浮かびませんでした。
私の脳細胞にはがっかりです。
森の中で「空間知覚」で捉えた、明らかに他のオークより強大な魔力を保有している個体が奴だろう。
その感知範囲であえて俺は立ち止まる。
(さあ、どう出る。)
今回俺は一切の仲間を連れて来ていない。
師匠が約束を守ってくれたなら、アンバーも今は師匠の魔法で寝ているか、動けないだろう。
これで奴が仲間を引き連れてきたら、最悪そのまま撤退も視野に入れ始めたころ。
奴がこちらに気付いた。
あまり分からないが、恐らく仲間について来るなと指示を出している。
(やっぱり、「空間知覚」は細かいところまではわからないな。)
それでも、奴が一人で走り始めたことでその推測が正しかったことを理解する。
いつもは障害物を薙ぎ払いながら、真っ直ぐにこちらへ走ってくる奴が迂回して、ある一点で止まる。
(ここまで来いってことか。)
そう理解した、俺は木々を飛んで奴の元へ向かう。
こいつと対面するのもオークウォーリアーのころから数えると、これで何度目だろうか。
対面した時に奴の変化に気付く。
どうやら奴は、オークウォーリアーから、オークジェネラルを経て、オークキングまで至っていたようだ。
オークジェネラルよりさらに大きく、筋肉質になったオークキングの腹には筋肉が浮き出ている。
その巨大な体躯にすら収まりきらない黒い魔力を、体に纏うかのように溢れさせている。
その左腕に括りつけた盾は俺の真似だろうか。
その行為を否定する気にはなれない。
俺も奴の、奴らの剣術を真似ている。
相手の厄介な手を真似る、潰すことは勝負ごとにおいては定石だろう。
存在感、威圧感、何か一つとって取ったとしても普通のオークとは明らかに別種の存在。
魔物の進化の恐ろしさを改めて実感する。
俺はオークキングを、オークキングは俺を、正面から相手を鋭く睨み付けあった。
互いが互いを観察しあう。
俺が持つ剣は人間が持つには、もはや金属の塊とも呼べるほど大きくなった。
オークキングが纏う黒い魔力は、流麗な川と言えるほど静かなものだった。
俺が傷つけたこいつの左目は、進化によって治癒された。
こいつに切り飛ばされた俺の左腕は、仲間のおかげですぐに治った。
一度目に、俺がこいつの左目を傷つけた。
それは、俺に誰かを守るために行動することを教えた。
二度目に、こいつに俺の左腕を切り飛ばされた。
それは、前世で命を投げ捨てた俺に、死の恐怖を教えた。
一度目に、こいつは俺に左目を傷つけられた。
それは、こいつに死の恐怖を教えたのだろう。
二度目に、こいつが俺の左腕を切り飛ばした。
それは、死の恐怖を覚えたこいつに、恐怖を克服する喜びを教えたのだろう。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
仕掛けるのは同時だった。
剣術がぶつかり合う音と言うには、あまりに鈍くガサツな音。
時には盾で殴りつけ、時には魔法を相殺する。
鈍器同士がぶつかったような音が、あたりに響く。
「身体強化」の魔法をあてにした俺の剣術は、強くなればなるほど、こいつの…オークキングのものに近く、それを人間用により磨き上げたものになっていった。
数度互いの「爆発」を相殺した時、俺は気付く。
魔物の豊かな魔力を使ったオークキングの魔法は、俺のものに近く、より実践に向いたものになっていた。
俺が記憶の中のオークキングを分析し続けていたように、オークキングも記憶の中の俺を分析し続けていたのだろう。
互いの思考が近づいて行った。
だから、それは俺の…いや、俺とオークキングの予想通りだったのだろう。
今日、ここで雌雄を決する。
一度目はオークキングが、二度目は俺が、仲間に助けられた。
だから俺は、オークキングは、周りに仲間を連れて来ていなかった。
オークキングには、「身体強化」の魔法は使えないようだ。
そうでなければ、端から筋力で勝るオークキングと、人間である俺がここまで打ち合える訳がない。
むしろ、力の勝負だけなら俺が勝っている。
(目に見えないものは気付きにくいよな。)
俺も、師匠に言われるまでは気付かなかったのだ。
ましてや、オークキングは人間ではない。
からくりが分からないなら、人間とはそういう種族なのだろうと思うしかない。
きっと俺はいたずらをした子供のような笑みを、浮かべているだろう。
オークキングは、それを嘲笑ととったか、それとも明らかに体躯で劣っている俺に力押しされる理不尽に苛立ちを覚えたのか。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
大きく吠えながら、力任せに剣を振り下ろす。
俺はその一つ一つを、下からより強い力でもって打ち返していく。
(力任せのラッシュなんて、自分が不利になるだけだと理解しているだろうに…。)
一つ打ち合うごとに、徐々に崩れていくオークキングの体勢を冷静に見る。
(次に大きく弾いたとき勝負を決める。)
その考えが表情に出たのか、あるいは自身の体勢がこれ以上崩れることを良しとしなかったのか、オークキングが大きく後ろへ飛びのいた。
勢いそのまま、前に詰めてしまうことも出来た。
だが、オークキングが何の対策も考えずに、そんなことをするとは考えられなかった。
体勢を整えるだけなら、そこまで距離を取る必要がないのだ。
だから、何らかの考えがあるはずだ。
迂闊に前に詰めることはせず、風魔法による牽制にとどめざるを得ない。
オークキングはその強靭な皮膚と盾で直接受け止め、あるいは手元で爆発を起こすことで、見えないはずの風の刃を相殺する。
(なんだ…?)
躱すことも出来ただろう。
最悪すべて直撃したとしてもオークキングの生命力を持ってすれば、かすり傷にもならなかっただろう。
何故、左腕以外一切動かさないのか。
受ける覚悟なら、何故左腕だけを使って受けきったのか。
深く観察することで、その疑問の答えを探して気付いた。
オークキングは目を閉じて、深く深く呼吸をしていた。
緊張を和らげ、苛立った神経と精神を落ち着けている。
大きく距離を取ったのは、精神的な安定を取り戻すためか、その時間を稼ぐためのものだった。
結果論だが、あそこで俺は前に詰めるべきだったのかもしれない。
あるいは、俺がそうしないことを読み切った行動だったのか…。
オークキングはゆっくりと目を開ける。
きっと頭の中はクリアになったのだろう。
だが、状況は変わらない。
俺が力で勝っていることは変わらないのだから、俺がするのは単純な力押しだけでいい。
オークキングがこちらに真っ直ぐ踏み込むのと同時。
オークキングの静かな魔力がわずかに揺らぐ。
魔力の感覚を辿ると、魔法の発動地点は空中ではない。
(地面のなか?土魔法か…?)
すぐさま、その場を飛びのく。
だが、それは遅かった。
それ以上に、正しくなかった。
土の中から飛び出してきた木の根が、俺の右足を絡め取る。
「植物魔法」と呼ぶべきか、俺がオークキングに見せていない手札があるように、隠し持つ手札があちら側もあったということだろう。
すでに、眼前にまで迫るオークキングに対応するため、身体強化を強め無理やり足を引っ張り、木の根を引きちぎる。
助走の勢いが乗った、オークキングの一振りは盾で受けきれず、俺は吹き飛ばされてしまう。
如何に身体を強化しようとも、体重が重くなるわけではない弊害だ。
何度かバウンドして、木にぶつかることで何とか止まる。
その木の遥か上で一瞬、微量な魔力の反応に気を取られる。
どういう魔法かわからないが、すぐさま影響のある物でもない。
そう判断した俺は思考をすぐに切り替え、自分のとるべきことを考える。
(ブラフの可能性もあるが、早く立ち位置を変えておくべきだろう。)
だが、簡単にはそうさせてくれる相手ではない。
まだ体勢を立て直しきらない俺に、オークキングは再びラッシュをかける。
先程とは違い、今度は徐々に俺の体勢が徐々に崩されいく。
木を後ろに背負った状態では退路がなく、体勢が崩されるほど、俺の中に焦りが募っていく。
その焦りも、後悔も、微量の魔力もすべて含めて。
オークキングの手のひらだったのだろうか。
オークキングが先ほどと同じように、後ろに飛びのいた。
焦りの中で、できた隙。
それに俺は反射的に前に出てしまった。
そう、後悔したばかりだったからだ。
考えが足りていなかった。
有利な状態のオークキングが距離を取る違和感に、気付けなかった。
圧倒的な速度で前に出た俺を止めたのは、オークキングの剣でも、魔法でもなかった。
木の根が、俺を躓かせた。
(魔力は感じなかったぞ!?)
魔力を感じなかったということは、元々そこにあったということだ。
俺も依頼でこの森には何度も来たことがある、よく知っているつもりではあるが。
オークキングはこの森に棲んでいるのだ、ここは奴の庭ということだろう。
思考は一瞬。
原因ではを考えるのではなく、現状に対応するための考えを。
だが、その一瞬が俺とオークキングの明確な差となる。
俺が見たのは、突きを構えたニヤけ面オークキング。
咄嗟に突きを、盾で受ける。
左腕に感じる激しい痺れが全身へと伝播する。
オークキングはそのまま突きを振り抜くことで、俺の体を後ろに吹き飛ばす。
俺が止まった場所は…。
(さっきの木のところか!?)
そのことに気付いたと同時、頭にとてつもない衝撃が走る。
「がっ…!」
真っ白に染まる視界と、思考。
ファンタジー世界の大森林。
その高々と育った木々たちになる実は、その落下にも耐えられるよう硬く、その落下のエネルギーは、一瞬意識を飛ばすには十分だった。
(さっき感じた微量な魔力は、これを落とすためか。)
経験したことのない者には、警戒すらできない自然を使った罠。
おそらくオークキングは自身か、あるいは群れの仲間が木の実に当たった経験があるのだろう。
そうでなければ、こんな手の込んでいながら、使いにくい魔法の発想はしない。
「ウオオオオオオオオオオオオオオ!」
幸か不幸か、俺の意識を戦闘へと引き戻したのは、眼前に迫るオークキングの雄たけびだ。
オークキングの剣は、すでに俺の頭を叩き割らんと動いている。
盾は間に合わない。
その判断を一瞬で下し。
右に首を曲げ、体をひねる。
一瞬でも早く、少しでも一ミリでも、オークキングの剣より遠くに。
間に合わなかった分、オークキングの剣が、左の眉あたり骨を削る。
避けきれなかった分、オークキングの剣が、左耳の上部分が切り取っていく。
オークキングは、あの深呼吸の間に、ここまでの戦闘を頭の中で組み立てたのだろう。
だから、ここまでの行動に迷いがなかった。
だから、力で勝るはずの俺が速度で押された。
だがここで、二つのイレギュラーが奴を襲った。
一つは、剣が木に刺さって抜けなくなったことで、大きな隙が生じてしまったこと。
もう一つは、本来はここで仕留めるはずだった俺を仕留めきれなかったこと。
「ぐぅ、あああああああああああああ!」
今度は俺が雄たけびを上げる。
切られた部分から発生する、痛みと言う危険信号を無視するために。
そこから流れ出た血で、左目と左耳が使い物にならなくなった、不快感と苛立ちを発散するために。
ここで動かなければ、肉も骨も切らせて脳を、命を守った意味がない。
密接しているせいで、互いに相手の行動すべてが見えている訳じゃない。
密接しているせいで、互いに上手く盾が使えない。
俺はオークキングの左肩に、下から剣を突き立てた。
本当は切り離してやるつもりだったが、振りが十分じゃないせいで突き刺すだけに留まってしまった。
「ぐおおおおおおおおおおお!」
オークキングが吠える理由は何だったのだろうか。
左腕の痛みか、左腕を使い物にさせた俺への恨みか。
密接故、見えずないオークキングの膝蹴りが、俺の腹に突き刺さる。
あまりの一撃に、手放してしまった俺の剣が地面に落ちる音が、オークキングにも聞こえたことだろう。
オークキングは肌にかかる俺の吐しゃ物にすらかまわず、自身の剣を引き抜こうとしていた右手を固め俺を顔を殴りつける。
ガンガンと頭に響く痛みに、俺はこの世界に産まれた時のことを思い出して少し懐かしさを感じていた。
殴りやすいように少し距離を取ったオークキングの右拳を、俺は左腕を裏拳のように振り、ベルトで腕に巻きつけられた盾で殴りつけ返す。
(防具屋のオヤジは、オークやオーガに対しては留金が不安とか言ってたっけ。)
オーガと同じAランクのオークキングの攻撃に何度も耐えたのだ、これからは太鼓判を押してこの構造の盾を売れるだろう。
その時俺は殴られ過ぎたせいか、戦闘中だというのに視点が宙に浮いたような、どこか他人事で現状を俯瞰してみているような感覚すら感じていた。
拳を殴り返され隙だらけのオークキングの腹に、先ほどの膝蹴りのお返しとばかりに右手でストレートをぶち込む。
魔法を発動する余裕のない、超接近戦。
剣を拾う愚は冒せない。
もし、オークキングが剣を取ろうと行動すれば、その間に確実に仕留められる確信がある。
オークキングもきっと同じだ。
左目が使えないせいで、オークキングの右拳を大袈裟にガードしなければならない俺と。
左腕が使えないせいで、俺の右拳を回避しなければならないオークキング。
互いにハンデ抱え、それを補うために生じた隙を突きあう。
蹴り、盾で殴り、時には頭突きを、魔法以外のやれることをすべてやった。
森の中には鈍く何かが折れる音と、俺とオークキングの痛みをこらえる声だけが静かに響いていた。
最早どちらが優勢なのかわからない。
いや、木を背負いながらこの戦場の中央まで押し返せた俺の方が少し優勢だったのだろう。
そんな優勢も、偶然に決まった両者の全力を乗せたクロスカウンターに、無へと返される。
狙ったわけではない、お互いそんな余裕はなかった。
だが、その結果二人して後ろに、ふらふらと数歩下がっていく。
距離が出来た。
出来てしまった。
それはつまり、この戦闘の終幕を意味する。
その距離は互いに、殴り合いで乱れた息を整えるためにも、殴り合いながら貯めた魔力を使うためにも、必要なものだ。
俺も、オークキングも、最も欲しがった距離だ。
俺も、オークキングも、最も嫌った距離だ。
この距離で自分が、相手を殺す自信がある。
この距離で相手が、自分を殺しうる確信がある。
俺は身体強化すら解除して、全魔力を右腕に集中させる。
生半可な攻撃じゃ、押し負ける可能性すらある。
身体強化を解除するということは、ただの人間の腕力に、耐久力に戻るということだ。
即ち、この一撃で確実に仕留めるという俺の覚悟だ。
本来、力で劣る人間が、力でオークを圧倒し。
本来、知恵で劣るオークが、知恵で人間を翻弄した。
相手の強さを理解し、上回らんとした研鑽の結果だ。
互角の勝負は、肉体と精神の強さの競い合いに至った。
だが、これでそれも最後だ。
互いに構えるのは、「爆発」の魔法。
オークキングが植物魔法を隠していたように、俺もここまで隠していたものがある。
ここで使うということは、オークキングもこの「爆発」という魔法についてよく理解しているのだろう。
だからこそ、ないと思い込んでいる可能性がある。
オークキングが前に踏み込んだ瞬間に、師匠と考えた魔法を使う。
ゆっくりゆっくりと、「身体強化」抜きの俺が全力で走ったかのような速度で。
今までの戦闘に比べれば、あまりにも遅すぎる速度で。
俺の「爆発」がオークキングに向かって飛ぶ。
一歩。
踏み込み始めたオークキングにそれを躱すすべはない。
オークキングが目を見開く姿が、爆発の寸前に見えた気がする。
俺の人生の中で間違いなく最大級の威力を持った魔法だ。
仕留められないはずがない。
「ぐぅぅぅ!」
殴り合いの最中、全身の切れた傷口には爆風すら染みる。
爆風を避けるために、反射的に右腕に隠れるよう顔を右に受けたことで。
見えない左目、聞こえない左耳が。
それが爆発の中心、オークキングのいた場所を向いてしまった。
命のやり取りをするときは、最悪の事態に備えろとロバートに…父に言われていたにも関わらず、最後の最後で油断をしてしまった。
この爆風の中、生きているはずがないと、最悪の想定を、この爆発すら乗り越えてくるという可能性を考えなかったが故に、迂闊な行動をとった。
故に、反応が遅れた。
「アァ……ァアァ……ァァアァ……!!!!!」
ほとんど声にすらならない雄叫びだ、すでに喉の中すらズタズタなのだろう。
だが、その気迫は今まで受けた中で最も脅威に感じられた。
オークキングは使い物にならない左腕から、タックルをするようにして、この爆発を抜けてきたのだ。
左半身は爆発の衝撃で、ほぼ吹き飛んでいる。
その瞳には、もう光はない。
今オークキングが動けるているのは、種族的に与えられた圧倒的なまでの生命力故だろう。
魔法、盾、身体強化、いかなる方法の防御も間に合わない。
否、間に合ったとしても意味をなさない。
オークキングが今から使うのは、あいつ自身が抜けてきた「爆発」と同等以上の威力があるものだ。
「ふっざけ…」
読んでくれている人がいるとわかるとテンションが爆上がりします。
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何卒、何卒ぉ




