46話.執念の始まり
こいつらいっつも撤退してるな。
アンバーの魔法により、胸元から頭にかけてを炎に包まれながら、それでも尚鋭い雄叫びを上げながら奴の拳はアンバーに向かって振るわれた。
その拳は、その雄叫びに相応しい鋭さを伴っており、近接戦に不慣れなアンバーでは避けることは叶わなかった。
「ゴァッ!」
人間の発する声とは思えない音を発し、アンバーの身体は宙へ舞った。
ほぼ地面と平行に、まるで水切のために投じられた一石かのように。
障害物が無ければどこまでも飛んで行ってしまいそうな、速度で。
俺が進行方向に割って入ることで、何とかアンバーを受け止める。
(まだ、生きてるよな…?)
自分でも、動揺しているのがわかる。
頭の中で纏まらない考えが、次々に湧く。
まずは、生存確認。
いや、奴の対処を優先すべきか。
それで手遅れになってしまったら?
一つ前の思考を否定するような考えが、無限に行動を遅らせる。
結局、何の行動も起こせない俺を我に帰したのは、奴の声だった。
「ヴオオオオオオオォォォ!」
思わずビクリと体を震わせて、反射的に奴に視線を向けてしまう。
だが、それは俺に向かってくる奴の声ではなかった。
奴が追撃を仕掛けてこなかったのは、俺とアンバーが奴から離れたことで、孤立した奴へ魔法使い達が集中砲火を始めたからだ。
奴にとってそれがどの程度のダメージになるのかは計り知れないが、魔法の爆発や閃光に視界が焼かれてているのか、まるで暗闇でもがくかのように頭の前で腕を振り回すことしか出来ていない。
(ありがたい…。)
奴への対処は必要なくなったのだ。
「よかった…。」
アンバーの呼吸を確認した俺は、思わず安堵のため息を交えながらそう呟いた。
「再生」の魔法を掛け。
腰のポーション用のポーチから、今ある中で最も即効性のある物を、虚ろな瞳のアンバーに振りかける。
「負傷者をお連れします!」
白い錬金術師ギルドの制服を着た数人が、そう言いながら俺の腕から半ば奪うようにして、アンバーを担架に乗せていく。
「あぁ、頼む…。」
先程の俺とは違い、迷いのないキビキビとした動きの彼らに俺はそう呟くだけで精一杯だった。
「ふうぅぅぅ…。」
戦場にありながら、瞳を閉じ、深く深呼吸する。
そうすることで、先程までの乱れた思考と心を落ち着ける。
次に湧いてくるのは、腹から胸に、胸から頭にまで熱として伝わるかのような怒り。
アンバーを殴り付けた奴への怒り。
それを許した、自分への怒り。
「うおおおおぉぉっ!」
その怒りのすべてを、吐き出すかのように声を上げ、奴へ突撃する。
あれほど撃ち込まれた魔法は、未だ奴に明確なダメージを与えているようには見えない。
魔法の切れ間を狙い、魔眼に魔力を注ぎ、動きの鈍ったはずの奴に向かって、全力で持って剣を首に向かって振るう。
「グッ!ブルゥ…!」
だが、奴は偶然か否か。
その一撃を身を捩ることで、躱す。
「なっ!」
思わず、声を上げてしまった。
間違いなく、千載一遇の好機だった。
狙うべきは脚だったのかもしれない。
確実に一撃を決められる位置にすべきだった。
一瞬、頭に過る後悔を、ねじ伏せ、さらに一歩踏み込む。
奴は今頃俺に気付いたのか、目を見開き、上半身を反らしながら、俺の振るう剣を受けていく。
一撃を受けるごとに一歩。
徐々に徐々に、後ろに下がって行く奴に、俺は奴が下がった分だけ前に出ることで攻撃を続けていく。
体格差のせいで下からの攻撃になってしまうが、圧倒的なまでの筋力差が奴が攻勢に出ることを禁ずる。
奴が苦し紛れに拳を振るえば、その拳は盾に封じられ、新たな傷を作る。
そのオーク種特有の巨大な剣は、防御に回さざるを得なく。
その本懐を遂げることはない。
どれだけの時間そうしていたか分からない。
(いける!)
そう確信を得た時。
「ブルゥオオオオオオオオオアァァァ!!!」
凄まじい雄叫びと共に、オークウォーリアーが勢いよく武器を振り上げた。
俺はその光景に見覚えがあった、
攻撃を受けることを覚悟して、相手に致命傷を与えんとする行為。
奴が追い詰められたとき、そうすることを俺は知っていたはずなのに。
「くっそ…!」
俺が出来たのは、その攻撃を躱しながら、浅く奴の脚を傷つける事。
奴が出来たのは、それでも姿勢を正すこと。
「ブゥ…。ブフゥ…。」
「はぁ…。はぁ…。」
戦闘中に出来た一瞬の間。
互いに互いを睨みながら、乱れた呼吸をしながら、何とか周囲の状況を確認する。
他のオークウォーリアーと戦っている者達は俺と同じように互角の者達と、もう少しで倒せそうな者達がいた。
このまま続けていれば、オークウォーリアーを倒した者達が救援に入れる。
俺は、確認した状況にそんな希望を見出し、再び奴に剣を振るうべく前に出る。
その時、俺は気付くべきだったのかもしれない。
奴が初めて、防御の姿勢を取っている違和感に。
俺が振るう剣を迎え撃つかの様に、奴が剣を振るう。
先程よりも威力の増した拳に、以前奴が見せた攻撃を受け流す技術。
それによって出来た俺の隙に、奴が剣を振るう。
それを、俺が奴と同様に剣で迎え撃つ、あるいは盾で受け流すことで逆に奴に隙作る。
戦闘はほとんど膠着状態だった。
それは、ほとんど俺の攻勢であったし、救援の可能性を考えるなら完全に俺に有利な状態だった。
「ヴ!グオオオォォォォ!!」
その俺の余裕を見破ったのか、あるいは単に勝負を焦ったのか、奴は大振りに剣を振り上げた。
勝負を捨てたのかと思えるほど唐突で、雑な一撃。
俺はそれを見て少し拍子抜けすらした。
その一撃を盾で受け流し、剣を振り下ろしたことでほんの少し下がった奴の首に一撃を入れる。
頭に浮かんだそんな戦闘の流れを再現すべく、瞬時に盾を構えた。
盾によって一瞬狭まる視界、奴の顔もその体のほとんどが見えなくなるが剣の切っ先はしっかりと視界に捉えている。
何も問題が無いはずだった。
「は?」
ボンっ!と爆発音と共に、唐突に開けた視界に思わず間抜けな声を上げる。
奴の手元で何か、いや、魔力が爆発したのだ。
それが何か考える必要もない、小規模ではあるが、この音は俺が最も好んで使っていた「爆発」の魔法に他ならない。
何故、奴がそれを使えるのか。
それを考える間は俺には与えられなかった。
振り下ろされる奴の剣に、俺は理性ではなく、単なる生存本能として体を捻ることしか出来なかった。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
全て見えていたと言うのに、最初は何が起こったかわからなかった。
ただ、痛みを感じ、無意識で絶叫していた。
戦っている最中であるというのに、体は反射的に敵から目を離し、痛みの原因に目を向ける。
戦闘中の極限の集中故か、それとも在り得ない光景が映ったせいか、ゆっくりゆっくりと時間が引き延ばされたように。
俺の左腕が宙を舞って行く。
夢を見ている時のような、ある種浮遊感すら感じていた俺は、奴が次撃を加えんと剣を構えたことで現実に引き戻された。
「ぐ!ああああああああああ!?」
今までとは違い、全力で魔眼に魔力を込めて奴を睨む。
ビクン!と痙攣するかのようにして跳ねて動きを止めた奴から、後ろに飛ぶことで何とか距離を取る。
それでも着地は上手くできず、地面に転がる羽目になる。
叫び声をあげてその場に留まることや、意識を失う事が無かったのは幸運と言わざるを得ない。
刻印に流された魔力に耐え切れなかった眼が、血の涙を流し始める。
俺が初めて刻印魔術作った杖と同じく、俺の眼が魔力的疲労に耐え切れなかったのだ。
赤く滲み霞む視界、腕も無く重心がズレ不安定な状態で、極度の痛みのせいか役割を果たさなくなった三半規管は吐き気を促すだけのものになった。
無様に転がる俺を奴がどう見ているのかすら、俺には確認する方法もない。
体中の水分が、冷や汗として出ているようにすら感じる。
だが覚悟していたはずの俺を死へ追い込むための一撃が、いつまでも来ない。
あまりに奇妙な状況は俺に更なる恐怖だけを感じさせる。
それでも最善の選択をすべく、腰のポーチからポーションを取り出し、吐き出しそうになる体の反応を気合で抑え込み飲み込む。
(クソ!ほとんど腕の方に持っていかれた…!)
ポーションの回復効果は、今一番優先すべき視界ではなく、この程度のポーションでは治るはずも無い腕の不完全な止血に大部分を費やされた。
それでも、自分に掛けた「再生」の魔法もあってか、徐々に見えてきた視界でやっと奴を捉えることができた。
奴は、俺の腕を飛ばしたことが余程嬉しかったのか、地面を上手く蹴ることすら出来なくなった俺を見下しながら、グェ!グェ!グェ!とのどの潰れたカエルのような不快な声で笑うだけだった。
ただ、それだけでは、奴が笑い続けるだけでは、奇妙な状態は終わらなかった。
その瞬間、戦場の時間が一瞬止まったかのような気さえした。
それでも、傷からドクドクと心臓の脈動と全く同じリズムで流れる俺の血が、ビチャビチャと粘度を伴った音を立てて地面に落ちる音が、まるで砂時計のように時の流れを告げる。
実際には一秒にも満たない時間が、数十秒にも感じた時間に変化が訪れる。
周囲の空気中のマナが奴に、より正確にはその魔物としての核に、途轍もない力で引き寄せられ始めた。
不快な笑い声をあげていた奴が我慢が出来ないとばかりに、突然体を掻きむしり始めたかと思うと、今度は叫び声を上げ、その核から鈍く黒を含んだ閃光を溢れさせた。
何が起こっているのか、人間も、オーク達ですら、誰もが動けずにいた。
「撤退だ!」
経験からの勘か、知識からの判断か、人間側の部隊を纏めていた者が号令をかけた。
その声に反応して、魔法使いの一人が上空へ、赤い閃光を放つだけの魔法を放つ。
周囲の騎士達に作戦が失敗し、撤退する旨を伝えるための魔法だ。
奴から放たれる閃光は、弱まる気配がない。
むしろその閃光の影響か、奴の身体が黒曜石か黒雲母のような、鉱物のような質感に変化し始めた。
どうゆう理屈か奴は動かない。
確かに、撤退するなら最高のタイミングと言えるだろう。
「大丈夫ですか!」
そう言いながら、一人の青年が俺に肩を貸して立ち上がらせてくれる。
「ありがとう。」
はたして、その声は青年に届いただろうか。
口から出た感謝の言葉は、ほとんど吐息と変わらないほど小さかった。
「おい!腕渡せ!」
青年の仲間なのだろう、石かジャガイモの様にごつごつした顔の男性が俺を挟んで並走しながら、反対側の青年に声を掛ける。
「はい!フランクさん、すみません少し、染みますよ。」
傷口同士を無理やりくっ付けられる痛みに、ポーションが染み込む痛みに歯噛みして耐える。
(あの誰もが動きを止めていた状況の中で一人、俺の腕を拾うために動いていたのか?)
もし、俺が彼と同じ状況になったとしても、同じ判断が出来るとは思えない。
(確か、ベルナ君だったかな…。)
かなり良いポーションを使ってくれたのだろう。
さっきまで離れていた筈の腕が、もう支えずとも体について来る。
(奴は…?)
自分が弱っているのを自覚しながら、首だけで奴の方を確認する。
まるで石像かのような状態になっていたはずの奴がいたはずの場所には、ただ黒く、歪な形の何かが浮いているだけだった。
(なんだ…?あれは…?)
それがまるで、生物の発生早回ししているかのように、変化していく。
それが魔物の進化であるこということを、理解するのに時間はかからなかった。
オークウォーリアーより一回り大きい体に、見るからに発達した筋肉。
あれがオークジェネラルと言う生物なのだろう。
進化を終えた奴は、周囲を確認して、かなり離れた距離でありながら俺を睨み付ける。
その瞳にはもう傷は残ってはいない。
その双眸は、殺意を隠そうとはしていない。
当時はオークウォーリアーであったとはいえ、自身を死の淵に追い込んだ敵を忘れられないのだろう。
そんな奴に、今の俺はどこか親近感すら感じられた。
(わかるよ。今の俺も同じ気持ちだ。お前は絶対に俺が倒す。)
「ウオオオオオオオオオオオ!」
俺の気持ちに同調するかのように、奴が吠える。
或いは、俺を仕留め損なったことを悔いているのかもしれない。
こちらに真っ直ぐ突っ込んで来ようとする奴を止めたのは、最早魔力の温存を考える必要のなくなった魔法使い達の全力の魔法だった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
森全体に響くかのような叫び。
(一度目はお前が、二度目は俺が、仲間に助けられたんだ。これで相子だろ、許してくれよ…。)
あるいは、俺は微笑んですらいたかもしれない。
それを奴がどう見たかは分からない。
ただ、奴は腹立たしげに、また一つ吠え撤退を始めた。
俺にはそれが、「次は逃がさない。」そう言っているように聞こえた。
俺は奴を。
奴は俺を。
限界まで視界から外すことはなかった。
読んでくれている人がいるとわかるとテンションが爆上がりします。
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何卒、何卒ぉ




