43話.ある冒険者の話。
まるで、オークウォーリアーのバーゲンセールだな。
ということで、実際オーク達が森の中で勢力を広げ過ぎて食べる物に困って、人も襲い始めたぞってことですね。
それだけ、個体数もいれば進化する個体も必然的に多くなっていくし、そのうち村も遅いかねへんでおいって感じで。
「おーい!そろそろ行くぞー!」
冒険者ギルドで話し込んでしまっていた僕に、入口の方から先輩の野太い声が掛かる。
「あっ!はい!すぐに行きます!」
慌てて返事をする僕を、先輩は呆れを含んだ笑みで見た後外へ出て行った。
きっと、商人の人にもうすぐで来ると言ってくれているのだろう。
「ごめんね!また、いろいろ教えてもらえると助かるよ!」
今まで話していた僕より後輩の冒険者に、声を掛けて、手を振りながら冒険者ギルドを後にする。
「すみません。色々と聞いていたら時間が掛かってしまって。」
冒険者ギルドを出てすぐ、仲間達と合流してから今回の護衛対象兼依頼主に謝罪する。
「いえいえ、我々もつい先程まで話していましたし、商人の世界でも情報は命と言われておりますから。冒険者の方々にとって、より一層命に直結する情報集めを怠らないあなたの姿は、私にとっては好ましいものですよ。」
流石商人、と言うべきなのだろうか。
相手のミスとも取れることを寧ろ好ましいと言う姿は、聖人とすら感じる。
だが、そんな事は彼らが普段やっている事に比べればあまりに小さな善意だ。
ここ、王都で仕入れた趣向品を周辺の村へ売りに行き、そこで仕入れた食品を王都へ売りに行く。
僕達が護衛にいるとは言え、魔物が襲ってくるかもしれない道を何日も掛けて往復するのに、その仕事に休日と言うものはほとんどないのだ。
商人は多少収入が多いとされているが、それだけではリスクに見合わない。
誰かの為、と言うのが心の中に強く存在してこそ、成し得る事だろう。
「はい!ここ数年、王都の近くでオークが支配圏を延ばして来ていましたが、夜間には森の外の街道にも出没し、馬車を襲うことがあるそうです!」
この情報は二日前に知ったことであった。
ただ、今日冒険者ギルドで聞いた話はどれも今回の護衛依頼には役に立ちそうでは無かった為、ただお喋りをして皆を待たせていた訳では無いと、アピールするために必要そうなことを言っておいた。
「なるほど。夜間にオークが森の外に出て来るとは聞いていましたが…。まさか、街道の馬車を襲う程とは…。ふむ、王都から出て暫くは、3番のルートを通るようにしましょう。」
それを聞いた依頼主はゆったりと、感心したと言ったふうに頷いた後、そう言った。
ただ、その後半部分は僕にではなく僕達のリーダーに、だ。
リーダーは黙って首肯した後、依頼人との話し合いに入った。
しばらくは、どこの村まで3番のルートで行くかの話し合いになるだろうと予想した僕達は、少し離れたところまで移動する。
「相変わらず良い情報をとって来るな。」
褐色肌の先輩が、ニヤニヤと笑い、肘で僕を小突きながら、良くやったと言ってくれる。
この人は、時折女性とは思えないスキンシップをとって来るが、決して女性らしさが全く無いと言う訳ではなく、何と言うか、姐御って感じの人だ。
「まったくだな。最近はあのー、赤い髪をしたナントカって言う男の子とも話しているみたいだしな。」
頭をガシガシと掻きながら、野太い声をした先輩が言う。
もう男の子、と言う歳ではなさそうだが、最近話すようになった、赤い髪と言うと心当たりは一人しかなかった。
「ああ!フランクさんですか?」
僕の声に先輩はその太い指をパチンっと鳴らす。
「そう!そうだ!フランクだぁ〜。だめだなぁ、この歳になると人の名前が出てこねぇなぁ。」
また、頭をガシガシと掻きながら先輩は続ける。
「ちょっと前にオークウォーリアーを討伐したって聞いた時はたまげたもんなぁ。二人で活動してるって感じだったから、心配してたんだけどなぁ。ありゃ、無用のもんだったな。」
そう言って、ガハハと笑う先輩につられて僕も少し笑ってしまう。
ゴツゴツとした岩のような顔をしている先輩だが、その心内は非常に面倒見の良い人だと少し話せば誰でも理解できる。
「それにしても、良く話しかけようと思ったな。実績もそうだが、あの二人の雰囲気、特に女の方は同性の私でも話し掛けづらいぞ。」
褐色肌の先輩が言う通り、僕も最初は話しかけるのを躊躇っていた。
「確かに…。アンバーさんの方は今でもなかなか話す事は無いですけど、フランクさんの方は意外となんでも話してくれますよ。」
二人だけで依頼をこなしていく姿は、僕にとっては雲の上の存在とすら感じられた。
だからこそ、そんな二人しか知らない情報があるのではとも思ったのだ。
僕の仲間は先輩しかいない。
そんな所に僕が入れたのは、チームのリーダーに気に入られたからだ。
戦闘面で実力不足の僕が、役に立とうと思えばやれる事は限られていた。
チームに入った時と同じように、とにかく話しかけてみる事だ。
自分の作った、話しかけにくそうだとか、そういう虚像に怯えてチャンスを潰すわけにはいかなかった。
「でもよ。あの二人、お貴族様って話もあるじゃねぇか。」
先輩の少し小声のそのセリフは何かやましい事のあるかのような、そんな雰囲気を感じるが現実はそうではない。
本当にあの二人が貴族なら、何らかの理由でそれ隠しているから、噂程度で留まっているんだ。
僕もその真実は知らないが、二人の立ち振る舞いが丁寧と言うか綺麗なことや、どちらも赤い髪をしているため姉弟だろうと言う推測もしやすいところもその噂に拍車をかけているのだろう。
もし、噂が本当であれば確かにあの二人は、僕たちからすると雲の上の存在と言うことになる。
先輩が暗に、より声を掛けづらい、と言いたいことは分かる。
だけど、僕にとってはフランクさんたちが貴族であろうとなかろうと、オークウォーリアーの討伐を成した時点ですでに雲の上の存在だった。
「そこは、聞く機会もなかったですけど。お二人が平民として振舞うなら、そう扱う方がお二人としても、きっとやりやすいでしょう。」
それに、時々目線だけで話しているように見える二人の関係は姉弟と言うよりも、僕には恋人の様に見えた。
「まっ!それもそうか!ガハハッ!今度俺も話しかけてみるかな!」
オークウォーリアーを討伐した時は、多くの冒険者が主にフランクさんの方に話しかけていた。
と言うか「すごい!」みたいな声を掛けたり、勢いで胴上げまでいきかけたりもしたが…。
あまりの人数に、深い話を出来た人はいなかっただろうけど、フランクさんたちが拒絶している様子もなかったし、きっと先輩が話しかけても受け入れてもらえると思う。
「それなら、お二人とも魔法が使えるみたいですし、そういう話題から入るのもいいかもしれませんよ。」
フランクさんは戦闘や、魔物を倒すと言う点ではかなり優秀な冒険者のようだが、冒険者の小技というか冒険者のテクニックと言うものはあまり知らない様子だった。
そういうものは様々な先輩達に声を掛けて教えて貰った分、僕から教えることの方が多かった。
そうしていると、教えて貰ってばかりでは申し訳ないと言って。
フランクさんの方から「代わりに」と、一つの魔法を教えてくれた。
王都に来る前、まだ子供の頃に村に訪れた冒険者に魔法の使い方を聞いて、魔力を練り上げるところまで出来るようになっていた経験がそこで生きた。
人生、何が役に立つか分からないものだ。
思えば僕の分からないことはなんでも、人に聞く癖のようなものは子供のころからの物だったのだろう。
「…二つ目の村まで、3番のルートで行くことになった…。」
そんな僕たちの会話は、いつの間にか僕の後ろに立っていたリーダーが地を這うような静かで低い声で区切られる。
「!、はい!」
慌てて背筋を伸ばし、返事をして出発のための準備を急いで済ませる。
(二つ目までなのか…。)
一つ目の村までだと予想していた僕は、今回の依頼はいつもより長くなるが、戦闘は少なくなると思って気楽に構えていた。
だけど、今日の僕の予想はことごとく外れるとわかったのは、その日の夜の事だった。
「おい!今すぐ鎧着けて出てこい!おい!早く起きてくれって!」
遠くから野太い声が、僕と褐色肌の先輩が寝ているテントの中まで入って来た。
獣のような激しい唸り声と、たまに聞こえる金属のぶつかる音に何があったかなんて疑問は浮かばなかった。
安全を取った3番のルートまで魔物の手が伸びていたのだ。
むしろ、戦闘が既に始まっているにも関わらず、寝続けていた自分の呑気さに歯噛みする。
僕たちが装備を着け終えてテントから出るのはほぼ同時だった。
「オークウォーリアー…?」
それは、テントから僕は状況を把握するために辺りを見回した僕の視線は、ある一点で半強制的に止まった。
フランクさん達が討伐したことで、冒険者達に希望を見せたその種族は、瞳に捉えるだけで絶望を感じさせる体躯と威圧感があった。
今はまだリーダーがオークウォーリアーを相手しているが、リーダーの表情は遠目から見てもかなり苦しそうだった。
片腕だけで、オークウォーリアーが握る武器と遜色のない武器を振るう姿は、人間離れしているようにも見えるが、その戦闘方法はただ時間を稼ぐためのものだった。
(左手が…。)
リーダーの左腕はほとんど動いていなかった。
骨が折れているのか、あるいは別の原因なのか。
「ベルナァ!お前はリーダーの方に行ってくれ!」
オークソルジャーと戦いながら、野太い声で鋭い指示が飛んでくる。
先輩は、僕が先輩とオークソルジャーと戦うべきか、いち早くリーダーの支援に向かうべきか迷うことを分かっていたのだろう。
「はい!」
短く返事をしながら、駆け出す。
駆けながら、褐色肌の先輩と依頼主が、あたりにいるオーク達の数を徐々に減らしていくのを横目で確認する。
(「身体強化」!)
フランクさんから教えて貰った魔法を使い、自身ですら、人にはありえないと思える速度を再現する。
更なる助走をつけた一撃は、オークウォーリアーが後ろに飛びのくことで躱されるが、距離を取ったことで戦闘を暫くの硬直状態にさせる事には成功した。
「遅れて、すみません。」
オークウォーリアーからは目を離さず、剣を構えたままリーダーに言う。
「…構わない。お前は依頼主を連れて逃げろ…。」
そのリーダーの言葉を聞いた僕は、何か背筋に寒気のような物すら感じた。
ここで僕が逃げなかったとしても、僕たち全員がやられてしまう可能性はある。
だが、僕がここ逃げた場合、リーダー達は確実に帰って来れなくなる。
依頼主を守り抜くと言う事。
魔物がこのルートまで来たことを冒険者ギルドに伝える事。
冒険者として当然のことだが、それを自分の命すら懸けて遂行しようとするその意思に恐怖すら感じた。
そして、同時に怒りのようなものも感じた。
「リーダー、一度だけでいいのでスキを作ってもらうことは出来ますか?」
自分でも驚くほど静かな声だった。
死を覚悟するとはこんな感じなのか。
確かに状況は悪い。
リーダーは左腕を持っていかれているが、オークウォーリアーも無傷と言うわけではない。
体に無数の小さな傷を作り、腹にリーダーの大剣が作ったと思われる大きな切り傷は、致命傷にはならないだろう。
「…フン、生き残ったら説教だ…。お前の好きなタイミングで合図しろ…。」
僕の言外の指示の拒否に、リーダーは笑いながら答えてくれた。
「少し時間をくださいね。」
僕はゆっくりとオークウォーリアーの様子を伺いながら、後ろに下がって行く。
「注文の多いやつだ…。」
口角を釣り上げながら悪態をつくリーダは疲労しているはずなのに、普段の無気力な姿より、少しだけ活力に満ちているように見えた。
十分な距離を確保した後、オークウォーリアーがしびれを切らして、リーダーと戦い始めるまでまで待つ。
僕が何を狙っているのか分からない以上迂闊に手を出せないにも関わらず、リーダーと睨みあっていてはせっかく追い詰めた獲物がスタミナを回復してしまう。
その短くも、長くも感じる時間で僕は「身体強化」フランクさんに言われた限界を少し超えて発動する。
筋肉が軋むかのように悲鳴を上げるのが分かる。
「ヴオオオオオオオオオオォォ!!」
頭を掻きむしるかのようにして、オークウォーリアーが叫びながらリーダーに向かって駆け出した。
「スゥ…。」
人間にとって必殺の一撃になり得る攻撃を、リーダーは冷静に捌いていく。
今までに見たこともないような集中状態にあるのか、その視線はオークウォーリアーだけを捉えている。
その戦闘は驚くほどに、リーダーの音がなかった。
オークウォーリアーは一挙手一投足に破裂音を伴うのにも関わらず、その攻撃は全くの無駄なく捌かれ、逸らし切れなかったエネルギーが音に変わることすらなく消えていく。
(そろそろか…。)
頃合いを見て、一気にオークウォーリアーに向かって駆け出す。
テントから出た僕の最初の一撃を、オークウォーリアーは後ろに飛びのくことで回避した。
それはつまり、助走の付いた僕の攻撃はオークウォーリアーにとって脅威に映ったと言う事。
ほとんど本能で動く魔物にとって自己の判断は恐らく正しい。
推測でしかないが、敵を信じる自分の判断に身を委ねる。
「リーダー!」
「うおおおおおおおおおおおお!」
聞いたこともないリーダーの雄叫びと共に、互いの武器が激しくぶつけられる。
この戦闘で初めてのギンっという金属同士が重くぶつかる音と共に、オークウォーリアーの腕が打ち上げられる。
体ごとぶつかるかのように、その腹に出来た傷口に助走の乗った突きを放つ。
「ブモオオオオオオオオオオ!」
深々と突き刺さった剣にオークウォーリアーは悲鳴を上げながら、腕を振り回し僕を吹き飛ばした。
「ぐうぅぅっぅう…。」
ゴロゴロと地面を転がり、慌てて起き上がる。
「くああああああああああああああああ!」
リーダーが奇声にも近い声を上げて、突き刺さった僕の剣を、大剣の腹をスイングして何度も叩く。
まるで、トンカチで釘を深々と刺していくいくように。
「ブォ…。ブボ…ォォ。」
およそ生物に耐えられる攻撃ではないのだろう。
オークウォーリアーは後ずさりしながら、血を吐いて倒れた。
まだ、その生命が尽きた訳ではないだろうが、それも時間の問題だろう。
「…あぁ。」
それを見たリーダーは思わずと言った様子で、安堵の声を上げた。
僕も最早、立っているのがやっとだ。
未だ戦闘中だったオークソルジャーとオーク達は、まさか自分たちの親玉が倒されるとは夢にも思っていなかったのだろう。
暫く、オークウォーリアーをボーっと見ているだけだった。
(まさか、まだやるつもりじゃないよな…?)
僕とリーダーは最早戦闘不能だ。
もし、オーク達がこれ以上戦う判断をした場合。
先輩達は動けない、僕達二人を守りながら、依頼主も守らなければならない。
何かあと一押し、何か、何かしなければ。
僕は「身体強化」を更に強めていく。
ただ、今度強化するのは脚や腕ではなく、喉と胸と腹。
そして、深く深く息を吸う。
「があああああああああああああああああ!!!」
強化された筋力の全力で持って放たれた、僕の声のその振動で、人であれば皮膚が揺らされ痛みすら感じる物だった。
オークウォーリアーが倒されたことに動揺していたオーク達は、その威嚇に生物的本能を揺さぶられたのか徐々に撤退を始めた。
崩れそうになる足元を、完全にオーク達が見えなくなるまで、何とか抑える。
「がっ…、ウゥェ。」
僕は、血と胃液の混じったかのようなものを吐いてうずくまる。
「おい!大丈夫か!」
野太い声が頭の上から降って来る。
それに首を縦に乱暴に振って返しておく。
きっと、慌てて近寄ってきてくれたのだろう。
口元に無理やり気味に、ポーションの入った瓶を押し付けられて、反射的に飲み込む。
ポーションは決して安い物ではないが、ここで飲んでおかなければ二度と話せないかもしれないから、ありがたく飲んでおく。
「すみ…ゲホッ…ません、寝…ます。」
あまりの疲労と、安心感から気を失うことを確信した僕はそれだけ伝えて、意識を手放した。
読んでくれている人がいるとわかるとテンションが爆上がりします。
星1でもいいので評価していただければ幸いです。
ブックマークをして頂ければさらに喜びます。
何卒、何卒ぉ




