第14話
その日の夜。
明日には出発したいという話だったため、私は荷物をまとめていた。
といっても、元々旅をしてきた人間だ。
この村には三ヵ月ほど滞在こそしていたが、自分の荷物は必要最低限のものしかなかった。
私は部屋にいたティルガと微精霊たちを見る。
「ファイランと話をして、明日には出発するから準備しっかりしててね」
『分かったよー!』
『王都に行くんだよね!? たのしみー!』
『久しぶりにあの子に会いに行けるかも!』
微精霊同士、友達というのもある。
久しぶりの友人に会えると楽しみな様子だ。
『でも、村にいる皆とはお別れだー!』
『それは寂しいなー!』
「またいつか会える時が来るはず。宮廷精霊術師は全国あちこち回るみたいだし」
『それならよかったぁー!』
孤児院の子にも精霊魔法が使える子がいる。
その子たちについている微精霊とは必然的にお別れとなる。
「それにしても……魔人はすでに復活しているのか」
「ティルガ。他の霊獣たちは目覚めてないの?」
「……う、うむ。今のところは感じられない」
私はじろーっとティルガを見る。
「な、何だその目は。まさか我の感知能力を疑っているのか!?」
「別にそういうわけじゃない。ティルガ、魔人も見つけられなかったから少し心配しただけ」
「う、疑っているじゃないか……っ」
ティルガがジトーっと見てきた。そんなことない。
私はなだめるようにその背中を撫でる。モフモフを堪能していると、ティルガも多少は溜飲が下がったようだ。
「……我だってまだ昔ほどの力はない。昔ならばあの程度の魔人は我だけでも倒せたさ」
「そうなんだ。でも、あの魔人はまだまだ弱いんだよね? 私、大丈夫かな?」
別に私自身は死への恐怖はない。強者と戦い、敗北し、死ぬというのなら望むところ。
戦いに勝ち負けはつきものだし。
けれど、魔人との戦いでは敗北は許されない。
しかし、問題は私だけでは済まないこと。
私が死んでしまったらティルガや微精霊を守る手段がなくなってしまうかもしれない。
そっちは心配だった。
「ルクスは十分力をつけている。今後、魔人との戦いが続けば魔人との戦いに慣れ、成長していくはずだ」
「それなら良い。これからも皆と一緒にいたいから」
「それは我も同じだ。できれば、戦いなどというものがなく平和に過ごせれば良いのだがな」
ティルガをもふっていると、私の部屋の扉がノックされた。
もう夜も遅い。誰だろうか?
扉の前にたち、微精霊たちに外の状況を確認してみる。
『ルクスー! 孤児院の子たちだよ!』
『泥棒とかじゃないよ、大丈夫!』
微精霊に確認してもらうのは癖のようなものだった。
だって、一度冒険者が部屋に押しかけてきた時があった。
おじさん冒険者がセクハラを仕掛けてこようとして、ボコして騎士に引き渡したことが。
女性冒険者の一人旅だと何かと危険はつきものなので、ついつい警戒してしまう。
扉を開けると、そこには昼間助けた子たちを含めた孤児院の子たちがいた。
私が視線を合わせるように膝をつくと、先頭に立っていた昼間助けた子が一歩前に来た。
その瞳は僅かに申し訳なさそうに伏せられる。
それから彼女らはこちらに頭を下げてきた。
「昼は助けてくれてありがとうございました」
「うん、私がいなくなっても無茶はしないでね」
「……う、うん。そ、それでルクス先生……今まで……ありがとうございました……」
少女たちは涙を流していた。
少女たちの声に合わせ、他の孤児院の子たちも私へと顔を近づけてくる。
「せ、先生! 行っちゃやだよー!」
「ずっと村にいてよ! もっと剣とか魔法とか教えてよ!」
子どもたちが涙交じりにそう言ってくるものだから、多少別れに慣れている私とはいえ胸にくるものがあった。
……しかし、私も子どもたちのように泣きじゃくるわけにはいかない。
この村はとても居心地が良く、生活しやすい場所だった。
でも、私には目的がある。
ティルガや微精霊が安心してくらせる世界を守ること。
そのために旅をしているんだ。
それに、私は彼女らの先生だ。一応、面目を保ちたい。
とんとん、と少女たちの頭を撫でた。
「ごめんね。私にも、やらないといけないことがたくさんあるんだ」
「……せんせぇい」
「でも、また必ず戻ってくるから。その時、私よりも良い子で強くなってるんだよ?」
私がそう言って子どもたちの頭を撫でていくと、こくこくと頷いた。
子どもたちの背中を押すようにして、私は微笑んだ。
「騎士の人にもお願いしておいたから、稽古の相手はしてくれると思う。魔法とかは自主的に勉強するしかないけど、もう基礎基本はできてるから自信もって」
「……うん」
元気よく返事をした子どもたちに、私は笑顔を返した。
「ほら、あんまり夜遅くまで起きてると怒られちゃうよ? もう、寝ないとね」
「……わ、分かったぁ!」
「明日、絶対お見送りに行くからね!」
「うん、ありがと」
子どもたちに笑顔とともに手を振って返す。
廊下の先、子どもたちが消えるところまで見送ったところで部屋へと戻り、扉を閉める。
……うぅ、寂しい。
そう思っていると、わんわんと涙を流しているティルガがいた。
「……ティルガ、泣きすぎ」
「ち、違うぞ。べ、別に寂しいわけではなくてだな……。………………さ、寂しくないか?」
「でも、私たちには目的がある。ここに残っていたら達成できないかもしれない」
「……うむぅ」
私はリュック一つに収まった荷物を机に置き、それから布団で横になる。
ティルガを手招きし、その体を抱き枕代わりにして横になる。
もふもふ温かい。まだ夜は寒い日もあるので、冬の季節にティルガは良い。夏はできる限り離れていてほしいくらい暑いけど。
「すまないなルクスよ。魔人討伐などということをお願いしてしまって」
「別に。私は望んでやってる」
……少なくとも、漫然とした目的しかなかった時よりも充実している。
家を追い出されてすぐ、寂しかった私と一緒にいてくれたティルガのお願いだ。
私はとても救われたと思っている。
ティルガをぎゅっと抱きしめ、私は眠りについた。




