テンサイの時間旅行
点と点が結ぶ瞬間はなんとも言えない快感である。
そしてその点は必ずどこかへ繋がり、やがて形や物質さえ関係の無いものへと変わっていく。
原子や分子などの科学分野はもちろん知識として必要ではあるが、『クー』としてはもう少し幻想的な要素があっても良いと思う。別な表現をするなら、『クー』はファンタジーを求めている。
飛行機は何故飛ぶのか。浮力や翼の角度等、色々な数式を用いればこの場で口頭での説明はできるが、その辺にいる小学生に説明しろと言われたら『すっごい早く走って、ジャンプ』が一番エコな説明だ。
だが『クー』としてはそんな一目見ればわかる現象よりももう少し不思議が欲しい。
幼い頃に磁石を見た時は魔法の石だと思った。だが十五となればその原理や仕組みも分かってしまい、あの時の感動はもう味わえない。
フラッシュメモリやハードディスクの原理や仕組みについて学生たちは必死に論文を書いているけれど、『クー』にしてみればゼロとイチの集合体の応用。それを読み解く技術と変換。まあ、実物を見れば一瞬で理解できてしまう。
「クアン先生。学長が呼んでいます」
「やめたまえ同士ローバ。『クー』は十五の少女だぞ。先生なんて大層な単語を『クー』の名前の後につけないでおくれ。そもそも君は『クー』と同級生なのだよ。もっと気軽に話してくれたまえ」
「ですが、先月の論文で世界のありとあらゆる大学から反響を得た今、クアン先生と呼ばざるを得ないかと。尊敬もこめて言葉使いも敬語を使わせていただきます」
悲しいものだ。理論上今の技術で作ることができる新物質を簡単にまとめたら翌日には電話が止まらなくなった。
クーからすれば『てこの原理』や『毛細管現象』を最初に見つけた人物の方が偉大だと思うのだがね。
☆
学長室に入ると一人の女性が椅子に座っていた。あらゆる物には科学的根拠があり、クーの着ている服が何か、そもそもクーの体は何で構成されているかなんて説明ができる。同様に肌の質感を見ればおおよその年齢は分かる。
……つもりなのだが、目の前の学長だけは未だ一目見ても何歳なのかわからない。この辺りはクーはまだ周りの人間と同等の存在なのだろう。
「急な呼び出しでごめんなさい。クアン先生」
「やめて頂きたいマリー学長。クーはここの一人の学生であり、まだ青春を謳歌していない残念な少女。先生と呼ばれてしまったら本来通る道を大きく飛び越えて、一気に暗闇の人生を歩むことになるのだよ」
「教師という道は決して暗闇ではないわよ? 生徒たちの道を照らす教師こそ輝いていないと照らせないのですから」
「一理ある。が、それは極めて抽象的な表現であり、現実は税金や忖度ばかりの世界を隠して表面上は笑顔で振舞っているだけ。最低限クーは段取りを踏んでからその道を歩みたい」
「先生と呼んだだけでここまで反論するのもなかなか。と言っても深い意味は無いから安心しなさい。それよりも今日呼んだのはちょっと協力して欲しいことがあるのよ」
マリー学長が棚から一冊の本を取り出し、それをクーに見せた。
「色々な言語が入り混じった本。それに……聞いたことも見たこともない植物や歴史が書かれている」
「やっぱり思った通り。貴女ならこの本が読めると思ったわ」
「これはマリー学長が書かれたものですか? 見たところこの本に出てくる言語は数十……いや、数百を超えていて、その地方の方言や文字を反転した物まであり、それらを個々も一つの言語として考えれば千を超えている。別な表現をするなら、無駄が多すぎる」
「へえ、この文字全部を読めるの?」
「全てではない。一部『無理な部分』がある。この世に存在しない落書きのような文字が使われていて、その部分がこのページを読ませてくれない。ただの落書きなら良いのだが、何かの法則性があるらしく、無視できないのがなんとも歯がゆい」
「へえ。というか貴女は一体何種類の言語を知っているのかしら?」
「全部だ」
「それは凄い」
本当に凄いと思っているのか、いささか怪しい。
と言ってもクーも十分理解している。全ての言語を理解している人物なんてこの世界にはクーだけだろう。この世界において言語は二つ以上話せるだけでもすごいと言われているのだからね。
「じゃあどの国に行っても困らないわね」
「勘違いしないでいただきたいマリー学長。クーは読み書きができるだけで声には出せない。古来より日本人は『アール』と『エル』をしっかりと発音できないように、クーもまた日本人。英語なら多少前後の言葉でカバーできても、これがタミル語やベトナム語となれば狂人のつぶやきと同等。別な表現をするなら、クーは別な言語で話せない」
「練習すれば良いんじゃない?」
「それもまた無駄だろう。一つの言語を練習すれば一つの言語を失う。日本語でも田舎に住んでいた人が東京で生活し始めたら方言や訛りが無くなるのと一緒。仮にも何も失わずに取得だけできるのであればクーは一週間で百の言語は完ぺきに話せるように努力しよう」
「ふふ。クアン先生も『努力』という単語を使うのね」
「当たり前です。人はクーを天才だの秀才だの好き勝手言うけれど、クーからすれば一つの言語を覚えるのに一時間という貴重な時間を浪費する。見た単語は忘れず、間違った覚え方をせず、他の単語を一切見ないで一つの単語に集中する。これを努力という言葉以外の表現を提示しクーが納得できるものなら、クーはその人こそ天才と称したい」
「逆に貴女は忘れるという失敗をしたことがあるのかしら?」
「当然。朝食の目玉焼きにソースをかけて食べた後、翌日はしょうゆ味にしようと心から決めていたのに、うっかりソースをかけてしまった。これはクーの中でもなかなか滑稽な失敗だ」
「ということは貴女は天才ではなく、単に器用なのね。それもこの地球上で一番頭を使うことに対して」
「その結論に至ったのはマリー学長が初めてです。やはり学長という称号にふさわしい女性だ」
「心にもない賛美をありがとう」
苦笑する学長。確かに言葉に心は込めていない。逆に言えば、その心がこもっていないという部分を見抜く知識はクーには無い。年を重ねることで覚える知識もあるからこればかりは時間をかけるしかないのだろう。
「それで、この本には何が書いてあったかしら?」
「悪魔に魔術に異世界転移の方法。中には時間跳躍。まさしくゲームの技や設定を殴り書きした物に見える。これほど多くの言語を使っておいて書いている内容が幼いというのはとても贅沢で無駄だと思いました」
「へえ。転移に時間跳躍。そんなことまで書いてあったの」
関心するマリー学長にクーは思わず首をかしげてしまった。
「恐れ入りますがてっきり学長ならこの本をすべて理解しているのかと」
「いえ、さすがに貴女じゃあるまいし、十か国語を読み書きできてもそれを超える数の言語で書かれていたら、さすがのワタクシも全部は理解できないわね」
ふむ。年齢不詳のマリー学長もそこは人間なのか。てっきりこの文字や暗号はすべて解いたと思っていた。
「まるで怪物のような印象を与えていたのかしら? 人間らしい一面をワタクシも持っているのよ?」
「まるで心を読んでいるような振る舞い。是非相手の顔色だけで考えを読む術を教えていただきたい」
感情こそ非化学の分野では上位に君臨するだろう。精神学や心理学などの資料は被験者の実験から平均を取ったものや多かったものだと思っている。ふむ、今度百冊ほど精神学の本を読んでみよう。
周囲では血液型で性格を判断しているみたいだが、あれこそ傾向を鵜呑みにし周囲が『そういうものだ』と認識しさせてしまった例であり、おおざっぱだった人物がA型だと知り、その後の行動が少し真面目に見えるのは世間がA型の印象をそう決めつけているからだと大声で叫びたい。
「脱線したわね。この本に時間跳躍や転移について書かれてあるなら話が早いわ。仮にそれができたらどうする?」
「魔法使いにあこがれる子供にその質問をするなら、コミュニケーションという意味では有意義な質問でしょう。ですが十五のクーにその質問をするのは時間の無駄だと思いますが?」
「あら、生徒の素朴な答えが大きな答えになる事だってあるのよ? 小説の内容よりも現実の方が奇妙な出来事が起こる事だってあるわ」
「はあ、わかりました。どうやら答えないとここから出れない気がしたので言いましょう。クーがこの世からいなくなった後の世界を見てみたい。それで良いでしょうか?」
「未来ということ?」
「過去は文献や遺跡に全て情報が記されている。けれど、未来は分からない。仮にクーがここで世界に影響するコンピュータウイルスをばらまいたら世界の経済は死亡。同時に人類滅亡の危機。しかしそれをしなければ平凡な日常がしばらく続く。しかしその日常が壊れるのは当事者でない限りわからない。だからこそクーは未来を見てみたい」
「へえ、てっきり貴女のことだからそういう並行世界という考えはあまり持たないと思っていたけれど」
「証明されていないものに関しては仮説で説明するしかない。特に未来の出来事の予想は一分野を除いて科学では証明できない。が、証明に近い仮説は唱えられる」
もしタイムマシンとやらがあった場合、過去にそれを見つけたのであれば何かしらの発見情報が見つかるはずであり、その技術だけでいくつもの証明につながり、タイムマシンが普及しているだろう。だが、タイムマシンが来た場合の世界線と今いるタイムマシンが無い世界線が存在するというのならば、これもまた証明だとクーは思う。
そしてタイムマシンが過去に飛んだ際、その技術が発展してタイムマシンが作られた時代よりもさらに技術が発展すると仮定して、それがまた過去に飛ぶ。そんな『無限ループ』な世界線もまた一つの仮説として唱えられるだろう。ふふ、テクノロジーの限界がどこかにあるのかも気になるね。
「なかなか面白い方向性ね。ちなみにその本にはどこに時間跳躍について書いてあるのかしら?」
「ちょうどこの二ページ。一ページは概要で二ページが方法。行きたい年代の後にこれらの文字を言えば行けるというなんとも非科学的で非論理的なことが書いてあります」
「面白そうじゃない。試しに四百年後の数字を入れて単語を口ずさんでよ」
「ずいぶんとおかしな人ですね。何も起こらないのを知っていてやらせる。一種の辱めですか?」
「良いから良いから」
「……」
ニコッと笑うマリー学長。ため息をついてクーはその文字列を読み上げる。
何も起こらないことは目に見えているはずなーー。
☆
ーーのに。これこそ時間の無駄である。
「読み上げましたよ。で、どうするんですかこの……」
空気が違う。
おかしい。学長室……ではあるけれど、机の上の物や本棚の中身が変わっている。そして床の汚れも違う。
まるで某リフォーム番組を前後逆転した展開を見せられている状況だ。周囲はボロボロに壊れていて、もう何年も掃除をしていない光景が目の前にあった。
「さすがにこれはクーでも理解不能。いや、夢であると言われれば合致するが……学長の前でクーは突然寝るような出来事があっただろうか……ごほっ!」
独り言を言ったら口の中にほこりが入ってきた。いや、おかしい。
呼吸が辛くなるほど年月が経っていないとこれほどのほこりは出ないだろう。
「あら、予想より早いわね。偶然忘れ物を取りに来たのだけど」
後ろから聞き覚えのある声。それにしても変だ。
「マリー学長。いつ着替えたのですか? クーが本を読んでいる間に着替えるという手品を見せるために……いや、その服はクーの知っている普段着とは縁遠いものだ」
一言で言えば鎧。銃弾を通さない素材。見た目と違って丈夫な作りの服を学長は着こんでいた。
「君はそう感じるかしらね。でもワタクシからすれば実に三百と七十年振りの再会なのよ?」
「は? 一体何を……」
と、あきれながら向いた先の光景に驚き、クーは窓の方へ走り外を見た。
これは……一体……。
草木がビルを包んで、まるで人類が滅亡した地球を絵に描いた光景が目の前に広がっていた。
見たところ電気も通ってなく、コンクリートで作られた道路は経年劣化で崩れ落ちていた。
「さて、そろそろ本題に入ろうかしら」
「本題?」
「貴女の身に何が起こったでしょう」
信じがたいが言うしかあるまい。
「仮定ですが、おそらく時間跳躍。そしてここは三百年以上先の未来。しかし一つおかしな点がある」
「何かしら?」
「どうして貴女が生きている?」
人間は長くても百年ほど。しかし年齢不詳だったとはいえここが三百年後の世界だったら、すでに何世代か後の人間が生きているはずだ。なのに目の前にいるのは同一人物。
「三百年間に医学が進歩したと言ったら?」
「それなら外の様子がその発言をかき消している。その医学と並行して町はさらに発展。人口はクーのいた世界よりもさらに増え、平均年齢は推定二百。ですが外を見ると人ひとり居ない」
「やはりその洞察力は素晴らしいわね」
にこりと笑うマリー学長。ぱたんと本を閉じて表紙を見る。
「これが原因とも言い難い。が、これ以外の要因が見つからない。クーの頭脳はまだ知識を必要としているが、これは……不必要、というより、踏み込んではいけない知識だ」
「ふふ。でも体験したなら協力して欲しいわね」
「協力?」
一体何を?
「その本は『ネクロノミコン』って言うの。知っている?」
「空想の禁書。ゲームや小説でしか出てこないが、どこかの国で保管されているという噂もあった。だがそれはただの本」
「見てもいないのにただの本と言うのはやはりインドアな子ね」
「む?」
「ならこれは?」
と、突然マリー学長の手の上に小さな火の玉が出てきた。
「スンスン。いや、ほこりが多すぎる。水素? いや、一定の大きさの火が燃え続ける? というより、この現実において丸い火の玉なんてありえない。仮に丸い火の玉を維持するなら周囲の圧力が変わりクーは今息ができない」
「これは魔術というものよ」
「子供をあやすための答えは不必要。少し待ってほしい。燃料となる物が中心にあるならば燃え尽きる時間でそのトリックはわかる。燃焼時間や色やにおいでおおよそわかるはずだ」
「へえ。じゃあこうして大きくしたり―。小さくしたり。二つに分けたりー四つに分けてから一つにすればー。どう?」
「見解を変えよう。周囲の反射? ほこりが映写している? いや、それにしては操作する媒体が見つからない。何より光源が……」
一目見れば仕組みがわかる。そう自負していたが、目の前の火の玉は本物の炎であり、クーの知る技術や知識では不可能な物だった。
「……一分待ってほしい」
「良いけど、なんで?」
その質問に答える時間が勿体ない。とにかく目の前の本を最初から最後まで読み切った。
「仮にこの本に書かれた内容が本物なら、魔術という名のクーの『先ほどまで』頭にあった知識がすべて役に立たない技術が存在するのだろう」
「飲み込みが早いわね」
「それで、一体クーに何を?」
「見ての通り、この地球を助けて欲しい。すべては小さな戦争から始まったんだけど、それから全人類を滅ぼすほどの世界になった。もし世界線という仮説があるなら貴女には戦争の無い世界線を作り出して欲しいの」
「クーが?」
仮説ばかりが並ぶ中での答え。その答えも仮定となるけれど、先ほどの時間跳躍が事実だとすれば、それも可能……。だが、どうしてそれをクーに?
「豊富な知識にその頭の回転力は是非ワタクシの手中に収めたいの。と言っても戦争の無い世界線に行った場合は、今ここにいるワタクシでは無くて、別な世界線になるんだけどね」
「それで良いのか?」
「ワタクシの好奇心は貴女と一緒よ。過去は文献や体験した出来事で知識としてあるけれど、未来はわからない。同時にこういう道へ進んだら世界はどうなったかという「イフ」も知りたいの。行くことはできないけどね」
「はあ、承知した。ではもしも成功した場合は問答無用で美味しいご飯をおごってもらおう」
「あら、そんなので良いの?」
「はい。物の価値や地位についての知識はありますが、それ以上にクーは十五なので」
そしてクーは本を広げて行きたい年代を呟く。まずは元の場所へ戻るため、その年代。そして本に書かれてある呪文を読みーー
☆
ーー解くと、目の前は……。
「理解不能。今度は真っ白な部屋? いや、空間だろうか」
おかしい。先ほどと同様の事が起こるならば、きれいな学長室へ到着する予定。それがどうして?
いや、実際元の世界に戻れる保証は無い。さっきのマリー学長との会話が夢だったのであれば一番現実的である。
「どうしてもこうしても無いわよ。何『人間』が勝手に過去へ行こうとしているのよ」
目の前には黒髪の女性が立っていた。
「ここはどこだ?」
「簡単に言うと、『あの世』」
「そんな非科学的な説明はいらない」
「そう? でも貴女の持っている本こそ非科学的な要素が盛りだくさんだと思うわよ?」
それを言われたら……言い返せない。
「では貴女は?」
「私は時の神『クロノ』。時間を管理する神様ね」
「とうとう神様か。クーの頭は追い付かないよ。あらゆる分野の知識を身に着けたのに、まだ知らない分野があったなんて。クーの雑学ボックスはもうパンパンだ」
時間跳躍に神様の登場。まるで小説の物語の中にいるようだ。
「そんな神様がクーに何の用で?」
「え、単純よ。過去に飛ぶなんて許さないわよ」
「お、うーん。だが家族が待っている以上クーとしては帰らねば」
「貴女のようなとても頭の良い人間が過去に飛んだら、取り返しがつかないのよ。というかすでに何かするつもりらしいしね」
「ふむ。人間の言葉で言うところのタイムパラドックスというものだ。過去改変で子孫には住み心地の良い未来を提供するまでだ」
「それをするのは神の所業よ。貴女のような人間はルール違反なの」
「はて、そのルールとやらは一体誰が決めたのだ? 人間はルールやら憲法やらで自らを縛り生活をしている。と同時に身の保証もかねて入る。しかし神と人間の間では何か決まったルールがあるのだろうか? 目に見えぬ存在がポッと現れ、いざという時に口を出す定年間近の人間と同等。別な表現をするなら、人間の世界に干渉しないで欲しい」
夢。
これは夢である。
だから目の前の存在が神だと言ってもクーは後ろに引かない。
しかし何だろう。この込み上げる恐怖は。あらゆる知識を頭に入れ、いざという状況も冷静な判断で対処できるクーが、今回ばかりは逃げることも隠れることもできない。
いや、逃げることはできる。
この『ネクロノミコン』を使えば!
「馬鹿! それは」
「転移!『どこか遠くの世界!』」
☆
風の音が聞こえる。
きっとどこかに飛んだのだろう。
目を閉じながら息を思いっきり吸う。先ほどマリー学長がいたほこりっぽい場所とは縁遠いほど澄んでいる。
風があるということは先ほどの神とやらがいた場所でも無いのだろう。
目をゆっくりと開ける。
そこは草原が広がっていた。
「見覚えが無い風景だ。そもそも太陽の大きさが違う。どこだ?」
今度こそ夢なのか?
そう思った瞬間。
「おや、しっかり声を出した。てっきり屍が降ってきたと思ったよ」
「なっ!」
背後に誰かがいた。振り向くと……現実ではありえない服装を着こんだ女性が立っていた。こう、昔の有名な絵画の布がふわふわ浮いている感じの服装。まさかコスプレ以外でこういう服を着ている人がいるとは。いや、ここはコスプレ会場とやらなのか?
「ここはどこだ?」
「俗にいう天国。いや、もしくは地獄。でも人によっては第二の人生を歩める夢の大陸よ」
「意味が分からない。確かにこの広い草原は偉人が夢見た天国という場所なのだろう。あの世という存在は証明ができないだけで本当に存在するのであれば認めざるを得ない。が、地獄とはなんだ? そして第二の人生とはなんだ?」
「難しい質問や言葉はわからない。でも簡単に言うとここは『死』という概念が存在する。そしてここで死ねばここで骨になり、ここの自然の物になる」
「なるほど。別な表現をするなら、ここは異世界とやらか。映画で復習済みだ」
今までのクーでは絶対に出さない答え。しかし今はそう考えるしかないだろう。
「そうともいうしそうとも言わない。だからここは第二の人生」
「さっきから気になる。その第二の人生とは?」
「ここは『私』の不手際で死者が生き返っちゃった人だけで構成された世界。どういうわけか死者の魂と呼べるものをくっつけたら、勝手に動き出して、最後には大きな塊になったの。急いで別な神様にお願いをして基盤となる大陸を作ってもらったんだけど、私はそこの管理をすることになったんだ」
「待ってほしい。神様にお願いをして? それは比喩表現か?」
漫画の世界だろうか。神様とやらにお願いをしてそれをかなえてくれる世界。そんなのクーのすむ世界には存在しない。結局は人間が作り、そして人間が破壊する世界が地球というモノなのだ。
「違うよ? 『創造神』だよ。それに私も『運命の神様』を名乗っているよ」
頭がパンクしそうだ。時間の神様に創造の神様に運命の神様。本来人間の目の前には現れない存在がポンポンと現れるなんて。
「え、時間の神ってクロノん? 普通あの子に会うのって神でも難しいのに会ったの?」
「おかしい。クーの知る人は表情から大体の事を察することができるが、それでも喜怒哀楽の気分程度だ。時の女神と心で思っただけで読み取るなんて、まるで心を読んでいる状態じゃないか?」
「へ? 心を読んだんだよ?」
あまりの直球な回答に言葉が出なかった。心を読む? 読唇術や表情から心境を読むのではなく、心そのものを?
「その反応から察するに君は地球出身みたいだね」
「地球以外にあるのか?」
確かにここを異世界と仮定はしたが、あくまでここだけである。ほかにもあるということだろうか?
「ここはそういう世界。地球の言葉だと地球や異世界の人たちが集まる世界」
現実……何だろうか。
と、色々考えていたら後ろから背の低い少女が歩いてきた。大きな本を持っていて、小さいながらも少し貫禄があるように見える。
「見ない顔ですね。離れたところから来たのでしょうか?」
「この人、どうやら今転移して来たみたい」
「転移? ここは死者のみで構成された世界よ? そもそもどうやって転移なんか」
死者。転移。そう言った単語が普通に使われる世界なのだろう。一つでも情報は欲しい。それにもしここがファンタジーな世界なら、この場で殺される可能性だってある。
「ネクロノミコンという本を使って転移をした。行き先を決めずに使ったのでここにたどり着いたのだが」
「ネクロノミコン? ちょっと見せてくれる?」
「これ……あれ?」
さっきまで手に持っていた『ネクロノミコン』が無かった。落とした? いや、盗まれた?
「無いみたいね。でも嘘は言っていない。ふむ、どうやらそういう方法でここへ来ることも可能みたいね」
「またミリアムは悪い事を考えてるー」
「『ここから出る』方法は一つでも多い方が良いじゃない」
ここから出る……。何だろう、ここは良い場所じゃないのだろうか。
それと気になるのは、口の動きと声が合っていない。さっきの運命の神様とやらが『色々な世界の死者』と言っていたということは言語が異なる。魔術というものが存在するなら意思疎通を行う術もあるだろうか。
「申し訳ないがその本を見せてはくれないか?」
「え、良いけど、チキュウの方は読めないかと」
「うむ、おそらく今は読めないだろう」
そう言ってクーは大きな本を借りて、全ての文字に目を通した。
聞いたことがない大陸名。いや、ネクロノミコンに書いてある内容が少々書いてある。不思議なのはこの世界の歴史については書いていないが……だが。
『だが、今から読めるようになった。ありがとう』
「「!」」
クーは話した。何語かわからない言葉だが、とにかくここでの立ち回りは一つでも情報を得られる立場につくこと。
そして目の前に神様ということは、それなりの地位だろう。
天才だの秀才だの言われてあまりいい気分にはなれなかったこの才能も、どうやら異世界では役に立つみたいだ。まあクーにとっては『努力』した行動の一つにしかないが。
「これは凄い。チキュウの知識だけでなく、この一冊の本で言語まで理解か。正確な発音は置いといてこの一瞬で発言までいくとは。魔術には無い力だ」
「あくまで仮定だが、貴女はこの世界についてそれなりの地位の人物だと思った。どうだろうか、クーを隣に置いてはくれないだろうか。少し前にルールを破ったと言われて時間の神様とやらに消滅されかけた。そんな危険人物なのは自覚しているが、クーは教えてさえくれれば遵守する。この頭脳を有効に使ってはくれないだろうか?」
この世界にはクーの知らない物が多すぎる。
故に。今クーは。
とてもワクワクしている。
幻想と思っていたものがすべて目の前にある。科学では証明でない現象をすでにこの数時間で数回体験した。
「クロノんが消そうとするには理由があるけど、ここにクロノんが来ないってことは見逃してくれたか、ここにいるならルール違反ではないということかな」
「ふむ。わかった。私はミリアム。仮だがこの世界の代理人を務めさせてもらっているよ」
「クーはクアン。これからよろしく頼む」
そして。人間が知らないところで作られた神の中でのルールとやら。
クーはそれを絶対に許さない。
こんにちは!いとです!
この度はご覧いただき誠にありがとうございました。
今回は単純に『天才』な少女が時間を移動する物語を書きたいなーと思い、思ったことをそのまま書いてみました。
なお、本作に描かれている理論や考えは作者の考えであり、実際と異なる場合がありますのでご了承いただければと。実際血液型はある意味話の話題としては盛り上がりますものね。
さて、今作では単純に時間旅行をするのではなく、天才が時間旅行をするというわけです。予想できない未来を見た天才は過去に行けばもちろんそれを解決することができる。しかし、実際それをやられると困るから今まで隠れていた神様が登場という感じで物語は進みました。
それだけだと天才はただ消滅してしまうので、過去・未来以外の第三の回答として転移を選ぶわけですが、そこからの生活はご想像にお任せをという形で括らせていただきました。
淡々と話すキャラクターは書いていて結構楽しいなーと思い、気が付けば夜の十二時という状況になり、少々焦りつつも今回更新となります。
少しでも楽しいと感じていただければ嬉しいです。
また、私のマイページの『活動報告』では毎回イラスト等を載せてほんのりと雑談や現在連載中の物語についても書いておりますので、お時間があればぜひ遊びに来てください!
では!