王妃教育体験へようこそ!
相変わらず思い付きの作品。
王妃教育って大変だと思う。
だから身をもって体験してね。って話。
「なぁ、ベッツ。婚約破棄したいんだが、何か良い知恵はないか?」
とある王国の王太子である、ドランス殿下に切り出された私、ドランス殿下側近・1のバナベッツは「そんな知恵が有るかバカ王太子!」と怒鳴りつけたいのを我慢して、先ず理由を訊ねる事にした。確か数年前に3つ向こうの国でそんな事が有ったな、と記憶を掘り起こす。
アレは、学園に通っていた第三王子が自分の婚約者である公爵令嬢に冤罪を被せたのでは無かったか。
確か、男爵家に引き取られた庶子に恋して、その庶子が王子妃の座に就きたい、と野心を燃やし、公爵令嬢に虐められた、と虚言を吐いたとかって話だ。その内容は至極当然の事なのに、何故虐められたと思ったのか、今でも疑問だ。自分の婚約者に近寄り籠絡する女を排除しようとした公爵令嬢の何が悪いのか、さっぱり理解出来ない。
挙げ句、第三王子はその庶子に踊らされて学園の何かのパーティーで、大勢の前で公爵令嬢を罵り、婚約破棄した。
結果は、男爵家の庶子である女は公娼。第三王子は幽閉後病死。まぁ表向きは病死なのだろう。公爵令嬢は、王子妃として教育されていただけに下手な相手と結婚はさせられず、他国の王族と政略結婚したはずだった。
という一連の出来事を思い出しながら、バカ王太子……もとい、我が主に問いかける。ホント、なんで私はこんなバカの側近にさせられているんだろう。
「ドランス殿下。婚約破棄をされたい理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ティティという可愛い娘と恋仲になってな。ティティが私の妻になりたい、というからなぁ」
鼻の下を伸ばすバカに、私は溜め息をついた。私はこのバカの側近ではあるが、年齢が7歳違うため、学園には通っていない。バカの1歳下である側近・2のハルトラは、そのティティという娘を何故、バカに近づけたんだ。
アイツ脳筋なのか? 前から疑惑は有ったが。どこまで考え無しなんだ、この主従。
「先ずは、色々とご指摘させて頂きます」
「なんだ?」
「このっ! バカ王太子!」
「なっ……。貴様不敬だぞ!」
「バカにバカって言って、何が悪いんでしょうね。いいですか? アンタ、イゾルテ公爵令嬢という婚約者が居ながら、何処の馬の骨とも知れない娘と恋仲なんて口にして、それは浮気だって分かってます?」
私の怒り具合に気付いたのか、バカは少し涙目で怯えている。
「う、馬の骨なんかじゃない! ティティは、子爵家の」
それでも反論して来たが、そこで私はぶった切った。
「はい、アウト!」
「な、何が」
「学園内では身分差は無い、とか言ってますが、それなりに身分差は有るんですよ。誰が誰と人脈を作るかによって、学園卒業後の社交界に影響します。分かります? 分け隔てなく付き合う事と、人脈作りは別なんですよ。そして、アンタ、王族で、しかも、次期国王。次期国王自ら、貴族社会に根付く縦社会を否定するような言動を起こしてるとか、バカにも程がある!」
バッサリぶった切っているというのに、まだ反論してくる脳内花畑。
「ティティは、身分など気にせずとも、私が選んだ……」
「はい、ツーアウト。身分を気にしないって言ったら、平民でもアンタの妃になれるでしょうが! 平民が貴族の、しかもトップの妻なんて一生掛けても、その娘が可哀想だって分かってます?」
「な、何故だ? 私の妃だぞ? いや、ティティは子爵令嬢だけども」
「平民に貴族の勉強と常識と教養と礼儀を叩き込むだけで何年かかると思っているんですかね、アンタ。その子爵令嬢とやらは、貴族としての知識も教養も礼儀もきちんと押さえているんでしょうね」
「ティティは、天真爛漫で少しばかり勉強が苦手だが……」
「はい、スリーアウト。この際、性格はどうでもいいですが、勉強が苦手とか言っている時点でもう無理です」
「何故だ!」
……ここまで否定しても、まだ諦めないのか、このバカ。
「はー。説明するのも面倒ですね。イゾルテ公爵令嬢に許可をもらっておきますから、アンタ、イゾルテ様と婚約破棄を行う前に、その子爵令嬢を城へ連れて来て下さい。あと、王妃殿下にも許可をもらっておきますから」
「な、なんで、イゾルテと母上にっ」
「アンタがバカ過ぎて説明するのも面倒だからですよ!」
「お前は、とことん不敬だな! 父上に言ってクビにしてやる!」
涙目のバカに大きく溜め息をつく。私は、その国王陛下直々の命で、このバカの側近をやっているのだ。それもこれも、このバカが王太子としての教育を受けさせても吸収出来ない所為。だからこそ、お目付け役という子守をさせられているのだ。そんな事にも気付かない辺り、本当に疲れる。
クビにしてもらえるなら、寧ろ喜んでクビになりたい。
「アンタの側近を辞められるなら、喜んでクビになりますよ。本当に」
「なっ! お前、俺の側近が嫌だと⁉︎」
「ここまでバカなんだから、いい加減辞めたいですね。陛下直々の命じゃなければ、辞職願いを出してます」
はー。また溜め息をついて、私は本日も王妃教育のため登城しているイゾルテ公爵令嬢と王妃殿下の元へ向かった。
結論から言えば、2人共、物凄い疲れた表情で了承を頂けた。王妃殿下に至っては、「バカ息子でごめんなさいね、バナベッツ。イゾルテ」と謝罪をされてしまった。こちらこそ、まともにバカ王太子を教育出来ない不甲斐ない側近で、すみません。
さて。気を取り直して2人の許可をもらった私は、バカ王太子に、明日にでもその子爵令嬢とやらを登城させるように話した。ちなみに1日がかりだ、と話しておいたが、バカは、やはり脳内花畑なのか、ニヤニヤしている。
もしかして、その子爵令嬢とイチャイチャ出来る、とでも思っているのか? そうだとしたらアホだな。
あと、私はそろそろ身辺整理をしておくべきだろう。今回の件は、さすがに陛下もドランス王太子殿下を庇いきれないはず。
まぁ大バカな事を公衆の面前でやらかす前で良かった、と思うべきか。
国王陛下も親なのは分かるし、バカな子程可愛いとは言うが、ここまでバカな王太子が次期国王なんて、国の未来が思いやられる。
さて。翌朝6時。私は件の子爵令嬢を迎えに行った。迎えの時刻をきちんと教えてあったにも関わらず、起きてないとか、既に有り得ないのだが。
「えー。こんなに早くお迎えにくるなんてぇ、ドランスってば、そんなに早く私に会いたいのかしらぁ」
……脳内花畑は、こっちもか。ある意味、バカ王太子には似合いのバカ令嬢だと思う。
「違います。あなた様は、ドランス王太子殿下の妃になりたい、とのこと。ですから1日王妃教育体験をして頂こうと思いまして」
「王妃教育体験???」
「ドランス王太子殿下は(今のところ)次期国王になられる方。となれば、あなた様は(結婚出来れば)次期王妃。王妃教育を受けて頂かなくてはならないのです」
「えー。お勉強ぉ? でも、まぁドランスと結婚するんじゃぁ仕方ないかぁ」
よし、言質は取った。
どうせ半日と持つまいが、きっちり王妃教育を1日受けてもらおうか。
「ちなみに、あなた様が体験する王妃教育は、現在の王妃殿下も、婚約者であるイゾルテ様も10歳頃に受けられたものですので、簡単ですね」
「なぁんだ。簡単なら大丈夫。あのドランスに近づくなって意地悪なイゾルテがやれたなら、私もやれるもーん」
その言葉、しっかり聞いたからな。
私は何も言わずに、子爵令嬢を城へ招いた。眠そうな顔でバカ王太子が立っていた。
ほー。恋人に会いに来たのか。いつもならまだ寝ている時刻だろうに。
「ティティ!」
「ドランス! 会いに来てくれたの?」
「ああ! ティティが朝から来ると言うからな! さ。今日は何をしよう。庭でお茶か?」
「違います! 彼女は1日王妃教育体験をされるためにいらしてます」
デレデレと鼻の下を伸ばすバカに、私は低い声で否定した。このバカにも一応王太子としての執務が有るのだが、私が居ないとどうせやらない。だったら、このバカも一緒に王妃教育を見ていればいい。
「王妃教育か! ティティは未来の妃だから必要だな!」
「ドランスのために頑張るねぇ。なんかー。王妃様とー、イゾルテが10歳くらいの頃に受けてたやつだってー。簡単だから、終わったらお茶しようねぇ」
出来る時間が有ればな。
「王太子殿下。ご一緒に見られますか」
ついでだから、お前が婚約破棄しようとしているイゾルテ様がどれだけ大変なのか、見て理解すれば良い。
「そうだな。ティティ。俺が見ているから頑張れ」
エヘヘと笑い合う脳内花畑に、私はサッサと歩け、と無言で促す。
さて。先ずは礼儀作法からだ。
実際に、イゾルテ様が10歳の時に教わっていたマナー教師をお招きしている。
「違いますっ!」
カーテシーをお見せ下さい、と、そのマナー教師が言ったので、子爵令嬢がカーテシーを見せた途端、マナー教師が強く言う。同時に、ドレスの裾を持つ指先や、足の曲げ具合など、矯正に入った。
「な、こんなのつらぁい」
泣き言を言う子爵令嬢に、バカ王太子が口を開こうとしたので、私は口を塞いで耳元で言ってやる。
「あの程度で泣き言を言っていたら、王妃になれません。いいですか。最初に言いましたが、あなたの母である王妃殿下も、あなたの婚約者であるイゾルテ様も、10歳の頃に、受けている教育です。あの子爵令嬢は、現在殿下と同い年の16歳ですよね? 10歳の子が出来て16歳の彼女が出来ないなんて、おかしいですよね?」
「ティティは、今日初めてなんだぞ⁉︎」
「だからなんです? 言っておきますが、イゾルテ様は10歳の時には、あの教師にようやく褒められたところです。つまり、あなたの婚約者として決められた5歳の頃から、あの教師にマナーを教わっていたんですよ。分かります?」
バカ王太子は、驚いた表情で私を見る。なんで驚く。これが王妃教育だ。
「ちなみに、あの方は5歳だろうが16歳だろうが、分け隔てなく同じ教育をされますよ。良かったですね、あなたの好きな分け隔てなく、ですよ」
「い、イゾルテも、あんな風に叱られた、と?」
「王妃殿下もこの方の前のマナー教師に叱られたと聞いてますね」
初めて聞いた、というカオをしているが、知ろうとしなかっただけだろうが。
「えー、何分、コレやってるのー? 疲れたぁ」
カーテシーの格好を10分やるだけで疲れるな。
「イゾルテ様は1時間でも文句は仰いませんでしたよ」
マナー教師がすかさず言う。だが、まぁ今日は他にも体験して貰わなくてはならないので、あと5分くらいで切り上げてもらおう。
続いて、笑顔の作り方チェック(所謂口角の作り方だ)を経て、次の部屋に移動する。そこにはお茶とお菓子が用意されていた。
「あ、休憩? やったぁ!」
「そんなわけ無いでしょう。これも王妃教育の一環です」
「嘘でしょ⁉︎」
子爵令嬢がギョッとする。嘘なわけ、あるか。お茶とお菓子を嗜む姿に、令嬢方と交わす会話も王妃教育の一環だ。今回は、バカ王太子の婚約者に、イゾルテ様はもったいない! と公言しているイゾルテ様大好きな王女殿下にご協力を頂いている。王女殿下をもてなすのが、課題だ。
「これからドランス王太子殿下の妹君がいらっしゃいますので、もてなして下さい」
私が言えば、子爵令嬢がニコニコとしている。……なんだ?
「分かったわ! ドランスの妹を私の魅力で惹きつけて味方にするんでしょ? 大丈夫。それで私を王妃にするように言うのね!」
……ここまで王妃教育を受けて来て、随分ポジティブな考え方をするな、この子爵令嬢。ある意味感心する。
さて。結果だが。当然、王女殿下をもてなす事など出来なかった。王女殿下と話す内容が、流行のドレスの話や欲しい宝石の話だけでは、王女殿下が認めるわけがない。王女殿下から振られた王国の特産品の話や、子爵の領地経営については、何一つ答えられなかった。
「こ、こんなの、ドランスの妹が意地悪よ!」
「何を言っているんです。最初に話しましたよね? イゾルテ様が10歳の頃の王妃教育なんですよ? 妹君である王女殿下は僅か8歳です。その時点で、先程の会話をお2人はしていたそうです。ちなみに、現在の会話は、王国の全ての領地経営が滞りなく進んでいるか、とか。ここ何年も豊作ではあるけれど、かといって油断はならないから、備蓄がどれくらいあるか、とか。孤児院へ訪問をしているが、建物が古くなって来ているから、新築するべきだが予算は有るのか、とか。そういった内容だそうです」
ちなみに、王女殿下は、あまりにも知識の無い子爵令嬢に苛立って、とっとと居なくなっておられる。
「そ、そんなの、8歳と10歳の女の子の会話じゃないし、16歳と14歳の女の子の会話でも無いわよ!」
現在、イゾルテ様もバカ王太子とこの子爵令嬢と同い年の16歳。王女殿下は14歳だ。
「何を言っていらっしゃるのか。それが、王妃教育の一環だと申し上げております。さて、昼食を挟んで午後からですが」
私が予定を口にすれば、子爵令嬢の頬が引き攣った。
「ま、まだあるの⁉︎」
「王妃教育を受ける事に納得されたでしょう」
「だ、だって休憩が無いじゃない!」
「有りますよ、休憩。テーブルマナーチェック込みの昼食後、15分間」
「テーブルマナーチェック⁉︎ えっ? 15分? たった? 嘘⁉︎」
「嘘なものですか。実際、イゾルテ様は10歳の頃、あなた様が現在行っているスケジュールで王妃教育を受けております。というより、あなた様の方が短いですかね」
「短いの⁉︎ 私が⁉︎」
「カーテシーのチェックや微笑みの作り方チェックだけで、当時のイゾルテ様は1時間かかっていらっしゃる。それから先程のお茶会は、あなた様が20分で終了させられたのに対し、当時のイゾルテ様は、もっと話したい! と仰られた王女殿下にお付き合いして、2時間。それから昼食を取られて、15分間の休憩後、王国の歴史・王国の美術史・音楽史を続けて3時間30分。それから隣国の語学勉強に2時間。更に、ダンスレッスンが……」
「む、無理っ! 私は出来ません〜。ドランス〜。この人、意地悪だわぁ! 私じゃ王妃になれないって言ってる〜」
「ベッツ、お前意地悪な事を、ティティにするなよ!」
「だからバカだって言ってるんですよ、ドランス殿下! これを、イゾルテ様も王妃殿下もやって来ているんです! 意地悪なものですか! これくらいしなくては王妃になれないんですよ!」
「そんな……。だって王妃って、陛下の隣でニコニコして、綺麗なドレスと高い宝石つけてダンスするだけじゃないの⁉︎」
子爵令嬢のバカな発言に、私は頭痛がしてきた。なんだ、その偏見に満ちたイメージは。
「バカ王太子にお似合いのバカさ加減ですね。そんなわけないでしょう。例えば、他国からの賓客をもてなすのは王妃殿下です。相手国の言語でもてなすのは当たり前。例えば陛下が公務で国におられない時は、王妃殿下が変わって国政の様子を見る。その時に、川の氾濫があったらどうします? 陛下不在の場合は、王妃殿下が様々な事を決断します。領民の保護や、食料確保など、臣下である私共が奏上しても、それにただ、良きに計らえ、と頷くだけではダメなんです」
「そ、そうなの⁉︎」
「そんな臣下の言葉を鵜呑みにしているだけの国王や王妃など、此方は不要です。排除しますよ、そんな傀儡」
傀儡の意味が分からないのか、首を捻る子爵令嬢に言い換えてやる。
「頷くだけの人形なら居ない方がマシです。自分に有利な発言をして、私腹を肥やす馬鹿な臣下が増えるだけ。そんな事になれば、国が滅びます。だったら、人形の国王も王妃も死んでもらった方がいっそ楽ですね」
私の苛烈な発言に、子爵令嬢が唇を真っ青にして身体を震わせる。それを横目で見ながら、私は「さて、では王妃教育体験の続きをしましょうか」と、にっこり笑った。
「も、も、もう、いいです! い、嫌です! 王妃になりたいなんて言って、ごめんなさい〜。許してください〜」
とうとう子爵令嬢は泣き出した。
「と、言ってますが。ドランス殿下、どうしますか」
私がバカ王太子を見れば、こちらも真っ青になりながら俯いた。
「ティティ。今日は済まなかったな。もう私とあなたは恋人でも無い。さらばだ。気をつけて帰ると良い」
ややしてから顔を上げたバカ王太子は、決意したように固い表情で、子爵令嬢に別れを告げた。子爵令嬢も嬉しそうな顔をしている。私は昼食だと呼びに来た侍女に子爵令嬢を託して、バカ王太子を連れて王妃殿下の元に行った。
バカ王太子は、ようやく己の過ちに気付いたのか、王妃殿下に謝っていた。今日は、イゾルテ様は王妃教育を休まれているので、登城していない。後日、イゾルテ様に謝罪をする、と言ったバカ王太子は、マシな顔付きになっていた。
「さて、少しは目が覚めましたかね、バカ王太子」
「……相変わらずお前は失礼だ。イゾルテは、あんな事を小さい頃から」
子爵令嬢が早くに帰ってしまったので、午後から王太子の執務室で話をする。一応、最低限の執務を熟しているこのバカ王太子だが、自分がどれだけ臣下から呆れられているか、少しは分かっただろうか。
大体、本来なら王太子として執務はもっと多いはずなのだ。それに気付かない辺り、バカである。
「ええ。それが王妃になる、という事です。あなた様も本来なら、もっと勉強して、執務して、公務して。その合間にイゾルテ様と交流出来るかどうかってくらい、忙しいはずなんですよ。いくら学園にいるからって、他の女に目を向けていられる時間がある事が、おかしいんです。逆を言えば、時間があるって事は、あなたは期待されていないんです。分かります?」
「……そうか」
「ええ。まぁ公衆の面前で、婚約破棄! とか言わないだけ、マシですね。そもそも、婚約者が居るという事は、結婚しているのとほぼ同じ。それなのに、他の女と恋仲。浮気ですね。だから、本来ならあなた様が浮気した、と責められて婚約破棄される側です。王族だから、イゾルテ様は言わなかっただけ。更に、あなた様が勝手に婚約破棄をしようと考えていたイゾルテ様に対して、婚約者だから呼び捨てを許されていたのに、当たり前のように呼び捨てしているのは礼儀知らずです。婚約破棄を言い出したなら、敬称を付けてお呼びするべきです。それから、あなた様は元々を間違っていた」
「元々?」
「あの子爵令嬢を妻にしたいなら、王妃としてイゾルテ様をお迎えになられた後、イゾルテ様との間に子を設けてから、イゾルテ様とご相談してどこかの上位貴族に頼んで、養女にしてもらってから、側室に上げるべきでした。それが嫌なら、イゾルテ様と陛下と王妃殿下と話し合い、破棄ではなく、解消をするべきです。その際も、上位貴族の養女にしてから妻に迎えるべきだし、あの子爵令嬢に妃教育を受ける事を納得させるべきでした。若しくは、あなた様が王太子の位を退いて、第一王子になるか、王族ではなく臣下になるか。そうすれば、あの子爵令嬢と結婚の可能性は有ったでしょう。その際は、イゾルテ様は第二王子殿下と婚約を結び直し、第二王子殿下が王太子の位に就いたはず」
「お、弟は母上の子じゃなくて側室の子だぞ⁉︎」
「だからなんです? 陛下のお子である以上、問題無いでしょう。王妃殿下は、あなた様と王女殿下をお生みになられた後は、子を産めなくなってしまわれた。だから陛下は側室を迎えられた。王位継承争いの火種も考えましたが、あなた様に万が一があった場合、他に国を託せる者が必要だったから、第二王子殿下がいらっしゃる。あなた様は、そういった事を全く知ろうともしない。考えようともしない。だから、イゾルテ様の大変さも分からないし、イゾルテ様の言う事が理解出来ない。挙げ句、他の女にのめり込む。結果、婚約破棄なんてバカげた発言をするんです。それに」
「まだあるのか」
「有りますよ。それに、婚約を話し合って納得した上での解消ではなく、破棄だった場合、その慰謝料や賠償金でとんでもない金額になっていた事でしょうね。5歳の頃からイゾルテ様の時間を王妃教育に充てたわけですから、それを時給で……とか考えたら恐ろしいですね。大体、あの子爵令嬢は勉強がお出来になられている感じでは無いですよね。学園の勉強でも上位10人以内じゃないと、王妃教育は厳しいですよ? あなた様は、恋人ではない、と言ってあの子爵令嬢との仲を切りましたから、子爵令嬢も助かったと思っているでしょうけどね。そう思う令嬢が本当にあなたを好きだったのか、どうか。まぁ王妃にも向かないでしょうね。腹芸も出来ないだろうし」
「失恋した俺に随分酷くないか?」
「事実ばかりですよ。あんな考えが透けて見えそうな頭の悪い令嬢じゃ、他国に付け入られるだけだったので、良かったですね。あなた様も大概考えが透けて見えるからこそ、イゾルテ様が王妃殿下に余計に期待を掛けられていますし。あなた様がもう少し勉強出来て執務も出来て、色々考えられる頭だったら、イゾルテ様も楽だっただろうし、お互いに政略結婚なんですから、あなた様が愛する女性を側室に迎える事も受け入れたでしょうね。というか、ホント、イゾルテ様の事を考えなさすぎですよ」
「こんなに言いたい放題なのに、まだイゾルテの肩を持つのか」
「当たり前でしょ。アンタ、本当に分かってます? イゾルテ様が仮にドランス殿下を殿下ではなく、男性として愛していたら、その男が他に恋人作ってるって嫌でしょ。まぁ、イゾルテ様は別にあなた様を男として愛している感じでは無さそうですが。それでも、幼い頃からアンタの婚約者として頑張っているのに、とうのアンタは恋人が出来たって言って婚約破棄しようとしてる。蔑ろにしてますよね。それにアンタが仮に婚約破棄しないで、イゾルテ様と結婚して、あの子爵令嬢を側室と迎えたとして、アンタが側室に夢中でイゾルテ様を省みない日々を送っても、イゾルテ様は文句も言えないんですよ? それこそ、イゾルテ様だって恋くらいしたいだろうに。国王は血筋を残すために側室を迎えられても、王妃は国王以外の男性なんて求めちゃいけないんですからね。イゾルテ様の事をきちんと考えていれば、イゾルテ様には秘密の恋人さえ作れないって考えれば、破棄なんて失礼極まりない考えすら起こさないはずなんですよ」
私の長い、長い説教に、バカ王太子……いや、間もなく王太子の位から退けられるだろう……バカ王子は、俯いて聞いていた。
その後の事を少し。
ドランス殿下は、やはり王太子の位から退けられた。きちんと納得したようだ。自分が国に居ると王位継承争いが起こる、と幽閉か国外追放を願い出たのは、少しマシになった、というところか。
貴族達も、チョコチョコとドランス殿下の噂を聞いていたから、今回の件に関して、何も言わない。寧ろ、派手にやらかす前に切り捨てた国王陛下に安堵したようだった。そんなわけで、ドランス殿下は、貴族達に悪感情を持たれなかったので、国外追放という形になった。
ついでに、ドランス殿下の側近として、学園内ではそばに居たのに役に立たなかったハルトラも一緒に国外追放だ。まぁドランス殿下1人で放り出すより、マシかもしれない。
イゾルテ様は、5歳下の第二王子殿下と婚約を結び直し、引き続き王妃教育を受けている。一応、イゾルテ様もドランス殿下に親愛くらいの気持ちは有ったようだが、まぁ貴族の結婚などこんなものである。
子爵令嬢は、学園卒業前に退学し、どこかの家の後妻に決まったそうだ。
私?
私は、かねてからの希望通り、宰相候補として、現宰相様にこき使われている。宰相位は別に宰相の息子でなくても問題ないので。まぁ少しくらい、ドランス殿下に親愛の情は有ったが、仕方ないと言えば仕方ない。
殿下に忠誠は誓っていなかったし、国の方が大切なのである。
ベッツは、嫌味を言いたい時は「あなた様」と主を呼び、興奮すると「アンタ」と主を呼びます。大概、心の中はドランス殿下を「バカ王太子」とか「バカ殿下」とか思ってました。今回の件でイライラが最高潮なので「バカ」とだけ言っている事もあります。
またベッツは宰相候補と言ってますが、なんだかんだで、国王陛下に言われてドランス殿下のお目付け役を担っていたのに(こういうバカげた言動をしないようにお目付け役だった)諫めきれなかったので、責任を感じて宰相の小間使いみたいな事から始めている。
故に、エリートコースではなく、何か失敗したら直ぐに見捨てられるような位置に立つ事を自ら課してます。
ティティ子爵令嬢は、それなりにドランス殿下が好きだったけれど、あんなに大変な王妃教育を受ける気にはなれなかった。少しはドランス殿下に「あれ欲しい」とか強請っていたが、国庫を遣い込む等では無かった(ドランス殿下が買い与えた金額は国の予算ではなく王家の予算で王家独自の資産)ので王家から子爵家に厳重なお叱りがあったくらいで、重いお咎め等は無かった。