漆葉 ‡ 色葉の女子力
実は女子力の定義が、よく分かってない(苦笑)
「なんか、色々あったけど、楽しい1日だったわ。」
「お… 」
大友も何か言おうとしたようだが、北条さんに睨まれて止めた。
「色葉ちゃん、今度うちに遊びに来ない? 」
「えっ、えと… 直と一緒なら… 」
少し冷めた北条さんから浴びせられた。
「まぁ、仕方ないわね。」
「じゃ、俺も… 」
「あんたは間に合ってる。」
「酷… 」
そこで諦めるな、男が僕だけって…などと思っても、大友が食い下がる筈も無く。二人で北条さんの家に行く事になり、大友は江ノ電江ノ島駅に、北条さんは片瀬江ノ島駅に、僕と色葉は湘南江の島駅に向かって別れた。途中まで一緒出来そうなものだが、乗り換えを考えると合理的というのが北条さんの意見だ。
「下に何も無くて、なんか飛んでるみたいです。」
僕と色葉の乗ったモノレールは懸垂型で、ジェットコースターに例えられる勾配と変わり行く景色が、魔法で飛んでいる時を思い出したのだろうか。色葉は楽しそうに窓の外を眺めていた。適当に外で夕食を済ませて家に帰ると、案の定、色葉はふらついた。
「申し訳ありませんが、今日はこれにて失礼いたします。」
そう言うと色葉は抱き止めた僕の腕の中から消えた。
「おやすみ、色葉。」
僕がそう言うと
「おやすみなさいませ、直。」
と声だけが急須から返ってきた。
数日後、北条さんと約束の日が来た。大友は結局、単位がヤバいと夏期集中講義へ行ったらしい。間に合ってる以前の問題じゃないか。
「え!? 」
教えて貰った住所に着くと、結構な高級マンションで思わず声を挙げた。
「鍋島です。今、着きました。」
「はぁい。今、開けるわね。」
連絡を入れてエントランスのロックを解除してもらいエレベーターに乗ると最上階へと上がった。エレベーターの扉が開くと、ほぼ同時に玄関の扉が開いた。
「あれ、よく分かりましたね? 」
「あぁ、このフロア、私の部屋しかないから。」
なんか、大友が敷かれているのが、分かる気がしてきた。リビングに通されると、ここだけで僕の家全体より広い。
「なんか、箱に乗ると天守のような所に着くなんて魔法のようです。」
僕にだけ聞こえるように色葉は言った。異世界から来た事を悟られないように、気をつけているのだろう。普通に聞かれても、時代錯誤と思われるだけかもしれないが。僕の感覚からすれば一旦、視界を遮られて情景が変わるというのは魔法というより手品に近い。と言っても本物の魔法使いなんて色葉しか知らないから何とも言えないけれど。
「色葉ちゃん、今日は単衣なんだ? 鎌倉の時、袷だったでしょ。暑くなかった? 」
「あの日は海に近いと伺っていたので。」
多分、着物の話しなのだろう。普段、僕とは出来ない会話が出来て色葉が嬉しそうだ。
「お昼近いけど、どうしようか? 宅配にする? 一応、材料もあるけど? 」
「それじゃ、あたし作ります。」
「うゎ、楽しみ。」
北条さんは嬉しそうだが、ちょっと心配になった。
「僕も手伝おうか? 」
色葉の料理は魔法を使ったものしか知らない。となると北条さんに手伝わせる訳にはいかないからだ。それに、北条さんの家に無い食材は加えられないし作った料理分の食材は減らさなきゃいけない。そんな考えが僕の頭の中を駆け巡っていた。
「大丈夫だよ、直。あたしに任せて北条さんと、お話ししてて。」
任せてという言葉より、いつもよりフラットに話し掛けてくれた事に驚いて思わず抱き締めた。
「直、北条さんが見てるってば。」
「そうだ、そうだぁ。」
北条さんの茶化すような声に慌てて離れた。
「それじゃ、北条さんのお相手、お願いね。」
そう言って色葉は一人でキッチンに入っていった。
「ホント、仲いいのね。私だったら、あそこまでベッタリされたら引いてるわよ。」
「あ、いや、その… 」
返す言葉もない。客観的になれば北条さんの言う方が尤もだ。
「でも、鎌倉の時ほど、よそよそしさも、かなり減ったし。何より色葉ちゃんが幸せそうだから、いいかな。」
いや、色葉の幸せ語る北条さんが幸せそうなんだが… 。
「お待たせしました。」
色葉が料理を運んできた。三人前だし、さすがに運ぶのは手伝おう。キッチンには僕には懐かしい料理が用意されていた。ちょっと所要時間が早い気もするけど、気にするほどじゃないだろう。
「北条さんのお口に合うといいんですけど… にいもじ、かけ和え、それにのっぺ汁です。時季なら栗おこわとか作りたかったんですけど… 。」
「美味しい~ぃっ! 」
確かに美味しい。それでいて懐かしい。
「お口に合って良かったぁ。全部、直のお婆様に教わったんですよ。毎年作ってたんですけど、材料とか道具とか変わると自信無くて。」
毎年… そうか、懐かしいと思ったら、ここ数年のお婆ちゃんちの料理は色葉が作っていたのか。そういえば、自称魔法女中だったっけ。
「すっごく美味しい。自信持っていいわよ。あれ? でも、鎌倉の時、まだ1週間経ってないって言ってなかったっけ? 」
「あ、はい。お婆様の所に居た頃は、ずっとお台所に居たので、お会いした事が無かったんです。」
「その頃に逢ってたら、今のぎこちなさは無かったのかもしれないし、その頃に逢ってなかったから、今のラブラブがあるのかもしれないし、微妙よねぇ。」
これには返事に困って色葉と顔を見合わせた。
「でも、これだけ料理出来たら女子力高めよね。忙しくて出来ないのと、端から出来ないのは違うから。それに色葉ちゃんの割烹着姿も可愛いし。」
女子力の基準はよく分からないけれど、魔法を使っている点を除けば、炊事、洗濯、掃除、家事全般をそつなくこなしてくれる。傍目には、とても家庭的な女の子だ。
「でも、色葉ちゃんって、鍋島さんのお婆様のお墨付きだったんだ。可愛い孫に最高のお嬢さん紹介していくなんて、いいお婆様よね。」
確かに、お婆ちゃんが形見に急須を遺してくれたお陰で色葉と知り合えたけど、この評価は正しいのか?
「直のお婆様は、直の事もあたしの事も、同じように心配してくださいました。だから、亡くなられてから引き合わせてくださったんだと思います。」
「ふぅん、運命の赤い糸ってやつ? うんうん、いいんじゃない。これからも断然応援するからね。」
両想いに応援って要る? なんて言ったら、また睨まれるんだろうなぁ。
北条さんは色葉に、ご執心?