陸葉 ‡ 色葉の応援団
北条さんはいつでも味方♪
僕は元気になった色葉を連れて外に出た。
「あ、色葉ちゃん、元気になった! 」
元気そうな色葉を見て、北条さんも嬉しそうだ。
「北条さんに頂いたお薬が効いたみたいです。ありがとうございました。」
「それに比べて鍋島さんはお疲れ? 」
「はは… 色葉が心配で気疲れしたかな。」
間違っても色葉に生命力吸われたとか言えない。そんな僕を見て北条さんは口元に指を当て、少し考えてから僕に聞こえないように小声で色葉に話し掛けた。
「鍋島さんに変な事、されなかった? 」
「変な事? いいえ、直は手を握らせてくれて、ずっと看ててくれました。」
それを聞いて北条さんは笑いだした。
「あたし、変な事、言いました? 」
「ううん、そんな事ないよ。ただ、『握っててくれた』んじゃなくて、『握らせてくれて』たんだと思って。それだけノロケられれば大丈夫か。」
「惚気・・・」
何やら色葉の顔が真っ赤だ。
「北条さん、あんまり色葉をからかわないでくださいね。」
「からかってなんていないわ。私は色葉ちゃんを応援してるだけだもの。だから、泣かせたりしたら、ただじゃおかないからね。」
うぅん、北条さんの目力が本気度を物語っている。とはいえ、色葉の為にと思ってした事が、裏目に出て何度も泣かせている僕としては、少々耳が痛い。
「大丈夫です。直はあたしを泣かせたりしません。もし、泣いてたら、あたしが勝手に泣いてるだけです。」
ヤバい。北条さんの目付きが変わった。
「ちょ~っと、鍋島さん… 」
北条さんは僕の耳元で囁いた。
「それって、もう泣かせた事があるって事よね? 今日の処は色葉ちゃんに免じて許してあげるけど、次は覚悟してね。」
笑顔で離れる北条さんの目が笑っていない。大友、気をつけろよ。お前みたいな奴は、いきなり雷落とされるタイプだ。
「どうか、なさいましたか? 」
駆け寄ってきた色葉が心配そうに聞いてきた。
「なんでもない。色葉を大事にしろってさ。」
話しの大筋は間違っていないと思う。
「それなら大丈夫です。いつも直は、あたしを大事にしてくださってます。」
一つ気がついた。
「自然に顔見て、直って呼べるようになったね。」
「えっ、あ、その… 」
また、顔を赤らめて俯いてしまった。まだ、言葉遣いは丁寧過ぎるけど、いきなり全てを直せって言うのは無理だと思う。これでも色葉には一歩前進。焦る事はない… と信じたい。
「それで、色葉ちゃんたちは、この後の予定は? 」
「えっと… 江ノ島に行こうかって、お話ししてたんですけど… 」
すると北条さんは、やおら柱時計に目をやった。
「時間的には全然、余裕。まだ、エスカーは動いてるわ。大友っ、江ノ電の駅まで距離あるからタクシー呼んで。」
「えっ、あ、はい。」
大友… 色葉は最初、自分で女中って言ってたが、お前は下僕か? 友人として、情けないぞ。そんな僕の思いを余所に、大友はタクシーを手配すると、間もなくやって来た。平日の所為か、配車が早い。
「あの、エスカーって何ですか? 」
「江ノ島のエスカレーターの事。着物の色葉ちゃんが歩いて登るの、大変でしょ? 売店で錠前買って『龍恋の鐘』に行くわよ。」
色葉の質問に北条さんが答えた。そこって観光ガイドにあった恋愛スポットだ。
「あそこって別れるとか言わなかったっけ? だったら、水族館に… 」
そこまで言って、大友は北条さんに結構強めに頭を叩かれた。タクシーの運転手が驚く程度に、いい音がした。
「あそこ来る中高生の何割が結婚まで辿り着くと思ってるの? 進学したり就職したり、そりゃ別れる子だっているでしょ? 都合のいい方に考えればいいの。鍋島さんは、そこまで子供じゃないんだから、ちゃんと将来を見据えて祈ってくれるわよねぇ? 」
「も、もちろん。」
そう言わないと北条さんに殺されそうな勢いだ。いつ消えてしまうか分からない。でも、この祈りが届いたら、色葉は消えないはずだ。そう思うと俄然、信じたくなってきた。
「直、大丈夫? 」
不安そうに僕の顔を覗き込んできた色葉に、先に北条さんが答えた。
「大丈夫よ、色葉ちゃん。こういうのは、信じた者が勝つって信じなさい。」
こうなると北条さんが現実的なのか、信心深いのか、分からなくなる。まぁ、普段は初詣もクリスマスもイベント事で葬儀の時も仏様より故人に対して祈っている僕が、今回信じたいなんて、どうかと思う。北条さんの言うとおり、都合のいい方に考えて、信じた者が勝つと信じよう。ちょっとニュアンスが違う気もするが、この際、小さい事は気にしない。タクシーから江ノ電に乗り換え、江ノ島駅を出ると弁天橋を渡って江ノ島に渡った。水族館も、釜揚げではあるが、しらす丼も大友の好きそうな所は一切スルーして北条は進んでいく。大友からダブルデートで鎌倉案内と言われていたので龍恋の鐘の場所は頭にあった。大友が古都散策なんて似合わないと思っていたから、江ノ島に移動は想定内だ。多少、状況は変わったけれど。
「色葉、ちょっと来て。」
僕は買った南京錠にサインペンで自分の名前を書くと色葉に渡した。
「横に色葉の名前、書いて。」
ここで、ふと思った。こんな着物姿をしているが、色葉は異世界の人間だ。字が書けるだろうか? そんな心配は無用だった。色葉は綺麗な行書体で自分の名前を書いていた。筆ペンならともかく、サインペンでパソコンのフォント並みの文字を書くなんて器用だなと感心した。
「上手な字だね。」
「はい。トヨさんにも誉められていました。」
なるほど、お婆ちゃん仕込みか。
「んじゃ、俺たちも。」
大友も南京錠を買おうとして、北条さんに襟を掴まれていた。
「気が早いっ! 五年もったら考えてあげるから、それまでお預け。鍋島さん、すんなり南京錠に名前書いたって事は、後分かるでしょ? 私たちは、ここで待ってるから行ってらっしゃい。」
僕は色葉の手を引いて恋人の丘に出た。夕陽が美しく、絶好の時間帯だ、他にカップルが居なければ。二人で鐘を鳴らすと近くの金網に南京錠を付けた。
「も、もう行きましょ。北条さんたち待ってるから。」
色葉が急に慌てて僕の手を引いた。何があったのかと振り返ってみると見知らぬカップルがキスをしていた。
「どうだった? 」
戻ると北条さんが声をかけてきた。
「えっ、あ、えと、夕陽が綺麗で、鐘鳴らしてお祈りして錠前を金網に付けて。そ、それだけです。他に何もしてません。」
顔赤くして動揺する色葉を見て北条さんが僕を睨んできた。そりゃ誤解するよなと思いながら慌てて首を横に振って誤解を否定した。
「え? 他にする事あるの? 」
いい音がした。ひょっとして大友の頭は空洞かと思うほどに。ほんのり側頭部には北条さんの手型がついていた。
大友は結構、天然?