伍葉 ‡ 色葉の想い
最初は皆、こんなもの… の訳ないか
「なんだったろう? 」
ダブルデートの意味って… 。そんな事より、これからどうしよう。
「色葉、江ノ島でも行ってみる? 」
「駄目です、ご主人様… 」
「おいおい、外じゃ直って… 」
色葉の肩に手を掛けようとしたら、半歩下がられた。
「駄目です、ご主人様。そんな呼び方をしてたら… 、そんな呼び方をしてたら、ご主人様とお付き合いさせて頂いているような勘違いをしてしまいそうです。」
涙目の色葉を思わず抱き締めた。
「じゃ、勘違いじゃなく、付き合っちゃおう。」
「あたしは… 、あたしは、この世界の住人じゃありません。どうして、この世界に来たのか自分でも分かりません。行き場がなくて、無意識にご主人様を利用しているだけかもしれません。いつ、消えるかもしれません。今日か、明日か、明後日か。五年後か、十年後か… 。あたしは、その日まで、お側に置いてくだされば、それで幸せです。」
もう抱きすくめる。色葉の押し返そうとする力は、あまりに弱く離れない。僕も離さない。
「もしかしたら、消えないかもしれないだろ? 」
「そんな期待して、消えちゃったら悲しすぎます。」
「じゃあ、これだけは正直に答えて欲しい… 。」
「えっ… はい… 」
やっと色葉が顔を上げた。
「僕の事、好き? 嫌い? 」
「それ… 狡いです。」
「返事は? 」
色葉は、はにかんだような、困ったような、恥ずかしそうな、複雑な表情で再び俯いた。そして小さな声で
「好きです… 」
そして普通の声で
「好きに決まってるじゃないですか… 」
そして大きな声で
「大っ好きですっ! 」
もう、真っ赤な顔で泣きながら、両手で顔を覆いながら、俯いている。さすがに色葉の声でも周囲に聞こえたようだ。バカップルを見るような目、可愛い女の子を泣かせる酷い男を見るような目、色葉が僕の腕の中で震えている。もう、僕の頭に思い浮かんだ出来る事は一つしかなかった。
「僕も大好きだぁ~っ! 」
色葉より遥かに大きな声で絶叫した。周囲の視線が一気に僕に集中した。そして、何処からともなく何故か拍手が起きてきた。まるで、どこかの国のサプライズ映像のようだ。色葉が恥ずかしそうなので、僕は周りに軽く頭を下げてから移動した。この時、色葉が路地の陰に居た北条さんに合図を送っていた事に僕は気付かなかった。
(北条さん、ご利益ありました。)
「なぁ、二人んとこ… 」
「行かなくていいの。大友は、もう少し空気を読みなさい。」
そんな、やりとりが、あったらしい。
「あの… ご主… な、直にお願いがあります。」
頑張って色葉が声を掛けてきた。
「えっ!? 」
「もし、あたしが消えたら、すぐ、別の方を探してくださいね。お約束いただけないと心配で、お付き合いいたしかねます。」
「その逆は? 」
「えっ? 」
色葉が意味が分からなそうなので、言い直した。
「色葉は僕に何かあったり、元の世界に戻ったりしたら、すぐに別の人を探す? 」
「あっ… うぅ… それは… そのぉ… あのぉ… 無理… です。」
「素直でよろしい。」
頭を抱き寄せようとして、髪型を崩しそうなので肩にした。
「付き合い初めから、離ればなれになった時の心配なんて、しなくていいんじゃないかな。普通のカップル… えっと恋仲だって別れる前提で付き合わないだろ? 」
色葉は無言で頭を寄せてきた。もともと速く歩いていた訳ではないけど、ちょっと歩き難そうなので、歩く速度を更にゆっくりにした。それでも歩き難そうにしている。なんか、色葉の息が荒い? おでこを合わせると熱い。
「具合が悪いなら、どうして黙ってたんだ!? 」
「さ、さっき迄は、何ともなかったんですよ。き、きっとご主… 直と恋仲になれて、のぼせてるんですぅ。」
「そんな熱さじゃない。今、医者に連れていってやるからな。」
この辺の医者や病院なんて分かる訳がない。救急車を呼ぼうとしてスマホに伸ばそうとした僕の手を色葉が止めた。
「駄目ですよ。あたしは、この世界の人別帳に載ってません。身の証を立てる物がありません。写真にも写りません。この国には、免許証とか保険証とかマイナンバーカードとかがあると、聞いた事がありますが、どれも持ってません。どれも持てません。きっと放射線とやらでも写らないと思います。だから、お医者様は駄目です。」
「色葉ちゃん、大丈夫っ!? 」
どこで見ていたのか、僕らの様子に気が付いた北条さんが駆け寄ってきた。
「もう、あれだけの人前で交際宣言したんだったら、彼女の様子くらい… 」
そこで北条の手を色葉が掴んだ。
「な、直を責めないで、ください。どこか、休めれば大丈夫ですから。」
そんな色葉の様子を見て、北条さんは呆れたようにため息を吐いた。
「まったく、具合悪くてもラブラブなんだから。仕方ないわね… 。大友っ、タクシー呼んでっ! 」
いきなり言われた大友は、急いで配車アプリでタクシーを呼んだ。後部座席に色葉を挟んで僕と北条さん、助手席に大友が乗ると北条さんのお祖父さんの家に向かった。それなら北条さんが助手席の方が良さげだが、降りる時に理由が分かった。
「大友、払っといてっ! あとは外で待機っ! 」
この時は色葉の事で頭が一杯だったが、後になって、ちょっと大友が気の毒になった。僕と北条さんで色葉を家の中に運び込むと北条さんの敷いてくれた布団に寝かせた。
「お薬、ここに置くけど合うか分からないから症状、ちゃんとみてあげてね。あと、二人っきりにしてあげるけど、変な気は起こさないようにね。」
そう言って、北条さんは大友の待つ外に出た。変な気って… 一体、何の心配をされているやら。
「北条さん… 行かれましたか? 」
虚ろな瞳をした色葉が聞いてきた。
「うん。大友と外に居る。」
「ちょっと手を握って貰えますか? 」
心細いのかと思い、色葉の手を握った。次の瞬間、目眩を起こした僕を色葉が支えてくれた。
「ごめんなさい、直。大丈夫ですか? 」
「色葉こそ大丈夫なのか? 」
「直から力を貰ったので、もう大丈夫です。」
色葉は、いつもの笑顔で答えてくれた。治癒魔法… 忘れていた。僕の彼女は魔法少女だという事を。
忘れがちな色葉ちゃんは魔法使い