卅捌葉 ‡ これから
「鍋島さん。下手なこと言って来たら私が怒鳴り付けてあげるから心配しなくていいわよ。」
何を思ったのか、北条さんに突然言われた。懐鏡が砕けた事に気づいているのだろうか。車に大友と一緒にミッチー、リッキー、佐野さんを残して僕と色葉、そして北条さんは東照宮へと向かった。
「遠路遥々御苦労であったな。久しいの。」
自分で呼び出しておいて御苦労も無いものだ。
「何、言っている? 祝言の時に会ったばかりだろ。それより用件の見当はついている。懐鏡と役職の件だろ? 」
「なんじゃ、話しが早い。その通りじゃ。」
やはり懐鏡が割れた事は知られているのだろう。それが理由で異世守を解任されても仕方がないと思っている。ただ、色葉と引き裂かれるのだけは何としても阻止するつもりだ。
「忠相、例の物を。」
将軍に言われて南町奉行が恭しく、三方に紫の三葉葵の紋が刺繍された布にくるまれた何かを持ってきた。まさか短刀で切腹しろっていうんじゃないだろうな。僕はそもそもがO.E.D.O.の人間じゃない。
「開けてみるがよい。」
将軍に言われて僕は恐る恐る包みを開いた。
「… これは? 」
そこには新しい懐鏡が入っていた。ただ、前と違うのは二つの紋が刻まれていた。
「由井正切。よもや野に在って、彼の者程の魔力を蓄えし輩が現れるとは予想出来なんだ。そちが命を賭して陰謀を防いでくれた事、誠に礼を言う。」
あれは命を賭した訳ではない。まさか懐鏡が割れるなんて事は夢にも思っていなかったから出来た事だ。
「そちの命を危険に晒した事、誠に遺憾。されば上洛の折、関白を通じて帝と相談をし新たな鏡を作らせた。」
「また一つだけ? 私には無いの? 」
北条さんが不服そうに口を挟んできた。
「無理を申すな。こちらの世なら、いざ知らずO.E.D.O.は男社会。女子にこのような物を持たせる訳にはいかぬのじゃ。代わりと言ってはなんじゃが、こんな物も作らせた。」
そう言って将軍が北条さんに差し出したのは勾玉だ。
「以前と鏡が変わった故な。今度は、それを持った者が魔法をすり抜ける事が出来る。鍋島殿と以前よりは離れていても効果が出るようになっておる。」
「ふぅん。レシーバーかエクステンダーみたいな物ね。」
そう言いながら北条さんは勾玉の通った紐を色葉の首に掛けた。
「えっ!? 」
色葉は驚いて声を挙げた。
「将軍。受け手は私じゃなくてもいいんでしょ? 」
「それはそうじゃが… 」
「だって。やっぱり、鍋島さんを支えるのは奥方様よね。彼は色葉ちゃんの為なら無理でも無茶でもやる人だから。それにO.E.D.O.から私を狙って来る刺客が居るとも思えないし。鍋島さんもいいでしょ? 」
「えっ、あ、うん。」
確かに色葉の方が狙われる事はあるかもしれない。相手の魔力が強くても当たらなければ、どうという事はないだろう。
「てっきり御役後免だと思ったんだけどな。」
「すまないが、今のところO.E.D.O.とこの世界の繋がりを絶つ方法は見つかっておらん。そちの奥方の事を考えれば、任意で開閉し制御できるようにしたいのじゃ。もし閉じる方法しか見つからなんだら、如何いたす? 」
「直と… 旦那様と一緒に生きて参ります。」
色葉は即答した。色葉の気持ちを考えると素直に喜ぶ訳にもいかない。そうなれば一生、筝葉や両親と会えなくなるんだ。ミッチーやリッキーも帰さなきゃいけない。それに幕府だけ閉じて謀叛を企てる側だけが開いたら僕一人で何とかなる物でもない。
「将軍は魔法使いの頭領なんだろ? 上手い事、やってくれよな。」
「そちも、くれぐれも気をつけよ。今度の懐鏡は儂でも破壊叶わぬ代物じゃ。万が一、悪しき者の手に渡ればO.E.D.O.どころか国の一大事じゃ。」
それは将軍の言うとおりだろう。将軍でなきゃ止められない鏡が、将軍でも止められない事になったんだ。
「そんな大事な物を僕なんかに委ねていいのか? 」
「無論じゃ。この聖位大将軍が認めた男じゃ。間違いは無いっ! 」
キッパリと言い切ってはくれるが、どこから、その自信が来るのだろう?
「最初に申した通り、その鏡は、その娘を護る為の力じゃ。そなたが、その娘を守りたいという気持ちに嘘はあるまい? 」
「それは大丈夫。私も保証するわ。私も、これまで通りバックアップするし。もし色葉ちゃんの事を裏切るような事があれば北条グループが全力で潰してア、ゲ、ル。」
「直はそんな事、絶~~~対にしませんっ! 」
珍しく色葉の剣幕に北条さんが圧されていた。
「わかったわよ。もう、色葉ちゃんも鍋島さんの事になるとムキになるから。まぁ、そこも可愛いんだけどネ。
それから数週間後、北条グループ全面支援のもと、細やかな結婚式と豪華な披露宴を行った。結婚式が細やかだった理由は、やはり色葉の家族を転移させるのが困難だったから。披露宴が豪華だったのは北条さんが色葉のお色直しに凝りまくったからだ。こうして、こちらの世界でも遠山色葉は鍋島色葉になった。
「殿っ! 御奉行から火急の知らせがっ! 」
今日もミッチーが慌ただしい。
「あなた、行ってらっしゃいませ。」
「うん。」
僕は色葉のおでこに軽くキスをして家を出た。今日も天気晴朗なるも危機高く、異世守には平穏な日々は遠そうだ。




