卅陸葉 ‡ 報せ
「残念だが、あんたの計画通りにはいかないぜ。」
「夜汰!? 」
忍びなのだから気配も気づかせずに現れても不思議は無いのだが、やはり驚かされてしまう。
「O.E.D.O.で丸橋を捕らえた。O.S.A.K.Aで金井が自害した。これだけ言えばわかるだろ? 」
こちらの世界の史実とは順番が違うな。元々、色々な事が違っているのだから今更ではあるか。
「ふむ。どうやら密告者が居るようですね。まぁ、奥村辺りでしょう。ですが、私が目的を果たせば全ては覆る。物事が変わるのは一瞬の出来事です。その一瞬を掴んだ者が勝者となりえる。」
どうやら、北条さんの言っていた通り、狙いはやはり僕と色葉で間違いないらしい。
「だが、謀叛の発覚した今、一人でなんとする? 無駄な抵抗はしない事だ。」
「そちらこそ武家にでもなったつもりか? いくら将軍御声掛でも、こちらの世界の人間であろう? 」
「今の鍋島様は鍋島異世守様でもあらせられる。」
「おとなしくお縄を頂戴しろっ! 」
すっかり、ミッチーとリッキーの呼吸がピッタリになっているな。
「異世守? では、貴様も愚劣なる幕府の飼い犬という訳か。ならば弱味を握らせて貰うっ! 」
そう言った正切の腕の中に… 丸太が現れた。
「残念だったわね。どう足掻いても鍋島さんに勝ち目の無い小悪党のやりそうな事はお見通しよ。よくやったわ、夜汰。」
なるほど。北条さんの命令で夜汰朧が色葉と丸太をすり替えたのか。魔法に空蝉の術があるとは思わなかった。
「もはや一人で太刀打ち出来る状況ではない事ぐらい軍学者なら理解出来るだろ? 」
物の道理が解らない男ではないと思うのだが。
「ふっ。こちらの世界の人間には分かるまい。浪人たちの苦境など。」
「大名が減封して浪人が増えたんだろ? でも、それで幕府を恨むのは逆恨みじゃないか? 」
「逆恨みなものか。御取り潰しは幕府の決める事。戦国ならば新たな仕官の口もあろうが、泰平の世にそのような口があろう筈も無い。」
「戦国が終わって仕官の口が減ったなら違う仕事探すとかないのか? 」
「戦闘魔法しか使えぬ者に違う仕事など口はない。」
「その攻撃が無効な奴がここに居る。考え方を変えるべきだな。」
「所詮は水と油。交わる事なき平行線だな。よかろう。軍学者の編み出した極大破壊魔法、貴様が残ったとしても、この異界の地を焦土としてくれよう。」
「鍋島さん、取り押さえるわよっ! 」
北条さんが飛び出した。当たらない北条さんと跳ね返す僕にしか正切を止める手立ては無いだろう。でも、これは僕の仕事だ。僕は北条さんの手を掴むと思い切り引っ張った。
「えっ!? 」
「夜汰、北条さんを頼む。ミッチー、リッキー、僕と正切をいつもの結界へっ! 命令だっ! 」
今、ミッチーやリッキーに躊躇させる暇は無い。
「直っ! 」
結界へ飛び込む直前に聞こえたのは色葉の声だった。
「私の極大破壊魔法が、この程度の結界に封じ込められるとでもお思いかな? 」
「思ってないから僕もここに居る。」
実際、嫌な予感しかしない。
「なるほど。貴様の能力で抑え込もうと云うのか。これも一興。雌雄を決しようではないか。」
雌雄を決するとかって問題じゃないだろ? 街ごと吹っ飛ばすような事を言っておいて何を今さら。
「さて、勝負といこうか。」
僕からは攻撃する術がない。街ごととなると魔力が拡散すると考えるべきだろう。となるば、その極大破壊魔法とやらを正切が放つ瞬間を跳ね返すしかない。
「見るがいい。極大破壊魔法・討幕っ! 」
この一瞬を見逃す訳にはいかなかった。正切の手に集められた魔力を包み込むようにして僕は正切に飛びついた。その時、胸元で何かが割れるような鈍い音がした。えっ… まさかだろ? ちょっと待ってくれ… 僕は新婚なんだぞ!? 走馬灯って言葉には聞いていたけど、想い出が廻っていくんだな… なんで、こんなものを僕は見ているんだろう? それは小さな小さな爆発だった。爆音も爆風も結界の外へ漏れる事なく、その一瞬の出来事は終わった。
「直っ! 」
「鍋島様っ! 」
「鍋島さんっ! 」
なんだろう。みんなの声が聞こえるけど、やけに遠い気がする。色葉と出会って、将軍から懐鏡を貰って、天草をお縄にして… なんか、あっという間だったな。そもそも急須から、あんな可愛い女の子が現れるなんて奇跡、普通はあり得ないよな。幸せすぎたのかな。これから、もっと二人で幸せ築く筈だったんだけどな。なんだろう… みんなの声がどんどん遠くなって… 聞こえなくなってきたな。きっと、疲れただけだよな。少しくらい眠ってもいいかな… 。い… い… よ… ね…………




