卅伍葉 ‡ 暗躍
「五人とも遅いっ! 」
北条さんの第一声だ。こちらも披露宴が翌日になるとは思っていなかった。
「申し訳ありません。」
即座に色葉が頭を下げた。
「いいわ。色葉ちゃんに免じて許してあげる。どうだった? 」
「はい。お父さんもお母さんも喜んでくれて、上様や関白様もお祝いに駆けつけて頂き、大変、素敵な祝言を挙げさせて戴きました。」
それを聞くと北条さんが少し呆れた。
「将軍と関白が代理じゃなくて自分で来ちゃったの? それじゃ大変素敵な祝言じゃなくて、大変な祝言だったでしょ? 今度会ったら説教してやろうかしら。」
「さすが天下の御意見番。」
思わずリッキーが口走ったのを北条さんは、しっかり聞いていた。
「誰、そんな事言うのは? 」
「はい… 御奉行が、北条殿は上様関白殿が相手であっても歯に衣着せずに物を申される天下の御意見番であると。」
「私は、そっちの人間じゃないから言いたい事が言えるだけよ。」
そっちの人間だったとしても言いそうな気がしてしまう。
「それで、こっちの式はいつ挙げるの? 」
「いや、具体的には… 。費用とか予約とか。それに両親にまだ正式に紹介してもいないし。」
僕たちが祖母の家に行った時は急須の中に居たそうだから、僕の両親も色葉とは面識は無いだろう。
「じゃぁ、今回の一件が片付いたら、御両親に紹介しなさい。ちゃんと就活はしてるの? 向こうの世界で生活するなら、何不自由無いかもしれないけど、異世守なんて肩書きは、こっちじゃ通用しないんだからね。」
それは僕にも分かっているが、結構大変なんだけどな。とはいえ、色葉と一緒になれば色々と物要りだ。全てが色葉の魔法で何とかなるとは限らない。備えは必要だろう。
「ところで夜汰は? こっちで動きがあったんですよね? 」
「えぇ。彼には引き続き様子を探ってもらっているわ。一応、探偵って名目で。日本には国家資格が無いからね。」
まぁ、怪しまれるようなへまはしないだろうが、念のためというやつだろう。
「で、具体的な動きは? 」
「どうやら、目当ては、あなたたち二人らしいのよ。」
「では、どうしてO.E.D.O.で襲って来なかったのでしょうか? 」
色葉が疑問に思うのも無理はない。O.E.D.O.で襲ってくれば時空転移など、せずに済む。天草の使った術は封印された筈なのだが。
「どうやら、二人がO.E.D.O.に行っていた事を知らなかったみたいなの。それなのに不完全な転移魔法を使ったものだから、鍋島さんの能力はもちろん、最初の転移者である色葉ちゃんも狙っているらしいわ。」
「そんな… 私、何も知りません。」
色葉は僕の腕にしがみついてきた。
「もう… 早いとこ籍入れちゃいなさい。夫婦になったら妬かないで済むから… 多分だけど。」
「え!? 」
思わず色葉も声を上げた。色葉が絡むと北条さんも話しが逸れる。
「き、気にしないで。」
「それより、そこまで情報を掴んでいるって事は、向こうの居場所も分かっているんですよね? 」
いくら夜汰朧が探偵になったといっても盗聴器を使っているとは思えなかった。となれば潜入しているのだろうか。状況は、ほぼ把握出来ていると考えて良さそうだ。
「大体のところはね。多少なりと移動は繰り返しているらしいの。あと問題なのは、使っているところは見ていないけど、結構な魔力を感じるって言ってたわ。私も鍋島さんが居なければ、無防備だから夜汰に任せっぱなしになっているけど。」
それって僕が居たら乗り込んでたみたいに聞こえるんだけど。
「人数とかって、わかります? 」
僕の場合、相手の魔力の大きさは関係ない。むしろ、人海戦術で僕以外が狙われた時が厄介なんだ。
「その辺りは、今夜、夜汰が帰ってくるから、その時に確認しましょう。色葉ちゃん、新婚さんに悪いけど私と相部屋ね。竜紋さんと虎紋さんで一部屋、鍋島さんと夜汰で一部屋。」
まぁ、仕方ないだろう。それにO.E.D.O.で祝言は挙げたが、こっちの世界では、まだ夫婦になってない。早く片付いたら色葉を両親に会わせよう。
「おやおや、皆さん悠長ですね? 」
そこには、いつの間に現れたのか、撫で付け髪の男が立っていた。
「自分から乗り込んで来るとは、いい度胸してますね? 」
「さすがは聖位大将軍のお声掛り。私が何者か察していらっしゃる。何、こそこそと鼠が嗅ぎ回っていたのでね。ご挨拶した方がよいかと。そうそう、足元に邪魔だったので外させてもらいました。」
そう言って男は以前に佐野さんが仕掛けておいた鳴子を投げ捨てた。
「私の名は由井正切。天下万民に成り代わり、政道を糺す者です。」
「幕府は、貴方を政道を乱す者だと言っていた。」
「それはそうでしょう。幕府の行っている政道と、我々の目指す政道は違いますから。彼らには彼らの正義があり、我らには我らの正義がある。目指す政道を成す為の権勢を掴むには彼らのように力ずくの戦を行っては駄目なのだ。人々に犠牲を強いず、目的を果たす。その為の謀反です。」




