卅肆葉 ‡ 帰宅
「今回の計画は、O.E.D.O.、O.S.A.K.A.、そしてお主の世界で同時に謀叛を起こそうとしておるらしい。」
なんだ、それは? 意味が分からない。
「O.E.D.O.とO.S.A.K.Aは分かる。何故、僕の世界なんだ? 」
僕の質問に幕府のお歴々も首を捻っていた。
「そこまでは、余の密偵でも掴みきれなんだ。じゃが奴らの計画実行まで、あまり猶予も無いらしい。向こうの世界を頼めるのは、お主を措いて他に無い。」
天下の聖位大将軍がすまなそうに懇願してくる。そりゃ他に居ないだろう。
「わかった。引き受ける。ただし、披露宴はやらせてもらうぞ。色葉の花嫁姿を御両親に、ちゃんと見せてやりたい。」
「うむ。そこは、ちゃんとせんと北条の小娘に儂が叱られてしまうでな。」
関白の言葉が僕も色葉も引っ掛かった。
「しもうた。儂が申した事は内緒にしてくれ。お主が戻るまで、向こうは引き受けるから、立派な祝言と披露宴を行うよう言われての。」
それで、北条さんは先に帰ったのか。にしても、北条さんの前では関白も形無しだな。まぁ、将軍と関白が出席という事で祝言は武家、公家問わず盛大なものになった。お陰で町民を招いての披露宴は翌日になってしまった。町中、色葉が玉の輿に乗ったと大騒ぎらしい。僕の世界では僕も平民なんだけどな。色葉のお父さんは、ただただ泣いていた。僕と色葉はこっそりと宴を抜け出して裏庭の見える居間に出た。すると突然、色葉は三つ指をついて頭を下げた。
「不束者ではございますが末永く宜しくお願い致します。」
「そんな畏まらないでいいよ。向こうじゃ僕も庶民なんだから。」
ふと気配を感じて僕は色葉を庇うように辺りを見回した。魔法使いの気配というのは、未だに分からないが、人の気配くらいは常人程度には分かる。
「鍋島殿、あちらの世界で動きがございました。美雲様も鍋島殿がいらっしゃらねば常人と変わりませぬ。お戻り頂きたく参上いたしました。」
「夜汰か。戻るにしても… 」
夜汰朧の様子から察するに北条さんに何かあった訳ではなさそうだ。と言って悠長に構えている場合でもないらしい。
「話しは聞いたぜ。」
後ろから来たのは遊び人の格好で町民に紛れていたのだろうが、直ぐに誰かは分かった。奉行だ。
「何をしてるかと思えば… 。」
「まぁ、そう言うねぇ。俺らだって向こうの世界じゃ色葉ちゃんのお義父っつぁんなんだからよ。」
言われてみれば、そうだった。戸籍の上では遠山色葉になっているんだった。
「まったく、落ち着かない義兄上だこと。」
「これ、筝葉。お父さんたちは? 」
「もう、べろんべろん。お酒呑めないから抜けて来ちゃった。もう行くんでしょ? 美雲お姉様に迷惑かけないでね。鍋島が義兄上で、お姉ちゃんが色葉の方様か。明日から人付き合いが大変そうだよ。あと義兄上だろうが、上様御声掛だろうが、異世守だろうが、お姉ちゃん泣かせたら、ぶん殴りに行くから覚悟してなさい。」
なんか筝葉、えらい剣幕だな。
「だ、大丈夫よ。直はあたしを泣かせるなんてしないから。」
「甘いな、お姉ちゃんは。こいつは、お姉ちゃんの為なら命懸けちゃう奴よ。それで、こいつに何かあったら、お姉ちゃん絶対泣くでしょ。」
なんだかんだ言っても、筝葉もちゃんと見ているんだな。
「ありがとう。心配してくれてるんだな。」
「心配なのは、あんたじゃなくてお姉ちゃんっ! 」
結局、僕はあんたとか、こいつらしい。
「お、来た来た。遅ぇぞ、お前ら。」
何やら慌ててやって来たのはミッチーとリッキーだ。
「御奉行、急過ぎますよ。」
「鍋島殿。北町奉行所 筆頭与力 竜紋 光之介、南町奉行所 同心 虎紋 力太郎の両名の者、本日より鍋島異世守配下とあいなった。これまで以上に、こき使ってやってくだされ。」
配下と言われてもピンと来ないが、実質今まで通りと云う事だろう。
「筝葉、お父さん、お母さん、お婆ちゃんの事、宜しくね。」
「任せて。それから最後に一言っ!… ふつつかな姉ですが、宜しくお願いします。」
そう言って筝葉は深々と頭を下げた。そして筝葉が頭を上げた時には僕らは、こちらの世界に向かっていた。
「御奉行様。お姉ちゃんたちは大丈夫でしょうか? 」
「なんだ、心配ぇかい? 」
「だって、あいつ。何の魔力も感じないんですよ? それなのに次から次へと、御奉行様が難題押しつけて。」
「そいつは俺らもすまねぇと思ってる。だが、天下の御政道を乱さんとする輩が天草の一件以来、あっちの世界に出入りするようになっちまった。何しろ、幕府でも、あっちの世界の事はよく分からねぇ。となると、あっちの世界の事はあっちの世界の人間に頼るしかねぇ。何せ魔法の無い世界じゃ、何でも魔法で済ませていたこっちの人間が馴染めねぇ。お前さんの姉ちゃんや、ミッチーやリッキーは頑張ってると思うぜ? 」
「ミッチーやリッキーって… 御奉行も、あっちの世界に被れたんですか? 」
「あいつらは、もう鍋島殿の配下だ。郷に入らば郷に従えって奴だよ。」




