卅弐葉 ‡ 落着
「椿野殿。言い逃れは出来ぬようですな。申し開きがあれば評定の場にて承る。それまでの間、蟄居を申し付ける… で、宜しいですかな? 」
さすがに奉行の方が専業だ。ただ、立場上の問題もあるだろう。僕は黙って頷いた。それこそ時代劇なら、破れかぶれになって襲ってくるかもしれない処だが、役職の違いが魔力の強さに直結している世界では観念するしかないようだ。ましてや源三郎は一度、僕に負けている。あれが、まぐれではなかったと理解すれば刃向かう事は無いだろう。外へ出ると屋敷は既に町方が取り囲んでいた。
「奉行、謀ったな? 」
「何の事ですかな? 」
そう言いながら奉行は目を合わせない。きっと確信犯に違いない。
「僕と北条さんが屋敷に入るのを見届けた時点で屋敷を包囲した。違うか? 」
「そりゃ、お前ぇさんがしくじるとは思ってねぇからな。おっと、俺らは役務が残ってるんで失礼するぜ。」
僕が突っ込む前に奉行は去っていった。やっぱり、確信犯に違いない。
「取り敢えず落着したんでしょ? 色葉ちゃんの所に急ぎましょ。」
「それもそうだけど… 夜汰は? 」
「もう次の任に行ったわ。」
「次の? 」
「それ以上は言わないわよ。守秘義務だもん。」
まぁ確かに忍びの任務をペラペラと喋るもんじゃないだろうけど、北条さんの謎が深まっていく。けど、詮索をしたところで北条さんが話すとも思えない。そんな無駄な時間があったら色葉に会いに行く方が先だ。僕らが色葉の家に近付くと何やら騒がしい。
「お、若様のお帰りだよっ! 」
あれは確か、黒縄組と白薙組の喧嘩の時にミッチーを呼びに来た男だ。
「直っ! 怪我は無い? 疲れてない? 眠くない? 竜紋さんもお役目としか教えてくれなくて。」
男の声を聞いて飛び出してきた色葉は、人目も憚らず、僕の胸に飛び込んで来ると涙目ながらに矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。
「大丈夫。どこも怪我は無いよ。」
コホンッと咳払いが聞こえてきた。
「あれ? 北条さん!? 」
色葉の反応に北条さんは額に手を当てて首を横に振っていた。
「予想通り過ぎてショックも受けないわ。相変わらず鍋島さんしか目に入ってないんだから。筝葉ちゃんに聞いてない? 」
すると後から筝葉も現れた。
「だって美雲姉様。何を何処まで話していいのか、さっぱり分からないんだもん。」
確かに、その判断を筝葉にさせるのは酷だな。むしろ、それで黙っていたのであれば、筝葉にしては上出来だ。
「で、若様っていうのは? 」
すると、さっきの男がしたり顔で話しに入ってきた。
「隠さないでくだせぇよ。あっしは、ちゃぁんと、この二つの目ん玉で見てやしたよ。黒縄組と白薙組が喧嘩してる所にすっくと立つと、野郎どもを千切っては投げ千切っては投げ。あいつら、尻尾巻いて逃げて行ったじゃありゃぁせんか。あっしは胸がすぅっとしやしたぜ。あの旗本崩れと旗本の倅より強いって事は、どこぞの若様なんでしょ? 」
なるほど、旗本の息子より強いなら、それより上という理屈で若様か。でも、僕は千切っても投げていないんだけどな。否定してもいいけど、それじゃO.E.D.O.の秩序や序列を崩しかねない。どうしたものか。
「これ、鍋島氏はお忍びじゃ。くれぐれも内密にいたせ。」
ナイスだ、ミッチー。
「なるほど。すいやせん。で、こんな所に何しにいらしたんですか? 」
「えと、お父っつぁん、おっ母さんに挨拶に来てくれただけで… 。」
色葉の言葉に、野次馬たちがざわめき立った。
「って事は、色葉ちゃんを見初めて、嫁さんに欲しいって事ですかい? そいつぁ、めでてぇっ! 」
そっからは、この男が大騒ぎだ。さっきミッチーに内密と言われた事が無かったように言いふらして行った。
「若様、本当ですかっ! 」
脇から出てきた色葉の両親も嬉しそうにしている。
「どうするの? 」
「す、すみません。私がちゃんと説明してきます。」
北条さんは僕に言ったのだろうが、色葉が走りだそうとした。僕がそんな色葉を後ろから抱き締めて止めると、北条さんにクスリと笑われた。
「直? 」
不思議そうに僕を見上げる色葉を見て、北条さんと筝葉が少し呆れていた。
「お姉ちゃんにも異存は無いんでしょ? 」
「異存て… え!? あ!? え? あ? 」
やっと状況を察した色葉の顔が真っ赤に染まっていた。
「言っとくけど鍋島さん。こっちの世界だけってのは無しだからね。」
もちろん、僕だってそのつもりだ。すると、そこに都合よく大八車に乗った荷物が届いた。
「お、お奉行様っ! 」
野次馬や色葉の両親は平伏していた。
「鍋島殿、御依頼のあった結納の品をお持ちいたしました。」
奉行が僕に平伏するものだから、どんどんざわつきが大きくなる。
(奉行、どういう事だ? )
(この品じゃ、仕方ねぇだろ?)
奉行に言われて荷物を見ると、僕の懐鏡と同じ紋がついていた。
(風魔一族の者から上様に知らせがあったとかでな。こんな事ぁ俺らも初めてなんで面食らったぜ。)
「お奉行様、こちらのお方は、そんなお偉いさんなんですかい? 」
野次馬の問いに奉行は座したまま面を上げた。




