参葉 ‡ 華の色葉、映りにけりな
魔法世界が中世ヨーロッパ風なんてのは、ただの思い込み
この日は結局、真っ直ぐに帰った。色葉が落ち込んでしまったからだ。もう何年も急須暮らしで自分の世界に帰っていないのに、里心のつくような場所に連れて行ってしまった。知らなかったとはいえ、可哀想な事をしまった。魔法世界と聞いて、勝手にファンタジー小説とかに出てくる、いわゆる『剣と魔法の世界』を思い浮かべていた。着物姿も祖母の影響だと思っていた。色葉の為に思った事が、とんだ空回りだ。
「ごめん、まさか色葉の故郷が江戸に似てるなんて思わなくて… 。」
「そ、そんなご主人様、謝らないでください。ご主人様は、あたしの為に連れて行ってくださったんじゃありませんか。あたし、それだけで嬉しかったです。それより、すぐにお夕飯の… 」
ここで色葉が気を失ったように、僕の腕の中に倒れ込んできた。抱き止めた為、両手が塞がってしまったので、おでこをつけてみた。どうやら熱は無いようだ。なんか、いい匂いがした。このままって訳にもいかないし… 。仕方なく僕のベッドに寝かせる事にしたのだが。色葉は着物だ。お太鼓もあれば帯締めもある。寝かせるにしても、仰向けもうつ伏せも苦しくないだろうか? 結局、横向きにしたが、色葉は銀杏返しとかいう時代劇でよく見る日本髪だ。とはいえ、あまり時代劇など見ないのだが。なので普通の枕では髪がグズグズになりそうだからといって、どうしていいか分からない。結局、思いついたのは腕枕だった。ヤバい… 顔が近い… ヤバい… 可愛い過ぎる… 。結局、僕もそのまま眠ってしまった。朝になると、今日も美味しそうな味噌汁の香りで目が覚めた。僕が起きた事に気づくと色葉が慌てて飛んできて三つ指ついて頭を下げた。
「昨夜は夕食の支度もせず、挙げ句、添い寝をして頂き、腕枕までして頂いて大変、申し訳ありませんでした。」
「そんな大袈裟な。気にしなくて大丈夫だから。」
と言ったのだが、何やら顔を赤らめてモジモジしている。別に変な事はしていないからと言おうとしたが、先に色葉の口が開いた。
「あたし、寝言とか歯軋りとか寝相とか汗臭さとか口臭とか、大丈夫だったでしょうか? 」
し、心配するとこ、そこかぁ。
「大丈夫、大人しくスヤスヤ可愛い寝息をたてて眠っていたよ。変な臭いもしなかった。寧ろ、いい匂いがしてた。」
すると色葉は、更に顔を真っ赤にして両手で覆った。
「あ゛ぁ~っ! ご主人様に寝息が聞こえる程、至近距離で寝顔見られたぁ~っ! 」
僕はどうしたものかと色葉の頭を撫でた。
「それより、横向きに寝かせちゃったけど、下にした腕、痺れなかった? 」
「えっ、あ、はい。それより、ご主人様こそ、枕にしてくださった腕の方は大丈夫でごじゃりましたか? 」
あ、噛んだ。でも、必死な色葉に突っ込むのも気の毒だ。
「大丈夫、大丈夫。色葉に箱枕でも買ってやらないとな。」
「いえ、大丈夫です。必要なら魔法で出します。っていうか、寝る時は、ちゃんと急須に戻ります。」
お堅かったり、無防備だったり、今一つ、掴みかねる。
「色葉、今日も出掛けない? 疲れてるなら今度にするけど? 」
「いえ、ご主人様がおっしゃるなら、この色葉、たとえ火の中、水の中、お供させて頂きます。」
真夏になったら、海かプールに誘ってみるか。でも、さすがに火の中はないな。この日は色葉を連れて電気街に向かった。まだエスカレーターの乗り降りとかは、覚束ないが自動改札やバスには少し慣れたようだった。
「ご主人様、なんか場違いではありませんか? 」
通りすがりの男が、この『ご主人様』に反応した。
「新手のメイドカフェ? ねぇ、どこの店? 」
僕が怯えた色葉の手を引くのと同時に男の連れが男の服を引っ張った。
「やめとけよ。いくら女の子は仕事でも、男の方が気分悪いだろ? 」
「でも、あのメイド、凄ぇ可愛いぜ!? 」
「だから余計だろ。逆の立場なら、お前、キレてるとこじゃないか。あ、お仕事の邪魔してゴメンねぇ。今度、フリーの時に会ったら声かけてぇ。」
男は渋々連れについていった。あの二人に僕は眼中にないらしい。すっかり怯えてしまった色葉を連れて、近くの明神様に移動した。
「色葉、大丈夫か? 」
「は、はい。知らない男の人に声を掛けられて驚いてしまって… 。」
その時、ふと幼い子供の声がした。
「あ、風船っ! 」
その声に素早く反応した色葉が跳んで風船の紐を掴んだ。その高さ約1メートル。
「さ、さすがバレー部。」
咄嗟に口を吐いた。色葉の身長で1メートル跳んでも、あまり意味はないとか、そもそも草履で1メートルジャンプって何者? とか、冷静に考えたら無理がある。でも、この時は色葉が跳んだのではなく飛んだのだと云うことを、どう誤魔化すかしか考えてなかった。お礼を言う親子と早々に別れた。だが、別の心配がすぐに湧く。
「今の女の子、凄くない? SNSにアップしようと思ったのに動画、撮れてない。」
「こっちも写真、撮れてないよ。」
思わず色葉の手を引いて明神様を後にした。帰りの電車の中で色葉は落ち込んでいた。色葉を元気づけようとして、また裏目に出てしまった。部屋に戻ったとたんに座り込んでしまった色葉を、僕は後ろから抱き締めた。
「色葉、ゴメンね… ゴメン。」
「どうして… 」
僕の腕に色葉の涙が落ちてきた。
「どうして、ご主人様が謝るんですか? 悪いのは、あたしなのに… あたしが勝手に驚いて、勝手に魔法使っちゃって、ご主人様のご厚意を無にするような事をしてしまったのに。どうしてご主人様が謝るんですかぁ。」
「きっと僕が好意を押しつけ過ぎたんだね。色葉は何も悪くない。悪くないんだ。」
僕は色葉を強く抱き締めた。
「ご… ご主人様… 苦し… 苦しぃ。」
言われて、慌てて手を離した。
「げほっ… はぁ、はぁ。」
「待ってろ。今、水を汲んできてやるからなっ! 」
立ち上がろうとした僕の腕を色葉が掴んだ。
「あ、あたしは… そうやって、あたしの事を思いやってくださるのが、嬉しいんです。側に居てくださるのが嬉しいんです。そんなご主人様が、何処かに連れて行ってくださるなら、何処へでも、ご一緒したいんです。でも、昨日今日とまともにお供が出来なくて、それをご主人様に謝らせてしまったのが悲しいんです。」
今度は正面から、そっと抱き締めていた。
早くもイチャイチャ?




