廿捌葉 ‡ 家族
「取り敢えず先に患者、見せてもらうぜ。」
皆が動揺している中、狩野先生はそそくさとお年寄りの元へ向かった。
「こいつは肝の臓病だな。」
そう言うとお年寄りの後ろにまわって腰のやや上に両手を当てると治癒魔法を施したのだろう。お年寄りの顔色が良くなった。
「肝の臓の病は分かり難いんだ。ちょっとでも、おかしいと思ったら、すぐ来な。来るのが大変なら、呼んでくれりゃぁ直ぐに来るからよ。」
「ありがとうございます。あの、お代は…? 」
「あの兄ちゃんの知り合いだ。今日はおまけしとくぜ。お大事にな。」
そう言うと狩野先生は僕に向かって軽く手を挙げて帰っていった。多分、小石川に負けず劣らず忙しいだろうに。
「折角、色葉が帰って来たんだ。今日は奮発して、小料理屋でお祝いといこうじゃないか。」
「あたしも快気祝いに行くよ。」
色葉のお婆さんも、さっきまでの具合の悪さが嘘のようだ。小料理屋に着いても、この世界には思ったとおりジュースなんてものはなく、色葉と筝葉にはお茶が出された。ミッチーもお役目があるからとお茶だ。僕も呑めなくはないが日本酒はあまり得意ではない。かといって炭酸もないので焼酎はあってもチューハイは無い。結局、お茶にしてしまったが、色葉の御両親に付き合いが悪いとか思われていないだろうか。
「お役人様、大変だ大変だ。黒縄組と白薙組が町中で喧嘩、おっ始めやがった。何とかしてくだせぇ。」
突然、店に男が駆け込んできた。多分、ミッチーがここに居ると聞きつけたのだろう。するとミッチーが僕に頭を下げてきた。
「お恐れながら申し上げます。白薙組には旗本の三男がおり、黒縄組はお取り潰しになった旗本の嫡男がおります。ここは、お力を。」
「分かった… けど、ミッ… 竜紋は残ってくれ。残党やシンパ… 信奉者が居ないとも限らない。」
「承知いたしました。御気を付けてっ! 」
誰のとは言わなかったがミッチーには通じたようだ。事情を知らない男は怪訝そうな顔をしながらも、僕を案内した。
「ねぇ、二人とも、こっちに住まないの? 」
筝葉が色葉に尋ねた。
「あいつ… こっちの世界じゃ無敵でしょ? お役人にもお医者様にも顔が利くし。」
「二人とも、あの鍋島という方はどういうお方なのだ? 町方の旦那も頭、下げてらっしゃったが。」
「筝葉、父さんや母さんに言ってないの? 」
「さすがに、あんな事、おいそれとは言えないわよ。」
後から色葉に聞いたけど、筝葉が言っていなかったのは意外だった。
「でも、直にも御家族は居るんだし。」
「でも、あっちの世界じゃ普通じゃん。でも、こっちの世界なら自慢の… その… 義兄さんって呼べるのに…。」
「だから、二人とも。私たちにも分かるように話してくれないか? 」
色葉の御両親が口を挟んだが、言ってよいものか迷った二人はミッチーを黙って見たそうだ。
「あ… いずれ話す時があると思うが、今は島原の乱を鎮めた最大の功労者とだけ申しておこう。」
嘘は言っていないが、ミッチーも上手く逃げたな。
「兄ちゃん、危ねぇ… 知らねぇぞ。」
男が止めるのも聞かずに僕は喧嘩の真っ只中に飛び込んだ。
「なんだ、手前ぇ? 死にたくなかったら引っ込んでろっ! 」
「魔力の欠片も感じんな。貴様のような劣等民が出る幕ではないわっ! 」
こいつら、共通の見下せる相手が居ると気が合うんだな。
「町の皆さんに迷惑だろう? とっととお開きにして帰るんだ。」
「生意気な口、利きやがって。先生っ! 」
また、このパターンか。この世界で上位職がより強い魔力を持つなら、組織のトップ同士が一対一で勝負をつけるのが一番、早いと思うんだけどな。
「小僧、遠慮なく掛かってこい… と言っても魔力が無いのでは手も足も出まい? 苦しまぬよう、あの世に送ってやるから、有り難く思え。」
「何でもいいから、早くしろ。お前の後に潰れた旗本の馬鹿息子と家督も継げない、我が儘三男坊の相手をしなきゃいけないんだ。」
周りの町民たちがざわついた。おそらく、こいつらには禁句なのだろう。けれど僕は敢えて煽った。こいつらの標的が僕1人になるように。
「言わせておけば、猪口才なっ! くたばるがいいっ! 」
先生と呼ばれた男が魔法を放った。町民たちは目を覆っていたが、結果としては、いつもどおりの事しか起きない。
「きっ、貴様、何をした!? 」
そう問われても困る。僕自身は何もしていないのだから。
「で、どっちから来るんだ? なんなら二人まとめて掛かって来てもいいぞ? 」
「お、覚えておれっ! 」
どっちも、足早に帰っていった。まぁ、得たいの知れない相手だと思えば、迂闊に手は出し難い。ただ、この一件。僕が片付けないと拙いんだろうな。色葉たちが狙われても困るし、奉行も旗本相手では動きにくいだろう。
「あぁ、助かり申した、鍋島殿っ! 」
走って来たのはリッキーだ。
「我ら町方では、中々手の出しづらい輩でして困っておったのです。」
「リッ… 虎紋。忠相にこの一件、僕が預かると伝えてくれ。遠山には僕から伝える。」
「はっ、承知つかまつった。」
リッキーは南町の奉行所に急いで戻っていった。
「兄ちゃん… 一体あんた何者なんだい? 」
僕を案内してきた男が戻って来て聞いてきた。
「通りすがりの非魔法使いさ。」




