廿参葉 ‡ 勤め
「情けのうごさるな… 。」
うちの大学から北条さんの本家に移されていたミッチーがふと呟いた。
「蘆塚は戦に敗れた浪々の身。それなのに筆頭与力であった拙者が敗北するなど、あってはならぬ事。御奉行に申し訳が立ちもうさぬ。」
「そう背負い込まなくていいんじゃないかな? 」
たぶん、将軍、奉行、ミッチー、色葉を見ていると、魔力の強さとは身分に左右される面が大きいと思われる。浪人の位置付けが、何処かにもよるが筆頭与力としては忸怩たる思いがあるのかもしれない。こちらの歴史通りなら蘆塚家は小西家の家臣で宇土城代の家柄だ。だが、島原の乱で天草四郎についたのは、城代の息子の筈だ。全てがこちらの歴史通りではないだろうから、一概には言えないが。救いは刀ではなく魔法の世界なので切腹とかは無さそうという点か。
「早く治して、手を貸してくれよ。奴らをお縄にするにはミッチーの力が必要だからな。何しろ僕には防御力しか無いんだから。」
「はっ。必ずや、この命に代えても天草四郎一味の陰謀を阻止してみせまするっ! 」
たとえ、それがミッチーの勤めだとしても命に代えるのは勘弁して欲しい。問題はミッチーが一度、敗れている点だ。戦術なのか、戦法なのか、相性なのか、魔力そのものなのか。負けた理由が分からないと対処の方法が見えてこない。
「取り敢えず、奉行に相談してみるか? 」
「えっ? 小川殿から聞かれておりませぬか? 今、こちらの世界は南町の受け持ちでございます。」
言われてみれば、そんなような事を言ってたな。
「それなら、それで一度、会っておきたい。繋ぎを頼めるか? 」
「承知つかまつった。」
「あ、傷が癒えてからでいいからな。ミッチーが治らないと奴らを捕らえようもないし。」
僕は後の事を小川先生に任せて部屋を出た。迂闊に僕ら外に出られないのには困った。佐野さんの事業はネットで指示をしているし、買い物は北条さんが大友を使いっ走りにしている。僕も北条さんも履修単位は足りている。問題は大友の補修が多い事と敵情視察が出来ない点だ。大友については北条さん曰く、使えるようでいて肝心な時に使えない役立たずなのだけれど、そもそもアテにも期待もしていないので問題はないし、それを気にも留めないメンタルは強いのか鈍いのか分からないけど、変なときに心強いのだそうである。もう、二人にしか分からない世界だな。そんな事を考えていると、不意に鳴子が鳴った。
「直っ! 」
「僕が行く。色葉は皆を頼むっ! 」
「はいっ! 」
色葉の魔力は今、目明かし並みだと将軍は言っていた。なら武士のような奴らが来なければ何とかなる筈だ。北条さんのすり抜けが僕からどの程度まで離れても有効なのか。まったく、情報不足だ。敵の事どころか自分たちの事さえ分かっていない。鳴子の鳴った場所に着くと男が落とし穴の中でもがいていた。僕はミッチーに教わった通り、男に猿轡をして縛り上げた。ミッチーの話しでは雑魚には大きな魔力は無いし大きな魔法を詠唱破棄するなんて芸当も出来ないらしい。それに魔力に頼って生活をしているため、特別に鍛えていない限り、力もそれほどではないそうだ。でも、誰も見ていない北条さんのうちの敷地で良かった。外でこんな事をしていたら、こちらが警察に事情聴取されそうだ。
「色葉、こっちは何事もなかったか? 」
そこには別の男が猿轡をされて縛られていた。
「やっぱり陽動!? 」
「というより、偵察ね。色葉ちゃんを取り返す時に、私の事を見たから、こちらに探りを入れて来たんでしょ。勿論、手の内なんて見せてあげないけどね。」
「鍋島氏、これをこ奴らに。」
ミッチーから渡されたお札を張り付けると男たちは瞬時に消えた。
「これは? 」
「お奉行のように送り返す程の魔力はござらぬ故、渡された転送札でござる。どうせ、あのような三下では何も知りますまい。北町の牢屋に転送された筈です。」
「でも、大丈夫か? 今は南町の管轄なんだろ? 」
「構わん構わん。」
奥から小川先生がやって来た。
「そこの嬢ちゃんに隠れろと言われての。」
そう言って小川先生は北条さんを指差した。
「こちらに小石川診療所の医師が居るって、悟られない方がいいかなって思っただけよ。」
「取り敢えず、南町の奉行には儂から話しておく。なぁに、こっちの世界は北町の方が先じゃし、相手は天草四郎。O.E.D.O.転覆を狙う大物だ。北だの南だのと争っとる場合ではないでの。で、これからどうするつもりじゃ? 」
「南町の奉行に皆の警護を頼みたいのと、将軍にミッチーの能力を引き上げてもらうところからだな。」
「狙われとるのは、お前さんじゃろ? 」
「鍋島さんを抑えられる力なんて旗本、大名にも無いわよ。だから人質を取らせないってのが最優先。特に色葉ちゃんは。でしょ? 」
北条さんの言っている事は正しいんだけど。なんか、からかわれている気分だ。
「北町の筆頭与力。明日、北町奉行と落ち合っていた場所に皆を警護して鍋島殿と一緒に行って参れ。」
「皆… ですか? 」
ミッチーが思わず小川先生に聞いた。
「今、一番安全なのは鍋島殿の側じゃからな。」
「一体、小川先生って何者ですか? 」
「儂はただの町医者じゃよ。」
小川先生は高笑いをしているだけだった。




